第62話 エルオードとエクセリア

第62話 エルオードとエクセリア

     /エクセリア

 なぜ、あんなことをしてしまったのか。
 理由は簡単で、考える必要のないこと。
 それでも、なぜ、と思わずにはおれない。
 そうすることの弊害が、分かっていなかったはずもない。
 死神に見られる危険まで冒し、しかも真斗を裏切るような行為ですらあった。
 しかし、そんなことをあの一瞬に考えたわけではない。
 気づいたら、彼を庇ってしまっていた……。

『――実をいうとですね。当てにはしていたんです。きっと一度だけ、僕を庇ってくれるだろうと』

 あの後、エルオードはそう言っていた。
 私自身が分からないことを、彼は分かっている。
 なぜかと聞けば、答えはあった。

『あなたが真斗君を選んだからですよ。それが理由です』

 真斗を選んだことが、理由……?

『そうです。自由の代償。そして、乗り越えねばならないものの一つ、ですかね』

 それは、どういう意味だったのか。
 私はまた、悩む……。

     /真斗

 目が覚めた時はもう、昼近くになっていた。
 窓から差し込む光が眩しく、また時計の針もそれを証明している。
 身を起こそうとして、起き上がらなかった。

「…………?」

 はて?
 もう一度やってみるが、やはり動かない。
 ……何やらおかしい。
 どうも身体がいうことを聞いてくれない。
 しかもおかしいのは身体だけでなく、部屋も変だった。
 いつも見ている、自分の部屋の天井じゃない。
 ここは事務所の一室で、そういや昨日もここで……。

「!?」

 一瞬にして昨夜の記憶が蘇り、飛び起きた。

「つあっ……!?」

 身体は動いた。
 しかし極大の筋肉痛のようなものが、全身を襲う。

「く――――あ」

 ばたん、と再び倒れ込んだ。
 くそ、これは……!

「――真斗」
 驚いたような声が耳に届いた。
 見れば、黎がこっちを覗き込んでいる。

「目が、覚めたのね」

 少しほっとしたように、黎は言う。

「……ちょっと、起こしてくれ」
「ええ」

 何も聞かず、黎は上半身を起こすのを手伝ってくれた。
 やはり身体は痛いが、とりあえず何とか動かせそうだった。

「身体、思うように動かせないのね」
「……ああ」

 原因は――まあ、あいつなんだろう。

「いないんだろ? エクセリア」
「…………」

 明確な返事は無かったが、そういうことのはずだ。
 つくづく実感する。
 やはり俺の身体は、あいつ無しじゃどうにもならないと。

「しっかし……本当なんだな。死体を無理に動かしてるってのは。エクセリアがいないと、油の切れた機械みたいになっちまう……」
「みたいね」

 苦笑して、黎は俺を眺めた。

「でも良かったわ。もう目が覚めないのかと思ったから……」
「俺がぶっ倒れてから、ずっと寝てたってわけか」
「ええ」

 きっとあの時は、混乱の極みだったのだろう。
 思い返す。
 泪をあと一歩というところまで追い詰めておきながら、全ては瓦解した。
 まずアルティージェがやられ、茜がさらわれて、俺は俺でその場でいきなりぶっ倒れれば、あの場は相当混乱したはずだ。
 少し、昨夜のことを思い出してみる。
 俺は所長と戦った。
 ところが所長は泪に支配されている振りをしたにすぎず、楓さんとも示し合わせて一芝居うったのだ。
 それは泪にとって不意打ちとなり、完全にあいつを包囲することができた。
 だというのに、思わぬ人物が俺達を不意打ちした。
 それが上田さん――いや、エルオードってのが本当の名前か。
 それだけが、さっぱり分からない。
 俺の知っているエルオードの素性は、黎にその身体を人形に作り変えてもらったことを代償に、ずっと黎に仕えていたというもの。
 しかしそうしたのには理由があった。元々はあのアルティージェの臣下をやっていて、ある日突然追っ払われてしまったにも関わらず、忠臣らしくずっとその行方を追っていたのだ。
 それこそ、千年単位で。
 そこまでしていた相手に対し、どうしてあんなことをしたのか。

