第60話 激闘①

第60話 激闘①

     /茜

 響き渡った剣戟に、私は顔を上げた。
 こっちを心配そうに見つめる由羅と、イリス。
 その向こうで真斗と柴城が戦っている。

「茜……」

 表情を曇らす由羅の顔を見て、きっと今の自分はひどい顔をしているのだろうと思った。
 ――本当に久しぶりに、泣いてしまった。
 もう、涙はいい。

「すまない……」

 由羅の手を借りて、立ち上がる。

「茜。真斗はわたしに貴女を守れって」
「……ああ」

 イリスが引いて、真斗が出た。
 ちょっと意外だった気もした反面、そうなるのが当たり前だったような気もする。

「――そうしてくれ。私は、あいつを倒す」

 視線の先には、泪の姿。
 絶対に許せない相手。

「手出しはしないで欲しい」
「邪魔させなければいいのね?」

 珍しく由羅が、胸中を察した言葉を口にする。

「あとの連中は、二人に任す」
「そうする」

 頷く、由羅とイリス。

「――相談はすみましたか?」

 余裕のある泪の言葉は、それだけで挑発に思えた。
 高ぶってくる戦意を抑えながら、努めて冷静に見返す。

「後悔させてやる」
「不要な人格ですね。すぐにも――ナウゼル・ディーネスカ、彼を覚醒させて差し上げましょう」
「やってみろ!」

 叫び、私は泪へと飛び掛る。

「――愚か者め!」

 その間に割って入る、ザイン。
 振りかざした剣が、私を狙う。
 しかし気にしなかった。なぜなら――

「ぬ!?」

 ギィン!
 剣を弾かれ、ザインは圧し戻される。

「小娘が!」
「――邪魔だよ」

 タルキュートス死神の鎌を振るい、追撃するイリス。
 放たれた一振りが、地面を切り裂く。
 それを避け、ザインは反撃するが、イリスに届くことは無く、退くしかなかった。

「貴様……」

 間合いを置き、ザインとイリスは睨み合う。

「茜を泣かせたんだもの。……絶対に許さないから」
「ほざけ!!」

 イリスの殺気を振り払い、ザインは再びイリスとぶつかり合った。


 ゴッ!
 由羅に殴り飛ばされたアトラ・ハシースの一人が、地面を転がっていく。
 追い討ちをかけようとしたところで別の一人が迫り、由羅は一旦飛び跳ねて距離をとってから、更に迫ったまた別の一人をなぎ払う。

「――私、怒ってるんだからね!」

 周囲に群がる連中をねめつけながら、由羅が声を上げる。

「邪魔はさせない――絶対に!」

 宣言し、自分へと放たれた炎の咒を素手で払いのけ、アトラ・ハシースの一人の懐まで飛び込むと、下から容赦無しの蹴りを放った。
 アトラ・ハシースがどんなに強化しているといっても、由羅の馬鹿力の前では話にならない。
 そいつは内臓破裂を起こして吹き飛び、地面で血を吐きのたうち舞う。
 ただの人間であれば、即死している一撃だ。
 肉弾戦ではとても歯が立たないと考えたのか、アトラ・ハシースは戦法を変え、咒法による遠距離攻撃へと切り替える。

「……もう!」

 四方八方から放たれる咒法に手を焼きながらも、由羅は誰一人とて私に近づけさせることはなかった。


 後方に憂いは無い。
 私は構わずに、泪へと飛び込んだ。

「――ふん」
 短剣の一撃をかわし、泪は後方に跳んで咒言をささやく。
「――〝闇の声・偽りの光・ロアドの爪痕〟」
「くっ――〝ゼウザの楼閣〟!」

 こちらに一直線に伸びる光熱波を、防御の咒がはじき散らす。

「〝レデスの矢〟!」

 衝撃が完全に収まらない間に、私は泪に目掛けて新たな咒法を撃ち放った。

「――そのようなもの」

 泪は冷笑すると、片手を差し出し炎を絡め取ると、そのままあらぬ方向へと吹き散らしてみせる。
 その手には火傷一つ無い。
 それだけを見ても分かる。
 この女は相当な咒法の使い手だ。
 恐らく姉さまにも引けを取らぬほどの。
 上等だ。
 私だって、咒法において姉さまに引けをとっているとは思わない。
 ――ましてやこんな女に!

