第48話 前門の虎、後門の狼

     /茜

 多勢に無勢。
 それは認めるしかなかった。
 しかも相手は精鋭だ。
 それを相手に真斗はよくやっていると思う。
 ならば私は、この男を――

「その程度か。拍子抜けよ!」

 ザインが右手を掲げる。

「――〝ジィオ・ラグルア〟!」

 打ち下ろされる、雷撃の咒。

「――はあっ……!」

 避けたりなどしない。
 真正面から押し退ける。

「――〝スィークティアスの光〟よ!」

 溢れた光が、雷撃を呑み込み、溢れて弾ける。

「ぬう……!」

 放ったのは、第三層における最も高等な咒法だ。
 ザインの咒法にある程度相殺されたとはいえ、残った威力はザインを吹き飛ばすに充分だった。
 すかさず追い討ちをかける!

「さすがにやるな……。よく学んでいるようだ」
「!」

 私の予想を遥かに下回るダメージしか受けていなかったザインは、即座に反撃に出た。
 ぶつかり合う。

「ぐ……っ!」

 すれ違い様に、お互いが放った一撃は、それぞれを確実に捉えていた。
 私は踏みとどまり、背後へと振り返る。
 一瞬たりとも隙は見せられない。
 そのまま構えようとして、危うく倒れそうになった。
 膝が笑い、力が抜けそうになったからだ。

「ふむ……。やはりさすがであると、言うべきか」

 ザインは表情も崩さぬまま、平然と腕に突き刺さった短剣を抜き放った。
 出血など構わずに、無造作に短剣を放り捨てる。

「しかし、今の判断はどうかな。狙い通り心臓に突き刺していれば、あるいはこの命は奪えたかも知れぬ。とはいえ狙いを変えねば、その身は砕けていたか」
「…………」

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 ザインの言う通りだ。
 私の短剣は、確かにザインを捉えていた。
 しかし相手の一撃も、私を捉えていたのだ。
 咄嗟に狙いを変え、ザインの腕に突き刺してその威力を削いでいなければ、その拳は私の腹を貫いていただろう。
 どうにか何とか耐えられる一撃にまでしたものの、このダメージは無視できない。
 現に今、足へと少し影響が出てしまっている。

「相討ちは望まぬか。それもよかろう。しかし千載一遇の好機を逃したこと、後悔せねばよいがな」
「……ふん」

 ザインの言葉などに、耳を貸すつもりなど無かった。
 好機などと言うけれど、そんなものでは決してなかった。
 追い討ちかけたつもりの私が、その反撃の早さに虚を突かれ、むしろ危うかったのだから。
 やはり、強い。
 アトラ・ハシースのマスターというだけあって、さすがに充分な実力を備えている。
 今の私では……いや。
 私はザインの背後、真斗の姿をそっと見た。
 未だに善戦してくれている。
 はっきり言って、その動きはそこまで洗練されたものではないけど、それでもそれなりの動きではあった。
 感覚や、体術に関してはまだまだだけど、武器の扱いに関しては、私にも引けをとってはいない。むしろ上かもしれなかった。
 昔、勧めたことがあったのは覚えてる。
 咒法の才能がかんばしくなかった真斗に、武器の扱いを優先させたらどうかと勧めたことが。
 一応、その通りに頑張ったらしい。
 それに加え、エクセリアの力もある。
 私にしてみればドーピングのような印象を受けるが、真斗が生きていくには必要な力だ。
 もっとも……似たような力なら、私だってもらっている。
 本来ならば知り得るはずの無い知識と、その扱い方という形で。

「……一つだけ言っておく」
「聞こうか」
「私は異端となったつもりはない」
「それを判断するのは貴様ではない」
「知っている。融通が利かないことくらい。でも私は違う。必要ならば、どんな相手の力を借りてでも、生き延びてみせる」

 正直なところ、私はアトラ・ハシースというものに対して、さほど執着も無く、忠誠も誓ってはいない。
 私がアトラ・ハシースに入った動機を考えれば、当然のことだが。

「だからそのためには、例えアトラ・ハシースが相手でも、容赦はしない」
「ふむ。よく言った」

 ザインは微かに笑う。

「生意気な小娘め。その鼻へし折ってくれよう」
「――――」

 無言で。
 私は駆ける。
 相手は強い。
 長引けば、こちらが不利だ。
 だから一撃必殺。
 確実に効くであろう技をもって、一撃で終わらせる!

