第56話 不吉な夜

第56話 不吉な夜

     /other

 どれほど交戦しただろうか。
 すでにかなりの時間を戦ったが、未だ終わりはしない。
 しかし楓は絶望せず、周囲を確認した。
 すでに何人かは倒したが、周りには多くのアトラ・ハシースが囲んでいる。
 一対一では負けるような相手ではなかったが、こう数が多いと、そう簡単にはいかない。
 しかも孤立無援。
 とはいえ、期待した展開でもあった。
 こちらにアトラ・ハシースの刺客が訪れたといういうことは、茜から矛先がこちらへ向いたということ。
 全てではないかもしれないが、一部でも引き付けることができたのなら、それでいい。
 徐々にではあるが、この国へと来ているアトラ・ハシースの戦力を奪うことができる。
 ここにきて楓を相手に、さすがのアトラ・ハシースも手を出しかねていた。
 距離を置いて、お互いに隙を窺い戦局が硬直する。

「……さて」

 楓は一息つくと、誰にともなく声をかけた。

「いったいいつまで見ているだけです? そろそろ姿を現したらどうですか。このような雑兵では私の相手は務まりませんよ」

 楓が気づいていたように、今目に見えている連中が刺客の全てではなかった。
 姿を見せてはいないが、どこかに指導者がいる。
 それが真斗の言っていた、アトラ・ハシースのマスターであるかどうかは知らないが。
 次の瞬間、楓を囲んでいたアトラ・ハシース達は、一斉にその場を退いた。

「!」

 見上げる。
 上空に、何者かの姿。
 それは剣を掲げ、振り下ろす。

「――――っ!」

 楓は咄嗟に自分の武器を解凍顕現させると、その一撃を凌いだ。
 ズンッ……!
 重い一撃は楓の武器によって弾かれ、近くの地面を抉った。

「…………」

 まともに食らえば、ただでは済まぬであろう一撃。
「ほう。そいつがかのベファーリア、か。確か死神の鎌――ゴルディオスのコピー、だったかな」

 落ち着いた男の声だった。

「…………?」

 楓は眉をひそめた。
 聞いたことのある声だったような気がしたからだ。
 目を凝らして闇を見つめてみるが、男の姿は夜闇に紛れてはっきりとしない。

「……何者です?」

 アトラ・ハシースとはどこか毛色が違うと感じた。

「ふむ。昨日の今日で忘れてしまったかな? そいつは残念だが……」

 そう言いながら現れた人物を見て。

「――あなたは」

 さすがの楓も目を疑ってしまう。

「悪いがこれが現実でね。相手をしてもらおうか」

 そう言って。
 その男は長剣を振りかざした。

     /真斗

「ぬん!」

 あの夜も見せたオルデイオンをもってザインは身に迫った咒法を打ち払う。

「ち……反則じゃねーのか!」

 剣の一振りで咒法を薙ぎ払うなんぞ、並の剣でできるものではない。
 第一あれは、茜の咒法も受け止めてたしな。
 魔剣ってところか。

「ぬるいわっ!」
「くそったれ!」

 俺は構わず銃を連射する。
 しかしことごとく見切られ、かすりもしない。
 だが足止め程度には役に立つ。

「はあっ!」

 そこへ茜が飛び込み、短剣を一閃させて飛び退く。
 鮮血が散ったが、ザインにしてみれば僅かな切り傷だ。
 茜を追撃しようとするザインを、俺は更に発砲して留める。

「ふん……そのような小火器で何ができる!!」

 くそ、このおっさんマジで強えぞ!
 銃がこの程度しか役に立ってねえとは――

「――なら、これはどうだ!」

 ザインの背後で響く茜の声。
 あいつの手には、いつだったか目にした、物々しい銃があった。
 俺の銃なんぞとは比較にならんほどでかく、威力もありそうな凶器。

「ぬ!」

 それを目にした途端、ザインが走り出した。

「逃すか!」

 構わず、茜はそいつをぶっ放す。
 連射され、銃から飛び出るのはただの鉛弾なんかじゃない。
 純粋な力の塊だ。
 咒法をあれで増幅してるのか……?
 いや――何か少し違う気がする。

「く……ぬ、おのれ………っ!」

 避けきれぬ、と悟ったのか、ザインはその場に踏み止まり、あろうことかその剣でもって、光の銃弾を打ち払っていく。

「ぐ!」

 しかしうち一発を防ぎきれず、肩への命中を許してしまう。
 肩の一部がごっそり吹き飛び、仰け反るザイン。
 しかし続く攻撃は無かった。
 茜は肩で大きく息をして、その場に膝をついてしまっている。
 ――あの銃の弾は、使用者自身ってわけか!

