終章 最遠寺要

終章 最遠寺要

     /茜

「――これで、全て片がついたわ」

 冬空の下。
 姉さまが私の所を訪れていた。
 訪れたというよりは、朝一で目的の場所に向かっていた私の前に現れたというか。

「……その、ありがとう」

 とりあえず、そう言わざるを得ない。
 姉さまがやってきたのは、事後処理が終わったと告げるためだった。

 一年前より、私はアトラ・ハシースを出た。
 出たといっても、簡単にはいかない。
 私一人では如何ともし難かったけど、黎と姉さまのおかげで、何とか波風を立たせずに出ることができたのだった。
 その処理に一年もかかってしまったとはいえ、これで私はもう、あそことは関係無い。

「まったく……家出した時といい、今回といい、相も変わらず我侭な妹ね」
「……借りはいつか返すから」

 そう答えると、姉さまは苦笑した。

「そんな他人行儀なこと、言わなくていいわ。あなたは私の妹なのだから」
「…………」

 珍しく優しいことを言ってくれる姉さまに、私は何と答えていいか分からずに、困ってしまう。
 私にはこの世で苦手な相手が二人いる。そのうちの一人がこの姉さまだ。
 別に嫌いじゃないし、強いところは尊敬もしてるけど……どうしてもぶつかってしまうのだ。
 喧嘩しても、絶対に勝てないし……。
 だからこそ、私の姉さまなのだろうけど。

「でも、九曜には戻らないのね?」
「……今のところは」
「そう。まあいいわ。好きな時に戻ってきなさい。本家の連中など、どうにでもなるのだから」

 まだ若い姉さまだけど、たぶんその気になったら数年で、九曜本家を牛耳ってしまうだろう。
 今だって充分すぎるほどに、姉さまの影響力は強い。

「じゃあ……行くから」

 ちょっとぎこちなく、私は頭を下げて、歩みを再開した。
 やっぱり……まだまだ姉さまには敵わないか。
 そう思っても、今日は珍しく不快にはならず。
 朝、家を出た時の気分のままで、目的地に向かうことができたのだった。

     /アルティージェ

 京都市の郊外――人気のあまりない山の近くに、わたしが住んでいる場所がある。
 市の中心からはずいぶん離れているけれど、静かで自然もあり、少なからず気に入ってはいた。
 不満があるとすれば、小さすぎる屋敷か。
 日本に来るにあたって、あらかじめ買い取っておいた西洋風の旧家である。
 この国の人間の感覚からすれば大きいのだろうが、私から見れば小さすぎるくらいだ。少なくとも実家の比ではない。
 庭園だって、まだまだ手入れが行き届いていないし。
 そのうちもっと大きいのを作らせようかしら。
 しばらくこの国に留まることになるでしょうし、ね。

「じゃあ行ってくるわ」

 早朝。
 門の前でひらひらと手を振って、わたしは外へと出る。

「夕ご飯までには帰ってきて下さいよ」
「夜まで帰らないって言ったでしょ」

 わたしは半眼になって、門で見送る男をねめつけた。
 睨んだところでまったく動じない相手ではあるけど。
 そこに当然のように立ってわたしを見送るのは、エルオードだ。

 一年前に真斗に敗れたエルオードは、その翌日どういうわけか、わたしの住む屋敷の前に、生ゴミのようにうち捨てられていたのである。
 ぼろぼろではあったが、あの真斗の一撃をまともに受けたにしては、無傷すぎた。
 どうやらどこかの誰かが助けて、不法投棄したらしい。
 まあ察しはつく。

 で。
 そのままとどめを刺してやろうかと思ったものの、わたしは考え直した。
 エルオードの身体は人形であるから、わたしがそれを修復するのはさほど難しくはない。元々ジュリィによって造られたものであるとはいえ、これ幸いと、わたしはエルオードの身体を造り直したのだ。
 結果、支配権は完全にわたしのものになっている。
 その上で、エクセリアから奪ってみせたのだ。
 もちろん、嫌がらせである。
 返せとエクセリアは言ってきたけど、応じるわけもない。
 まあ……例えエルオードが自由だったとしても、二度とエクセリアの元には戻りはしないだろう。
 彼にその程度の覚悟があったことくらい、わたしも見抜いている。
 もっとも相変わらずエクセリアへの忠誠は消えてはいない。でもそんなものなどわたしは知ったことじゃなかった。
 せっかく再雇用してあげたんだから、下僕として十二分にこき使われて当然である。
 あの時不意打ちで、わたしを突き刺したことも不問に付してあげたんだしね。
 わたしって、寛大。

