第59話 ディーネスカ継承戦争

第59話 ディーネスカ継承戦争

     /エクセリア

 夜も更け、事務所は静かになった。
 時間を待って、真斗達が目的の場所へと向かったからだ。
 私も真斗と共に行く。
 今は私の力を望まれているし、私自身もいかな時であれ、その存在を見続けるために。
 しかし、私はまだここに残っていた。
 事務所には、エルオードが寝かされたまま、一人残っている。
 その傍まで来て、私はその姿をしばらく見つめていた。
 ……この者は、私にとって少々特別な存在だ。いや、少々どころではないかもしれない。
 真斗とはまた別の意味で、特別な存在だった。
 今は眠っている。
 少し遅れているようだが、黎が戻ってくれば傷も癒えるだろう。

「…………」

 私自身、何を思うのかよく分からない。
 その複雑な感情を胸に抱いたまま、私は真斗の後を追った。

     /真斗

 夜の道。
 いや、道と呼ぶにはあまりに適当なものかもしれない。
 かつてはそうであったのかも知れないが、今では朽ち果て、雑草も伸び放題となった山道。
 通じるのは、かつての境内後。

「こんなところに……」

 見上げた先には、古びた社があった。
 道の同様、手入れがされている様子は無い。

「うわ……いかにもって感じよね」

 幽霊でも出てきそうな雰囲気に、由羅はそんな感想を洩らした。

「調べてみたけど、こんな所に神社は存在しない。少なくとも、地図にはなかった」

 俺と同じくそれを見ながら、茜が言う。

「ずっと昔に廃されたんだろうな。肝試しにはもってこい、か」

 もっとも出てくるのは幽霊じゃなく、もっと物騒な連中だろうが。

「行くよ」

 少しも動じていない様子で、イリスが先に進んでいく。
 そして、開けた場所まで出た。

「――お待ちしていました」

 当然のように、声が投げかけられる。
 本殿の前に、そいつは佇んで待っていた。
 最遠寺泪。

「ちゃんと、メッセージは届いたようですね」

 上田さんのことか。

「悪趣味な真似しやがって。だったら俺たちが来た理由もわかってるだろ? まずは所長を出せ。それと、楓さんだ」

 俺の言葉に、不思議そうに泪は首を傾げてみせた。

「お兄様のことならともかく、九曜さんのことは申し上げたはずですが?」
「黙れ!」

 茜が叫ぶ。

「でたらめを言うな! 姉さまがお前なんかに――」
「いいえ、わたくしがやったわけではありませんよ。さすがにあの方は、油断できかねる相手ですので。……それにしても、四人、ですか。アルティージェも来るものかと思っていたのですが……まあ良いでしょう」

 そう言うと、泪はそっと片手を上げた。

「…………やっぱり罠かい」

 周囲を見渡せば、完全に俺達は囲まれてしまっていた。
 先日襲ってきたアトラ・ハシースの連中に、ザインの姿もある。
 しかもあのおっさん、昨日あれだけやられたくせに、それが嘘のように元の身体に戻っていた。

「ここで死ねってか?」
「そうですね。それも良いでしょう」

 平然と、泪は言う。
 こいつ……!

「ただし、桐生さん。あなたは見逃しても構いません。もちろん、九曜茜さん以外のお二人も」
「…………?」

 思わぬ言葉に、俺は眉をひそめた。

「俺たちは、九曜とは関係無い、か?」
「そうではありません。それに無条件で、とは言っていませんよ」
「何が狙いだ」
「ふふ……簡単なことですよ。あなたが手にする〝インシグネ・ゲネリス・ディーネスカ……。それをわたくしに継承させることが、条件です」
「なに?」

 それもまた、予想だにしなかった言葉だった。

「真斗、それってもしかして……?」

 由羅が俺を見る。
 かつて、由羅に刻み込まれていた刻印。
 九曜家に伝わるものであるが、その正体はディーネスカ当主の証ともいえる紋章だ。
 どんな偶然の悪戯なのか、今は俺がその継承者になってしまっている。

「ああ。あれのことだろ。けど……」

 どうしてそんなものを欲しがるのか。

「そもそもそれは、あなたには関係の無いもののはずです。わたくしにお寄越しなさい。そうすれば、命は助けましょう」
「…………」

 ディーネスカの紋章、か。
 思わぬところで、アルティージェに関係ありそうな話題が出てきたもんだ。

「馬鹿言え」

 俺は吐き捨てる。

「そんなもんに固執するつもりはねえけど、俺が茜を見捨てるわけがないだろ?」

 継承させるということは、つまりそういうことだ。
 話になりはしない。

「残念ですが、ならばやはり死んでもらうしかないようです。あなたが死ねば、紋章は一代前に戻る。つまり、九曜茜さん。あなたに」

 そうか。
 俺は茜からこいつを継承したんだったよな。

「ちょっと! 何勝手なこと言ってるのよ!」

 由羅が怒ったように声を上げた。

「真斗は私が私であるために、絶対いなくちゃいけない存在なんだから! それを勝手に殺すなんて……そんなことさせない!」
「意気込むのは結構ですが、無駄なことです。わたくしとて、あなた方がお強いのは存じています。勝算なくして、ここに誘ったりはしませんよ」
「ならば、その勝算を導き出したその小賢しい頭にでも、欠陥があるようだな」

