第66話 殴り合いだとしても

第66話 殴り合いだとしても

「―――――」

 泪が、何事か唱える。
 その瞬間に間合いを詰める楓だったが、詰め切る前にそれは完成していた。
 泪が両手を伸ばし、その周囲に現れる無数の赤球。

「く!」

 まずいと判断したのか、楓は前進を止めて来た方向へと跳び退く。
 その瞬間、それらが解き放たれた。

「うそ……!?」

 それこそ際限無く、それは打ち放たれる。
 無数の赤球一つ一つの威力は相当なもので、直撃すればただではすまない。
 私は必死になって、避け続ける。

「…………!」

 楓は時に赤球を打ち落としながら避け、イリスは迫り来るそのほとんどを、大鎌ではじき散らしていた。
 凄いと思ったけど、違う。
 怪我のせいでうまく動けないのだ。
 だからわざわざみんな、受けている。
 第一波が終わり、反撃に出ようとした瞬間に、第二波が打ちつけられる。
 この無数の弾幕を前に、イリスも楓も前に進めずにいた。

「これじゃあ……!」

 全然応戦できない。

「ねえ楓! あなた、同じことできないの!?」

 もしできるのだったら、二つの力がぶつかり合っている間に私が駆け抜けて――と思って、聞いてみる。

「時間さえかければ不可能ではありませんが――」

 この状況で、時間をかけることなど無理だ。
 相手は咒力が無尽蔵かと思わせる勢いで、狙いも定めずに連発してくる。
 避けることに集中すれば、咒法に集中することもできない。
 ……きっと千年単位で溜め込められた怨念が、力の源なのだ。
 そう簡単には尽きはしない。
 このままではいずれ、追い詰められてしまう。

「っ!」

 目の前で、イリスの目の前に赤球が落ち、彼女の姿が爆煙に消えてしまう。

「イリス……!?」

 イリスは大きな怪我をしてるのだ。
 きっとうまく身体を動かせなくて、はじき損ねてしまったのだ。

「イリス!」

 私は構わずにイリスの元へと飛び、仁王立ちして庇う。

「由羅……!」

 動きの止まった標的へと、赤球は一気に降り注いだ。

「この――ふざけないで!!」

 私は生命力を放出させると、迫る無数の赤球に向けて、収束させたものを打ち放つ。

「〝ラウザンド・ゼロ〟!」

 放たれた光は赤球を呑み込み、完全に打ち消した。
 そうか――
 そこで私は、自分のすべきことが分かったような気がした。

「イリス、大丈夫……!?」
「……うん」

 直撃ではなかったけど、イリスは更に傷を負っていた。
 口からは、未だに止まらない血が流れている。
 イリスの傷は、普通の人間だったらまず間違いなく死んでいるほどのものだ。

「――楓!」

 一旦攻撃がやんだところで、私は楓を呼ぶ。

「……イリスを治してあげて欲しいの。その間、私が何とかするから」
「何とかって……」
「だから早く。私じゃ防げても、決定打は与えられない。……やっぱりイリスがいないと」

 私の言葉に、楓が溜息をつく。

「残念ですが、それは認めましょう。彼女を完全に殺すには、イリスの力が不可欠です」
「……大丈夫、だから……こんな傷。すぐに……」
「治るでしょう、あなたなら。ですが今すぐにとはいきません。あなたの存在力をもってしても、多少の時間はかかります」

 だから手助けする、と楓は言った。ちょうど借りを返せますから、とも。

「でも……由羅……?」

 心配そうに、イリスが私を見る。

「大丈夫」

 私はにっこり笑いかけた。

「相手が物量でくるのなら、こっちだって。私は負けないもの」
「まさかあなた、先ほどのあれを……?」

 楓はすぐに、私の意図に気づいたようだった。
 その通りだと、頷く。

「無茶です。先ほどあなたが放ったような大技は、そう何度も放てるものではありません。そんなことをしてはあなたが――」
「そんなことない」

 私の強みといえば、二千年以上存在としてあった、という存在力の強さだ。
 そしてそれは、圧倒的な生命力を与えてくれている。
 あんな妄執の塊なんかに負けはしない。
 千年単位の力の勝負なら、望むところだ。
 ぞわりとした嫌な気が、向こうで膨れ上がる。
 泪を中心に、赤黒い闇が力を増していく。
 どうやら私の一撃を見て、戦法を変えるらしい。無数の力を分裂させるのではなくて、収束させて私を打ち破る気でいるのだ。
 こっちだって負けてられない。
 私も生命力を燃やし、力とする。
 ……咒法があまり得意でない私には、こんな単純な力技しかできないけれど。
 泪の赤い闇が、一つの大きな力になっていくのを見て。
 私はそれに立ち向かった。

