第67話 誰と最初に出会うべきであったのか

第67話 誰と最初に出会うべきであったのか

     /真斗

「これで最後だっ!」

 最後の一体を切り伏せたところで、山頂が見えた。
 もう邪魔する者はいない。
 俺は息を吸って吐くと、エクセリアと共に先へと進む。

「真斗」
「ん?」
「この先はきっと……私自身の戦いになる。相対するのは、私自身ゆえ」

 エクセリアの言いたいことは、分かる。
 そのつもりだった。

「ああ」

 頷く。
 待っているのはエルオード。
 しかしエルオードの行動は、かつてのエクセリアそのものなのだ。
 だからこれは、エクセリア自身の戦いでもある。

「過去を切り捨てるわけではない……しかし、対峙せねばならない。そうであろう?」
「そうだな」

 過去のエクセリアが間違っていたわけじゃない。
 今のエクセリアが正しいわけでもない。
 それでもこいつは選んだのだ。
 だからこそ、向き合わなければならない。
 そういうことなのだ。

「手伝って欲しい」

 俺は笑った。

「そいつは俺の台詞だろ?」

 俺は俺の理由でここにいる。
 一番は茜か。
 だけどそれと同じくらい、エクセリアのためであってもいいのだろう。
 どちらにせよ、やることは同じだ。
 深くは考えない。
 別にそれでいい。

「じゃあ――行くぜ」

 俺達は、山頂へと辿りついた。


 そこは静かだった。
 下での騒ぎが嘘のように落ち着いていて、しかも空気が澄んでいる。
 霊場であることはすぐに知れた。
 清浄すぎる空気が、かえって異常に感じてしまう。

「――お待ちしていました」

 気配など無かったが、そこにエルオードはいた。
 当然のように、待っていた。

「一人か?」
「ええ」
「茜は」
「彼女ならば、下で誰かと戦っているところでしょう。さしずめアルティージェ、でしょうが」

 ここ以外で派手に誰かが戦っていたのは間違い無い。
 あの光と振動から察するに、由羅ってとこか。
 相手は茜なのか、それとも泪か………。

「どうやら泪は敗れたようですね。もう少しもつかと思っていましたが」

 特に何とも思っていないような口調で、そう言うエルオード。

「なあ……」

 無駄だと分かってはいたが、それでも聞いてみる。

「俺がここに来たのは、茜のことでだ。あいつを無事に返すって言うんだったら、目をつむったっていいんだぜ」

 エルオードの目的がアルティージェだけなのならば、勝手にすればいい。
 茜を巻き込まないのであれば。

「僕の最優先されるべき使命は、確かにアルティージェですけれどね。それが最初に受けた命でもありますし。しかし、それだけではすみません。彼女が終われば、次はまた別の誰かになるだけです。それはジュリィかも知れませんし、由羅さんかも知れない。もちろん、真斗君かもしれないわけです」

 エルオードの目的は、かつてエクセリアが望まなかったもの全て、なのだ。
 アルティージェだけですまないことは、分かってはいる。

「それは、エクセリアのために?」
「そうです」

 よどみない答え。

「本当にそう思ってるのか? じゃあどうしてエクセリアが、今俺のとこにいるんだよ」

 隣には、エクセリアがいる。
 黙ったまま、エルオードを見ていた。

「彼女の意思に従うことだけが、彼女のためになると、そう思っているわけではないからです」
「……どういうことだ?」
「別に大したことではありません。エクセリア様の現在の選択は、あなたの傍にいることからも容易に察しがつきます。――しかし、それで本当に良いのですか?」

 ぴく、と俺の隣でエクセリアが震えた。
 その様子に満足そうに、エルオードは続ける。

「異端……それは通常ならばまず在り得ない存在です。ところがあなたの妹のせいで、そんな存在が捏造されてしまった。本来ならばそんな捏造された存在など、すぐにも修正されてしまうもののはずですが、悪いことにあなた方観測者には、擬似運命を捏造できるほどの認識力を備わっていたわけですね。そして更に言うならば、擬似運命を偽物であると判断することができる、運命の管理者など存在しなかったということです」

