第49話 とある来訪

第49話 とある来訪

     /真斗

「何よそれ!」

 案の定、由羅は怒った。
 朝になり、茜が戻ってくるのを待って、昨夜のことをざっと皆に説明したところで、一番に声を上げたのが由羅だったわけである。
 事務所にいるのは、俺と由羅に、黎と茜、そしてイリスと所長である。

「茜、別に何も悪いことしないのに!」
「落ち着けって」
「そんなの無理に決まってるじゃない! ねえイリス!?」

 俺がなだめたところで、焼け石に水だったようだ。
 一方、ずっと黙したままのイリスは、由羅とは対照的に静かだった。
 きっと夜のうちに、茜からだいたいの事情は聞いていたのだろう。
 しかしその表情は、明らかにいつもと違う。
 そんなイリスが、ぽつりと茜へと尋ねていた。

「わたしの……せい?」

 茜が狙われた理由ははっきりしている。
 その理由の一つがイリスであることは、間違い無い。

「違う」

 茜はきっぱりと否定した。

「私自身の判断の結果だ。イリスは関係ない」
「……うん。でも、茜に何かあったら、わたしは絶対に許さない」
「そんなことにはならない。心配するな」

 そう言う茜だったが、イリスのどこか剣呑な様子は変わらない。
 怒ってるな……これは。

「しっかしこれからどーするんだ? 茜、お前ももう戻れないだろうし……」
「いいじゃない。ずっとここにいればいいんだから」

 それはそれで嬉しいことだと、由羅は言う。

「そんな簡単にすむ問題じゃない」
「ど、どうして?」
「私一人ならばまだいい。しかしここにい続ければ、柴城さんにも迷惑をかけることになる」

 まあ……そうだろう。
 ここにいればこの事務所に出入りする者も、茜の仲間――異端とされる可能性も出てくる。
 そうなれば、色々と困ったことにもなるだろう。

「確かになあ……。あんなとこに異端認定されるのは、おれもちと困る」
「何よ定の馬鹿! いいじゃないそんなの!」

 腕組みして困った顔で言う所長に、ぐああと怒る由羅。
 うーん、相変わらず無茶なこと言ってるよな、あいつ。

「落ち着きなさい、ユラ」

 そんな由羅へと、口を挟んだのは黎だった。

「だ、だって……」
「いいから。それよりも茜、真斗。あなたたちを襲ったのは、本当にアトラ・ハシース?」
「俺にはよくわからんけど、茜はそう言ってるぞ」
「間違いない。マスター・ローレッドのことは私も知っているし、他にもいくらか見た顔があったからな」
「そう……」

 茜の言葉に、考え込む黎。

「それにしても妙な話ね。アトラ・ハシースが、そんな多数の人員を一箇所に派遣するなんて」
「そうだな。アトラ・ハシースは少数精鋭。大人数を送り込んだりすることなど、まず無いはずだけど……」

 そういえばそうだなと、俺も思った。
 茜は由羅を追ってここまで来たわけだけど、誰と組むわけでもなく、あいつは一人でここまでやってきていた。

「ふうむ。しかしそれは、お嬢ちゃん達がいるとわかっていたからじゃないのか?」

 イリスと由羅を指して、所長は言う。
 確かにどっちも物騒な奴である。
 それに茜を含め、万全を期して例外的に、ということかもしれない。

「どうかしら。アトラ・ハシースも馬鹿じゃないわ。どうにかなるような相手ではないのなら、初めから手は出さないと思うけれど」

 なるほど。
 黎の言うことももっともだ。

「でも……どうにかなるかどうか、そういうのがわかっていなかったら?」

 由羅の質問に、黎は微笑する。

「それならば、まず調べようとするはずよ。小数でね。大人数なんて、ありえないわ」
「そっか……」

 納得する由羅。

「じゃあ何か? 何か変ってことなのか」
「それはわからないわ……。茜が言うように、確かにその彼らはアトラ・ハシースなのでしょうから」
「ふーむ……」
「とにかくこのままではよくないわ。何か手を打たないと」
「そうだな……」