「……アルティージェは?」
「無事よ。だけど意識を失ったままね」
「……ちょっと驚きだな」

 あの傲岸不遜のアルティージェが、しおらしく意識不明、とはな。
 本人が聞いたらさぞ怒るだろうけど。

「……仕方ないわ。あの時エルオードが持っていたのはオルディオン逢魔十戒の剣……。シュレストの遺産である上に、千年普遍の効力まで得た武器だもの。いかに千年ドラゴンとはいえ、傷つかずにはいられないものなのよ」
「ま、けっこう深くやられてたしな……。あれで生きてる方が、本当は不思議なわけか」

 身体を串刺しにされた挙句、更にもうひと太刀浴びたのだ。
 以前同じようにぶっ倒したのに、あっさり現れやがったものだから、いまひとつ実感が湧きにくいけど。
 あと、由羅とか見てるとな……。

「まあそれでも、アルティージェの蘇生の遅さにには多少、違和感を覚えるけれどもね……」
「違和感?」
「ええ。ユラに比べ、千年近く後に生まれている以上、彼女の不死性はユラには及ばない。そもそも完全に千年禁咒をうけている時点で、完全ゆえの制約も受けるわ。だから不思議ではないのかもしれないけれど……らしくない、というか。まあその程度のこと」

 らしくない、ね。
 そういやそうなのだ。
 なるほど俺が感じているのもそんなところなのかもしれないな。
 あいつがぶっ倒れていること以前に、いかに不意打ちとはいえエルオードの剣の二度も受けたことこそが、らしくないのである。

「それよりも真斗、エルオードのこと、聞きたいのでしょ?」

 アルティージェの話を出したことで、察したらしい。

「まあ、な」

 素直に認める。

「わたしも思いもよらなかったわ。まさか、彼があんなことをするなんて」
「やっぱ、原因はわからない、か」
「アルティージェ本人に聞くのが一番なんでしょうけど、想像程度ならば、話せるわ」
「それでいい」

 少しでも、納得できる理由を知りたい。
 でなければ、どうして茜をさらったのか――そしてどうする気なのか、それを考えることもできない。
 茜か……くそ!
 結局俺は最後の最後で役に立たなかった。

「……エクセリア様から、こんな話を聞いたことはない? エクセリア様が、アルティージェを殺そうとしたことがる、と」
「ん……?」

 言われて、思い出してみる。
 そういや……。

「あった、気がするぞ。自分はあいつを殺そうとしたことがあるって……でもって嫌われてるんだって」
「その時の刺客がね。エルオードだったの」
「な!?」

 さすがに驚いた。

「ネレアという契約があるわ。魔王という契約はあなたが知る通り、悪魔――つまりレネスティア様との間で結ばれるもの。ネレアの契約は、エクセリア様が為したものよ。ただし魔王とは違い、あくまで知識を与えるのみのもの。その知識を活かし、どう強くなるかは本人次第……。その最初の一人目が、エルオードだったのよ」
「じゃあ何か? あいつはエクセリアと契約を結んでいて、それでアルティージェを殺そうとした過去があるっていうわけか」
「ええ。ちょうどそれが、継承戦争が終わった後のことね。アルティージェは王位を継承し、その力は増していたものの、エルオードを前に相当苦戦したらしいわ」
「けどしくじったんだろ?」

 エクセリアはそう言っていたし、何よりアルティージェが今もぴんぴんしてるのが証拠だ。

「そう。エルオードは負けたわ。せんしふう千絲封と呼ばれる禁咒を用いながら、それを逆手に取られてね」
「千絲封……?」
「けっこう有名な禁咒よ? あのイリス様を千年も封印していたという、いわくつきのね」
「――あのイリスを!?」
「ええ。その原型となるものなのだけど……まあ、それはまた別の話になってしまうわね。とにかく彼は敗れ、ネレアの知識をも奪われ、またアルティージェは強くなってしまったわ」