 エルオードはそこまで言うと、エクセリアを見返した。

「あなたはそれに気づき、自ら運命の管理者を買って出たはずです。本来あるであろう存在を維持し続ける者と、それを塗り替えようとする者。あなたにも本当の運命を認識することはできませんでしたが、少なくとも妹によって生み出されたものが偽物であるということだけは、はっきりしていました。――それは、正しいことではなかったのですか?」
「それは……」
「迷わずとも良いのです。それで正しかったのですから」
「ならば――なぜ、私はそれを為すことができなかった? そのことごとくは失敗した? そして…………なぜ私はここにいる」
「僕が、あなたの示した正しさを、今も尚続けているからですよ」

 その言葉はショックだったのか、エクセリアは目を見開いて……そして視線を逸らした。
 覚悟は決めていたのだろうが、それでもエクセリアにとってはきつい言葉だったのだろう。

「……正しいとか間違っているとか、そんなのはこの際どーでもいいんじゃないのか」
「というと?」
「今のあんたの行動が、こいつのためになってるのかどうかってことだろ?」
「なっているはずです」
「ああ。俺も同感だ」

 それも、初めから分かっていたこと。

「俺もエクセリアもわかってはいるんだよ。あんたは昔のエクセリア自身だってことくらい。こっちを選んだ以上、ぶっ倒してでも通らなきゃならない壁だってな」

 エクセリアは決して安易にこっち側を選んだわけではない。
 その証拠がエルオードであり、それを乗り越えることは結果的に、エクセリアのためになる。
 正しい間違っているは関係無く、ただエクセリア自身の成長のために。

「本当ならもっとゆっくりじっくりと、二人で解決するべき問題なんだろうけどな……。そうもいかない」

 エルオードの目的は、由羅やジュリィにまで及んでいる。
 そして多分、俺自身にも。

「これ以上、あいつらにちょっかい出して欲しくねえしさ。茜を返す気が無いのなら……力ずくでも奪い返す」
 これが俺にとっての本当の理由であり、エクセリアのことはついでといえばついでだ。

 だけど、ついでであるとは言い切ってしまいたくなかった。
 どちらも俺にとっては、重要なことだ。

「なるほど」

 こくりと、エルオードは頷いた。

「ならば、お互いできることは一つですね」

 その瞬間、空気が変わった。
 今まで清浄だったものが、一気に変質していく。
 どろりとした、物理的な圧力さえ感じさせる、何かに。
 これ……は……?

「僕にはかつて彼女から授かった力があります。そして真斗君、あなたにも。これはきっと、いい見物になりますよ」

 単純に勝てばいいという問題ではないが、勝たねばどうにもならない。
 俺自身の目的のためには、エルオードを倒すことが一番手っ取り早い。しかしエクセリア自身もあいつに勝たねばならず、その意思がなければ俺も勝つことはできないだろう。
 結局、エクセリアの意思が、勝敗を左右する。
 しかし俺はエクセリアを疑うことは、微塵も思わなかった。
 こいつの意思はすでに決まっているはず。
 後は俺がエクセリアの代わりに剣を振るえばいい。
 あいつのためにも――俺自身のためにも。

「……で? この気味の悪いのは何なんだよ?」

 周囲はすでに、清浄さを失っている。
 ひどく嫌な空気が、山頂を支配しつつあった。

「清浄ゆえに染まりやすい……そういうことですよ」

 事も無げに、エルオードはそう言った。

「ああ……エクセリアが言ってた呪いってやつか」
「ええ。いかに彼女に力を授かったとはいえ、それは知識に過ぎません。それを利用することができねば、本当の力とは言えませんからね」

 どんどん嫌な空気の濃度が増していっている。
 正直、気分が悪い。

「真斗」

 エクセリアが俺の名を呼んだ瞬間に、気分の悪さが消し飛んだ。

「多少は、遮ることもできる」
「……さんきゅ」

 なるほど。
 どうやら俺は、エクセリアがいないと舞台にも立ってられないってわけだな。
 少々情けない気もするが……まあいい。
そう思ったところで、何かが地面から飛び出してくる。
 複数。
 かなりの数だ。

「げ……」

 出てきたのは、先ほど延々と相手し続けた亡者の群れだった。
 その数は数十――というか、増え続けている。
 ……どうやら封じられていた呪いが解放され、それに宛てられた連中が迷って出てきたってとこか。
 相変わらず気味の悪い……!
 しかしそんなに脅威な相手ではない。
 エクセリアの言うように、ただ動くだけだ。
 一気に突破して、打ち込む!

