第57話 少女達の想い

第57話 少女達の想い

     /真斗

 夜が明けて間も無い。
 昨夜事務所に帰ってきてより、俺達はずっと今後のことについて話し合っていた。
 そしていつの間にか、朝を迎えてしまっている。

「ふむ……そうか。わかった。連絡ありがとう」

 電話をしていた所長は、そう言って受話器を置いた。
 そして事務所内のみんなを、深刻な面持ちで見渡す。

「変わらず、だな」
「誰からだったんだ?」
「裄也くんだよ。あっちで調べてくれたことを、連絡してきてくれた」
「…………」

 裄也という名を聞いて、茜の表情が強張る。
 俺ですら、内容は察することができた。

「彼とイリスくんと凛くんとで捜してもらっているんだが、未だ見つかってはいないそうだ」

 誰が、など考えるまでも無い。
 そう。
 茜が一番気になっていることは、きっと自分のことよりも姉の楓さんのことだろう。
 俺達が事務所に戻ってより、すでに帰ってきていた所長を通じて、楓さんへと連絡を取ってみたのだ。
 しかし通じず、それならばと和泉さんからイリスや凛に頼んでもらって、その行方を捜してもらっているところである。
 現時点で楓さんの消息が掴めないことは、否応無く悪い予想となって頭の中に浮かんできてしまう。
 そしてそのことに、顔にこそ出していないが、一番ショックを受けているのは茜だった。

「茜……」

 そんな茜の様子に、由羅まで沈んだ顔になってしまっている。

「とにかく、泪を捜すのが先決だろ」

 そうすれば、もっと詳しく楓さんの安否を知ることができるはず。

「そうよ! 捕まえて、ぎゅうっとすればいいんだから!」

 由羅もその通りだと、賛同してくれる。

「ふうむ……こちらから動くというのか」

 対して浮かない顔の所長。

「茜くんには悪いが、もし楓くんが本当にやられていたとしたら、いったい誰がやった? 最遠寺泪か? もしそうなら、あの楓くん以上の手練れというわけだ。簡単に捕まえられるはずがない。それに迂闊に動けば、罠に落ちるかもしれんぞ」
「馬鹿定! そんなこと言ってたら、茜が可哀想じゃないの!」
「怒るのはいいが、冷静になれと言っている。最遠寺が敵に回り、楓くんも行方不明となったということは、九曜にとっては不利になってきているということだ。もし次に茜くんの身に何かあったらどうする?」
「私が守るもの!」
「バーカ。そいつは俺の台詞だ」
「で、でも……」
「二人とも威勢がいいが、結局のところ決めるのは茜くんだ。さて、それでどうするかな。君は」

 所長の言葉に、茜は顔を上げる。

「……あの女、最遠寺泪を捜し出したい」
「ふむ。君のお姉さんの方は?」
「裄也に任せておけばいい。私は捜さない。……信じてる、から」
「そうか」

 茜の言葉に、所長はにやりと笑って頷いた。

「いい姉妹だな。羨ましい限りだ」
「羨ましいって……所長、兄弟とかいるのか?」
「いや。おれの兄妹、ってわけではないがな。また別の話だ。それより、茜くんがそう言うならそうしよう」

 そう言って、所長は立ち上がる。

「お望み通り、泪を捜してみる。ただし、お前たちはここにいろ。それが条件だ」
「だけど……」

 反論しかけた茜を、所長はやんわりと制止する。

「おれ一人でいい。君はもちろん真斗も、昨夜から一睡もしていないだろう。ついでに怪我もしているしな。昼の間は休め。――その間のこと、頼めるな? 由羅くん」
「え? わ、私でいいの……?」