 さすがに沈んだ様子で、茜は頷く。

「やれることは少ないが、そのやれることをやっていくしかないだろう」

 その言葉に、視線が所長に集まる。

「というと?」
「大きくは二つだな。一つはこちらから調べる。いったい現状がどうなっているのか、それを正確に掴むことだろう。黎君の話だと、少し妙なところもあるようだしな。もう一つは、相手の出方にうまく対処することだ。昨夜の一件で終わりということはありえない。今後も何らかの接触があるだろう。それを対処しつつ、引き出せるのならば情報も引き出す。つまり用意は怠るなということか」

 なるほどな。
 ごく当然のことではあるけど、だからこそしっかりやっておかないといけないことでもあるか。

「アトラ・ハシースのことならば、わたしとエルオードとで調べてみるわ」
「ま、適材か」

 俺は頷く。
 黎は元々アトラ・ハシースを創設した張本人だ。
 今でこそ組織から離れてしまい、干渉力も僅かだが、それでも知らない場所ではない。
 何より日本にやってくるまでは、ずっとそこにいたのだろうから。

「ならおれは、日本でのアトラ・ハシースの影響を調べてみよう。今回のことに関して、九曜や最遠寺に何らかの干渉があったかもしれんからな」
「じゃあ私は――」

 次は自分、とばかりに声を上げた由羅は、茜と俺をきょろきょろと見返して、うーんと悩み込む。

「悩むな。お前は茜についとけ」
「え、でも……?」
「俺のことはいい。まず狙われてるのは茜だからな。俺なんぞは二の次だって」
「けど、少し心配」
「大丈夫だよ。一人で無闇に出歩いたりはしねーから。それに俺にはエク……っと」

 エクセリアもいるし、と言おうとして、思わず口を噤む。
 イリスを前に、その存在を口外しないで欲しいと、エクセリア自身に強く頼まれていたことを思い出したからだ。
 理由はよく分からんけど、とにかくあいつはイリスを避ける。

「とにかく、基本的にはここにいるようにするから問題ないだろ」
「うん……それなら」

 こくり、と由羅は頷く。

「んで、イリスは絶対茜だろ?」
「うん」

 返ってきたのは、淀み無い返事。
 この中にいる面々で、イリスが一番気にしているのは茜だから、当然の反応だ。

「というわけだ。茜、ちゃんと二人と一緒にいろよ?」
「……ふん」

 不本意そうに、茜はそっぽを向く。
 誰かに守られるなんてことは、あいつの性格からして本当なら願い下げなのだろう。
 とはいえ昨日一戦交えて、自分一人ではどうにもならない相手だっていうことは自覚したはずだ。
 茜も馬鹿じゃないし、大人しくはしているだろう。

「とりあえずは、こんなところか」
「そうね」

 黎も頷く。

「それじゃあ……」
「茜、行くよ?」

 話がまとまったところを見計らって、イリスが立ち上がる。

「――ああ。頼む」

 茜も続いて立ち上がった。
 ……どうやらあの二人、事前に何やらこの後の予定を立てていたらしい。

「由羅。貴女も来る?」
「う、うん」

 置いていかれてはたまらない、といった感じで、由羅も慌てて二人の元へと歩み寄る。
「ってお前ら、いきなりどこ行くんだ?」
「ちょっとそこまでだ」

 ちょっとって……まあ、あいつら二人が傍にいれば、万が一の時でも大丈夫だろうけど。

「一応気をつけろよ? 暗くなるまでには……」
「わかってる。いちいち子供扱いするな」

 うるさい、と茜は煙たそうにしながら、二人と事務所から出ていってしまう。

「ったく……。まーた遊びにでも行ったな」

 あの三人が一緒に行動する時は、だいたいが遊び歩く時である。
 とはいえ、ここで適当にストレス発散でもするのは悪くないかもしれない。
 みんなぴりぴりしてたし、連中も真昼間から襲ってきたりはしないだろう。

「ふふ、心配なの?」

 いつの間にか隣にやってきていた黎が、悪戯っぽく笑う。

「ああ」

 素直に、俺は頷く。

「あいつら三人とも、俺よかずっと強いはずなんだけどさ。それでもどーしてか心配でな」

 頭をぽりぽり掻きながら、しみじみそう思う。
 本当、何でなのかねえ……?

