第51話 所長の従兄妹

     /真斗

「ただいまー」

 って、俺の家じゃないけど、まあ何となく口をついて出る。
 戻ってきたのはもちろん事務所の方だ。

「真斗。早かったのね」

 こちらを見て、黎は首を傾げた。
 授業も受けてくると思っていたのだろう。
 俺もそのつもりだったけど、結局飯だけで帰ってくることになってしまった。原因は無論、俺の後ろにいる二人であるが。

「おや、お客さんですか?」

 黎と一緒に座っていた上田さんが、俺の後ろの人影を見て尋ねてくる。
 所長の姿はなく、黎と上田さんは何やら相談でもしていたらしい。

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「お客っていうか」
「お、これはこれは」

 後から入ってきた二人を見て、上田さんはちょっとだけ驚いたようだった。
 テーブルの前に座っている黎も、似たような顔になっている。

「何というか……想像だにしなかった組み合わせですねえ」
「……そうみたいね」

 頷く黎。
 まあ俺もそう思うけど。

「ってお前ら、楓さんはともかく、こっちも知ってるのか?」

 こっちというのは、もちろん泪さんのことだ。
 楓さんはあまりこの事務所に出入りしないが、それでもこれまでに全くなかったわけではない。
 茜繋がりということもあり、黎も上田さんも楓さんとは面識がある。

「ええ。知っているわ」
「もちろん僕も」

 ほう。
 そりゃまた何で。

「お久しぶりです。お二方」
「いえいえどうも」

 にっこり笑顔で、上田は挨拶をし返す。
 どうやら本当に知り合いだったらしい。

「真斗、忘れたの? わたしは最遠寺黎と名乗っているのよ?」
「偽名だろーが」

 本名はジュリィ・ミルセナルディスだ。

「実は借りていたんですよ」

 答える上田さん。

「借りてたって……?」
「実はアトラ・ハシースと最遠寺家は、少々関係がありましてね。僕の個人的な伝手なんですが。それでこの国に来ることになった際に、色々と手を貸してもらったというわけです。最遠寺という名前を借りたのも、実はその時にということです」
「へえ」

 なるほど。
 別に便利だからって、勝手に名乗っていたわけじゃなかったんだな。

「そんじゃその時に?」
「はい。エルオードさんのおっしゃる通りです」

 ふうむ……上田さんも、黎のために色々やってたってことか。

「それにしても、まさか楓と一緒に来るとは思ってもみなかったわ」

 黎は楓と泪を見比べて、しみじみとそう言う。

「そうですねえ。楓さんも泪さんも、それぞれのお家の時期当主と目されている方々。いわばこの国の、その道のトップにいる若手ですからね。この場に居合わせたのは、ありがたいというか何というか……」

 おいおい。
 確かに珍しいことなのかもしれねえけど、別にご利益なんかないだろうに。

「ここに来る予定は無かったのですけどね」

 楓は僅かに肩をすくめてみせた。

「桐生くんに用があったのですが、ちょうど泪さんとお会いしまして。それでなりゆきで……という感じです」
「そう……。エルオード、お茶を」
「あ、うっかりしていました。申し訳ありません。早速」