「イリスや凛に、ご迷惑をかけないようにして下さいね? 和泉君に謝りにいくのは僕なんですから」
「うるさいわね」

 あの時以来、わたしは順調にイリスや凛、そして由羅と親交を深めている。
 今日だって二人と遊びに行く約束なのだ。
 途中、由羅の所にも寄るつもりだし。

「まるでわたしが悪い遊びを教えているみたいなこと、言わないでくれる?」
「いやまあ、そのままずばりでしょう?」

 失礼ね。

「ふん……エルオード。わたしが帰ってくるまでに、屋敷を綺麗に掃除しておきなさい。塵一つ残さずにね?」

 わたしは思い切り邪悪な笑みを浮かべて言ってやる。

「はあ」
「できなければ、一年ほど地下牢に閉じ込めてやるから」

 どういうわけか、あの屋敷にはそんなものがある。
 せっかくあるのだから、有効利用しなくちゃね。

「いいこと? それとドゥークに手伝ってもらったりしては駄目よ」
「はいはい。やっておきますよ」

 苦笑して、エルオードは頷く。

「じゃあね」

 わたしはもう振り向くこともなく、その場を後にした。

     /真斗

 外から聞こえるのは、小鳥の囀り。
 いかにも朝っていう感じである。
 もう時間か。
 などと思っていると、

「真斗ー?」

 玄関の向こう、ドアの外から声がかかる。
 このよく通る声は、由羅のものだ。
 出会ってから二年たち、ようやくドアをぶち壊すこともなくなってきた。
 不法侵入も遠慮するようになったし、声をかける程度の知恵もついたようである。
 この調子が続けばいいんだが。

「こらー! ちょっと返事してよー!」

 ドンドンドンッ!
 三秒も待たずに、ドアがどこどこ叩かれ始めた。
 本人は軽く叩いてるつもりなんだろうが、その馬鹿力の前では油断は禁物だ。
 ほっとくと打ち壊されてしまう。

「近所迷惑だって言ってるだろーが!」

 ドアを開けて、ぐああと怒る。

「なによう。早く返事しない真斗が悪いんじゃない」
「……がさつな女は嫌いだぞ」
「う……」

 その一言で、由羅は固まった。
 やれやれ。

「ほれ行くぞ。……ってか、わざわざ迎えに来なくてもいいのに」
「いいじゃない。せっかく寄ったんだから」

 さも当然のように言って、部屋を出た俺の横に並ぶ。

 二年――こいつと出会ってから、もうそんなにたつ。
 その出会った時と、それから一年後の一騒動以来、それなりに平穏な生活が続いていた。
 俺自身の身体も、エクセリアのおかげで問題無し。
 茜もあの後しっかりと目を覚まし、後遺症も無く元気にやっている。
 このことに関してだけ、アルティージェに借りを作ってしまったのは痛いが、仕方ないか。
 ともあれ平穏無事で、ありがたいもんだ。
 で、今日。
 向かう先は大学ではなくて、柴城興信所。

「もう来てるのか?」
「え?」
「だから新人さん」
「知らないよ。だって直接真斗のとこ寄ったんだもの」

 俺の問いに、由羅はかぶりを振る。
 まあそりゃそうか。
 一年前のごたごたから、事務所の方も少し様変わりした。
 構成メンバーが、多少変わったのである。
 上田さんことエルオードは、もちろんもういない。
 ついでに所長こと柴城さんも、事務所にいることが少なくなった。
 泪の一件のせいで、どうしても実家の最遠寺本家に戻らなければならなくなったのである。
 当主の娘の死に、色々と紛糾したようだったが、とりあえずは所長が何とか収めて回ったらしい。
 でもって次期当主の話でまた揉めて、苦労の最中にあるようだった。
 そんなわけで、所長はこの一年のほとんどを、実家の関東にいた。
 時々顔を出しにやってくるが、あくまで時々だ。
 で、今日がそんな日だったりする。
 とはいえ、所長が帰ってくるから朝っぱらから事務所に向かっているわけではない。
 理由は他にあるのだ。

