第61話 激闘②

第61話 激闘②

     /真斗

「…………!」

 木々をなぎ倒して、俺は背後を振り返る。
 所々肌が焦げて、嫌な匂いを発しながら煙が上がっている。
 しかしそれは、柴城も同じことだ。
 振り返り、俺と同じような惨状になりながら、笑う。

「――シャクティオンか。見様見真似にしては、大したものだな」
「くそ……。やっぱり押し負けたか」

 それは認めざるを得ない。
 俺が柴城に対して放ったのは、かつてアルティージェが放った一撃。
 俺はその記憶を頼りに、エクセリアの力を借りて再現しただけだ。
 柴城の言うように、俺にとってもエクセリアにとっても見様見真似に過ぎない。
 本来あいつが放つものに比べれば、児戯に等しいだろう。
 しかしそれでも、柴城の一撃の九割九分を相殺し、負けたとはいえ勝たせもしなかった。
 残ったただの一分で殺せるほど、俺は甘くない。
 それに――

「ちゃんと、見せてもらったぜ」

 柴城が放った一撃。
 俺の持つ剣と全く同じものを柴城が携えている以上、それこそがこの剣の本来の力を引き出す技なのだろう。
 ならば、次は。

「俺たちの勝ちだ」

 見ていたのは俺だけではない。
 エクセリアだって、同じだ。
 そしてエクセリアならば、同じものを〝捏造〟できる。

「ふ……ははは。面白い」

 何がおかしいのか、柴城は愉快そうに笑ってみせた。

「おれの持つ剣は偽物だ。本物は全てアルティージェに譲り、その管理下にあるはずだからな。よくできてはいるが、所詮は急ごしらえのコピーに過ぎんのだろう。しかし放つ技は一応本物だ。一方のお前の持つ剣は本物で、放つ技は偽物ときたか……」
「……滅茶苦茶だな」
「全くだ」

 だけど、今の柴城の言葉で分かったことがある。
 つまりお互いに条件は互角。
 あとは――

「来い、真斗。受けてやる」
「……望むところだ」

 俺の生命力のほとんどは、エクセリアに依存している。
 だから俺の意思に呼応して、エクセリアがそのゲージを上げていく。
 俺ができることは、再現し、耐えることのみだ。

「――加減はせんぞ」

 再び、圧倒的な光が溢れ出す。
 空間が、唸る。

「上等――」

 受けて立つ――いや、こちらが攻める。
 打ち滅ぼす――それだけを目指す。
 お互いが、剣を振り上げる。
 打ち放つ――!

     /茜

「〝後悔の海・懺悔の原・エインの言霊〟!」

 泪が打ち放った咒法は、手に持つ杖のせいで、倍加されていた。
 威力が増している。
 とてもまともには受けていられない。やり過ごして叩き返す!

「〝スィークティアスの光〟よ!」

 光の咒法を投げつけ、同時に銃の引き金をも引く。
 一つの技の力で劣るならば、数で勝負する!

「く――」

 直撃はしない。
 しかしかすってはいる。
 確かに泪の咒法の力は大したものだ。
 認めるとすれば、私は一歩……いや二歩は劣っている。
 しかし体術・格闘となれば話は別だ。
 私の方が優位なのは間違いない。運動能力では負けはしない。
 だから互角。
 お互い一歩も引かず、咒法の応酬を繰り返す。
 もはや外のことなど見えない。
 由羅は無事か、イリスは大丈夫なのかということも。
 だというのに。

「――――!?」

 圧倒的な力の奔流を感じ取って、私は足を止めた。
 それはここから離れた山林の方。
 真斗が戦っているであろう場所。
 いったいどんな戦いをしているのか、見当もつかない。
 そんな場所から、かつてない力が発せられている。
 この場にすら、影響は及んでいた。

「ふ――どこを見ているのです!?」
「――――っ!」

 油断していたわけではなかったが、一瞬気をとられていたせいで、かわすのが僅かに遅れた。
 とはいえ、微かに頬をかすめた程度の傷だ。

「ふふ、これで彼も終わりですよ。お父様が放つあの光は、紛れも無く最強です。耐え凌げる者など存在しません」
「――何を根拠に」

 泪の言葉など、私は全く意に介しなかった。

「私は負けない。真斗も負けない。わかりきったことだ」

 今は、自分のやるべきことをする。
 それだけで、いい。
 それは信頼とはまた違う、別の何か。
 それが何であるか、私にも分かりはしなかったけれど。

     /真斗

「〝三界打ち滅ぼす、天魔が剣〟――――!!」

 それは、どちらの声だったのかは分からない。
 全く同質の力に、辺りは白昼と化す。
 閃光がでたらめに飛び交う。
 光はただの可視光だけのはずもなく、触れれば侵食し、一気に破壊される。
 だが確実に、境界線がある。
 光と光の中、その一線があるはずだ。
 それを先に越えた方が――勝つ。

「おおおおおおおっ!」

 空間が軋む。
 大地が抉れる。
 風が風を殺し合う。

「――――来るか!」

 柴城もまた、その境界へと駆けた。
 そして長くも一瞬の後に、二つの刃が重なり合う!