     /黎

「く……っ!」

 茜とわたしは幾度も交錯しながら、戦場を駆けていく。
 もはや最初の場所からは遠く離れた山奥へと、移動していた。
 足場も悪く、木々に遮られた場は、武器を持つ方にとっては不利だ。
 しかし茜の持つ剣はやはり尋常でなく、あっさりと大木を切り裂いてわたしの首を落とそうと迫ってくる。

「――〝スィークティアスの光〟よ!」

 ゴォ!

 打ち放つ咒法は、一直線に茜を目指す。
 しかし茜はその剣の一振りで、咒法の光を霧散させた。
 高位咒法ですら、足止め程度にしかならない。
 どうやらよほどに――ナウゼルという男は強かったのだろう。
 わたしはユラのためだけに生きてきたのであり、それ以外の他者に対してはさほど強くもないのだ。
 所詮、わたしの敵う相手ではない。
 わたしは更に戦場を駆け、移動した。
 茜の追撃をかわしながら、やがて開けた場所へと出る。
 そこには。

「――ようやく来たわね」

 当然のように、アルティージェの姿があった。
 わたしは別に驚かず、その前に立った。
 アルティージェがここに向かうであろうことは予想していたし、実際向かったとのことは、すでに定から連絡を受けている。
 ならば利用させてもらうだけだ。

「かつて、あなたはナウゼルに負けたと聞いたけれど?」

 わたしの言葉に、アルティージェは煩わしそうに顔をしかめてみせた。

「負けてなどいないわ。勝てなかっただけ」

 思っていた以上にあっさりと、アルティージェはその事実を認めた。

「一年前の恨みでもあるの?」

 わたしはアルティージェの剣を受け、重傷を負ったことがある。
 あの時の彼女にわたしを殺す気はなかったのかもしれないが、それでも死んでも構わないとは思っていただろう。
 不愉快ではあるが、わたし自身も他人を簡単に批判できるほど、まっとうな人生を歩んできたわけでもない。

「別に。一度、真斗があなたを完膚無きまでに叩きのめしてくれたから、それで満足よ」
「完膚無きって……」

 またそこで、アルティージェが顔をしかめる。
 そのつもりはなかったのだけど、どうしても皮肉が混じってしまう。

「嫌な女ね」
「あなたこそ」
「ふん……まあいいわ。それで? あなたこそ、逃げてきたのでしょ?」

 茜を指して、アルティージェが言う。

「あなたの元に連れてきただけよ。とはいえ……彼が覚醒した以上、放っておいてもあなたの元に向かったでしょうね。兄弟の中では、彼があなたに一番酷い目に遭わされたのだから」
「そうだったかしら」

 肩をすくめるアルティージェ。
 罪悪感は、少しも感じていないらしい。
 一方の茜は、アルティージェを前に、明らかに変化があった。
 一言も語りはしないが、もはやアルティージェしか見てない。
 これで二人の戦いは避けられないだろう。

「――わかっているとは思うけど」

 一つだけ、言っておかねばならないことがある。

「依り代になっている人間のこと。茜を殺すような真似だけは、してはいけないわ」

 もしそんなことをすれば、確実にイリス様を敵に回すことになる。
 そのことは、アルティージェも承知のはずだった。
 でなければ一年前、ユラとアルティージェを追った茜が無事にすんだわけもない。

「さあ? そんなこと知らないわ」

 アルティージェはそうとだけ答え、一歩前に進み出る。

「おどきなさい。巻き添えをくって良いのならば、構わないけれど」

 言われるまでもなく、わたしは後ろへと下がった。
 元よりわたしなどが介入できる戦いではない。
 アルティージェもまた、茜しか見ていなかった。

「事情は聞いているわ、お兄様」

 嘲るように、告げる。

「フォルセスカに敗れた後、イリスにも負け、挙句にはネレアなんていうものにまで取り込まれて」

 その言葉に、茜が反応する。
 そして溢れ出てくる、いいようのない気配。
 憎悪だ。

「ネレアにへばり付いたままこの国に来て、九曜の人間にとり憑いて……いずれはわたしを、とでも思っていたの?」

 殺気が膨れ上がり、茜の持つオルディオン剛剣がアルティージェへと振り下ろされる。

 ギィンッ!