「そこまでか!」

 踏み止まったザインは、茜の様子を見てにやりと笑う。
 そのまま地を蹴って、茜へと迫る!

「させるかっ!」

 それを遮るように、俺はザインへと体当たりをかける。

「邪魔だ!」

 払うように振られた剣を、俺は銃で受け止め――持ち堪えたのは一瞬で、見事に切断されてしまう。

「…………っ!」

 それでもその一撃を引き付けることはできた。
 俺は切断された銃を握ったまま、ザインを殴りつける。

「ぬぅ……!」

 しかしザインは倒れず、更に剣を振るう。

「ち……!」

 避けるしかない。
 ザインは左肩をやられ、右手しか使えていなかったが、それでも充分に強敵だ。
 油断など一切できない。

「このっ!」

 素手になった俺には、近接戦闘での殴り合いしか残されていななかった。
 少しでも距離を開けられれば、剣を持つザインの方が有利になってしまう。
 ――そこへ、

「ぬ……っ!」

 ザインの腕に突き刺さる、短剣。
 茜が投げたものだ。
 俺は迷わずそれを掴み取って、引き抜く。

「ぬおおお!」

 その瞬間、ザインが振るった腕が俺に直撃し、たまらず吹き飛ばされてしまう。

「愚か者どもがっ……!!」

 ザインが剣ごと右手を掲げる。

「〝ジィオ・ラグルア〟っ!」

 雷撃の咒か!

「くそっ……!!」

 俺は咄嗟に地面を転がって逃げたが、完全に感電を避けることはできなかった。
 地面を伝わって、身体に届いてしまったのだ。
 相当威力は緩和されたものの、痺れが全身に走り、ふらつく。

「最後だ! 死ぬがいい!!」
「このっ……!」

 迫るザインへと、俺は手にしていた短剣を投げつける。

「足掻きを!」

 だがそんなものなど、あっさりと弾かれてしまった。
 だけどそれでいい。
 動きを止め、一瞬とはいえ的にさえなってくれれば。

「撃て!」

 俺の言葉に応えたのは、銃声だった。
 ――俺も、無闇に戦っていたわけではない。
 茜の回復を待っていたのだ。

「なに……!?」

 ザインの驚愕の声。
 放たれたのは、光の弾では無く、ただの銃弾のようだった。
 過たず、ザインに命中する。

「ぐぬ……!」

 しかし、それだけだった。

「お、おい……!?」

 さすがに俺も、茜を見た。
 あいつ、さっきの連射のし過ぎで、もう力尽きてしまったのか……!?
 見れば、茜までもが戸惑った様子になっている。

「な……イリスのやつ、何が特製なんだ!?」

 そして憤慨。

「少しも役に立たないじゃないか!」

 よく分からんけど、今の一発はイリスからもらった特製のものらしい。
 ところが不発――そんなところか。
 ――これはやばい。

「は……愚か者め! 運にも見放されたか!」

 ってかおっさん! いくら不発ったって、まともに銃弾食らっときながら、何でぴんぴんしてんだよ!

「くそ!」

 茜は歯を噛み締めながら、光の弾を撃ち放つ。

「効かぬわ!」

 あっさりと打ち払う、ザイン。
 片手のくせに……!