 ジィイィィィィィィッ!!

 正真正銘の、鍔迫り合い。
 耳を劈く音と共に、周囲の全てが荒れ狂う。

「くそおおおおおおおっ!!」

 後先は考えない。
 この一撃で、終わらせる!
 ――そして。

 ジィンッ!

 何かが砕けた。
 突然にして遮るものがなくなり、お互いに前へと倒れこみ、勢いのまま転がっていく。
 その瞬間に、光もはじけていた。

「ぐあ――――あ………」

 全身がバラバラに砕けたかとも思える衝撃だった。
 どこもかしこもが痛くて、いったいどこが痛いのか、まるでよく分からない。
 身を起こそうとするが、生気がごっそり抜けたようで、力も入らなかった。
 立ち上がろうとして、転ぶ。

『真斗』

 聞こえてくるのは、気遣うエクセリアの声。

「大丈夫だ……」

 身体の消耗そのものは、エクセリアのおかげで早くも少しずつ治ってきている。
 問題なのは精神の方だ。明らかに、身体そのものではない何かが悲鳴を上げている。

「ち……くそ、このぽんこつめ……」

 自分のことだが、そんな悪態が出てきてしまう。
 頭がずきずきと痛む中、ようやく俺は、柴城の方を見ることができた。
 向こうは片膝をつき、俺と似たようなダメージを受けている。

「……相討ちかよ」

 そう見えた。
 向こうにも余力があるようには見えない。

「いや、そうでもないぞ」

 軽く、いつもの調子でそう言う。
 真意が分からず目を凝らして――ようやく気づく。
 柴城の持つ剣は、途中から完全に砕けてしまっていた。
 一方俺の持つ剣には、何の損傷もない。

「練成もせず、力技だけでここまでやるとは恐れ入ったな。さすがと言うべきか、若いっていうのはいいもんだな」
「……何言ってやがるんだ」

 軽口なんて、聞いている暇は無い。
 今から行って、とどめを――――

「――いいじゃないの。これで終わりにしておきなさいな」

 ――なに!?

 俺の意思を遮るように、何者かの声が響く。
 ぎょっとなって、声のした方向を見返した。

「てめ……アルティージェ!?」

 当然のように、そいつはそこにいた。
 相変わらず傲然として、見下ろすような態度はそのままで。

「あら」

 俺の言葉に、何やら嬉しそうに微笑む。
 そのままアルティージェは無造作に歩み寄ると、柴城の前まできて跪いてみせた。
 おいおい……?

「――お久しぶりです。お父様」
「――実感を持てと言われても困るがな。アルティージェか」
「はい」

 頷いて、頭を上げる。

「まさか、再びお会いできるとは思ってもいませんでした。嬉しく、思います」
「…………」

 丁寧に、しかも敬愛すら感じさせる口調で話すアルティージェを見て、俺はただただ唖然となるしかなかった。
 何ていうか、普段のイメージからかけ離れすぎている。
 いったい何だってんだ……?
 と、すぐに柴城は苦笑したようだった。

「よせよせ。お前ならわかっているはずだ。おれはシュレストなんかじゃない。記憶や力は多少あるが、その程度。シャルティオーネとは違う」
「ふふ、そうね。だけれど、茶番のつもりではないのよ? お父様とは違って」
「茶番……?」

 俺は眉をひそめる。

「あら、気づいていなかったの?」

 アルティージェは立ち上がると、面白そうに微笑んだ。

「まあ――そうね。気づいていては、先ほどのようにがむしゃらはできないものね?」
「おいこら……いったいどういうことだ?」
「いいわ、ご褒美よ。わたしが話してあげる」