「その余裕の顔、いつまで続くか試してやる」
「できるのならば、ご自由に」
「ふん――〝カウティーンの罪悪〟よ!」

 溢れ上がる、巨大な熱波。
 手加減無しの一撃だ。

「――〝後悔の海・懺悔の原・エインの言霊〟」

 真正面から二つの咒法がぶつかり合う。
 二つは激しくぶつかり合い、削り合い、その場で暴発する。

 ――互角か!

 結果を即座に判断し、私はゼオラルーン死裁の銃身をこの場に顕現させた。
 地を蹴って飛び上がり、泪を狙って引き金を引く。
 銃身より放たれた光の弾は、まっすぐに泪へと撃ち込まれる。
 しかし泪はそれをかわし、にやりと笑った。

「――その武器を前に、素手では少々きついですからね。こちらも」

 武器を用意する気か!
 しかしそんな猶予は与えない。
 私は構わず、光の弾を連発した。

「〝復讐の手・怨嗟の足・シスアの頭〟――!」

 言葉と共に発生したのは、闇のカーテンとも呼ぶべきものだった。
 数発の光を呑み込み、包み込んで消滅させる。

「――ふふ。観念なさい。九曜茜」

 闇のカーテンが開いたその時には、泪の手に何かが握られていた。

「――ヘルシオン。お父様の残された遺産の一つ」

 泪は微笑むと、その杖を振るう。

「これで終わりです。九曜茜さん」

     /真斗

「おおおおっ!」

 所長――柴城の猛攻の前に、俺は必死になって剣風を耐え忍んでいた。
 足場の悪い林へと徐々に場所は移っていったが、俺も柴城も構うこと無く剣を打ち振るう。

「ち………!」

 まさに剣の嵐だ。
 ザインとはまた違う、その太刀筋。
 腕が振るわれるたびに、冗談のように木が切断され、その場に倒れていく。
 反撃する。

「エクセリア!」

 一瞬、力が増す。
 その瞬間を狙って打ち据える!
 ガギィイイン!
 飛び散る火花。

「ほう、やるな」

 にやりと柴城は笑う。

「だが――」
「くっ!」

 思い切り後方へと下がる。

「踏み込みがまだ足りん!」

 グオォ!

 横薙ぎに振るわれた剣は、そのまま剣圧を作り出し、距離を置いた俺へと追いすがる。

「ざけんな!」

 打ち払う。
 再びお互いに飛び込み、剣戟が響き渡る。

「――ふむ、惜しいな」
「……何がだ!?」
「その剣だ。残念ながら活かしきれていない」
「ああそうかよ!」

 挑発と判断し、更に打ち込んだ。

「っ……!」

 一旦退く柴城。

「だああああっ!!」

 攻める。
 息を継ぐ間も無く、剣を振るった。
 しかしその全てを柴城は冷静に受け止め、はじき返す。

「くそ……!」

 ――強い。
 今は限界だ。
 それを悟って俺はもう一度間合いを取った。

「はあ――はあ――」

 短い時間に息を整える。
 痺れかけていた身体が、徐々に回復していく。
 一方の柴城は、ゆっくりと崩れかけていた身体を元に戻した。

「……さすがにやるな。背後にエクセリアがいると、強い。おれも昔はそうだったからな。覚えがある」
「……どういう意味だ?」
「おれが――というか、シュレストの記憶だがな。おれの場合はレネスティアだったが」

 にやりと笑う柴城。

「だがその力は単純だ。想いの強さがそのまま力になる。おれたちの場合は、おかげさまで無敗だったがな」

 そう言いながら、柴城は剣を構えた。
 どこかで見たことのある、構え。

「さて――ならば、お前たちはどうか、見せてもらおう」

 次の瞬間、圧倒的な熱量が柴城を中心に沸き立つ。
 これは――!