「それはね。どんなに強くても、みんな幼いからよ」

 ふむ。
 幼い、ねえ……。

「ユラもイリス様も、とても純粋な反面、まだまだ幼いわ。茜は大人びて見えるけど、それでも真斗より年下。そう見えてしまうのは仕方のないことよ」
「茜にまだガキだとか言ったら、そりゃあもう怒るだろーなあ」
「そうね。目に浮かぶわ」

 くわばらくわばら、だ。
 とはいえ、黎の言っていることは、ある意味で納得できた。
 まだ幼い、か……。
 なるほどな。
 こういう指摘ができるあたり、さすがは黎ってとこか。

「真斗。あなたはこれからどうするの?」
「そーだなあ……。とりあえず学校だな。授業もあるし」
「真面目なことね」
「まさかな」

 こんな事態になったとはいえ、俺としてはこれといってできることもない。
 授業をサボってまでするべきこともないし、ここは大人しく大学にでも行っていた方がいいだろう。
 ここからも近いし、何かあってもすぐ戻ってこれるしな。
 それに何より腹が減ったし。

「目的は学食だよ。腹が減っては何とやら、さ」
「そう。でも気をつけてね。あなたも昨日、茜と一緒にいたのだから」
「――そうだな。黎君の言う通りだ」

 話を聞いていた所長が、口を挟んでくる。

「お前も油断はするな。無論、おれらもだがな」
「ああ」

 一応、頷いておく。
 まあ、大丈夫だとは思うけどな。
 学校なんて人の多いところだし、そんな所で騒ぎを起こすほど、非常識な奴らではないだろうし。
 とはいえ、所長の言うように警戒しておくに越したことはない、か。

「むー……」

 時々ではあるが、俺も悩むことがある。
 学食のメニューの話であるが。
 俺が選ぶのは、基本的に日替わり定食である。
 その名の通り毎日中身が変わるので、毎日食べる気にもなるわけで。
 とはいうものの、小学校の給食ほどには変わらない。最近の小学生がどんなものを食っているかは知らんけど、自分の経験上ではそんな印象だ。
 で、時々他のメニューが食べたくなるのだが、そこで悩むわけである。

「普段から日替わりばっかりだと、こんなしょーもないところで頭を悩ますことになるんだよなあ……」

 結局、これ以上考えるのも面倒だったので、いつものものを選ぶことで、とりあえず落着する。
 ……何だかなあ。いいけどさ、別に。

「……隣、いいですか?」

 食べていると、声がかかる。

「む?」

 口の中にものが入っていたので、もぐもぐしながら横を見れば、ちょっと珍しい人物がそこに立っていた。
 飲み込んで、頷く。

「珍しいな」
「そうですね」

 立っていた女性は簡単にそう認めると、そっと隣に腰掛けてくる。

「実をいうと、やって来るんじゃないかなあとは思ってたんだ」

 それは事実である。
 何せ妹のことなのだ。この人物が現れないはずがない。

「けど意外といえば意外かな。事務所に行かず、直接俺のとこに来るなんてさ」

 そう言って、俺は改めてその人物を見た。
 一言で言うと、大人びた美人、といったところか。
 歳は俺と一つしか変わらないはずだけど、どうしてだか大人っぽく見える。
 物腰も穏やかで、良家のお嬢様みたいな感じだ。っていうか、そのままずばり、お嬢様のはずなんだけど。
 でもってその顔は、どこかの誰かさんと似ているということに気づく。