 驚き半分、嬉しさ半分で由羅は所長を見返す。

「しっかり番をしていてくれ。いいかな?」
「うん! 任せて」

 にっこり笑顔で、由羅は頷いた。
 自分に任されたことが嬉しかったらしい。

「……わかった。ちゃんと休んでおく」

 俺は素直に、所長の言葉に従うことにした。
 実際、身体はずいぶん疲れている。
 それは茜も同じはずだ。

「いいな、茜?」
「……うん」
「よし。じゃあおれは情報屋をあたってくる。ちゃんと大人しくしていろよ?」

 分かってるよ。
 ガキじゃないんだから。

「……けど、悪いな所長」
「ん、何がだ?」
「最遠寺泪のことだよ。こういうことになったとはいえ、その……所長とは仲良かったんだろ?」

 一昨日のことを思い出しながら、俺は控え目に聞いた。

「まさかな」

 ところが意外にも、所長は首を横に振る。

「あいつがああじゃなかったら、おれはきっと最遠寺を出るなんてことはしなかっただろうよ」
「どういう――」
「色々ある、ということさ。だから気にするな」

 それだけ言うと、所長は簡単に身支度をして、外へと出ていってしまった。

「真斗、柴城さんと泪は、何か関係あるのか?」

 俺の言葉が気になったのか、茜が聞いてくる。
 ……そういやあの時、茜はいなかったもんな。由羅だって、顔も知らないわけか。

「あの泪って女、所長の従兄妹らしい。所長も最遠寺の人間なんだ」
「――――」

 茜は、驚いたように目を見開いた。

「柴城さんが……?」
「ああ。感謝しろよ? 口振りからすると、最遠寺と昔に何かあったのかも知れねえけど、それでも泪は所長の身内なんだ。それでもお前に協力してくれるって言ってくれてるんだからな」
「…………うん。そうか」

 頷いて、茜は立ち上がる。

「少し、眠りたい……」
「ああ。俺もちっと寝るわ。由羅、後任せていいか?」
「大丈夫だから。ゆっくり寝てて」
「悪いな」

 正直、かなり疲れている。
 眠くもなってきたしな……。
 茜が奥の部屋へと行ったのを見てから、俺は長椅子のある部屋へと向かった。

     /由羅

 こちこちと、時計の針の音が響く。
 真斗も茜も寝ちゃって、わたしは一人で事務所に詰めていた。
 やっぱり一人だと、寂しい。
 何気なく視線をさまよわせて、カレンダーに目が止まり、溜息一つ。
 茜のことで大変だったから仕方が無いのだけど、やっぱり残念だった。
 昨日はジュリィの誕生日。
 何とかジュリィともう一度仲良くなりたくて、前々から考えていたのに……できなかった。
 茜が大変なのに、こんなことを思うのは不謹慎なのかなあ……。

「……ねえ。エクセリア、いる?」

 返事を期待していたわけじゃない。でも気づいたら、私はその名を呼んでしまっていた。
 昨日から姿を見ていないが、真斗の近くにはいるはず。
 真斗はここにいるんだから――とか思っていたら、すっとエクセリアが現れた。
 姿は元に戻っていて、いつもの小さい姿だ。

「呼んだか?」
「……うん。ちょっと寂しくて、話し相手……欲しかったから」
「それが、私で良いのか?」
「うん。……ちょっと」
「何の話だ?」

 小首を傾げ、エクセリアは近くに腰掛ける。

「えっとね……。エクセリアって、その……レネスティアと仲良くしているの?」

 思わぬ質問だったのだろうか。
 エクセリアは僅かに目を見開いて、視線を逸らす。

「なぜ、そのようなことを聞く?」
「どうやったら、仲良くできるのかなあって思って。ずっと昔の記憶だけど、エクセリアとレネスティアって、とても仲良く見えたから。それに、私とは違って本当の姉妹だし」

 本当は茜にも聞いてみたいことではあった。
 だけど、茜は楓の話になると機嫌が悪くなって話してくれない。
 仲が悪いわけじゃないのは、何となく分かる。真斗だってそう言っているし。

「実のところ、私たちが本当の姉妹であるかどうか、確かなことは何もない」
「え、でも……? 二人ともそっくりだもの」
「確かに外見は。しかし内面は全く違う。それはそなたも知っているであろう?」