「――行くぜ!」

 その一声が、本格的な幕開けとなった。

     /黎

 茜とアルティージェ。
 二人がぶつかり合い始めて、ずいぶんとたつ。
 闇に時折輝くのは火花。
 茜が振り下ろした剣を受け止め、その瞬間に咒法を打ち放つ。
 拳大の光の球は、至近距離であったにも関わらず、茜によってからめとられ、そのまま握りつぶされる。
 互いに剣を押し合い、一旦離れたと思った瞬間に、またぶつかり合う。
 二人ともに隙は無く、確実に一撃一撃を繰り出し、防ぎ、攻撃していた。
 差は無いように見えるが、剣技においては明らかに茜――つまりナウゼルの方が一枚上手のようだった。
 天性の勘の為せるような技を、時に繰り出す。
 一方のアルティージェに、さほど目立つ剣技はない。
 しかし堅実だった。
 基本に忠実で、付け入る隙が無い。
 なるほど正反対なのだ。
 ナウゼルには才能があった。
 アルティージェにもあったのだろうが、それはナウゼルほどではなく、そのほとんどが努力の上に積み重ねられているものである。
 時折圧倒しようとする茜の剣を、ぎりぎりで防ぎきることができるのは、これまでの彼女の堅実な努力のおかげだろう。
 両者の戦いは、少しずつ加熱していく。

「ふふ――相変わらず強いのね」

 満足そうにアルティージェは笑い、槍剣を振るう。

 ギィン!!

 常人ならば絶対に受け切れぬその一撃を、茜は受け止めた。

「――――」

 押し返される。

「っ」

 圧力に負け、アルティージェは後ろへ下がる。
 逃さぬと、茜は追う。
 その間に繰り出される、剣技の数々。
 受け、凌ぎ、流して――彼女は何とか下がりきる。
 一呼吸の間の攻撃を終えた茜は、それ以上の追撃を避けて、自分もまた後ろへと下がった。

「ふん……。ドゥークとならば、面白い剣舞が見れたでしょうにね」

 頬に走った傷に指をなぞらせ、指先についた血を舐めながら、アルティージェは言った。
 最初に傷を負ったのは、彼女の方だった。
 茜の方に、一切の傷は無い。
 再び、剣の切っ先が、アルティージェへと向けられる。

「小手調べでは今さらどうにもならないわ。あなたの妄執がどの程度のものなのか、これで確かめてあげる」

 にやりと笑って、アルティージェは槍剣を構えた。
 瞬間、踏み込まれる。
 上下左右――その全てから、アルティージェへ向けて刃が振り下ろされた。

「ふ――――っ!」

 その全てを、ことごとく打ち返し、更なる連撃に怯むことなく応えていく。
 かわすことのできるものもあった。
 しかし彼女は、その全てを敢えて受け、少しずつ裂傷を負っていく。

「ち……!」

 やはり、ナウゼルの剣の方が上なのだ。
 少しの差が、少しの傷となって現れてくる。

「――――!」

 ガッ……!
 重い一撃が、アルティージェを弾き飛ばした。
 初めて、彼女の体勢が崩れる。
 その僅かな時間を、茜は剣を振るうことには使わなかった。
 ただ振り上げ、力を注ぎ込む――