「茜、いったん引くぞ! このおっさん、タフすぎる!」
「だけど!」
「いいんだよ! 命あっての何とやら、だ!」

 やはりザインは強い。
 それに加えて、エクセリアが俺の傍にいないのだ。
 いなくても力を振るえるが、やはり近くにいるのといないのでは、限界や精度にかなりの差が出てしまう。

「逃がすと思うか! 神罰――――っ!!」

 ザインの渾身の一撃が、俺達の間近に迫る――まさにその時。

「ぬ、おおおおお!?」

 突如、ザインの悲鳴が響き渡った。

「な、何が……ぐ、ぬうおおおおお………!?」

 ザインは剣を落とし、その手で先ほど茜に撃ち込まれた銃創を掻き毟る。
 僅かな銃痕からは、もう出血すらない。
 だというのに、ザインはもがき苦しみだしたのだ。

「なんだ……?」

 唖然として、俺達はそれを見返す。

「まさか――」

 茜がぽつりと声を洩らした瞬間、それは起こった。

「があ!?」

 黒い炎。
 それがザインの腹部――銃弾を撃ち込まれた辺りから、沸き起こったのだ。
 この炎には、見覚えがある。

「茜、これって……!?」
「〝ゼル・ゼデスの魔炎〟……。私の〝魔剣〟と同種の禁咒。どうやらあの銃弾の中に、それと同質の咒を込めていたようだな」
「あのとんでもない咒法のことか。結局何なんだ、あれ?」
「唯一私が扱える禁咒だけど、詳しいことは知らない。〝魔炎〟を考案したのはずっと昔の魔女らしいけど、凛にも扱えて、それを見たイリスが自分なりにアレンジしたのが〝魔剣〟っていうことらしい。それをイリスに教えてもらっていたんだ」
「ふうん……。けどまともに打ち合っても勝てないから、撃ち込んでから発現させるっていう方法にしたんだな」
「どういう効果があるのかは、教えてくれなかった。しかもイリスのやつ、装填から発射までに一分かかるって言っていたけど、実際には撃ち込んでから咒法が発現するのに一分かかるんだ。びっくりさせてくれる」

 なるほど。
 それでザインに撃ち込んだ後、茜も戸惑っていたのか。

「イリスも間違えるんだな」
「そうだな」
「……それにしても」

 さすがのザインも、これで終わりだろう。
 内部からこの炎に焼かれては――

「ぬあああああっ!!」
「んなっ!?」

 漆黒の炎に全身を包まれたかと思えたザインだったが、それは一瞬のことだった。

「ぐ……ふぅ……!」

 炎は霧散し、腹を真っ黒に焦がしたザインが膝をつく。

「こいつ……耐えやがったのか……!?」
「――いや、咒法が完全に発動しなかったんだ。威力も弱い。恐らくあのサイズに圧縮するにあたって、どこかで何かを削らなければならなかったんだろう。もしくは、解凍に失敗していたか。でも、試作にしては充分だ」
「確かに……な」

 ザインはすでに満身創痍だ。
 この状態で生きていることすら不思議なのだ。

「く……お、の、れ……!」

 睨み付けてくるが、もはや立つことも適いはしない。

「……こいつ、ただの人間じゃねえぞ。それともアトラ・ハシースっていうのは、みんなこうなのか?」
「まさか」

 茜は首を横に振った。

「確かに強化はしている。私もだ。それには個人差はあるが、この状態で生きていられるなんて……」

 だとしても、この状態ならば長くはもちはしないだろう。

「真斗、下がっていろ」

 一歩進んで、茜が言う。

「とどめは私が刺す」
「茜」
「狙われたのは私だ。だから私が殺す。命のやり取りとは、そういうことだ」

 はっきりと、茜は言い切った。
 こういう世界にずっといたせいか、俺などよりもずっと覚悟している。
 俺は黙って、後ろに下がった。
 茜は何も言わず、銃をザインの頭へと向けた。