 しかしそれを、アルティージェはあっさりと受け止めていた。
 その、シャクティオン槍剣で。

「良かったわね。こうして会えたのだもの」

 くすくす笑いながら、アルティージェは槍剣に力を込める。
 はじかれ、茜は吹き飛ばされた。

「いつかの続きといきましょうか? ナウゼルお兄様」

 相手を兄とも思わぬ冷たい微笑を浮かべながら。
 アルティージェは槍剣を振るった。

     /真斗

 今までの不調が嘘のようだった。
 エクセリアにあれを刻み込んだ瞬間に、俺の身体の一切の不調が消し飛んでしまったのである。
 そのことに調子を得て、俺たちは目的地に向かって走っていた。
 向かう場所は、昨夜と全く同じ場所。
 第二ラウンドってわけか。
 エクセリアと出会った公園からはかなり距離がある場所であるが、単車を飛ばして山すそまでは来ている。
 そして今は、境内へと続く山道を登っているところだった。

「――――」

 登り始めてすぐ、異様な雰囲気に気づいて足を止める。

「……これは」

 山が鳴動しているのが分かる。
 そして眩い閃光が、時折闇を照らす。
 しかしそれ以上に……何か違うものが、この先全体を覆っているようだった。

「真斗」

 姿を現したエクセリアは、俺の横に並んで見上げてきた。

「なんか、やばそうにことになってるな……」
「恐らく、想念であろう」
「想念?」
「人の想いが凝っている。主に、妄執が」
「尋常じゃないな」

 そうとしか言いようがない。
 俺みたいに感覚の鈍い奴ですら、これほど感じるものが渦巻いているのだ。
 尋常なわけがない。

「この想念には、方向性がある。向けられるべき対象がいる」
「……というと?」
「アルティージェが山に登ったのだろう。ゆえに憎悪も活性化した」

 憎悪にアルティージェ、か。
 何となく納得する。
 あいつが過去にやらかした残骸――そういったものの類なのだろう。
 今ここに満ちているものは。
 もっともそれを掻き集めたのは、エルオードだろうけど。

「山頂へ」
「え?」

 そう言われて、俺はエクセリアを見返す。

「あの境内は上まで行かなくたって……」
「あれは、表にすぎぬ。この奥に、最遠寺が管理してきた呪いがある」
「呪い?」
「そうだ。この地はこの町の鬼門に当たる。それゆえ、様々な厄災が封じられた場所でもある」
「鬼門ねえ……」

 俺はそういったことには詳しくないが、それでもこの京都って町が、そういったものを意識して作られているってことは知っている。
 鬼門といえば、北東。
 京都市の北東を見てみれば、叡山やら鞍馬といった寺が、京都の鬼門鎮護の寺として信仰を集めてきたのは有名なことだ。

「恐らくこの場のことは、誰にも知られてはおらぬ。最遠寺はかつて叡山の末寺であったゆえ、その長吏がこの地において秘密裏に管理を任っていたらしいが」
「詳しいな」
「エルオードがそう言っていた」

 なるほど。

「で、まさかと思うけど……」
「エルオードはそれを解放するつもりだ。それこそ方向性の無い想念に違いないが、一時の力にはなる。そなたと戦うための」
「……どうしてそんなことができるんだよ?」

 不思議に思いながら、聞いてみる。

「聞いたはずだ。あの者とはネレアの契約を、かつて結んだことがある。わたしの知識だ」

「ふうむ……」

 エクセリアの、か………。
 と思った瞬間、ぼごっ! と突然何かが地面から飛び出してきた。

「げ!?」

 目を疑う。
 出てきたのは、まさに骸骨だったのだ。
 身体には、鎧と思しきものを一部身につけた、まさに落ち武者の亡霊といったところの物体。

「おいおいおい……!?」

 正直慌てた。
 気味が悪い上に、ぼろぼろになった太刀をひっさげて、こっちににじり寄ってくるのである。
 しかもあちこちで、似たような音がしていた。
 地面から飛び出てくる音。