     /茜

「はあ……はあ……」

 さすがに疲労を隠せなくなってきた。
 否応無く、肩で息をしてしまう。
 しかしそれは、相手も同じだった。

「九曜茜……まさかここまでできるとは……!」
「ふん、今さらだな」

 私と泪の勝負はついてはいない。
 だけど、実際には決まったようなものだった。
 泪の焦燥の様子が、それを物語っている。

「もう終わりだ」

 イリスを前に、ザインはすでに敗れている。
 そのザインが引き連れてきたであろうアトラ・ハシースも、その大半が由羅によって叩きのめされていた。
 頼みの柴城さんも、恐らく――――

「――このような所で!」

 怒りに任せ、杖をかざす。
 最初に見せた、あの技か。

「……それは私には通じない。お互い傷つくか、無駄に終わるだけだ」
「――それはどうでしょうか。あなたは疲労している。そして消耗も。あのような禁咒を幾度も使えるほど、あなたは強くはない」

 それはその通りだ。
 今の私に、禁咒を扱えるほどの余裕は無い。
 ゼオラルーンの引き金を引くことすら、もはや多大に苦痛を伴うことになってしまっている。
 だけど、それが何だというのだ。

「ふん、甘く見るな。あと一度や二度くらい、できないとでも思っているのか?」
「――それならば」

 試してやると、泪は杖を振るった。
 呼応するように、周囲の温度が低下していく。

「今度こそ、味わうが良いでしょう――極北の吹雪を!」
「ならば地獄の極炎、凍りつかせてみるがいい!」

 引く気は無かった。
 正面勝負。
 小細工も無用だ。
 残りの力を全て用いてでも――
 そう、思った瞬間だった。

「っ――な…………!?」

 不意に上がる、驚愕の声。
 紛れも無く、泪のものだ。

「馬鹿な……!」

 私のことなど忘れたようにその場を跳んだ泪だったが、その後を鮮血が舞っている。
「…………?」

 何が起こったのか、すぐには分からなかった。

「なぜ生きている!?」

 肩に刺さった鏃を抜きながら、泪は私以外の誰かを見て、そう叫んだ。

「――何を当然のことを。私が誰に敗北すると言うんです?」

 応える声に。

「え――?」

 私は頭が真っ白になる。
 よく知った声……これ、は――――

「姉さま!?」

 知らず、そう呼んでしまっていた。

「……久しぶりね。茜」

 本当に久しぶりに、姉さまと顔を合わせる。
 私を見て、微かに笑みを浮かべてくれた。

「まさか――在り得ません! あなたはシュレストに……!?」
「――ふふ、なあに? みっともない」

 不意に小馬鹿にしたような声が響いた。泪はぎくりとなって振り返る。
 そこには真斗と、柴城さん、そして――声の主であるアルティージェの姿。

「アルティージェ……!」
「いったい――どういう……!?」

 どうなっているのか私も分からないが、それは泪も同様のようだった。
 完全に動揺してしまっている。

「まだわからないのかしら? そんなことだから、あの時にメルティアーナお姉様に負けたのよ」

 それは痛烈な皮肉だったようで、泪は歯を噛み締めた。

「――つまり、定は裏切ったふりをしていたというわけね」
「――黎?」

 いつの間にか、私の傍に黎の姿があった。

「帰ってきていたのか」
「ええ。遅ればせながら、小一時間ほど前にね。エルオードを治した後、楓と一緒にここまで来たのよ」
「在り得ません……ふりをしていたですって!? お父様が、わたくしの支配を逃れられるわけが……!」

 狂ったように、泪は叫んだ。
 ここにきて、泪は完全に追い詰められている。
 話が本当ならば、柴城さんに真斗、アルティージェに姉さま、そして由羅、イリス、黎、私――その全てが敵として、囲っているのだ。
 もはや逃れることなどできはしない。

「なるほど、確かにお前の憶測通りだったならば、おれへの支配は完璧だっただろうな」

 煙草に火をつけながら、柴城さんが言う。

「しかしお前は勘違いしている。おれは――というかシュレストは、アルティージェに殺されてなどいないんでね」
「な……?」
「だが未練はあった。自分自身では果たせなかったという未練が。お前が見つけた――というか、掴まされたのはまさにそれだったんだ。未練には違いない。しかしお前と同じくするものではなかったということだな」
「く……う……」

 それが、どれほど信じられない事実であったのか、泪の顔を見れば一目瞭然だった。

「さて……シャルティオーネお姉様? せっかくなのだから、もう一度処刑してさしあげましょうか? 今度はどのような趣向がよいかしら。お好みにあわせて……存分に嬲ってあげるわ」