     /other

「あの、イリスさま?」

 待ち合わせの場所に佇む主人へと、凛はどちらかというと恐々と声をかけた。

「なに?」

 殺気だった瞳で、イリスは振り返る。
 う、と怯むのを何とか我慢して、凛は言った。

「そんなにこだわらなくてもいいと思いますが……。相手はあのアルティージェですし」
「いや。負けない」

 ふん、とそっぽを向くイリス。
 ふう、と凛は溜息をついた。
 イリスがアルティージェとよく会うようになったのは、この一年こと。
 アルティージェが積極的に近づいてきたということもあるが、それ以上にイリスも彼女に対して感情を表すようになったことが、二人を近づけさせる大きな要因になっている。
 で、それがどういった感情かというと――対抗心だ。
 イリスがこんなにも誰かに対してライバル心を抱いているところを、凛はこれまで見たことがなかった。
 どういう理由なのか、イリスはアルティージェに対して、何かと対抗心を燃やしているのである。
 ずっとむかしに、何やら因縁があるのが少なからず影響しているようではあったが、凛も詳しくは聞いてはいない。
 とにかく、今はイリスを全面的にサポートするのが、彼女の役目であった。

 悶々としているイリスと共に待つことしばし。
 時間通りにアルティージェは姿を現した。

「おはよう、二人とも……って、どうしたのイリス? 怖い顔して」

 機嫌良く声をかけてきたアルティージェは、イリスの顔を見てきょとん、となった。

「あなたのせいじゃないの」
「わたし?」

 凛の言葉に、アルティージェは小首を傾げてみせる。

「この前、茜の仕事を手伝ったことがあったでしょ?」

 柴城興信所で働くようになった茜は、異端絡みの仕事をいくつか受け持ってきた。
 で、たまたまその仕事をイリスとアルティージェは手伝ったのだが、その時に二人は勝負をしたのである。
 どちからより茜に役に立ったか、ということで。
 結果はアルティージェの完勝だった。
 茜も呆れるくらい完璧に、事件を解決してみせたのである。
 それがよほど悔しかったらしく、イリスは名誉挽回の機会をずっと待っていたというわけだった。

「今日は何の勝負?」

 ずい、と進み出て、イリスが尋ねる。

「勝負って……別に何もないけれど? だってわたし、あなた達のとこに遊びにきたつもりだったのだし」

 途端に、不満そうな顔になるイリス。

「いや。今度はわたしが勝つの」
「仕方ないわね……」

 そんなイリスの様子に、アルティージェはくすりと笑った。
 そして凛を見る。

「凛? あなたのことだから、何か考えてあるんじゃないの?」

 さすがというべきか、アルティージェはあっさりと指摘してきた。
 その通りだったりする。
 イリスが特に固執していなかったのならば、黙っているつもりではあったけど。

「まあね」

 凛は頷いて。
 少々イリスに有利な勝負の説明を、二人に話すのだった。

 ………今日もまた、騒がしい一日になりそうである。

     /真斗

「うすー」

 事務所に入ると、中では当然のように茜と黎、そしてエクセリアがいた。
 暖房が効いていて、ほっとなる。

「遅いぞ」

 所長の席に座った茜が、じろりと睨んでくる。

「真斗がお寝坊さんなんだもの」
「こら由羅。別に遅刻してねーだろうが」

 というか、別に時間なんか決めてなかっただろうし。

「おはよう。真斗」

 俺が入ってくるなり、すっと目前に現れたエクセリアが、俺と由羅の間に割って入った。

「おはよーさん」
「外は寒い」

 そうとだけ言うと、まるで由羅から引き剥がすように、俺の手を引いてエクセリアは部屋の奥へと誘う。

「あー、横取り!」

 由羅が慌てるが、エクセリアは素知らぬ顔で行ってしまう。

「うー……。何かエクセリアったら、最近レネスティアに似てきた……」

 俺はエクセリアの妹のことは知らないが、エクセリアがずいぶん変わってきたのは俺でも良く分かる。
 とにかく、よく自己主張をするようになったのだ。
 今のように、ちょっとしたことなどで。

「エクセリア様、ずっと真斗のことを待っていたのよ?」

 からかうように、黎が言う。

「確かにそわそわしていたな」

 と、茜。

「そんなことはない」

 きっぱり断言するエクセリアだが、その顔には満足そうな表情が浮かんでいた。
 これも最近分かったことなのだが、エクセリアは意外と独占欲が強い。
 たぶん、この面子の中では一番に。
 一年前の一件以来、エクセリアはイリスの前にも姿を現すようになった。
 その時はエクセリアが素直に謝ったこともあり、また茜も無事だったことから、イリスはさほど怒りはしなかった。
 おかげで現在まで穏便にすんでいる。