「ふん……!」

 望むところだと言いたげに、アルティージェも動作をとった。
 地を蹴り、舞い上がる。
 溢れ出す光。

「〝九天打ち崩す〟――――」

 アルティージェが振り下ろすよりも一歩早く、茜は飛び上がった。

「――〝十戒打ち隠す、逢魔が時〟!」

 突き上げられる、刃。

「〝降魔が牙〟!!!」

 それ目掛けて、アルティージェは槍剣を一閃させた――――

     /真斗

 どこかで炸裂音がした。
 ここからずっと下の方か。
 しかし構ってはいられない。

「でやああああああ!!」

 群がる亡者を一閃し、吹き飛ばす。
 道が開け、エルオードまであと十数メートル。
 一気に駆け上がろうとしたところで、赤い闇が踊った。

「やべ……!?」

 放たれた閃光は、寸前ででたらめに飛び散る。
 エクセリアが防御してくれたのだ。
 おかげで傷つくことは無かったが、前進も止まってしまう。
 かといって止まったままではいられない。

「!」

 見れば、エルオードの姿が消えていた。
 まずい――!

 ギィンッ!

 思った瞬間に、俺は剣を振るった。
 思わぬところで剣戟が響く。

「なるほど。大した勘ですね」

 すぐ背後には、槍を持ったエルオードがいた。
 ぎりぎりと、鬩ぎ合う。

「僕がどうにか集めたシュレストの遺産も、もはやこのラダディオン業魔六軍の槍を残すのみ。君の持つ武器に対抗するには、同じ作り手のものでなければ話になりませんからね」

 そう告げて、エルオードは跳び退く。
 ただし、僅か数歩。

「――――っ」

 まずい、と思った時には、俺めがけて槍が繰り出されていた。

「っ………!」

 しごき、次々と繰り出される槍先を、俺は何とか受け凌ぐ。
 俺にとってはやや遠すぎる間合い。
 しかしエルオードにとっては、最適の空間なのだ。
 リーチのある槍だからこそ、ここまで届く。
 しかし俺の剣は届かない。
 防戦一方になる。
 こっちは剣だ。
 間合いを詰めなければ届かない。
 しかし相手はこの間合いこそ必殺。
 縮めてくるはずもない。
 ならば……!
 次々に繰り出される連撃を受けながら、頃合いを窺う。
 受け、受け、受け――――ここだ!

 ジィンッ!

 エルオードの最も勢いの乗った一撃を前に、俺の持つ剣が弾き飛ばされる。

「真斗――!」

 切迫したエクセリアの声が響いた。
 その声こそ、助けになる。
 俺が、わざと剣を飛ばしたことを隠すために。
 疑いもせず、エルオードはとどめとばかりに、更に一撃を繰り出した。
 いや、複数。
 胴目掛けて五つがほとんど同時とも思える速さで、打ち込まれた。
 しかしそれよりも早く、銃口が火をふく。

「――――!?」

 咄嗟に身をひねって避けたのはさすがだけど、しっかりと肩口に銃弾は命中していた。
 不意のことに、バランスを崩すエルオード。
 俺は銃をしまい込み、弾かれた剣を拾い上げると、ここぞとばかりに攻め立てた。

「おおおおおおっ!」
「くっ!」

 一撃の重さは、こっちが上だ。
 まともに受けたエルオードに下がる機会を与えずに、猛攻する。

「はあああっ!」

 ギィイイイインッ!!
 凄まじい剣戟が響き渡り、エルオードを弾き飛ばした。
 追わず、俺は一旦下がって呼吸を整える。

「……驚きました」

 銃創のある肩を抑えながら、エルオードは苦笑した。

「まさかこの期に及んで拳銃とは……やられましたね」
「槍よか早く、しかも距離を置いて使える武器っていったら、やっぱりこいつだろ」

 抜き撃ちにはかなり自信があるし、何より俺がもっとも愛用しているのは銃だ。
 もっともザインの奴にぶった切られてしまっていたが、すでに新しいのを補充済みである。

「ま……一騎打ちに飛び道具ってのはあれだけど、こっちも負けるわけにはいかねえからな」

 エルオードには咒法がある。
 それは銃よりも凶器となるだろう。
 一方の俺は、あまり咒法が得意ではない。エクセリアのおかげで使えないこともないのだが、慣れていないことが一番の問題だ。
 だからこそ、あまり頼るつもりはない。