 ひどく残酷な笑みを浮かべて、アルティージェが言う。
 そしてそれを、誰も止めはしない。
 この中で、恐らく最も寛容な真斗でさえ。

「いい。始末は私がつける。手出しはいらない」

 アルティージェに向かって、私は言った。

「あっさり殺すと言うの?」
「嬲る趣味なんかない。ここで終わらせられば、それでいい」

 私の言葉に、拍子抜けしたように、アルティージェは小首を傾げてみせた。

「ふうん……優しいのね。けれどつま――――」

 そのアルティージェの声が、なぜか不意に止まった。
 誰もの視線が、その不自然な間に反応して、彼女の方を向く。
 そのアルティージェの胸から生えていたのは、一本の剣だった。

     /真斗

 アルティージェの言葉が急に止まり、あいつの方を見た時にはもう、それは胸を突き破って生えていた。
 銀の刃。
 それが、血に染まっている――

「な……!?」
「…………ようやく来たわね」

 何が起こったのか分からない一同の中で、ただ一人、アルティージェだけが全てを理解しているようだった。

「――はい。ようやくこの日が来ました」

 あっさり頷いたのは、男の声。

「な、上――――」

 俺が声を上げるよりも早く、振り返ったアルティージェへと、上田さんは引き抜いた剣を袈裟懸けに振り下ろしていた。
 再び舞い散る鮮血。
 大量に撒き散らした鮮血を身に受けて、アルティージェはその場に倒れこむ。

 ――分からない。

 なぜ上田さんがアルティージェを……!? そもそも上田さんは、アルティージェのことを――

「シャルティオーネ!」

 みんなの思考が停止していた一瞬の間に、上田さんは迅速に行動していた。
 上田さんの声に反応し、泪は茜の横にいた黎へと飛び込んだ。

「!」

 不意を突かれ、為すすべなく叩き伏せられる。

「黎――!」

 叫ぶ茜へと、すでに上田さんは向かっていて――

「あう……!」

 今までの戦闘で疲労し、咄嗟のことに反応できなかった茜は、飛び込んだ上田さんの拳の一撃を受け、胃液を吐き出して身体を曲げる。
 その身体を、上田さんは軽々とかついで。

「――――」

 あまりの展開の早さに、それでも一番に反応していたのはイリスだった。
 大鎌をもって、迷わず上田さんへと襲いかかる!
 その勢いの前に、茜をかついだ上田さんは、振り向くことしかできなかった。
 両断される。
 誰もがそう思った。
 しかし――

 ギィンッ!

「!?」

 イリスははじかれた。
 上田さんの目前――いや、その前に突如として現れたエクセリアに阻まれて。

「エクセリア……!?」
「邪魔を……!!」

 イリスの瞳が、怒りで燃え上がる。
 ここにきてようやく、由羅や楓さんも反応していた。
 しかし、遅い。
 戦いで疲労していた俺や所長が反応できるはずも無く、そして由羅や楓さんも間に合わなかった。

「〝七星打ち堕とす、白魔が夜〟――――!」

 泪の言葉と共に、吹雪が一帯を襲う。

「茜――!」

 楓さんの声が、掻き消される。

「――助かりました。本当に」

 上田さんはエクセリアに向けてそう微笑むと、泪と共にその場を離脱した。

「この――!」

 イリスが追う。
 しかし、エクセリアが許さない。
 業を煮やしたイリスは、対象をエクセリアに切り替えて、襲い掛かる!

「やめろ!」

 俺の叫び声など空しく響くだけで、止められるわけもなかった。
 しかし結局イリスの刃は届くこと無く、上田さんが無事に場を去った頃合いみて、エクセリアは姿を消す。
 ただその表情は、いつものあいつのものではなかった。
 激しく感情が入り乱れ、その中のもっとも大きなものは、後悔の表情。
 なぜそんな顔をしたのか。
 そしてどうして――上田さんを庇い、イリスの邪魔をしたのか。
 そうすることで、茜を奪われると分かっていながら。

 ――わけが分からない。

 頭がおかしくなる。
 いったいなにがどう――
 そうやって、俺が混乱しかけたその時、だった。

 ドクンッ……。

 何かが――震えた。
 不意の出来事に、頭が真っ白になる。

「――――!?」

 一気に全身から力が抜けた。

「!? く……!?」

 突然身体が脈打ち、俺は膝をつき、そして倒れ込む。
 力が入らない。
 これ、は……!?

「真斗!? 真斗――――」

 誰かが俺の名を呼ぶ。
 誰のものかなど分からない。
 しかしどうすることもできず、意識は、途切れた。


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