「んで、所長は?」

 まだ来てないのか、と茜を見たら、睨まれた。

「今の所長は私だぞ」
「いや、そーなんだけど……」

 どうも今までの癖っていうか何ていうか。

 そう。
 実は現在ただ今ここの所長は茜だったりするのだ。
 所長――じゃなく、柴城さんが京都にあまりいれなくなったことで、代理という形で茜にそんな話が持ち上がったのである。
 アトラ・ハシースから抜けた茜は、柴城さんとこで働くつもりだったこともあり、話はスムーズに進んだ。
 茜も乗り気で、そういうことになったのである。
 代理とはいえ、このままだと茜に乗っ取られそうだけどな……。

「で、所長? 所長……じゃない、柴城さんは?」
「東堂さんに迎えにいってもらっている」
「駅まで?」
「そうだ」

 なるほど。

「出ていったのは一時間ほど前だから、そろそろ帰ってくるんじゃない?」

 黎がそう言った瞬間、ドアが開いた。
 噂をすれば何とやらだ。

「――よう」

 入ってきたのは三人。
 柴城さんを先頭に、次に見知らぬ女の子、そして東堂さんと続く。
 どうやらその女の子が、噂の新人らしい。
 つまり、今日からこの事務所に新人が来ることになっていたのだ。
 関東の人で、所長の知り合いとか。
 修行を兼ねて、しばし茜の元に身を寄せるらしい。

「久しぶりだな」
「夏以来だもんな」

 俺が答えると、東堂さんが満面笑顔で上着を脱ぎながら、自分の席へと座る。
 ふむ……。どうやらまた女性が増えることが嬉しいらしい。
 現金なもんだ。
 たぶん迎えを買って出たのも、いち早く新人さんを品定めするためだろう。
 あの顔からすると、満足の域らしい。
 わかりやすい人だ。
 しっかし……。

「ねね! 定、その子が新しい子?」

 興味津々、といった様子で、由羅が口を開いた。

「おう。紹介する」

 こほん、と咳払いをして、柴城さんはその少女の肩に手を置いた。
 髪は短く、歳は茜より少し下といったところか。
 勝気そうな顔で、硬い表情でこちらを見ている。

「………?」

 少女の雰囲気に、俺は首を傾げた。
 一見緊張しているように見えるが、それだけじゃないような気がする。
 はて……?

「名前は最遠寺かなめ要だ」
「さいおんじ~?」

 その名に、思わず俺は声を出してしまっていた。

「ん? どうした?」
「いや……だってさあ……」

 俺は頭を掻きながら、黎やら茜やらを見た。

「最遠寺って名前を聞くたびに、ろくなことがないっていうか……」

 二年前は黎。

 でもって去年は泪だった。
 で、今年は要か。
 毎年毎年この時期になると、最遠寺って名前が不吉を運んでくるような気がしてならねえぞ。

「――無礼ですわねそこなわっぱ!」
「なぬ!?」

 開口一番がそれだった。

「わっぱって俺かい……!?」
「他に誰がいると言うんですの?」

 つん、と済まして要が言う。

「って、てめーの方が十二分にガキじゃねえか!」
「心根が、と言ったのです。……なるほど、九曜の者とは聞きしに勝る山猿のようですわね」
「なんだと?」

 ぴくり、と反応したのは茜。
 が、爆発はしなかったようだった。
 そのまま冷静を装って、なりゆきを眺める。

「おい所長! 何なんだこのガキは?」
「ガキではないと――」
「少し黙ってろ」

 ぽん、と頭を軽く叩かれて、すぐに要は大人しくなった。

「おれの妹だが」

 ほう。
 妹……。

「は!?」
「いやだから」
「妹って……正真正銘の!?」
「ああ。完全無欠にな」

 ぬう……。
 今度は本物が現れたか。

「へえ……。この子、定の妹なんだ♪」

 にこにこしながら由羅は近寄ると、ずいっと顔を近づけた。

「う……?」

 さすがに気圧されて、一歩下がる要。

「私、由羅って言うの。あっちからジュ……黎、はじめ肇、茜、エクセリア、真斗。初めまして」
「え、ええいっ! 近づくのではありませんわ!」

 要は癇癪を起こしたように叫ぶと、びしっ、と事務所内を指差して宣言した。

「わたくしは、兄上の住処が異端の巣窟となったと聞き及び、こうして退治に参ったのです! ここにいるもののほとんどは、異端の怪物だと聞いていますわ! わたくしが来た以上――」
「だから大人しくしてろ」

