第55話 人生相談

第55話 人生相談

「あー、食った食った……」

 よく食べた。
 美味しかったし満足満足。
 あらかた食べ尽くし、他愛も無い雑談で盛り上がっていたところで、どこからか携帯の着信音が響いた。

「誰かなってるぞ?」
「おれだな」

 東堂さんの言葉に答えて所長は立ち上がる。
 所長は棚に置いてあった携帯を掴むと、何事か話しながら奥へと行ってしまう。

「それにしてもなあ……」

 俺はエクセリアを見ながらつぶやいた。

「エクセリアにちゃんとした飯食わすのはいいとしても、今日食ったやつこそが料理だって思い込まれたら、それはそれで困るんじゃないか?」

 こんなご馳走など、滅多に食べれるもんじゃない。
 時には――というかけっこう頻繁に、カップメンのようなものを口にせねばならん時もあるのだ。

「心配するな」

 澄ました顔で、茜は言う。

「今日一回だけというわけじゃない。これから色んなものを食べさせてやる。エクセリアが気に入ったのならばな」
「って言ってるけど、どーなんだ?」
「次があるのなら……また」

 控え目な返答ではあったけど、意思ははっきりしているようだった。
 その言葉に、茜も満足そうな顔になる。
 茜にしてみれば、その一言が聞きたかったんだろうしな。
 と、所長が戻ってくる。

「悪いな。ちょっと出かけてくる」
「お仕事ですか?」

 上田さんに聞かれて、ああと頷く所長。

「夜中までには帰ってこれるかな」
「えー、定行っちゃうの?」
「悪いな。あとはみんなで盛り上がってくれ」

 そう言うと、所長はコートを羽織って出ていってしまった。
 こんな夜になっても仕事とは、探偵とは大変なもんだよな。
 しっかし盛り上がってくれって言われてもな。もうあらかた盛り上がりきったって感じなんだが。

「そろそろ片付けるか」

 茜も俺と同じ感想だったのか、食器を重ねながらそう口を開く。

「そうですね。とりあえず、片付けてしまいますか」

 頷いて、上田さんも立ち上がる。

「由羅」
「ん? なに茜」
「皿洗いをしておけ。私は用事があるから、真斗と出かけてくる」

 用事って、俺も?