「――そこまでですよ」
「!」

 不意に、声が響いた。

「――誰だ?」

 茜はその場から飛び退き、俺の横に並ぶと、周囲を警戒する。

「この声……?」

 聞き覚えがあった。
 女の声。
 これは――

「こんばんは。桐生さんに九曜さん」

 涼やかな声と共に現れたのは、見知った女性。

「あんたは……?」

 闇夜より現れた女は、ザインの横まで来て止まった。

「夜分にお騒がせして申し訳ありません。今夜は一方だけで、こちらは手を出さぬはずだったのですが」
「――――」

 不意に、茜の言葉を思い出す。
 最遠寺を信用していない、と。

「まさかとも思わなかったけどな……。茜、お前の言う通りかもしれねえぞ」
「何のことだ? それに、あいつを知っているのか?」

 茜とは面識は無し、か。
 当然だな。

「最遠寺泪――そう名乗ってた奴だ」

 ぴくり、と茜の表情が固まる。

「本当なのか?」
「ええ、本当ですよ」

 茜へと、泪はくすりと笑って肯定する。

「どういうことだ。あんたが昨日言ってたことは、みんな嘘なのか?」
「最遠寺が協力する、ということですか? それならば、お察しの通りです」

 九曜に協力するどころか、すでにアトラ・ハシースとつるんでたってわけか。

「……何が目的だ? そんな嘘をついてまでして、俺に近づく理由があったのか?」
「いくつか理由があったのは認めましょう。間近であなたがたを確認しておきたかったことと、もう一つ、重要な用件がありましたので」

 重要な用件……?

「何だよそれは?」
「今夜、それを確認したところですよ」

 意味の分からない返答を寄越すと、泪はその場にしゃがみ込んで、ザインの様子を眺めやる。

「……派手にやられたようですね」
「…………そちらの首尾は」

 苦痛に顔を歪めながらも、ザインは別のことを口にしていた。

「大丈夫ですよ。終わったので、こちらに来たわけですし。それより治療を」
「……この身体はもう使えん」
「……スペアは一つしか持ってきていないのでしょう?」
「仕方なかろう」
「……そのようですね」

 泪は頷くと、また立ち上がる。

「失礼しました。お話の途中でしたね」
「本当に、お前は最遠寺の者なんだな?」

 茜が聞く。

「ええ。そのことならば、桐生さんがよくわかっているはずでは?」

 確かにこいつの身元については、所長はもちろん、黎や上田さんも証明してくれている。

「間違いない」
「……そうか。なら、最遠寺は九曜に敵対する――そういうことと受け取るが、いいな?」
「ふふ。もうとうにそうなっていますよ? あなたのお姉様には、先ほどご挨拶をしてきましたし」
「――なんだと?」

 姉の言葉に、茜が目を見開く。
 ご挨拶って――まさか。

「九曜家で最も恐ろしいのは、九曜楓さんですからね。まず最初に討ち取らせていただきました」
「な――」
「馬鹿な!」

 ふざけるなとばかりに、茜が叫ぶ。

「姉さまをやったというのか!?」
「ええ。つい先ほどのことです。さすがに粘ってくれましたが、それも終わりました。ああ、どうせなら、死体の一部でも切り取って持ってくれば良かったでしょうか」
「黙れ!」

 怒声と共に、茜は銃を発砲しようとする。

「おい待て!」

 それを、俺は思わず制止する。

「離せ!」
「落ち着け馬鹿! ただの挑発に決まってるだろうが!」
「挑発? ただの事実ですよ」

 こいつ……!

「さて……どうしましょうか。今夜はあの方の肩慣らし程度の予定だったのですが、せっかくお二人がいるわけですし、ここで事を成してしまうのも良いかも知れません」
「……俺たちを や 殺るっていうのか?」
「九曜楓さんと違ってあなた方お二人には、それなりの価値がありますので。簡単に殺しはしませんよ」

 にこりと笑う泪。
 しかしその気配からは、徐々に殺意が溢れ出てくる。

「せっかくオルディードお兄様がお二人の力を削いでくれたのです。この機会は有効活用させていただきましょう」
「ち……!」

 この状況で新手が現れたことに、俺は唇を噛んだ。

「離せ真斗! あんな侮辱を言うような奴、ただじゃおかない……!」

 俺を振り払い、茜は再び銃を構える。
 ……まずいな。
 真偽はどうあれ、姉のことを言われて茜の奴が動揺してしまっている。
 いつもの茜らしくない、冷静さを欠いた状態だ。
 その上あのおっさんと戦った後だ。
 状況の不利は認めざるを得ない。
 引くしかない。
 しかし今の茜を引かすことは、至難に思えた。
 くそ……!