「しっかし……こっちも驚いたな。槍なんてもんを、あんたが使えたなんて」

 エルオードの実力は、上田と名乗っていた時には完全に隠していたのだろう。
 はっきりいって尋常なレベルではなく、エクセリアがいなければ、俺にさばききれるはずもない。

「……そうでもありませんよ」

 苦笑して、エルオードは槍を振るう。

「これは形見でしてね」
「形見……?」
「ええ。これはシュレストが作り、娘のラスティラージュに与えたものです。彼女は僕の妻でしたから」
「な……?」

 いきなりのことに、俺は言葉を呑み込んだ。

「僕はオルディードの孫に当たりますが、シュレスト第七子のラスティラージュとは、ほぼ同じ年齢でした。そういうわけもあって……ということですけどね」

 ……ラスティラージュはアルティージェに殺されているはず。
 そいつがエルオードの妻だって……?

「まあ……この事実は、シュレストはもちろん、アルティージェも、ラスティラージェ自身も知らないことですが。察せられるのも困るので、槍に関してはずっと隠していたというわけです」
「それで……アルティージェを殺そうと、エクセリアと契約したのか?」
「そうですね」

 あっさりと、エルオードは頷く。

「お互いに利用し合った、というところでしょう」

 少し離れた所で、エクセリアが僅かに顔を伏せていた。
 あまり、耳にしたくない過去のことだったのかも知れない。

「もっとも復讐心など、今では欠片もありませんけどね。アルティージェは面白い方ですよ。誰よりも最初に出会っていれば、また違った未来になっていたと思います」
「だったら……」

 俺が言うよりも早く、エルオードは首を横に振った。

「例えそれが間違いであったとしても、誰に最初に出会ったか、というのはその後の人生にどうしようもない影響を残すものです。そんなことは、真斗君自身が一番良く知っているのでは?」
「――――」

 それは、そうだ。
 由羅のこと。
 あいつとの出会い方が、まさにそうだったのだ。
 エクセリアによって変化した記憶の順番のせいで、俺はずっとあいつのことを敵とは思えなかった。
 出会い方一つで、こうも変わってしまう。

「僕の場合も、そうだったというわけです。彼女と出会ったこと。それがここに僕のいる理由の全てですから」
「……そんなに、エクセリアのことが?」
「ええ」

 頷き、エルオードは槍を構えた。

「彼女はまだ幼い。誰かが支え、導かねばならないんですよ」
「……そうかもな」

 同感といえば……同感か。

「ま……俺はそこまで大層なことを考えてるわけじゃねえけどな……」

 そういう役があるのであれば、悪いが俺がそこにいるつもりだ。
 押し退けてでも。

「ただ今は、茜が第一だ。とっとと倒して返してもらう」
「……直接、彼女の元に行った方が良かったのでは?」
「適材適所だよ。あいつにはいっぱい慕ってくれる奴らがいる。みんなで寄っても仕方ないだろ。あいつらが感情で茜を支えるんだったら、俺は冷静に、効率のいい方法でやってやる」
「ふむ……。僕の見込んだ通り、頼もしいですね」
「そうかよ」

 俺も構えをとる。

「――では」

 再び、エルオードの槍が唸った。

     /アルティージェ

「ふん……」

 互いにすれ違い、落ち着いたところで、わたしは自分の身体を見やった。
 見事に、切り裂かれている。
 浅く、一撃を受けてしまった。
 鮮血が溢れてはいるが、この程度ならすぐに止まるだろう。
 いかに魔剣とはいえ、この身の回復力は伊達ではない。