「えー……。いっぱいあるもの一人じゃ大変」
「ならば、私が手伝おう」

 意外なことに、手伝いを名乗り出たのはエクセリアだった。

「ほんと?」
「この姿ならば、流し台にも手が届く」

 ……なるほど。
 普段のエクセリアでも使えないことはないんだろうけど、あの身長じゃやりにくいのは確かだ。

「食べさせてもらった礼はしたい」
「うん! じゃあ一緒にしよっ」

 エクセリアの言葉が嬉しかったのか、由羅はにっこり笑って皿を運び始める。

「仲良しさんですねえ」
「うーむ、ならばおれも……」

 などと喋る上田さんと東堂さん。
 ……ま、いいか。

「で、用事って?」

 俺は茜に聞いてみる。
 そんな話だと、事前には何も聞いていない。

「外に行こう」
「ああ、いいけど」

 茜に誘われるまま、俺は事務所の外へと出た。


「ちょっと、相談があるんだ」

 茜がようやく口を開いたのは、事務所から少し歩いたところでだった。

「俺に?」
「ああ。散歩ついでにでも聞いて欲しい」

 そりゃ構わねえけど……珍しいな。改まって。

「――真斗は、この先どうするつもりなんだ?」
「この先っていうと?」
「そうだな。大学を卒業したら、でもいい」

 将来、ってことか。

「残念ながら、まだ何も決まってないな。就活、しなきゃならんのだろーけど」
「地元に戻るのか?」
「さあな。それも決めてない」

 いい加減、そろそろ決めなくてはいけないのかもしれないが、なかなかやろうという気にはなれない。

「実は、私もちょっと悩んでるんだ」

 何でもないことのように、ぽつりと茜が言う。

「お前が?」
「悪いのか?」
「いや……そんなんじゃねえけど」

 珍しいな。
 何でも即断してそうな茜なのに。

「で、悩みって?」

 どうやらそれが相談の内容らしい。

「今聞いたことと同じことだ。私の将来」
「将来っていっても……」
「私はもう、アトラ・ハシースに戻る気はないんだ」
「え?」
「だから、あそこにはもう帰らない」

 イリスや由羅に引き止められた、というのが原因ではないだろう。

「今回のことか?」
「それもある」
「でも黎が行ってくれてるだろ? うまくいけば、お咎め無しになるかもしれんのに?」
「例えそうでも……」

 茜が苦笑する。

「戻る気は無いんだ。こっちに帰ってきて、それなりに楽しかったから」
「…………」

 何か、初めて聞いたような気がする。
 こっちにいるのが楽しかったなんてこと。
 いつもイリスや由羅にくっつかれて、辟易してたっていうのに。

「それは……きっと由羅とかが喜ぶだろうな。俺も何かと助かるし」
「そうか」

 茜の顔が、少し嬉しそうなものになる。
 歳相応な感じの、表情。

「けどあっちにだって生活はあるんだろう? アトラ・ハシース云々は置いておいても、そっちはいいのか? 友達とかさ」

 そう聞くと、茜の表情が曇った。

「……友人、か。このまま戻らなかったら、きっと怒るだろうな、あいつは」

 つぶやくように、茜が洩らす。
 どうやら未練が無いわけではないらしい。
「でもカリネにはあいつがいるし、それにどうせ元々私が二人の間に割り込んだようなものだったんだ。いなくなっても、元に戻るだけだ」

 具体的なことは分からないが、どうやら向こうにも気になる相手はいるらしい。
 だったら一度戻ってしっかり別れをすませるべきじゃないかって思うが、まあ俺がとやかく言うことでもないだろう。
 戻ることで余計に未練が、ってこともあるしな……。
 まあいい。そこは茜の判断だ。

「でもどうするんだ? 家に戻るのか?」

 茜の実家はもちろん日本にあるけど、現在ただ今家出中だ。

「その気はない……。でも、帰ってきてしまったら、自活手段が無くなってしまう」

 なるほど。
 悩みどころはそこか。

「確かにな。今さらこっちで学校、ってわけにもいかんだろうし。かといって就職もなあ……」

 難しいだろう。
 家出しているだけあって、茜の履歴はちょっと普通と違う。
 実家に頼れば何とでもなるのだろうけど、こいつの性格からしてそんなことはしないだろうし。

「だから、しばらくは柴城さんの所で働かせてもらおうって思ってる」
「ふむふむ」

 所長が何て言うか分からねえけど、茜のこれまでの経験も活かせるし、所長とも馴染みだし、悪くはないかもしれない。

「いいんじゃねえの? お前実力あるし、俺なんか雇っておくよりずっと頼り甲斐もあるしな」
「――――。だから、真斗はどうするんだ?」
「どうって……?」
「だから! ……このまま、ここに残る気はないのか?」

 ここって、京都にってことか。

「さっきも言ったけど、まだ決めてないって」

 俺の言葉に、茜はしばらく何やら逡巡していたようだったが、やがて続きを話してきた。

「……お前みたいなやつでも、いないよりはマシだから。猫の手くらいの価値だけど。だから、残って助けてくれると嬉しい」
「…………」

 貶されてるんだか期待されてるんだか……。

「私も、ずっと柴城さんに頼るつもりはない。どうせやるのなら、そのうちに独立したいとは思ってる。けど、一人じゃ難しいから……助手がいると助かる」

 いつの間にか立ち止まって、茜はじっとこっちを見ていた。
 ふうむ……。

「ここで所長と似たような稼業をやったら、きっと九曜家の連中が見逃さんと思うけど?」
「構わない。私も帰ってきた以上、あの家との縁は切れないと思っているから。干渉もされると思う。でも、その分こっちも利用してやるから、いいんだ」
「なるほどな」

 俺が思っていた以上に、茜は視野が広くなっていた。
 今すぐには無理だとも判断しているあたり、自分自身のこともしっかりと自覚しているようだし。
 どうやら本当に、歳に似合わず大人になっていたらしい。
 きっと俺なんかより、ずっと色んなことを考えているんだろうな。

「お前なら、うまくいくんじゃないか? 所長の方が上がったりになっちまうくらい、繁盛したりしてな」
「そんなのは当然だ」

 この自信はいつも通りだよな。

「それで、お前はどうするんだって聞いてるんだ」
「俺?」
「だから!」

 苛々したように……というか、恥ずかしいのを隠すかのように、声を上げる茜。
 おお、茜が照れてる。
 珍しい。

「そうだなあ……」

 別に焦らすつもりはなかったけど、正直なところ、即断できることでもない。

「正直、興味はあるぞ」
「それなら……」
「けど、答えは保留だ。俺が大学を卒業するまでもうちょっと時間があるし、その間にゆっくり考えるさ。でもってお前は、その間に俺を説得すればいい」
「待っていられるか! 今すぐ答えろ!」