 性格、ということなら、エクセリアとレネスティアは全然違う。
 寡黙で静かなエクセリアとは対照的で、レネスティアは何事にも積極的だ。
 でも、同じところもある。
 二人とも、滅多に自分の本音を見せないのだ。
 エクセリアはもちろん、あのレネスティアですら自分の全てを見せなかった。
 それを見てしまった時、私は後悔するしかなかったのだけど。

「知ってる……でも、そんなのきっと関係無いもの。レネスティアはエクセリアのこと大好き、って感じだったし。……今は違うの?」

 私には、ずっと昔の記憶しかない。
 だからこそ、気になった……のだろう。
 私とジュリィ、レネスティアとは駄目になってしまったけど、エクセリアはどうだったのだろうかって。
 少なくともジュリィは、未だにエクセリアに対して好意以上のものを持っている。

「……私は、そなたが眠っている間に、様々なことをした。それらはきっと、レネスティアにとって決して愉快なことではなかったはずだ」
「え……? どうしてそんなことしたの?」
「言ったはずだ。私とレネスティアは違う。ゆえに、衝突もあった」

 そうだったんだ……。
 だから今、エクセリアの傍にレネスティアはいない。
 そういえば前に目覚めた時だって、レネスティアはクリーンセスの傍にいて……エクセリアはいなかった。
 じゃあ、今はどこで何をしているんだろう……?

「……でも、嫌いになっちゃったわけじゃないんでしょ?」
「……わからない」
「え?」
「好きとか嫌いとか、そういう感情がどういうものなのか、私は恐らく自覚できていない。ゆえに」

 分からないって言われても……。

「レネスティアは、きっとエクセリアのことが大好きだったと思う。私はエクセリアも同じだって思ってた……」
「すまないが、私はそなたに答えられるものを持っていないようだ」
「――それなら、真斗はどうなの?」

 その質問に、エクセリアの表情が一瞬変化する。

「だって、ずっと真斗のこと見ていてくれているでしょ? それはどうして?」
「それは、私が観測者ゆえに……」
「そうかもしれないけど、他の感情はないの? 好きじゃ……ないの?」

 エクセリアは僅かに顔をしかめ、視線を逸らしてしまう。
 私の質問責めを、不快に思ったのだろうか。
 ちょっとびくびくしながらも、答えを待ってみる。
 答えは無くて……私自身、どうしようかと思い始めた頃、不意に電話が鳴った。
 ちょっと躊躇しつつも、受話器を取ることにする。
 だって他に、取ってくれる人いないし。

「……もしもし?」
『――――その声、ユラね?』
「……あ、ジュリィ……?」

 受話器の向こうの相手は、紛れも無くジュリィのものだ。
 慌てて、受け応えする。

「あ、あのね、定出かけてて、みんないなくて……私しか取れなかったから……」

 私のどこか言い訳じみた言葉に、ジュリィは失笑したようだった。
 くすりと、笑うのが聞こえてくる。

『いいわ。あなたでちょうどいいから』
「でも……大事なことなんでしょ? わざわざ……」

 きっとジュリィは、まだ日本にいない。
 アトラ・ハシースに行って、何か分かったから連絡してきてくれたのだろう。

『いいと言ったでしょう? ユラにね、謝っておかなければと思って』
「……謝る?」
『ええ。昨日のこと』
「あ……」
『わたしもうっかりしていたのだけど、昨日、わたしのために何かしてくれようとしていたわよね?』

 誕生日のことだ。
 気にしてくれていたんだ……。

「う、うん」
『それでこんなことになってしまって、あなたに迷惑をかけたんじゃないかと思って』
「――そんなことないから。全然気にしないで。また、別の日にやればいいもの」

 その言葉だけで、充分に思えてしまう。
 ん……あれ?

「えっと……? どうしてジュリィ、知ってるの?」

 驚かせようと思って、私はジュリィには言っていないのだ。
 なのにどうして知っているんだろう……?