「まあ……痛み分け、というところかしらね?」

 振り返ったわたしは、茜を見た。
 茜に一切の傷は無い。
 しかし――その手に持つ剣が、途中から綺麗に断ち切られていた。

「剣を砕かれてなお、わたしの身体を残滓のみで切り裂いた実力は、本当に大したものよ。けれども、それで終わり。お兄様、あなたではわたしには勝てないわ」
「ふ……」

 初めて、茜が口を開いた。
 声は彼女のものであるが、そこに篭もる意思は違う。

「そのようだな」

 茜は頷く。

「口惜しいことよ……。やはり貴様に我は及ばぬらしい。さて、何ゆえであるか」
「そんなもの」

 わたしは笑う。

「実力の差でないことくらいは、わかっているのでしょう? わたしとお兄様の決定的な差は、そんなものではないわ」

 では何なのか。

「運命の差か」
「まあ、そんなところね」

 お兄様は強かった。
 継承戦争において、わたしはナウゼルお兄様に勝つことはできなかった。
 今でこそ負ける気はしないけれど、かつてはそうでもなかったのだ。
 単純な強さでならば、間違いなくお父様に比肩していたと認めてもいい。
 だけれども、わたしは勝てた。
 それは運が大いに味方したからである。

「お兄様には運がなかった。わたしにはあった。その程度ね」
「……しかし、決定的な差であった」
「そうね。決定的。そしてそれは、永遠に変わらないのよ?」

 茜の姿をしたお兄様はしばらく押し黙った後、最後の問いかけのように口を開いた。

「…………一つだけ聞こう」
「なにかしら」
「我を縛り続けたのは、なぜか? あのままとどめを刺していれば、こうも存えることもなかったであろうに」

 その問いに、わたしは笑みを浮かべた。
 きっと、どこか酷薄な笑みを。

「簡単よ。だってあの刻印で、メルティアーナお姉様を縛ろうとしたんだもの。許せるはず、ないじゃない」
「……なるほどな。何よりもまず、それを恨みに思ったか」
「それにね……。お兄様はあの刻印で縛る相手を間違えていたわ。その辺が、お父様に及ばなかったところかしら」

 答えて、わたしは自分の身体を見つめた。
 すでに出血は止まっている。

「どうするの? その子を素直に解放する気はないの?」
「笑止」

 茜は一蹴すると、折れた剣を手にしたまま、構えを取る。

「引かない、か」

 予想通りではあるけど。

「それが代償ならば、当然よね。……まったく、彼女ときたら」

 ナウゼルが覚醒したからくりは、大体読めてはいる。
 エルオードの干渉というよりは、もっと別の何かの仕業なのだ。
 ナウゼルだけでなく、オルディードやシャルティオーネの記憶や意識があったのも、その辺りが原因だろう。
 でなくてはただの妄執の分際で、ああも自我を持っていたわけがない。
 まあ……所詮は捏造されたものなのだろう。
 わたしがそのことに気づいたのは、エルオードに不意をつかれた時だ。
 お父様が造り出した魔剣とはいえ、あの一撃はわたしを深く傷つけすぎた。
 先ほどの茜の一撃とは比べ物にならぬほどに。
 理由は一つ。何者かがエルオードに力を与えているということ。そう……今の真斗にそうしているように。

「いいわ……来なさい。受けてあげるわ」

 わたしも槍剣を構えて。
 もはや必殺とも呼べぬ一撃を、待った。

     /エクセリア

「うおおおおっ!」

 叩きつける。
 エルオードは受け止め、押し返し、槍を振るう。

「く!」

 真斗は剣を立てて受け止め、凌ぎ、打ち返す。

「はあああ――――!」
「禁章! ■頁・■■行――――!」

 退いた瞬間に打ち込まれた光の塊を、真斗はことごとく打ち落とす。

「…………っ!」

 衝撃が両腕を襲う。
 弾かれた光は周囲に着弾し、爆発を撒き散らす。
 その圧力すらバネにして、真斗はエルオードに向かって飛びかかる!

「うらあ!」

 ギィン!

「っ………!」

 打ち込み、薙ぎ払う。
 弾かれるが構わない。
 更に振り下ろす――――!!