「あなたに用があったものですから」

 まあ礼儀云々に関しては、全く似てないか。

「茜のことで?」
「そうです」

 こくりと、九曜楓は頷いた。
 何を隠そう、茜の姉である。
 面識自体は、俺がガキの頃からある相手だったが、まともに話すことができるようになったのはここ一年間のことだ。
 何せ九曜楓といえば、俺がずっといた九曜家の長女で、はっきりいって格の違いすぎる相手だったのだ。
 才能も実力も、俺とは比較にならないほどの実力者で、俺にとっては雲の上の人物ってところか。
 茜も同じ九曜家のお嬢様のはずなんだけど、どうもそういう印象が薄いんだよな。楓さんの方は、完全無欠にそんな感じだっていうのに。
 ともあれ楓さんはそういう相手だったが、今現在は市内の大学に通っているらしく、茜がここに住み着いていた一年の間に、何度か顔を合わすようになっていったのである。
 よくイリスの所にいる凛と、けっこう物騒な喧嘩もどきをやらかしてくれるが、あれで流血沙汰にならないのが不思議なくらいで、見た目とは裏腹にけっこう好戦的な性格をしているらしい。
 この辺は姉妹して似たような性格ってわけだな。納得。

「情報が早いな。茜が連絡したとは思えないし、ってことは所長あたりから?」

 別段嫌い、というわけではないらしいんだが、茜は楓さんのことをえらく苦手にしている。あいつの前で、楓さんの話を持ち出すと怒るしなあ……。

「ええ。ですけどその前に、イリスから」
「え? あいつが?」
「昨夜のうちに、耳に入りました」
「へえ……」

 これは意外だった。
 あのイリスがねえ……?

「あの子はあんな性格ですが、時々妙なところで気を遣いますからね。何か謀りでもあるんじゃないかと疑いたくなりますが、まあ実際のところ、単純な善意でしょう。彼女なりの」

 何だか褒めてるんだか貶してるんだか分からんな。

「ってことはイリスの奴、けっこう本気で茜のことを心配してるのかもな」
「でしょうね。それは私も否定はしませんけれど」

 けれど、というところに含みがある。
 なにせこの姉さん、イリスと茜の取り合いをやってるしな。
 普段は冷たい言動が目立つけど、本当は妹を傍に置いておきたいと思っているはずだと、俺は睨んでいる。
 とても本人の前では言えんけど。
 しっかし茜の奴、ずいぶんとまた好かれやすい奴だよな。いや本当に。

「そんで? 話が茜のことっていうのはわかったけど、実際俺にどんな用なんだ?」
「昨夜のことを詳しく知りたいと思いまして。イリスの話では、茜はあなたと一緒だったそうですから」
「ああ。そうだな」
「それにあなたが茜を守っていたと、イリスは言っていましたし。一言お礼もしたいと思いまして」
「それはどうだかな」

 俺は肩をすくめた。
 あの時、やばかったあの状況で俺達が無事にすんだのは、由羅とイリスがやってきたからだ。
 正直なところ、俺一人がいたからといって、どうにかなったとも思えない。

「どっちかって言うと、俺もあいつらに助けられた口でさ。礼を言うならイリスに言うのが一番だと思うぜ?」
「口が裂けてもそんなことは言いませんよ」

 はあ。
 こりゃまたはっきりと。

「いいけどさ、別に。んで、昨日のことって話だけど、何も知らないのか?」
「多少は。アトラ・ハシースに襲われた、と」
「それで全てだと思うけどな。茜がそう言っていただけで、俺は連中の顔見たってよくわからんかったし。けど強かったな」

 俺の言葉に、少し考え込む楓さん。

「茜は、どうでした? 手も足も出ないなんてことは」
「そうでもなかったと思うけど。ただ、あいつがやりあってたザイン……とかいう奴は、ちょっと強かったぜ。互角以上だったとは思う」
「そうですか。しかし……アトラ・ハシースに茜よりできる者がいたとは、少し驚きです」
「そーなのか?」

 ずいぶんと妹のことを買った発言に、俺はちょっと驚いた。
 そんな俺の表情に、楓さんは微笑する。

「それなりに、私は茜のことを評価していますよ。元々才能もありましたし、アトラ・ハシースでも随分真面目に学んだようですからね。実戦の経験も、これまでの間にそれなりに得たようですから。それに何より、イリスが時々変な知識を吹き込んでいるようですし……私でも知らないようなことを、やってみせたりもしますから」
「へえ……」