 ううむ、前言撤回。
 やっぱりまだ子供だ。

「うるせえ。俺が待てと言ったら待て」
「うるさい! 今すぐ答えられないっていうのなら、嫌でも吐かしてやる」
「どーやってだよ」

 聞いてみると、茜はひどく邪悪な笑みを浮かべてみせた。

「アトラ・ハシースを甘くみない方がいいぞ……? あそこには、過去からの知識が蓄えられているんだ。中には決して公開できないような邪法も……」
「えーい、物騒なことをあまり言うな! 性格が知れるぞ!」
「どういう意味だ!」
「怒るな!」

 何かもう、いつものごとくって感じだよな。
 しばらく二人で言い合いしていたが、疲れてきたので自然に終わってしまう。

「……まあ、なんだ」
「…………」
「拗ねるなよ。俺は嫌だって言ってるわけじゃないんだから」
「だったらうんと言え」
「だから……。いや、将来のこともいいけど、さしあたっては今のことだろ? アトラ・ハシースとお前のこととか、由羅とか黎のこととか……」

 何だかんだで、あいつらとも相当関わってしまっている。
 特に由羅には身寄りが無いし、放っておくわけにもいかない。

「それにエクセリアも、だろう?」
「そういえばそうかも知れんけど」
「……はあ。確かにお前はけっこう身重だったか」

 身重って……おい。

「まあいい。お前はお人好しだからな」
「何がいいんだよ」
「うるさい」

 ぷん、とそっぽを向いてしまう茜。

「ったく……」

 俺はぽりぽり頭を掻いて、そんな茜を見返した。
 茜と一緒に仕事、か。
 それはそれで、確かに悪くないかもな。
 前向きに検討、と。

「そういやさ」
「なんだ」
「そう怒るなよ。由羅のことなんだけど」
「由羅がどうした?」
「いや、何かちょっと、様子変じゃなかったか? 気のせいかもしれんけど……」

 いつもと変わらないようにも見えたが、端々がどうもしっくりこないというか何というか。まあ勘みたいなものだ。

「ふん、すっかり忘れているようだな」
「忘れてって……俺が?」
「そうだ。今日が何の日か、思い出してみろ」
「何のって……」

 考えてみる。
 しかしどうにも思い出せない。
 むう……?

「……さっき、どうしてあんな料理が食べられたと思う? いくら私でも、あれだけのものを簡単に作れはしない。下準備していたんだ」
「下準備って……」

 茜が夕食を作る、と宣言したのは学校でのこと。
 それから一度も事務所には戻っていない。
 ということは、準備はそれ以前からしていたということで……。しかも俺達に悟られないように。

「ご馳走……ご馳走……あ!」

 今更のように、思い出した。

「今日って黎の誕生日か!」
「そうだ」

 完全に忘れてた。
 この日を探り当てたのは俺だっていうのに、それを由羅に教えた後は、すっかり失念してしまっていたのだ。
 あいつが自分でやるって張り切っていて、俺は全く手を出さずにいたもんだから……。
 そうか。それなら色々と納得できる。
 昨日黎が日本を出たことを聞いた時、あいつがやけに残念そうな顔をしていたのは、そういうことだったのだ。

「俺、てっきりどっかの店に行くのかと思ってたんだ」
「結局自分で作ることにしたんだ。私に相談してきて、それで手伝うことにした」

 確かに自分で作った方が、気持ちは伝わるかもな。
「今日の料理は、本当は黎のために作るはずだったっていうわけか」
「うん。けど仕方ない。いつ帰ってこられるかわからないし、事前に用意していた食品の中には日持ちしないものもあったからな。だったら今日食べてしまおうと思ったわけだ。由羅の練習も兼ねて」
「都合良くあれだけの食器があったのも、準備してたんだな」
「そうだ」