 絶えず繰り返される攻防。
 真斗の攻めを前に、しかしエルオードは一歩も引かなかった。
 かつて真斗はアルティージェをも退かせている。
 にもかかわらず、エルオードは退かぬ。
 剣の腕は真斗を上回るが、圧倒的というほどでもない。
 技術ではなく、ただ純粋な力のみでも引けを取ってはいない。
 なぜか。
 その疑問に目を細めた。
 私の意識は、全て真斗に傾けている。
 全身全霊をもって、支えている。
 それはかつてのアルティージェとの一戦に比べ、遥かに精度が上がっているはずだというのに。
 しかもこの身は真斗の精神に同調し、どんどん高揚していっている。
 引きずられている。
 しかしそれでいい。
 これが刻印による支配の結果だ。
 彼の精神こそ、私の根源となる。
 なぜだか……悪くはない。
 しかし――エルオードを打ち破れぬ。
 やはり、この地に封されていた呪いを身に受け、力としているからか……?
 しかし、このような雑多な妄執ごとき、シャルティオーネやオルディードの妄執にも及ばぬのではないか。
 確かに力はあるが、それに真斗が劣るとは思えない。
 ではまさか、私の意識が、微かにでもエルオードに味方しているからか……?
 ――そんなはずはない。
 私は真斗を選んだ。
 そういう未来を、見つめたのだ。
 過去と対峙こそすれ、引きずられたりはせぬ。
 では、なぜか……。

「はああっ!」

 響き渡る剣戟。

「なるほど――強い! さすがです……!」
「あんただってな!」

 お互いに打ち合い、衝撃音を残して離れる。

「――どうやら例の刻印は、エクセリア様に刻んだというわけですか」
「だから何だって言うんだ!」

 真斗は攻撃の手を緩めず、打ちかかる。
 それを受け止め、鍔迫り合いをしながら、エルオードは頷いてみせた。

「かつてシュレストも、その紋章をもってレネスティアに刻印したのですよ――ゆえに魔王となった!」

 払われ、真斗は下がる。

「何だって……?」
「初耳ですか。そうでしょうね……。シュレストは、レネスティアに刻印したことで、己が元にと引き入れ、魔王となったのです。レネスティアもあれで物好きな方ですから、自分を支配したシュレストに興味を持ち、傍に在るようになりました。……シュレストが歴代の魔王の中で最強と謳われるのは、まさにそこに理由があるわけです」

 そうだ。
 あの時レネスティアは、シュレストによって捕われたのだ。
 妹はそれを良しとし、身を委ねた。

「最強?」
「ええ。彼は彼女を仮にでも支配したことにより、レネスティアの認識力を自分で引き出すことができたのです。ゆえに誰よりも、自身を強くすることができました。実際、彼は敵無しでしたから」
「……なるほどな」

 真斗は苦笑したようだった。

「俺はいわゆる二人目ってわけか。まあ……いいけどな」
「そうでもないと、僕は思いますがね」

 エルオードも笑い、しかしすぐに表情を引き締め、二人はぶつかり合う。

「でええいっ――!」
「はああっ――!!」

 火花が散り、金属が悲鳴を上げて、衝撃を撒き散らす。
 技においては、エルオードが一歩上か。
 しかし気迫において、真斗は一歩も譲らない。
 連撃の中、互いに裂傷が増えていく。
 もう無傷ではいられない。
 だが――止まることはなく。

「…………っ」

 目眩がした。
 そのことに驚き、我が身を顧みる。
 疼きだす左手には、刻印。
 それを介して、私の意識が流れていく。
 それはなぜか心地良く、精神が高ぶっていく。
 愉悦とも思える。

「――――」

 恐らく、かつてレネスティアもシュレストを介し、この気分を味わったのだろう。
 そう――レネスティア。
 レネスティア……?