「なに、心配はいらん。所詮は偽物の剣だ。それをカバーするだけの生命力も、アルティージェとは違って今のおれにはない」

 言葉とは裏腹に、その熱量はどんどん膨れ上がっていった。
 ――知っている。
 この圧倒的な力。
 かつて経験したことがある。

 ――思い出す。
 握り締めた剣の存在を感じながら、この剣を手渡してきたアルティージェの言葉を思い出していた。
 この剣の価値は、あいつも認めていた。
 そしてアルティージェが持っていた剣と、同種のもののはず。
 ならば。

「――エクセリア」

 その名を呼んだ。

「今度は二人で受ける。一年前のように、抜け駆けは無しだぜ」
「――――」

 少し、驚いたような雰囲気が返ってくる。
 だがすぐに、了とする意思が伝わってきた。
 それでいい。
 あとは踏ん張るのみだ。
 その上で、見極めてやる。

「来い……!」
「ならば」

 呼応し、溢れ出す閃光。

「〝三界打ち滅ぼす、天魔が剣〟――――!!」

 圧倒的な一撃。
 全てをなぎ払うかのように、柴城はその剣を一閃させた。

     /茜

「――〝七星打ち堕とす、白魔が夜〟!」
「――――!」

 その名と通り、溢れあがったのは絶対の冷気。
 全てを凍てつかす氷の吹雪が、一瞬にして視界を埋め尽くす。
 そして目指すのは、この私か。
 ――こんなもの!

「ふざけるな!」

 後を考えた戦いなどしない。
 初めから全力勝負だ。

「〝ゼル・ゼデスの魔炎〟!!」

 溢れ出るは、黒い炎。
 未だ扱え切れない炎だけど、そんなことはどうでもいい。
 私にできる最強の技は、紛れも無くこれなのだ。
 できるところまでやってやる。

「……! 禁咒の類か……小癪な真似を!」

 炎の向こうで、泪の声が洩れ聞こえた。
 焦っている様子は無いが、少なからず動揺しているのが分かる。

「ふん――まだまだこれからだ!」

 全精力を、咒の維持に傾ける。
 黒炎と吹雪が鬩ぎ合い、鎬を削る。
 押し返す……!

「!」

 ほんの一瞬。
 僅かその瞬間だけ、こっちが押し勝った。
 そんなものはすぐに押し戻され、元の均衡に戻るだろう。
 しかしその一瞬が、こちらにとっての勝機となる。
 元々、この咒法では長期戦できない。
 だからこその――!

「――――〝ゼル・ゼデスの魔剣〟っ!」

 溢れていた炎を掻き集め、剣の形に収束させる。
 そして、僅かに怯んでいた吹雪を切り裂いた。

「なに――!?」

 予想外の行動だったのか、今度こそ泪は驚愕に目を見開いた。
 切り裂き道を作ったとはいえ、それも一瞬のこと。
 再び冷気が私の身体を凍てつかせていく。
 だけど霜が全身を覆うより早く、泪へと到達する。

「くらえっ!」
「――――!」

 振り下ろした魔剣を、咄嗟に杖で受け止める泪。
 確実に、受け止めてくる。

「その程度で……!」
「ふん、二度も通じると思うな!」

 恐らく泪の持つ杖も、ザインの持っていた剣と同じ。
 純粋なぶつかり合いでは、少なくとも私の力量において、打ち破ることはできない。
 そんなことは、先の一戦で百も承知だ。

「〝魔炎〟……っ!」

 剣が形状を変える。
 再び炎へと。

「な!?」

 炎に形など無く、受けることなど不可能だ。
 その虚を突いて、黒炎は泪を包み込もうと触手を伸ばす。

「――――おのれ!」

 半ば炎に撫でられながら、泪はその場を蹴った。
 後方へと離脱する。
 私自身も、未だ冷気の渦巻くこの空間から離れ、お互いに睨み合った。
 禁咒の使用のせいで、身体がよろめいたが、そんな様子は見せられない。