「……これもあれか?」
「屍を利用する方法もできたはずだ。実際、二代目のネレアがオルセシス異端裁定において……」
「後にしろっ!」

 エクセリア自身はさほど脅威を感じていないらしいが、俺はそうはいかない。
 襲い掛かってきた骸骨に向け、解凍した剣を一閃させる。
 あっさりとそいつはバラバラになったが、似たような連中は次から次へと湧いて出てきていた。
 武者の格好をした奴だけでなく、中途半端に腐った、恐らく最近の自殺者じゃないかと思われるようなもので、こっちに向かってきている。
 ほとんどゾンビだ。

「くっそ……!」

 焦る俺を、不思議そうにエクセリアが見返してくる。

「あんなものは、ただ動くにすぎない。そなたが恐れるようなものでは……」
「見た目が気持ち悪い!」

 断言してやると、エクセリアは一瞬押し黙った。
 それからじっと連中を見つめ、もう一度口を開く。

「趣味が良いとは言えぬが……」

 やはり釈然としない様子のエクセリア。
 俺が嫌がっている理由を共感できなくて、不本意に思っているようだった。
 ……エクセリアって、こういうの見てもあまり感じないんだな。
 今だけはちょっと羨ましい。
 などと思っていると、腐った死体が俺の寸前まで迫っていた。

「くそっ!」

 ほとけさんには悪いが、遠慮はしてられない。
 俺は剣を振るって、前に進む。

「行くぞエクセリア!」
「――――」

 エクセリアは俺のぴったり横につく。
 俺達はそのまま亡者の群れの中を突き進んだ。

     /由羅

「はあ――っ!」

 幾度となく繰り出された闇を、私は全て振り払う。
 闇と光がぶつかり合い、大地を鳴動させる。
 相手も私を敵と認識したのか、執拗に私を狙ってきていた。
 更に大きな赤い闇が、木々を一瞬にして腐らせながら突進してくる。
 あんなものに触れられたら、私までおかしくなってしまう。きっとそういうもの、だ。

「このぉ!」

 構わずに、こっちも撃ち放つ。
 二つの力は相殺され、その場で消え失せる。
 さすがに疲労を感じてきたが、まだまだいける。

「――――キさマ」

 初めて、泪が声を出した。
 憎悪に満ちた声で。
 それはもはや泪の声ではなく、何かの集合体のような、入り混じった声。

「なゼ……ダ。我らガ恨ミ、貴様ごとキに届かヌはずガ……!」

 苛立ちが、その声から滲み出す。

「甘くみないでよ!」

 単純な積み立てならば、二千年以上も前に生まれた私の方が多いのだ。
 相手はレイギルアの次の魔王の時代の存在である以上、何百年か後の時代に生まれたことになる。
 消耗戦では、私の方が有利なのだ。

「ふん! いっぱい集まってるからって、私に勝てると思わないで! 烏合の衆って言葉、教えてあげる……!」
 今度はこっちから仕掛けた。

 放たれた光が大地を薙ぎ払う。

「ヌうううウうウ………!」

 それでもさすがというべきか、泪は私の一撃をしのいでみせた。
 そして即座に反撃してくる。

「死ねエエエエエエ!!」

 赤い触手が無数に展開し、私を貫こうと襲いかかる。

「この程度で!」

 どんどん戦意が高揚してくる私は、その触手の中に飛び込んだ。
 纏わりついてくるのを払いのけながら、泪を目指す。

「はああああっ!」
「!」

 懐に飛び込んだ私は、下から思い切り殴りつけた。
 何かが砕ける音がして、泪はまともに吹っ飛ぶ。
 確かな手応え。
 もう一発と思い、更に踏み込んだところに、赤い触手が行く手を阻むように群がってくる。
 触手に絡め取られ、嫌な圧力が全身に圧し掛かった。

「このっ!」

 私はそれを振り払い、先へと進む。
 そこへ放たれる、赤光の球。

「っ……!!」

 直撃だった。
 顔は庇ったものの、光は私を巻き込んで炸裂して、ずたずたに引き裂こうとする。

「こんなもの……!!」

 それでも、私の身体を壊せるほどのものではない。
 耐えることはできる!
 全身の生命力を防御として、耐え忍ぶ。

「――――っ!」

 赤い闇が晴れ、開けた視界の向こうには。
 その赤光を槍のように細く収束させて、投擲の体勢を取る泪の姿。
 完全に、照準が合ってしまっている。
 狙い撃ちだ。
 逃げるか、防ぐか、攻めるか。
 その瞬間に咄嗟に浮かんだ選択肢。
 私は迷わなかった。