 黎に言われ、慌ててお茶の用意をし始める上田さん。
 さすが黎に仕えているだけあって、言われたことはすぐにこなしている。
 何か執事みたいな感じだよな。

「で、何かあったのね?」

 単刀直入に、黎は二人へと聞いた。

「はい。大事なことです」

 泪さんは頷くと、学食で俺が聞いた内容と同じことを、黎へと説明し始めた。

「……では、本当のことなのね」

 話を聞き終えた後、黎は小さく嘆息しながらそう確認した。

「間違いないと思います」
「……そう。調べる手間が省けたとはいえ、本当にそれが事実だとしたら、厄介なことになるわ」

 もう茜一人の問題ではなくなる。
 九曜家全体――楓さんだって、今後狙われる可能性があるのだ。

「どうするの? あなたは」

 黎は楓さんに尋ねる。

「そうですね」

 楓さん自身はさほどショックを受けている様子も無く、淡々と答えた。

「可能性はあったことです。しかし例え異端とされたとしても、アトラ・ハシースが動くとは思っていませんでした。私に喧嘩を売るなど、千年早いですから」

 ……うあ。
 何か怖いよ楓さん。

「妹に手を出すというのであれば、生かしては帰しませんよ」

 表情こそ冷静だけど、きっと怒ってるんだろうなあ……。

「受けて立つ、ということ?」
「ただの正当防衛です。それに、きっと黙っているのは私だけではありませんから」
「……イリス様、ね」
「ええ」

 ……だよなあ。
 そんなことは、俺にだって想像に難く無い。
 それに由羅だって、黙ってはいないだろうし。

「あの子がその気になれば、アトラ・ハシースなど簡単に滅ぼすでしょうね。彼女がそう判断した瞬間に、彼らは終わる。愚かなことです」

 って、イリスってそんなに凄い奴なのか……?
 この楓さんがそこまで言うとは……。

「でしょうね」

 黎も、そのことに関しては全く反論しなかった。
 イリスのことをよく知っているからだろうか。

「でもそうなっては欲しくない。イリス様が不必要に世界に干渉されることは、エク――……いえ、わたしも望むことではないわ」
「とおっしゃっても、このままではどうすることもできないのでは」

 泪さんの言う通りだ。
 すでに茜は一度襲われてしまっている。
 次があるのは必至だ。

「止めるしかありませんね」

 黙って話を聞いていた上田さんが、ぽつりとそう洩らした。
 みんなの視線が上田さんに集まる。

「止めるって、どーするんだ?」
「直接アトラ・ハシースに赴き、事が至った原因を探って、その根本を断つしかないでしょう。でなければ九曜、最遠寺やあの方々を含め、アトラ・ハシースとの全面戦争になりかねません」
「エルオードの言う通りね……。ここは、わたしが行くしかないわ」
「お前が?」

 驚いて、俺は黎を見返す。

「適任よ。わたしはこれでもアトラ・ハシースにこれ以上無いくらいに関わってきた人間だもの。何とかしてみせるわ」
「そうですね」

 そのつもりの発言だったのか、上田さんは頷いた。

「僕は残りましょう。この国に来ているアトラ・ハシースの中に、話のできる相手がいるかもしれません。僕はそちらに何とか接触して、情報収集と現状の先延ばしを頑張ってみたいと思いますので」
「よろしく頼むわ」

 うまくいくかどうかはともかく、二人がいてくれて良かった、というとこだろうか。

「ところで桐生くん」

 話が一つまとまったところで、楓さんが俺の名を呼んでくる。

「なんだ?」
「まだ、私があなたに会いにきた用件を、話していませんでしたね」
「えっと……茜のこと、だろ?」

 楓さんと話しているところで、泪さんが現れたんだったよな。
 話は途中だったっけか。

「そうです。あの子のことで、あなたにお願いがあって来たんですよ」
「お願い?」

 はて。

「今の状況はよくわかりました。とりあえずは黎さんたちにお任せしようとは思います」
「そーだな」

 まずは黎の吉報を待つのが先決だろう。
 下手にこっちが動いて、後戻りができないような状況にしてしまうのはまずい。

「ですがその間、すでにこの国に来ているアトラ・ハシースの襲撃を防がねばなりません。特に、茜のことですが」
「そうだよな。黎が行くってとこは、少しは時間がかかる場所だろうし、すぐにっていうわけにはいかないだろうからな」
「ええ。それでその間、茜のことをあなたにお願いしたいのです」
「ほう」

 …………。
 む……?

「……それはもしかしてひょっとすると、あいつのことを俺に守れって言っているのか?」
「はい」

 あっさり頷く楓さん。
 俺があいつを守る、ねえ……?

「俺じゃあ力不足だと思うけど?」
「昨夜、あの子を守ってくれたとうかがいました」
「いやそれは……。それにあいつにはイリスがついてるだろ?」

 何よりも強力なボディーガードだ。
 俺の出る幕なんぞ無いだろう。

「それが、不満なのです」

 イリスの名が出た途端、ぶすっと、渋い顔になる楓さん。

「あんな死神風情に守ってもらわねばならぬほど、九曜の家は落ちぶれてなどいません。第一イリスと茜が一緒にいることこそが、今回の原因の一つでしょう。墓穴を掘ってどうするのです?」

 むう……。
 何やらもっともらしいことを言っているけど、単純にイリスに任せることが嫌なのだろう。
 その理由は、あれか。イリス一人にいいところを持っていかれるのが、きっと気に入らないのだ。
 だったら自分が守ってやればいいのだけど、あの二人の仲ではそうもいかない。
 別に嫌い合っているわけじゃねえけど、ライバル視してるからなあ、茜が。そんな茜が素直に姉に保護してもらうはずがない。
 で、俺かい。