 そいつは恐れ入った。
 そんな素振りなどあいつは見せなかったし、俺も気づかなかったしなあ……。

「しかし忘れていたとは最低だぞ」
「……すまん。こればっかりは面目ない」

 素直に俺は謝った。
 いくら最近、急に慌しくなったとはいえ、忘れてしまっていたのは俺の落ち度だった。

「一応伝えておいたけど、もしかしたら黎自身も忘れていたかもなあ」

 とはいえ、今回は運が悪かったとしか言いようが無い。

「黎が戻ることになったのには、私にも原因がある。だから由羅には、色々と付き合ってやるつもりだ」
「そうだな。俺も何か考えてみるか……」

 今のところ特に思い浮かばないが、由羅を手伝うことくらいならできるだろう。

「そろそろ帰るか? 冷えてきたし」
「……うん」

 茜も頷いて、俺達は踵を返す。
 そこでふと、茜は一瞬歩みを止め、再び歩き出す。

「……どうした?」
「どうせだから、回り道をして帰ろう」
「回り道って」

 怪訝に思うよりも早く、茜の視線が俺を捉えた。
 真剣な表情。
 なんだ……?

「ああ」

 ともあれ俺も頷き、後に続く。
 最初は何のことだか分からなかった。
 しかし茜の選ぶ道を辿っていくうちに、何となく察した。
 茜はどんどん人気の無い方向へと進んでいっている。
 それに自然を装ってはいるが、明らかに何かを警戒していた。
 恐らく、何者かに尾行でもされているのだろう。
 思い当たる節もある。
 充分に人気の無いところまで来て、ようやく茜は足を止めた。

「真斗、すまない。また巻き込んだようだ」
「――何言ってんだ。一応護衛してるんだから、巻き込むもくそもねえよ」
「……そうだな」

 微笑する茜。

「――つうわけだ。とっとと出て来いよ。誰だか知らんけど」

 誰にともなく呼びかける。
 応えは――あった。
 もはや気配を隠そうともせず、靴音を響かせて、俺達が通ってきた道から一人の男が姿を現す。

「……やっぱお前か」

 十数メートルの距離を置いて対峙したのは、先日の男。
 アトラ・ハシースのマスター。
 確かザインとかいったか。

「……誘ったのは貴様らだろう。私は監視のみに終始していた」
「でも乗ってきたじゃないか」

 茜が言う。
 ……なるほど。
 どうやらザインの存在にいち早く感づいた茜が、わざと誘いをかけたのだ。

「機があるのならば、行動する。貴様らの判断は、愚考としかいいようがない。二人で私に勝てぬのは、すでに証明済みであろう」
「ふん。でも今日は手駒はいないようだけど?」
「監視に大人数は不要だからな。とはいえ、彼らが必要なほど、貴様らは強くもない。一人でも充分と判断したゆえに、こうして誘いに乗ったと分からぬか」
「それが馬鹿の証明にならなければいいけどな」

 挑発しながら、茜は身構える。

「……いいのか?」

 隣に並びながら、俺は聞いた。

「黎が行ってるんだ。もしかしたらってこともある。その前に面倒なことにしちまって、いいのか?」
「言っただろう? 私はあそこに戻るつもりはないって」
「それは……けどお前」
「それに」

 茜は低くつぶやくように言う。

「私は黎のことは信用している。でも、最遠寺のことは信用していない」
「信用してない……?」

 どういうことだ?

「ああ。お前が会ったっていう、最遠寺の人間のことだ」

 泪さんのことか。

「どうして」
「柴城さんが警戒していた。理由はわからないけど、それで充分だろう?」

 警戒って……あの所長が?
 泪さん相手に、かなり辟易していた様子は見れたけど……。

「昨日お前が帰った後、もう一度その日にあったことを確認したんだ。その時の口振りから、そう判断した」

 ふむ……。
 茜がそう言うのなら、それは気になるところだ。

「恐らく、簡単には解決しない」
「そうか」

 やはり、あまり楽観的にはいられない、ということか。

「ならいい。俺はお前を守るだけだ」
「ちゃんとやるんだぞ」
「当然だろ」

 頷いて、ザインを見返す。

「やはり、縛につく気はないようだな」
「当たり前だ。お前こそ、逃げるなら今のうちだからな」
「ふん、たわけ」

 茜の言葉にザインは吐き捨てて。

「ここで死ぬるか。それもよかろう」

 俺達は、再戦に挑んだ。


 目次に戻る >>

終ノ刻印Ⅲカテゴリの最新記事