「――――〝ラウザンド〟」

 これまでで最大出力の力を練り上げる。
 眩い光が全身を覆う。

「オオオオオオオ!」

 対する泪もまた、全身から想念を吐き出していた。
 全く異質でありながら同等の質量をもった力が、ぶつかり合う。

「――〝六軍打チ消ス、業魔ガ槍〟!!」
「〝息吹〟!!」

 赤と黄金。
 二つの光が一帯を、在り得ない光量で照らし尽くした。
 どうなるか、私自身分かっていた。
 私の光はあっさりと赤光の槍に貫かれ、しかし一切の勢いは衰えることなく、泪目掛けて収束していく。
 相殺するつもりなど毛頭無い。
 まだまだ我慢比べの続きなんだ……!
 視認できないほどの速さで迫る槍を、私はほとんど勘で掴み取り、少しでも狙いを逸らそうと力を込める。
「ぐ……!」

 それに意味があったのかどうかは知らない。
 槍は私のわき腹を抉り、貫いて背後へと飛んでいった。

「ふ――――は……っ」

 激痛が襲ってくる。
 ひどい出血だった。
 ずっと背後で槍は地面を貫いて、轟音と共に爆発する。
 一方で、私の目の前でも同じことが起こっていた。
 泪に収束した光は、地面を捲し上げるように根こそぎ破壊していく。

「はあ……はあ……」

 ぼたぼたと滴る血など気にせず、両方向から迫る爆風の中、私はじっと泪のいた方向を見返した。
 直撃だった……と思う。
 これだけの大技の後だ。防御が間に合ったとも思えないけど……。
 衝撃が収まり、爆煙が少しずつ晴れてきて、捜していた姿がはっきりと見えてくる。

「…………!」

 泪は、立っていた。
 やはり直撃だったのか、全身はすでにぼろぼろになっている。
 片腕は千切れ飛び、顔は火傷で爛れ、腹からは内臓を垂れ流しながらも……立っていた。
 その傷のせいで、すでに表情は分からない。
 それでも私を見ていた。
 怨嗟に満ちた瞳で。

「もう……終わりよ」

 今の一撃でとどめを刺せなかったのには驚いたけど、あの有様ではもう戦えはしない。
 別に苦しませるつもりもなかったし、次の一撃で終わらせる――そう思ったところで。

「え……?」

 私は目を疑った。

「ウ……ゲェィィィィェ…………! ギ。ギギギャビビビビ…………!」

 気味の悪い音を発しながら、泪の身体が異様な動きを繰り返し、そして、少しずつ再生し始めていた。

「う、うそ……!?」

 出血が止まり、抉られた肉が増え、千切れた腕が生えていく。

「う……」

 それは、とても嫌な光景だった。
 どうしようもなく醜くて、無様で。
 けど、ずっと昔の私もこんなことを繰り返していたのだ。
 レネスティアに散々に弄ばれ、壊される度に勝手に蘇生して、また繰り返す。
 とっても辛かったけど、こうやって外から見ると……かつての自分自身を見ているようで、どうしようもなく嫌になる。
 ううん――問題はそんなところじゃない。
 問題なのは、泪にもわたしたち千年ドラゴン並の再生能力があるということだ。
 もしその再生の理由が私たちのような〝呪い〟によるものならば、簡単には滅ぼせない。
 どうすれば……。

「ギェギギギャァアアアアアアア!!」

 再生途中のまま、動揺した私目掛けて泪が跳び掛ってくる。

「――――もうっ!」

 悩んでいても仕方ない。
 私は逃げず、反対に泪へと跳び掛る。
 空中でぶつかり、そのまま揉み合いながら地面をごろごろと転がって――その後はお互い殴り合いになった。
 防御などまったく考えずに拳を叩き込む。

「このおおおっ!!」

 どれくらい続いたか分からない。
 気づいた時には相手は動かなくなっていた。
 ……というか、上半身が人間の原型すら留めていない。
 だっていうのに、そいつはまた再生し始めていた。
 少しずつ、少しずつ……だけど、確実に。

「うそ……まだ」

 私はその場に立ち上がり、数歩退いてしまった。

「まさか、私と同じ……?」

 そうとしか思えない、再生能力。
 だけど、そんなの嫌だった。
 こんな怨念の塊みたいなやつが、私と同じだなんて……!