 当たり前の話なのかもしれないが、楓さんがそう言うのを聞くと、それはそれで新鮮な気がした。
 確かに茜はできる奴だ。俺もそう思っているけど、茜自身は思っていない。
 本当は楓さんに一番に認めてもらいたいんだろーけど、きっと茜のことだから、認めてもらっていることを自分が認められないんだろうな。

「それ、本人には?」
「言ったことはありませんよ。言ったところで意味の無いことですから」

 楓さんも分かっていることではあるらしい。

「ともかく、相手が本当にアトラ・ハシースとなると、少し困ったことになりますね」

 小さく吐息する楓さん。

「なんだ? もしかして、少しでも連中がアトラ・ハシースでないっていう可能性を疑ってるのか?」
「そういうわけではありませんが……。ですが、そうですね。引っかかりは覚えます」
「どんなだ?」

 俺は聞いてみた。
 このことに関して、黎も少なからず疑っていた様子を思い出したからだ。

「この国に、アトラ・ハシースの拠点のようなものは存在しません。つまり、影響力がとても低いのです。しかもこの国には、在地の大きな組織もある。そして茜はそこの人間です。例えあの子が本当に異端であったとしても、そう認めて襲撃するということは、九曜家を敵に回すことになりますから。あの子がどうしようもないクズで、切り捨てるに足ると九曜家が判断し、その了承を得た上でならば、まだ話はわかりますが……」
「つまり、そういった連絡は一切無かったってことだな」
「ええ」

 アトラ・ハシースは確かに大きな力を持っているかもしれないが、この日本ではそうでもない。
 でもってここには、九曜家という大きな組織のようなものがあるわけで、そこの娘を勝手にどうこうしたとなれば、両者の関係は容易に悪化するだろう。
 そんなリスクを、果たして犯すかどうか、か。

「九曜家とアトラ・ハシースは、交流こそ少なかったとはいえ、良好な関係ではありました。それも茜を通じて。それがこうも簡単におかしくなるとは思いにくいわけです」

 ふうむ。なるほどな。

「――ですけれども、九曜家全体を異端とみなしたと、そのような可能性もあるのではないでしょうか」
「え?」

 不意に、第三者の声が響いた。
 俺は反射的に、声のした方へと視線を巡らす。
 楓さんも少し驚いたように、顔を上げていた。

「失礼致しました。お話の途中、申し訳ありません」

 視線を向けられて、そこにいた人物は、ぺこりと頭を下げる。
 俺の知っている顔じゃない。

「誰だ?」

 その女に向かって、俺は聞いてみた。
 俺と同じか、少し上くらいの歳で、清楚で穏やかな感じの女性だ。
 楓さんとは違う意味で、お嬢様といった印象を受ける。

「申し遅れました。わたくし、最遠寺泪と申します」

 ほう、最遠寺……。

「って最遠寺――?」

 我ながら間抜けな声を上げてしまう。
 最遠寺っていえば、黎の……。
 いやちょっと待て。黎の場合は本当にあそこの家の者じゃなくて、偽名だったけかな。
 それにしたって、何でこんなところに最遠寺を名乗る奴がいるんだ?

「お初にお目にかかります。九曜楓さんとお見受けしましたが、よろしかったでしょうか?」
「ええ。そうです」

 こくりと、楓は頷く。

「それに、桐生真斗さんですね?」
「……俺のことまで知ってるのか?」

 さすがに驚く。

「もちろん存じております。柴城興信所の、所員の方でしょう?」
「バイトだけどな」

 似たようなものではあるけど。

「私を知っているということは、あの最遠寺の方、ということですか?」
「お察しの通りです」

 楓さんの問いに、頷く最遠寺……泪さん。

「今日は九曜楓さんに申し上げたいことがありまして、参りました。ご実家の方ではなく、こちらにお住まいと耳に挟みましたもので」
「私に?」
「はい。最遠寺より、九曜家へです。あなたにお伝えすれば、問題はないだろうと判断しました」