 すでに臨戦態勢をとっている茜が、嫌味を込めて言い放つ。

「そうでもありませんよ?」

 くすりと、泪は笑った。

「証拠を一つ、お見せしましょうか。あなた方が先ほどから気にしている、人質です」
「――下がって」

 最も早く反応したのはイリスだった。
 瞬時に見た目も物騒な大鎌を顕現させると、地を蹴って飛び上がる。
 驚く暇も無く、剣戟が響き渡った。

「な……!?」

 空中でイリスは何者かとぶつかり合い、そして再び舞い戻ってくる。

「――ふむ。さすがだ」

 泪の隣に着地する人影。
 それは。

「おい……!?」
「うそ、なんで……!?」

 俺も由羅も、そして茜も驚かずにはおれなかった。
 泪の横に並んだ人物。
 その手には、どこかで見たことのある剣。
 それをもって、不意の一撃を繰り出してきたのは――紛れも無く、所長――柴城定だった。

「どういうことだ!?」

 これでは所長は、とても人質には見えない。
 むしろ、泪の仲間のようにすら――見えてしまう。

「悪いがな」

 いつもの調子のまま、所長が口を開く。

「楓くんをやったのはこのおれだ」
「な……」

 呆然となる茜。

「馬鹿言え! いったい何言ってんだ!?」

 叫ばずにはおれなかった。
 楓さんをやっただって?
 所長が?

「事実だ、真斗。お前と茜くんがオルディードと戦ってた最中、おれは楓くんと交戦した。シャルティオーネと共にな」

 思い出す。
 そう言えば昨日、俺と茜が事務所を出るよりも早く、所長はどこかへ出かけていた。
 まさか――いやでも……!

「……いったいどんな理由で、そんなことをしたって言うんだ」
「理由か。そうだな」

 頷いて、所長は泪を見る。

「そうですね。紹介が遅れましたが、改めて」

 泪は微笑むと、その場で一礼してみせた。
 優雅で、気品のある一礼。

「わたくしの名は、シャルティオーネ・ディーネスカ」
「ディ……何だって……?」

 その名前は――

「ディーネスカの姓は、もちろんご存知でしょう? かつての魔王、シュレスト・ディーネスカ。わたくしはその第四子です。そして彼が」

 ザインを視線で指して、

「オルディード・ディーネスカ。わたくしの兄であり、シュレストの第二子です」

 そう紹介した。

「で、この俺がシュレストだとさ。ま、確かに記憶はあるがな」
「――――」

 あまりの自己紹介に、俺は返す言葉を失う。
 馬鹿げているといえば、馬鹿げている。
 こいつらときたら、泪とザインはアルティージェの兄弟姉妹で、所長は父親ってか……?
 しかし、確かにアルティージェって奴は、存在している。
 だったらその血族だって……いやしかし。

「真斗、継承戦争ってのを知っているな?」
「継承戦争……?」

 俺は眉をひそめて記憶を探り、そして思い至る。

「……前に、黎が話していたやつか?」

 その時には、所長もいたはずだ。

「そうだ。おれの後継ぎを決めるために起こった戦争さ」

 何となく、覚えている。
 それによれば、魔王の子供同士で争い、最後に残ったアルティージェが後を継ぎ、王になったとか。

「わたくしたちは、その際にアルティージェに殺されました」

 殺されたって……じゃあ今、目の前にいるのは誰だって言うんだよ。

「お父様には八人の子がおりました。そのうち四人が、アルティージェによって殺され、呪われたのです。わたくしに、オルディード、ラスティラージュ、ナウゼル……」
「……じゃあ何か? 亡霊だとでも言うのか?」
「似たようなものだな」

 あっさりと、所長は肯定してみせた。

「ある男がな。一つの家に目をつけた。九曜家という」

 突然出た九曜の名に、茜が身構える。
 しかし構わず、所長は続けた。

「その家にはおかしなものが、代々当主に憑いていた。それは覚醒することは無かったが、当主に力を与え、その証となっていたらしい。当主に子が出来た時点で憑依し、世代を越えて現在まで憑いてまわったもの。それは何か」
「知っている……というのか?」

 茜の問いかけに、ああと所長は頷く。

「本来ならば楓くんに憑くはずだったもの。ところが楓くんには別のものが先に憑いてしまった。そのせいで、九曜に受け継がれてきたものは、茜くんにとり憑くことになってしまったわけだな。それこそが……」
「ナウゼル・ディーネスカです。わたくしたちの長兄ですよ」
「な……」

 思わず、俺は茜を見た。
 この茜にも、そんなのが憑いているっていうのか……?