「――ううん。そんなことないよ」

 声は、後ろからした。

「――イリス!?」

 振り返れば、イリスと楓の姿があった。
 どうやらもう、イリスは大丈夫のようだ。
 そのイリスが私を見て、少し微笑む。

「由羅、すごい顔」
「え、ええ……?」

 そういえば、私だって泪に殴られまくったのだ。
 ヒリヒリと皮膚は痛いし、骨だってどこか砕けてしまっている。
 だけど、それもどんどん治っているのが自分でも分かった。
 そのうち完全に治るだろうけど、その間はちょっと恥ずかしい。

「まったく……殴り合いとは。桐生くんにでも習ったのですか?」

 少し呆れたように、楓が言ってくる。
 うん、って言ったら真斗、怒るだろうなあ……。

「ううん。真斗、殴り合いとか好きじゃないみたいだし。私は……その、あまり戦い方っていうの、知らなくて」
「でしょうね……」

 ここから見える周囲は、あらかた吹き飛んでしまっていた。
 私が手加減無しで暴れると、こうなってしまうのだ。
 少し、反省する。

「しかし、大した力です。おかげでイリスの傷も塞がりました。呪いの影響も受けていないはずです」
「もう、大丈夫だから」

 イリスはそう言って、私の前に出る。
 そして、足元で再生している泪を見下ろした。

「……これは、由羅やレダと同じなんかじゃない」
「本当……に?」
「うん。たぶん、人形がそういう風にできているの。依り代に力が残っている限り、再生し続けるようにって。だけどそれは、どんどん小さくなっていっているから」

 その言葉に、私は疑問を覚えて聞いてみる。

「だけどエルオードが、殺されれば殺されるほど、想念が増すって……」
「増していますよ」

 隣にきた楓が言う。
「叩けば叩くほど、この人形に詰め込まれた者どもの想念は増していっているようです。ですが……同時に身体の再生に、力を使わねばなりません。最初の時のように、スペアの人形をいくつも用意しているのならば、得た力を減じずにすむかもしれませんが、この状態ではそれもできません。……見たところ、消耗の方が激しすぎて、力はどんどんと小さくなっているようですね」
「由羅のおかげだよ」

 イリスの言葉に、嬉しくなる。

「ギ……ギギギギ…………!」

 原型を取り戻し始めた泪が、私達を見上げてまたあの気味の悪い音を上げ始める。
 身体はまだ動かないようだけど、威嚇はできるらしい。

「でも、どうやって倒すの?」
「わたしがやるから」

 イリスはそう言うなり、動き始めていた泪を無造作に踏みつけた。

「ギェ!?」
 手には大鎌を持っており、再生し始めている首の部分に狙いを定める。

「で、でも、そんなので……?」
「大丈夫ですよ」

 私の心配を見越したように、楓が声をかけてくれた。

「彼女はこれでもれっきとした死神なんです。確実に存在否定の力を振るえば、彼女を前に死を逃れられる存在などありません。今回は想念ごと、その存在全てを消し去るでしょう」

 楓がそう言い終わったところで、音も無く鎌が振り下ろされた。
 それは地面ごとその首を掻き切り、中途半端に再生していた首が転がっていく。
 そして、ようやく泪の身体は動きをやめた。
 完全に動かなくなってからややあって、その身体は黒い塵となって消え去っていく……。

「……終わり?」
「うん」

 その言葉に、私は全身の力が抜けるのを感じた。
 そのままへたへたと座り込む。

「……由羅?」

 そんな私を、イリスは不思議そうに見つめてきていた。

「どうしたの?」
「うん……なんだか、急に疲れて……」

 たぶん、今までずっと緊張していたのだろう。
 やっぱり私は、あんまりこういうのには向かないのかもしれない。
「ごめん……まだ何も終わってないのに」

 泪は倒したとはいえ、エルオードも茜も残っている。
 見渡してみるものの、すでに茜の姿もエルオードの姿も無い。

「ジュリィ……」

 大丈夫だろうか。
 思い出して、私はこんな所で座ってられないと立ち上がる。

「行く、よね?」
「うん」
「ええ」

 イリスと楓は頷いて。
 私たちは気配を求めて更に山の奥へと進んだ。


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