 魔王であって千年ドラゴンでもあり、ネレアの知識も有すって……あいつ、ここまでやるかっていうくらいの最強ぶりだよな。

「……そんだけ強けりゃ、くそ偉そうにもなるわな」
「ふふ。彼女の性格は生まれつきのはずよ?」
「それもまあ、納得か」

 だってアルティージェだしな。
 理由になってないけど、それで納得できてしまうのは不思議なところだ。
 それはさておき、

「負けて、その後はどうなったんだ?」

 続きを聞いてみる。

「変わり者だったから。二人とも」

 そりゃ認めるけど。

「さすがに詳しくは知らないわ……でもどうやら二人は意気投合して、エルオードはその時にアルティージェの臣下になったらしいのよ。そしてそれは、千年ほど前まで続いたわ。最後の魔王の時代ね。そしてその頃に、わたしに仕えるようになったの」
「…………」

 まさか、と思う。

「あいつ……もしかして、本当はずっとエクセリアの臣下のつもりでいたんじゃないのか?」

 エルオードの忠臣振りは、話を聞いても普段を見ても、よく分かる。しかしあいつが本当に忠誠を誓っていたのは一人だけで、それは一番最初のエクセリアだったのではないか。

「アルティージェに下ったのは、いつかエクセリアのために使命を果たすためで……」
「わたしもそう思ったわ。正面から挑んでも勝てないと考えて、彼はずっと、彼女が油断する機会を待っていたのよ」

 そしてそれが、昨夜だったってわけか。

「じゃあ……エクセリアが庇ったのは……」
「きっと咄嗟のことだったのでしょうね。エルオードはエクセリア様にとって、契約を結ぶほどの相手だったのだから」

 ……なるほどな。

「……俺の身体がやばそうなのは、エクセリアがあっちについたからって考えるのは、早すぎるか?」
「もちろんよ」

 黎は即答した。

「もしエクセリア様がその気ならば、真斗は生きてなどいられない。それがこうして存在していられるのは、エクセリア様はまだあなたのことを見ているということ。ただ今は、きっと心が揺らいでいるのよ……。自分の行動に、戸惑っているのね」
「……相変わらず、難儀なやつだな」

 そう思うけど、いかにもあいつらしいといえば、あいつらしい。

「今回は、色々と騙されてばかりだな」
「そう?」
「そうだろ。最初は泪、次は所長と楓さん、今度はエルオード。もう誰も、化けねえよな……」

 ま、考えても仕方ない。
 今は茜のことだけでいいだろう。

「よっ……と」

 痛む身体を我慢しながら、何とか起き上がる。

「動いていいの?」
「動かなきゃ、どうにもならんしな。みんな、いるんだろ?」

 所長にも、聞きたいことはある。

「いるけど……。イリス様には気をつけてね」
「なんで?」

 聞き返すと、黎は嘆息した。

「今ちょっと、精神的に不安定になっているのよ。目の前で茜を奪われたことが、よほどショックだったみたいで……」
「まあ……不思議じゃないな。あいつ、相当茜のことを気にしてたし」

 それにしても、あのイリスが不安定、か……。

「あなたが倒れた後、大変だったのだから。本当、ユラがいてくれて助かったわ」
「由羅が?」
「ええ。暴れるイリス様を抑えてくれたの。あとはずっとなだめてくれて……。だから今は一応落ち着いているけれど、だからって油断はできない。特にあなたは……」
「エクセリア、だろ」

 黎の言わんとしていることは、分かるつもりだ。
 イリスを邪魔したのはエクセリアで、あいつのことをずっと隠していたのは俺だ。
 とばっちりといえばそうだが、仕方無いだろう。

「だからって、このまま会わないわけにもいかないしな。で、イリスは?」
「ここにいるわ」
「和泉さんのとこには戻らなかったのか」
「戻れないって……そう言っているわ」

 イリスのことを一番何とかできそうな人物といえば、和泉さんしかいない。
 そしてイリスが一番懐いている相手でもある。

「戻れない?」
「裄也に会わす顔がないって、そんな感じでね」
「……なるほどな」

 和泉さんと茜は、けっこう親しい間柄だ。
 そのことをイリスも知っていて、そんなことを言うのだろう。

「ま、ちゃんと話すさ」


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