 つまり楓さん個人に、というわけではなく、代表として、ということか。

「警告です。まだ未確認ではありますが、かのアトラ・ハシースが、九曜を異端とみなすという、そういう情報を得ています。このままでは何らかな行動に出る可能性が高く、これは一応お知らせした方が良いだろうということになり、今日参った次第です」
「なんだって?」

 思わず、俺と楓さんは顔を見合わせた。
 まさにほんのさっきまで話していたことではないか。

「失礼ながら、先ほど少し会話を聞かせていただきました。どうやらもう、何かあったようですが……?」
「昨夜のことです。茜――私の妹ですが、それがアトラ・ハシースに襲撃されたらしいと」
「……遅かったようですね」

 楓さんの言葉に、泪さんは深刻な表情になった。

「今回の事の中心に、その九曜茜さんという方がいらっしゃることは、我々も承知しています。九曜家の直系でありながら、またアトラ・ハシースでもあるという」
「ええ」
「ともあれ、ご無事ではあるのですね?」

 楓さんがこっちを見たので、俺は頷いた。

「一応な」
「それは良かった。出遅れたとはいえ、手遅れにはなっていないようですから」
「……泪さん、といいましたね?」
「はい」
「あなたはなぜ、わざわざそのようなことを知らせに? それに、なぜそのようなことを知っているんです?」

 楓さんの疑問はもっともで、俺も気になって答えを待った。

「アトラ・ハシースより接触があったからです」
「接触?」
「はい。元々最遠寺家は、アトラ・ハシースとは繋がりがありました。無論、大したものではありませんでしたが。しかし今回の一件で、異端の温床たる九曜を根絶やしにするために、最遠寺へと協力の要請があったのです」

 異端の温床って、そりゃまたひどい言われようだな。

「それで?」
「ここにわたくしが来て、このようなことをお話したのは、我々が先方の協力を拒否したからとお考え下さい。最遠寺と九曜は、これまで直接的な交流はなかったとはいえ、同じ国を守ってきた者同士。外来のものに、土足で荒らされるのは良しとはしません。ですから」
「なるほど。そうでしたか……」

 楓さんもまた、表情が硬くなった。
 それもそうだ。
 これでアトラ・ハシースの介入が真実だとはっきりしてしまったのだから。

「何だかえらいことになってきたな」
「……そうですね」

 楓さんも頷く。

「……けっこう重要そうな話だし、場所を変えたほうがいいんじゃないか?」

 深刻な話ではあるが、ここは食堂。
 不特定多数の人間がいるし、静かなところではない。

「そうですね。でも、どこか良い場所がありますか?」
「うーん、そうだなあ……」
「あの」

 考え込もうとするところで、泪さんが口を挟む。

「もしよろしければ、おに……いえ、柴城興信所では駄目でしょうか?」
「あ、もしかして所長と面識あったりするのか?」
「はい」

 そういや所長は関東の出で、今でこそは九曜家の末端にいるが、元々は最遠寺よりの立場にいたんだったけかな。
 と、楓さんの微妙な表情の変化に気づく。
 何となく、察することができた。

「余計なお世話かもしれんけど、多分茜ならいないぜ。イリスと由羅と、遊びにいっちまったからな」

 楓さんが苦笑する。

「そうですか。それならば問題はありません」

 茜に気を遣ってか、なかなか会いづらいのだろう。

「遊びに……いかれたんですか?」

 きょとんとなる、泪さん。
 驚くのも無理はない。
 昨夜襲われたばかりで、実に呑気なものである。

「多分な。けど大丈夫だろ。しっかりとした護衛がいるしな。ま、護衛の代償みたいなもんか」
「そうですか……。それならば、お願いします」

 そう言ったところで、最遠寺さんはテーブルの上に視線を落とした。
 そこには、食べかけの昼食が残っている。

「あ、先行っててくれても構わんけど? 俺は食ってからいくし」
「お昼の途中だったのに、悪いことをしましたね」
「ちゃんと食べて下さい。それまでここで、わたくしたちはお待ちしていますから」

 代わる代わるに言われ、それならと、俺は残りの食事をさらえ込んだ。


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