「ナウゼルは最後までアルティージェと戦い、敗れました。アルティージェによって処刑されましたが、その後呪いによって亡霊とされ、永遠に使役される奴隷にされたと聞きます」
「…………あいつ」

 それは俺が想像もつかないほど昔の出来事なのだろうけど、あの女、結構えぐいことやってやがるな……。

「そんな奴が、どうしてこの日本でしかも茜の家に憑いていたりするんだよ?」
「わたくしは、詳しいことは知りません。ですが、間違いの無いことですよ。そしてわたくしたちが今欲しているのは、茜さんの中にある、ナウゼルの力です」

 じゃあ茜のことを狙っていたのは、そういう理由だったってことか……。

「……察するに、復讐か?」
「よくわかりましたね」

 別に驚く風も無く、泪は淡々と言う。
 ……分からないわけがない。
 ここにいるのは、みんなあのアルティージェにやられたっていう連中なのだろう。
 こいつらも、ナウゼルって奴と同じような屈辱を受けたってとこか。

「アルティージェは、簡単にはわたくしたちを殺しはしなかった。一人一人、念入りに呪いをかけて苦しめ続けたのです。故に残った妄執。彼は九曜家の状況を察した後、同じことを試みました」

 彼……?
 ふと怪訝に思ったが、泪はそれを説明することもなく、先を続けていく。

「すなわち、素質のある者を捜し出し、そしてかつての妄執を憑依させた。その呪われた魂と共に」
「それが、お前だっていうのか?」
「そうですよ。ザイン――オルディードもまた」

 ……なるほどな。
 ザインの奴が、妙にタフで強かったのは、そういう得体の知れないものを宿していたからってわけか。

「じゃあ、所長は」
「お父様は、継承の際にアルティージェに殺されました。そしてあの者は、全てを引き継いだ。その妄執、怨念をわたくしが捜し出し、そして最遠寺定という存在に植え付けたのです。定着するのに思わぬ時間がかかりましたが、それも終わりました」
「――そういうことだ、真斗。おれへの支配権は、憑依させた泪の手の内にある。こればかりは、人形と同じだ。作り手の意思には逆らえん」
「だから、楓さんをやったってか……?」
「そうだ。おれに完全にシュレストが定着しているかどうか、使える力を持っているかどうかを試すために、彼女を襲わせた。事実だ」
「――――」

 最後まで最悪の事態を信じていなかった茜だったが、さすがのこの言葉の前には衝撃を隠せなかった。
 よろめいて、膝をつく。

「そん、な……」
「おい、茜……!?」
「うそだ……姉さまが、姉さまがぁ……!」
「あ、茜……」

 由羅が思わず茜を抱きしめたが、茜は何の反応もできず、嗚咽を繰り返す。
 その姿を見たイリスが、無言で大鎌を振るおうとしたのを――

「待て!」

 咄嗟に止める。
 こちらを振り返るイリスの瞳には、ただ殺意しか無い。
 俺の身が縮み上がってしまうような、恐怖。
 しかし今はそんなものに、屈するはずもなかった。

「あのくそ野郎は、俺がぶっ倒す」
「わたしが殺す」
「俺だ」

 どれほど、イリスとにらみ合っただろうか。

「…………」

 イリスは何も言わず、大鎌を下げた。
 そのまま俺には一瞥もくれず、茜の元へと歩み寄る。
 しゃがみ込み、何事かささやいた後、再び立ち上がった。

「――真斗。貴方に任せる。わたしはどうすればいいの?」
「――お前」
「貴方は、きっと茜が一番気を許しているひと。信頼ではないかもしれないけど、真斗が茜の一番近くにいるのだと思う。だから、今は……貴方に従ってあげる」

 茜のことを、大切に思っているからこその発言。
 つくづく好かれているよな……茜。

「連中の目的は、茜だ。アルティージェへの復讐のために、力を集めている」

 その最後が、茜の中にあるナウゼルなのだろう。

「だから、守ってやってくれ」
「……わかった」

 イリスの返事を聞いてから、俺は所長と泪の前へと進む。

「別にアルティージェに肩入れするわけじゃねえけどな」
 そんなのとは関係無い。

「いろいろやってくれた礼だけは、するぜ」
「無意味なことです」

 泪の言葉の後に、進み出る所長。

「……因果なものだな。お互いに」
「ふん、知るか」
「――まあ、仕方あるまい。できることならば、お互い恨み無しでいきたいが」
「よく言うぜ。恨んで死んだからこそ、迷って出てきたんだろ」
「これは……一本取られたな」

 いつもの調子の所長の顔から、笑みが消える。

「とりあえず、おれを叩きのめしてみろ。あのアルティージェを倒したという実力を、見せてみるがいい」

 ――言われるまでもない。

「……行くぜ。エクセリア」

 近くであいつが頷く気配を確認して。
 例の剣を解凍し、顕現させる。

「……ほう」

 その古びた剣を見て、小さく声を上げる所長。

「よくそんなものを持ち出したな。とすると、これは偽物か……まあいい。得物には不足はないようだ」

 俺の出した剣と全く同じ剣を、所長は振るう。

「――来い」
「――――」

 言われるまでもなく、俺はその場を蹴った。


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