 また柴城さんに言われ、要はしゅんと小さくなった。

「異端の怪物……?」

 むう、と不満顔になる由羅と、苦笑する黎。
 エクセリアはきょとん、としている。

「すまんな。口が悪くて。というか普段はこうじゃないんだが、箱入りなせいでちょっと照れてるらしい。だが人畜無害だから気にせんでくれ」
「無害なのか……?」

 本気で疑う俺へと、柴城さんは笑ってみせた。

「ああ。最遠寺で一応一通り習ってはきたんだが、覚えが悪くてな。やっと三級咒法士の資格を取ったところだ。お前たちの前じゃ、そこらの人間と変わらんさ」
「あ、兄上……!」
「お前もいちいちいきり立つんじゃない。これから一緒に仕事するんだからな」
「……はい」

 どーやら柴城さんの前では、従順らしい。

「で、だ。お前たちにこいつを鍛えてやって欲しいんだ。ついでにバイトとしてでも構わんから、茜くんの好きに使ってやってくれ」
「私は構わないが……容赦はしないぞ?」

 茜は他人にものを教えるのは上手いが、一貫してスパルタだ。
 俺が経験しているからよく分かる。

「好きに、と言っただろう? それに、要には強くなってもらわんと、おれが困るもんでな」
「どうしてなの?」

 黎に聞かれ、柴城さんは肩をすくめた。

「泪がああなったからな。後継ぎ問題で、おれが残念なことに最有力なわけだ。が、おれはいったん最遠寺を出た身であるし、だからこその面倒事もある。で、妹に頑張ってもらおうと、そういうつもりなわけだ」

 なーるほど。
 柴城さんとしては、最遠寺の次期当主を要にさせたいのだろうけど、実力が伴っていない。
 それで敢えてこんな異端の巣窟に放り込んで、鍛えようってわけか。
 ま、柴城さんが強制するとも思えんから、要自身、その気ではあるんだろう。

「今は艱難辛苦に堪え、いずれはここに巣くう異端など一掃してみせますわ! 覚悟なさい!」
「……すまんな。強気なことを言ってるが、こう見えて緊張してるんだ」
「……みたいだな」

 俺は溜息をついて、頷いた。
 どうやらまた、面倒なことが一つ増えるらしい。

「ところでそこのあなた」
「俺か?」
「そうですわ。――あなたが桐生真斗?」
「そーだけど?」

 俺を見て要はしばし考え込んでいたが、やがて小さく頷いてから口を開いた。

「及第点、というところですわね。よろしい、あなたにわたくしの身の回りの世話を申し付けます」
「はあ……?」
「この中では、あなたが一番の下っ端と聞いていますわ。ならば当然のことでしょう?」

 当然、じゃねえ……!

「どーして俺が、お前の世話なんぞせにゃならんのだ!?」
「うるさいですわ。わっぱ」
「お前の方が歳下だろーが!」

 ったく……!
 一方で柴城さんというと、苦笑して眺めている。
 ちょっとそこの兄貴、何とか言えって……!

「えー、だめだめ!」

 声を上げたのは由羅。

「そういうのは、私が最初なの!」

 なに当然のように宣言してるんだよ……こいつ。
 と思った瞬間、手を握られた。

「む?」

 横を見れば、エクセリアと視線が合う。
 特に何も言いはしなかったが、その瞳に気圧されてしまう。
 まるで、裏切ったら許さない、とでも言われているようで。

「ぬう……」

 冷や汗が零れ落ちる。
 何なんだ。この緊迫感は。

「おーい茜……。どうすんだよ?」
「事情はわかるけど」

 茜はそう言うと、柴城さんを見た。

「つまり、その子はここに住むわけなんだろう?」
「ああ。そうなるな」

 ここは元々柴城さんの家でもあるし、代わりに妹が来たって特には問題無い。

「すると、この事務所に近い関係者といったら、真斗と黎になるわけだ。で、黎は一応正所員で先輩だけど、真斗はバイト。だから真斗にって考えたわけだな」
「わたしがみてあげてもいいけれどね」

 何を思ったのか、黎がそんなことを言う。

「いいのか? こいつは手を焼くと思うんだが」

 と、柴城さん。
 っておいこら、俺だったら手を焼いてもいいのか。

「別にどうというものでもないわ。むかし、もっと手のかかる妹たちの世話をしてきたから」

 慣れているの、と黎は言う。
 それならと、柴城さんは頷いた。

「まあよろしく頼む。こう見えて、意外と泣き虫でな。色々と大変だろうが」

 その言葉に不服そうに見上げる要だったが、特には何も言わなかった。
 本当に、兄貴の前では従順らしい。

「あ、そうそう真斗」
「ん?」
「お前もこいつに色々と教えてやってくれ。要もお前と同様、本家ではけっこう辛かったはずだからな。その辺のことは、よくわかってるだろ?」