「ふ……。まだまだやる気のようですね。いいでしょう。この場で――」

 すっと、泪が手を差し出す。
 蒼い光がともる。
 ………やはり、やるしかないのか……!
 そんな覚悟を決めざるを得ないところまできたところで。

「――ふふ、なあに? みんなして楽しそうね?」

 突然の声に、泪はハッとなって見上げる。
 その視線に追われながら、そいつは軽やかに舞い降りてきた。
 ちょうど、俺達と泪の間を遮るようにして。

「――お久しぶりね、真斗に茜。元気にしていたかしら」
「お、お前……!?」

 そいつの顔を見て、俺は呆気にとられるしかなかった。
 だってそいつは――――

「だからお前ではないと、何度言ったらわかるの? いい加減覚えて欲しいものだわ」

 馬鹿野郎――忘れるわけがない!

「アルティージェ―――」
「そう、よ。一年ぶりね」

 名を口にしたら、そいつはくすりと笑んでみせた。

「なんで、お前……!?」
「どういうことだ?」

 隣で、茜が警戒しながら俺に尋ねてくる。

「あいつは、お前が倒したはずじゃなかったのか?」
「いや……そのつもりだったんだけど……」
「……もう。では本当にわたしが死んだとでも思っていたのね。まさかとは思っていたけれど、ちょっと不愉快な事実だわ。まあいいけれどね。……それより」

 アルティージェは俺達を尻目に、今度は泪達の方を見やる。

「こちらもお久しぶりだと、そう言うべきかしら? 二人とも」
「……アルティージェ!」

 泪の顔から一気に余裕が消し飛んでいた。
 悪鬼のごとき形相で、アルティージェをねめつける。

「ふふ、元々あなたたちの目的は、わたしでしょう? どうする? 今ここで、再度決着をつけましょうか?」
「……勝てぬ勝負は挑みませんよ。ですが、それもあと僅かです」
「そう? それは愉しみね。オルディードお兄様にシャルティオーネお姉様」
「…………」

 最後までアルティージェのことを睨みながら、泪とザインは闇へと消えていく。

「……逃げたのか?」

 そうとしか思えない。
 アルティージェが現れたことで、あの二人は引いた。
 しかしなぜ、アルティージェがこんなところに現れたのか。
 いやそれ以上に、あいつは一年前にぶっ倒したはずだ。

「もっと厄介なのが残ったようだけど」

 俺も茜も、全く警戒を解けなかった。
 一年前、アルティージェを相手に俺達は散々苦労させられている。

「確かにな……」
「そんなに気張らなくてもいいわ」

 そう言うなり、アルティージェは俺達の方へと近づいてくる。
 歩きながら、右手を横に伸ばした。
 その手に現れる、一本の剣。
 ずいぶんくたびれた長剣だった。

「お前……?」

 アルティージェは、俺の目の前で意外な行動に出た。
 その場に片膝をついて、あろうことか跪きやがったのだ。
 そして、剣を両手に掲げて。

「――お父様の遺品よ。真斗、あなたにあげるわ」
「おい……いったい何の真似だ?」
「ふふ、光栄に思うことね。わたしが誰かに膝を折るなんてこと、この千年無かったのだから」

 有無を言わさぬ迫力に圧されて、俺はその剣を受け取る。
 やはり古びている長剣。

「……何だよこのぼろ剣は?」
「失礼ね」

 俺が受け取ると、アルティージェは非の打ち所の無い優雅な一礼とともに、その場に立ち上がる。

「アクティオン……お父様が使っていらした剣よ。お父様が残した最高のものは、紛れもなくこのわたしだけれど、まあその次の次くらいには価値があるのではない? 少なくとも、遺産と呼ばれるものの中では最高峰ね」
「そーは見えねえぞ」

 ぼろぼろだし。

「節穴ね」
「む……」
「ま、見てくれの悪さは仕方ないわ。お父様が亡くなってから、ずうっと使っていなかったのだもの。わたしはそれよりも、シャクティオンの方が好みだったから」

 お父様お父様って、そういやこいつの父親って……?