「そりゃま、やれって言われればやるけどさ」

 茜には色々借りがあるし、ここで返しておけるんなら返しておきたい。
 もっとも茜が承知するかっていうと、微妙なところだ。

「よろしくお願いします」
「ってか、楓さんはどーするんだ? 危ないのは茜だけじゃないだろ?」
「心配は嬉しいですが、私ならば大丈夫ですよ」

 にっこり笑顔でそう言う楓さん。
 きっと本当に大丈夫なんだろーな……。
 楓さんが相手だと、しみじみそう思ってしまう。

「まあ九曜の方はいいとして、最遠寺はどうなんだ? 泪さんはこれから?」
「わたくしならば、近くに宿をとってありますので、しばし京都に滞在するつもりです。九曜の方とのパイプ役になるつもりで、ここまで来ましたので。それに……」

 泪さんはそこで言葉を区切り、部屋の中を見渡した。

「? どうしたの?」

 黎が尋ねる。

「いえ……。その、こちらの所長をされている方は、お留守なのでしょうか?」
「所長、どっか出かけてるのか?」

 俺は黎に聞いてみる。

「定なら、さっきお昼を買いに……」

 黎が答えかけたところで、がらりとドアが開く。

「む?」

 入ってきた所長は、室内を見て声を上げる。
 片手には、近くのコンビニの袋とその中に入った即席麺。昼飯を買いに行っていたらしい。

「なんだ。また人が増えたな。……お」

 所長の視線が楓さんを見つけて止まったところで。

「――お兄様!」

 へ?
 突然上がった声に、俺は目をぱちくりさせた。
 みんながみんな、似た表情になっている。

「な」

 驚いた表情になる所長。
 と、同時に誰かが立ち上がっていた。
 誰かって……いやまあ、そんなのは今ほど声を上げた人なんだけど。

「お久しぶりですお兄様! 息災でしたでしょうか」

 駆け寄って、所長にダイブしたのは、間違い無く泪さんだった。

「な、お前……?」

 ぽかーんとなる一同。
 いや、その、お兄様ってのは何なんだ……?

「ちょっと待て離せどうしてお前がここにいる……!?」

 お、珍しく所長の奴が慌ててるぞ。

「それに何だお前たちの視線は! 珍妙な生物でも見るような――」
「恥ずかしがらないで下さい。せっかくこうしてお会いできたのです。ご遠慮なさることなど――」
「遠慮する!」

 断固宣言してつっぱねると、所長はそそくさと自分の席へとついた。

「あー、上田、お湯」
「はいはいお持ちします」

 何やらいつも以上の笑顔になって、奥に入っていく上田さん。

「あー、君たち。誤解のないように言っておくが、別にあれは妹なんかじゃないぞ」
「って言ってるけどどうなんだ?」

 泪さんに聞いてみる。

「お兄様です」
「だって」
「誤解を招くような発言をするんじゃない。……従兄妹だ」
「いとこ?」
「そうだ」

 眉間に皺を寄せて、所長は頷く。

「黎君なら知っているだろう? 俺の素性くらい」
「……一応はね」

 所長の素性か。
 そういや関東出身ってだけで、あんまり良く知らなかったよな。

「本当の名は、最遠寺定というのですよ」

 泪さんがにこにこしながら言う。

「最遠寺って、所長……?」
「ああ、そいつは事実だ。戸籍上、俺の名前は最遠寺定だ。泪の父親の弟がおれの父親だからな」
「そうです。本来ならば、お兄様が最遠寺の後を継がれていても不思議ではなかったのですよ」

 へえ……。知らんかった。

「今の当主である泪の父親は、なかなか子供ができなかったからな。下手すりゃおれに回ってきた可能性はあったかもしれん。まあ兄弟は他にもいるし、おれが一番可能性があったわけでもないがな。ともあれ、ようやく泪が生まれたおかげで、そういうややこしい問題は表面化しなかったが」

 九曜もそうだけど、別に男でなければ後を継げないということはないらしい。
 より強いものが、後継者となる。

「けど何で柴城なんだ?」

 素朴な疑問を口にする。
 話が本当ならば、所長の姓は最遠寺だ。しかし所長は柴城と名乗っている。

「ああ。柴城っていうのはおれの母親の旧姓だよ。色々あって最遠寺を出た後、そっちを名乗ることにしたんだ」

 ……どうやら少々事情があるらしい。
 雰囲気を察して、深く聞くことはしなかった。

「それで? いったい何をしに来たんだ」

 渋い顔のまま、所長は泪さんを見返した。
 泪さんとは対照的で、所長の顔に再会を喜ぶ様子は無い。

「それは今、皆さまにお話していたところです」
「そうか。真斗、ちょっと話せ」

 俺がかい。
 断る理由も無かったので、俺が代表として、改めて事の次第を話すのだった。


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