 なるほど。
 要の歳でまだ三級ってことは、俺と同様、あまり才能があるってわけでもないらしい。
 俺もそれでけっこう肩身の狭い思いをしたけど、要の場合は仮にも最遠寺の血筋の人間だ。
 俺以上に肩身が狭かったかもしれない。
 とすると、その辺の理由もあって、ここに連れてきたのかもしれないな。
 あっちにいて修行するより、気兼ねの無いこっちで頑張って、改めて返り咲くって感じで。
 見たところ、反骨精神は旺盛っぽいし。
 しかしその前に、あの性格を叩き直さなきゃな。
 ま、何とかなるだろ。

「あ、真斗。何かやる気になってる……?」

 目ざとく俺の様子を察して、由羅がそんなことを言う。

「どーだかな」

 適当に答えながら茜を見ると、茜は茜で俺と同じような顔をしていた。
 茜も努力する奴のことは、素直に好きって感じだしな。

「とりあえず朝ご飯にしましょうか」

 黎が言う。
 最近まで知らなかったことだが、黎の料理の腕も、茜に負けず劣らずだったりするのだ。
 現代の食生活に慣れていなかったこともあるが、元々は由羅やらエクセリアの面倒をみていたわけだし、茜に現代の料理を習ったりして、今ではけっこう料理が達者になっていたりする。

「私も手伝おう」

 そう言って、立ち上がる茜。

「あ、私も」
「三人もいらない。お前は要と遊んで待っていろ」
「う~」

 茜に言われて、渋々従う由羅。
 相変わらず不器用な由羅よりも、茜としては教え甲斐のある黎と一緒にやる方が楽しいらしい。
 でもって由羅は、早速要にアタックしていた。
 要の方はまだまだ刺々しいが、そのうち慣れるだろう。
 相手は由羅だし。

 ……さてと。
 ともあれ、これからまた騒がしくなるってことだ。
 いったいどの程度、こんな生活が続くのかは知らないが、できれば適当に続いて欲しいもんである。
 また色々と、厄介事も起こるだろうけど、その時はその時だ。
 何とかなるだろう。
 由羅は由羅で相変わらず呑気で平和そのものだし、黎もそれにつられてのんびりしている。
 時々心配にはなるが、今のところは大丈夫そうだ。
 とりあえずはエクセリアに尽くすことで生き甲斐を得ているようだったが、さっきの発言からも、少しずつその範囲を広げているし。
 要がやってきたのは、あいつにとってもいい刺激かも知れない。
 で、さしあたっての問題があるとすれば、まあ茜とのことか。
 アトラ・ハシースと縁を切り、こっちに完全に戻ってきたということになって、イリスと由羅は手放しで喜んだ。
 で、いつか俺に語ったように、着々とこっちで自活していくつもりらしい。
 今のところ何も言ってはいないが、俺の返事を待っているのは確かだ。
 つまり、この先俺がどうするか。
 とりあえずはバイトは続けていくつもりであるが、その後はどうしたもんだか……。
 ま、その気がないわけじゃないんだけどな。
 それでももうちっと、様子は見たいと思う。

「――んで、お前はこの先どうするんだろうな?」

 隣のエクセリアへと、俺は何気なく聞いてみた。

「私か?」
「おう」
「知らぬ。私はしばし、先を見ることはやめにした」

 なりゆきに身を任すと、エクセリアは言い切る。

「そなたに委ねよう。そう、決めたゆえ」
「ふーむ」

 投げやりというわけでなく、こいつなりの新しい前向きな方針、ってわけか。
 とはいえ、何がどう変わったってもんでもないけどな。
 いつも通りといえば、いつも通りだ。

「そんじゃ、飯食ったらいつも通り、学校行くか」

 こくり、とエクセリアは頷いて。

「あー、私も行く!」

 どこで話を聞いていたのか、由羅も宣言する。
 あーもう、好きにしてくれ。
 二年目になると、さすがにもうどうでもよくなるぞ。
 ふと、柴城さんが俺を覗き込んできた。
 そしてにやりと笑う。

「……幸せそうだな?」
「そうか?」

 答えて。
 まあその通りかもしれないと。
 俺は前向きに納得しておくことにするのだった。


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