「!」

 ハッとなって、私は上空を見上げた。
 そこに――――彼女はいた。


「お久しぶりね……。姉さん」

 優しげとさえ感じる声音で、目の前まで上り切った私へと、妹は声をかけた。

「レネスティアか」

 宙に浮かび、私を見る大人びた赤い瞳。
 その瞳も、銀の髪も、私と同質のものだ。
 レネスティアは涼しげな表情でこちらを観察しながら、微笑んでいる。

「やはり、そなたの所為であったのか」
「そうね」

 隠そうともせずに、レネスティアは頷いた。

「…………」

 これで、エルオードの強さの説明がつく。
 真斗と同じように、エルオードもまたその力を捏造されていたのだ。
 私と同じ観測者である、レネスティアによって。

「ナウゼルのことも」
「そうよ……わたしが少し、ね。知っているでしょう? 彼は、フォルセスカのために尽くしてくれたわ……」

 なるほど……それゆえにすでに綻んだナウゼルの意思を繕い、アルティージェとの再戦に挑ませたのか。

「わからぬ……。エルオードに、そなたが手を貸す理由が」

 ナウゼルのことならば、分かる。
 しかしエルオードのレネスティアの間に、接点は無い。

「簡単なことね」

 くすくすと、笑う。

「同じなのよ……彼と」
「同じ……?」
「そう……同じ。わたしも貴女を、愛しているから」

     /アルティージェ

「ふ――」

 息を鋭く吐き出しながら、わたしはその一撃を受ける。
 その剣は折れているにも関わらず、今までの中で一番重く、そして強かった。

 ジンッ……!

 バラバラに、砕け散る。
 根元から全て、オルデイオン逢魔十戒の剣は灰燼に帰す。

「――見事よ」

 惜しみなく、わたしは賞賛を送った。
 それを受けたことで、わたしの腕と足が折れた。
 ――かつてもそうだった。
 継承戦争の最後、わたしはナウゼルと戦い、腕と足を折られ、絶体絶命であった。
 メルティアーナお姉様がナウゼルお兄様の息子であるブライゼンの軍勢を打ち破り、その場に辿り着き、決定的な一撃を与えてくれなければ、わたしは死んでいた。
 ナウゼルお兄様は無粋で飾りの無い兄であったが、それでもその強さには惹かれていた。
 紋章を譲られ、彼の力はお父様に比肩し、わたしがお父様を継ぐにあたってどうしても避けて通れぬ壁。
 それを乗り越えたものの、わたし一人での力ではない。

「最後ね」

 宣言して、わたしは折れた足で宙を待った。
 シャクティオンを構え、渾身の一撃を振り下ろす。

「――〝九天打ち崩す、降魔が牙〟」

 ……なぜナウゼルを縛り、今まで残したのか。
 思い返せば、理由は明白だった。
 再戦の望み。
 それはお兄様以上に、わたしの中にあったもの。
 わざと苦痛と屈辱を与え、王となったわたしに劣らぬ力を得させるという、我ながら鬼の所業だとは思うけれど、そうしてでもわたしは勝ちたかったのだ。
 魔王フォルセスカの時代、わたしは彼に遠慮して眠っていた。ところがその間にナウゼルお兄様はフォルセスカと、そしてイリスと戦い敗れた。
 目覚めた時、ナウゼルお兄様が消えていたことにはショックを受けたけれど、今日こうして再戦できたことは、僥倖か。
 わたしの放った一撃は、もはや抵抗もしない茜の頭上をかすめ、断ち切るべきものを、断ち切った。

「――――」

 糸の切れた人形のように、茜は倒れ伏す。
 これだけの時の中、ナウゼルお兄様の意識はすでに死んでいた。
 恐らくイリスに倒された時点で、絶えていたのだ。
 茜の中に眠っていたのは、ただの力の残滓に過ぎない。
 ゆえにこの場に彼の意識があるのはおかしい。
 何者かがその力を核に、かつての意識を再現して、いかにもそこにあるように見せかけていただけなのだ。
 つまり、捏造。
 そんな真似ができるのは、エクセリアかレネスティアしかいない。
 そして好んでこの力を使うのはレネスティアだ。
 だからこそ、その干渉の糸を断ち切った。
 圧倒的な存在力をもって、捏造を打ち消す。
 それは、如何な彼女達とはいえ、決して神や悪魔でないということだ。
 少なくとも、わたしの前にあっては。
 ――わたしは満足して、その場に倒れた。
 ナウゼルはお兄様もう、わたしに抗し得る存在ではなかった。
 しかし彼のおかげで、わたしの力の前では観測者のねつぞう擬似運命ですら、偽物と証明することができたのだから。

「………ふう」

 先ほどの一撃は、紛れも無く全霊を込めたものだった。
 一気に気が抜けて、わたしは尻餅をついたまま空を見上げる。
 そして、

「悪くないわね」

 そう、つぶやいた。


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