「その程度か。大したこともないな」

 凍傷と火傷。
 お互いに同程度の負傷をしたものの、こちらは素手だ。
 武器の優位が無ければ、こちらが勝ると印象づけられる。
 それに、私に武器が無いわけではない。

「減らず口を……」
「ふん。どっちがだ」

 ゼオラルーンを拾い上げて、不敵に笑ってやる。

「覚悟しろ。亡霊め」

     /由羅

 戦ううちに、分かってくる。
 戦意が高まれば高まるほど、身体がそれに従って動く。
 しかも、これは茜のためにと望んだもの。
 一年前のように、心底では望んでいなかった戦いでは無い。
 やっぱりこの千年ドラゴンという身体は、尋常ではないようだった。
 何人目かを叩き伏せた時点で、アトラ・ハシースは私に近づいてこなくなった。
 白兵戦では私には敵わないし、咒法も第三層程度のもならば、決定的なダメージには繋がらない。
 例えまともにくらったって、すぐにも回復してしまう。
 手段を失ったのだ。
 私への、決定的な手段を。
 ――仕掛けてこないのならば、こちらから仕掛けるつもりも無い。
 私はこの均衡を保って、誰にも邪魔させなければいいんだから。
 そう思い、仁王立ちしたまま、別の誰かへと視線を転じた。

「貴様……っ!」

 全く無傷のイリスを前に、ザインはさすがに焦りを隠せないでいた。
 彼の剣が通じないわけじゃない。
 剣技ではたぶん、イリスを圧倒している。
 だけど打ち崩せない。
 それどころか傷を負っているのはザインの方だった。
 仕掛ける――しかし、届かない。
 無駄に終わる。
 イリスは涼しい顔に怒気をはらんだまま、ザインを見返した。
 さすがにたまらなくなったのか、ザインが叫ぶ。

「何なのだ――貴様は!?」
「……知っているんじゃなかったの?」
「知っている!」

 搾り出すように、ザインは叫んだ。

「イリス――千年前の死神! 魔王を殺し、異端を根こそぎ滅ぼした、異端の中の異端! だがそんなものなど――」
「伝説なんかじゃないよ」

 冷たく、告げる。

「みんな本当のこと。わたしを殺せる者なんて、誰一人いなかった。わたしが殺せないものも、何一つ」
「…………!」
「だけど間違っている」

 イリスの瞳が細まる。
 殺気を帯び、空気が震え縮み出す。

「わたしはフォルセスカを殺してなんかいない……!」

 殺意が膨れ上がる。

「う――」

 怯まざるを得なかった。
 傍で見ている私でさえ、ぞっとなる。
 それほどの――

「あぐっ……!」

 恐怖がイリスの接近を許し、大鎌が振るわれ――あっけなく切断される。
 オルディオンを握ったまま、ザインの右手が吹き飛んだ。
 丸腰――咒法による迎撃も、あれではもう不可能――

「ぐ……!」

 次の斬撃は無く、その首を締め上げられる。
 比較的背の低いイリスに長身のザインがその身体を持ち上げられるというのは、ひどく異様な光景だ。
 イリスは大鎌を持たない方の手でザインの首を握り締め、凍えた視線で眺めやった。

「ザイン……オルディード。別に何でもいい。その姿もかつての妄執も、つまらないもの」
「ぐ……おおおおおおおお!?」

 別段、その手に力を込めているわけではない。
 息もできている。
 だけど、突如としてザインはもがき苦しみ出した。

「うがっ、げえ、ぐがああ……! き、貴様、なに、なにを――――!!」
「死ね」

 それこそ、死神の裁定。
 一片の慈悲も無い、存在否定。
 イリスが死神といわれる所以だ。

「ぐぎゅるぁ!」

 わけの分からない絶叫を残して、ザインは黒い塵となって消滅した。
 それこそ一切を残さずに。


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