「いったい何の真似だ?」

 不審を隠そうともせず、茜がアルティージェをねめつける。

「だって素手ではきついでしょう? わたしと戦った時に使っていたアルレシアルは、消えてしまったし。代わりといったらその剣くらいしかないわ。オルディードの持っていたオルディオン逢魔十戒の剣は、ナウゼルお兄様の愛剣だもの。簡単には砕けないしね」

 何のことだかさっぱり分からんぞ。

「だから、そうする理由は何なんだ?」

 茜の問いに、アルティージェは笑ってみせた。
 冷笑と微笑の入り混じった、こいつらしい笑み。

「打算と興味。そんなところね」
「またろくでもないこと考えてるんじゃねえだろーな……?」
「いったいいつ、わたしがろくでもないことを考えたのかなんて知らないけれど、今回のことはあなたたちのためにもなることよ? さっきだって助けてあげたのだし。ちゃんと恩に着なさいよ?」

 何か恩の押し売りでもされているような気分だ。
 こいつの高圧的な態度は相変わらずだし……。

「お前……まだ由羅のことを狙ってるのか?」
「狙っているなんて、人聞きが悪いわね。手に入れたいだけよ?」
「…………ま、いいけどな」

 一年前にこいつと対峙して、最後に何となく分かったことがある。
 恐らくあの行為のほとんどは、演出だったのだ。
 アルティージェが口で語っていた以上の目的があったのだ。
 それが何であるかは、別にどうでもいい。

「さてと。わたしは戻るわ。夜道には気をつけることね」
「ちょっと待てよ! さっきの二人のこと――」

 何か知っている素振りだった。
 それを聞こうと思ったものの、アルティージェは肩をすくめてみせただけで、その場から立ち去ってしまう。

「……とりあえず、助かったようだな」
「そうだな」

 俺が頷くと、茜は銃を圧縮して、片付ける。

「見せてみろ」
「ん? ああ」

 今しがた受け取った剣を、俺は茜へと手渡した。
 鞘に収められたままのその剣は、長い年月の間放置され、朽ちかけているような印象さえ受ける。
 もらった、というよりは押し付けられたような感があるけど。

「……物騒な剣だな」

 茜は一目見てそう言うと、俺に返してくる。

「圧縮した後、ちゃんと封印しておけ。でないと持っているだけで疲労するぞ」
「何だよそれ? 呪われてでもいるのか?」
「そんなところだ」
「そんなところって……っておい、俺には封印も圧縮もできないんだぞ?」

 情けない話ではあるが、俺は物質の圧縮解凍の咒法を使うことができないのだ。
 物を持ち運ぶ時には非常に便利な咒法であるが、その効果は咒法士によってずいぶん違ってくる。
 うまい奴はとことん小さくできるらしいけど、少なくとも俺にはできない。誰かがすでにかけた咒法を利用する程度なら、辛うじて何とかなるが。

「……相変わらず咒法は苦手なんだな」
「悪いかよ」
「別に。……わかった。私がやっておこう」

 そう言ってくれたので、俺はもう一度剣を手渡した。
「それにしても、真斗。どうしてあのアルティージェがお前に跪いたりしたんだ?」

 腑に落ちないといった表情で、茜が聞いてくる。

「さあな。そいつを渡すためだけのポーズ、ってわけでもなさそうだったけどな……」

 第一あのくそ偉そーなアルティージェが、誰かに膝を折るということすら考えられないのだ。
 一年前の時だって、最後まで膝を屈しなかったしな……。

「何か、意地の悪い意味でもあるんじゃないのか? あいつのことだし」
「かもしれないな」

 あっさり頷く茜。
 本人が聞いたら、さぞかし立腹しそうだ。

「何にせよ、あんなのまで出てきて……思っていた以上に厄介なのかもしれないな」
「……うん」

 泪のやつが実は敵だと分かった途端に、今度はアルティージェだ。
 いったいどうなってるのか……。
 それにしても――

「お前、大丈夫か?」

 茜に、元気が無い。
 現状以上に、気になることがあるからだろう。

「大丈夫だよ。お前の姉貴って、お前より強いんだろ? あんな奴の戯言なんて、真に受けるなって」
「……そんなの、わかってる」

 泪が言っていたこと。
 すでに楓さんを始末したかのような口振りだった。
 大丈夫だとは思いたいが、盲信するわけにはいかない。

「とりあえず戻ろう。それから確認すればいい」
「…………」

 黙って頷く茜は。
 なぜか、いつも以上に小さく見えた……。


 目次に戻る >>

終ノ刻印Ⅲカテゴリの最新記事