『真斗がね、教えてくれたのよ。あなたが頑張っているから、ちゃんと応えてやれって……そんな感じだったわ』
「真斗が……?」

 そっか。そうだったのか。真斗も気を遣ってくれていたんだ……。

『だから、そのことを一言謝っておこうと思って。ちょうど良かったわ、本当に』
「うん……その、わざわざありがとう……」
『謝っているのはこっちなのに、そのわたしにありがとうはないでしょう?』
「あ、そう……だよね」

 やっぱりジュリィと会話すると、どこか緊張してしまう。
 だめだな……私って。

「そ、それより、何かわかったの?」
『――そうね。少しあるわ』
「えっと、私が聞いてもいいの?」

 そう聞くと、また笑われる。

『そこにはあなたしかいないのでしょう?』
「うん……そう。ちゃんと聞くね」

 ちゃんと聞いて、茜に伝えないと。

『――わかったことは一つだけ。アトラ・ハシースは一切動いてなどいなかったわ。九曜のことはもちろん、茜のことも』
「それって……?」
『最遠寺の狂言ということね。少々信じられないけれど、そうとしか考えられないわ。ただ、ザインは動いている。それと、何人かのメンバーもそれに従っているわね。アトラ・ハシースとは関係の無いところで、最遠寺と共謀している可能性はあるわ』
「そうなの!」

 私はさっきまで真斗や茜と話していたことを、ジュリィへと話す。

「茜と真斗がね、昨日また襲われたの」
『……それで二人は無事?』
「うん。それは大丈夫。ただね、私は見たことないんだけど、泪っていう女もザインっていうのと一緒だったって……。た、ただね、茜のお姉さんが行方不明になってて」
『――楓が?』
「うん……そうみたい。今はイリスや凛が捜してくれているから。でもまだ見つからなくて」
『――――そう……。こっちのことが分かって、心配していたのだけど。ちょっと警告が遅かったわね……』

 受話器の向こうで、ジュリィが少し考え込んだようだった。
 しばらくしてから、尋ねてくる。

『――それで、今はどうしているの?』
「今? えっと、昨日からずっと茜も真斗も起きてたから、今は寝てると思う。それから定は泪のことを捜しにいったよ」
『……定がね』

 妙な沈黙の後、ジュリィは言い聞かせるように、私へと言葉を続けた。

『いい? 今はあなたが頼りだわ。茜と真斗のことは、あなたが守りなさい。それと、イリス様とはこまめに連絡を取ること。いいわね?』
「う……うん。そうする」
『いい子ね。わたしもこれからそちらに戻るわ。早ければ夜には着くと思うから』
「早く……戻ってきてね」
『ええ。――それじゃあ切るわね』
「うん……じゃあ」

 それを最後に、電話は切れた。
 ふう、と肩の力を抜く。
 今聞いたことを早く二人に知らせたいとは思ったけど、やっぱり起こすべきじゃないと思った。
 私がここでしっかり番をしていれば、それで大丈夫だから。
 誰が襲ってきたって、わたしがこてんぱんにしてやるもの。

「あ……エクセリア、ごめんね」

 ずっと待っていてくれたエクセリアに気づいて、私は席へと戻った。

「……黎、からか?」
「そうなの。もう帰ってくるって」

 そう答える私をしばし見つめていたエクセリアは、小首を傾げてみせた。

「そなたや黎は、一年前に比べれば見違えて変わったと思うが」
「そうかな……。ジュリィ、まだ私のこと恨んでいるんじゃないかって思うと、とても不安だし……」

 そんな素振りはこの一年、見たことは無い。
 でもやっぱり不安なのだ。

「私も、そなたと似たようなものだ」
「え……?」
「レネスティアも、真斗も……その胸中は知らぬ。しかし知りたいとは思う……。ただ一つ言えることは」

 エクセリアが、真っ直ぐに私を見つめる。
 思わずどきりとしてしまうくらい、真摯な瞳。

「今、最も見ていたい存在は、真斗。それだけは、自覚しているつもりだ」


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