「来るがいい!」

 ザインが吼える。

「――――〝ゼル・ゼデスの魔剣〟!!」

 溢れたのは、黒い炎。
 それは一気に収束し、一振りの剣を形作る。

「――――なんだと?」

 さすがに、ザインは目を見開いた。
 当然だ。
 この咒法はアトラ・ハシースの、いわゆる第四層にも存在しない。
 イリスより直接教えられた、唯一私が知る禁咒。
 私が扱えるものの中では、最大のものだ。

「おのれ異端の邪法か!」

 その一撃を前に、ザインは引かなかった。
 真正面から、迎え撃つ。
 ――いい度胸だ!
 ならば――――!
 迷わず、振り下ろす。
 両断するために。

「ぬううううんっ!!!」

 ジィイイイイイイッ!!!

「な……!?」

 私の一撃を、あろうことかザインは受け止めた。
 圧縮していた武器を解凍し、顕在化するのは見えていた。
 しかし、普通の武具で受け止められるような一撃ではない。

「効かぬわ!!」

 押し退けられる。
 ザインが持つ武器の前に。

「く……!」

 飛び退いた私の手からは、すでに黒い炎は消えていた。
 愕然となる。

「馬鹿な……」

 この咒法は、かつて姉さまと対峙した時に原理崩壊式と呼ばれる九曜家の宝具を打ち砕いたこともあるのだ。
 それを……!

「ほう……欠けたか。しかしそのような邪法では、我が剣を折ることなどできぬと知れ」

 さも当然のように、ザインは言う。
 ザインが持つ剣は、言うように確かに刃先が今の一撃で僅かに欠けている。しかしそれだけだった。

「かの天魔三界の剣や降魔九天の剣ほどではないが、この逢魔十戒の剣もまたそれらに次ぐ一振り。侮るな」
「…………!」

 その剣がどれほどのものなのか、実際に打ち合ってみてよく分かる。
 勝てないと、一瞬思ってしまった自分を激しく罵る。
 馬鹿なことなど考えるなと。

「茜!」

 そんな私へと、不意に真斗の声が響いた。

     /真斗

「茜!」

 俺はその名を呼んで、地面に屈している茜の傍まで跳んだ。

「真斗――」
「何ぼおっとしてんだよ! らしくない、打ちのめされたような顔しやがって!」
「なんだと!」

 思い切り茜が睨んでくる。
 ああ、それでいい。
 らしくない表情のこいつより、怒ってる顔の方が安心できる。

「その調子でいろ。心配させるな」
「な……」

 茜の顔が真っ赤になる。
 茹蛸みたいにかんかん、ってとこか。

「そんなことより茜」

 茜が何か文句を言うよりも早く、俺は先を続けた。

「結局どうなんだ? 勝算はあるのか」

 周囲はすでに囲まれている。
 俺も何人かはぶっ倒したが、そこまでだ。
 いい加減、疲労もたまってきている。

「お前、怪我を――」

 俺を見て、初めて気づいたかのように、茜が声を洩らす。

「そりゃあな」

 あれだけの乱戦だったのだ。
 エクセリアの力があったとはいえ、かすり傷くらい負う。

「舐めときゃ治るさ。それよりどうなんだ?」
「……このままじゃ、難しい」

 本音を、茜は素直に口にした。

「そうか」

 同感だった。
 茜が何やらとんでもない咒法を発動させたのは、俺も見ていた。
 そしてそれを防いだザインも。

「選手交代だ。あいつは俺に任せろ」
「なんだと?」
「いいから任せろ。俺にはエクセリアがいるからな。力負けならしねえよ」
「でも、あいつは……!」

 強い、なんてことは分かっている。
 俺一人が立ち向かって、どうにかなる相手ではないだろうことも。

「――と、いうわけだ。今度は俺が相手するぜ。おっさん」
「ふん。まだ抗うか。愚か者どもめ」
「真斗!」
「他の連中は任せたぜ。茜!」

 一方的に告げて、俺は飛び掛る。
 すでに刃こぼれだらけになった短剣を逆手に持ち、ザインの懐へと向かって飛び込む。

「――神罰!」

 ザインが吼える。
 唸る剣は、俺の持つ短剣を粉々に砕いた。
 とんでもない威力だが、俺自身には当たっていない。

「くらえっ!」

 ザインの足元にしゃがみ込んだ俺は、勢いをつけて拳を振り上げる。

「ぬ!」

 咄嗟にザインは反応し、俺の拳を受け止めようとした。
 ゴッ!
 骨の砕ける音が響く。
 受けきれず、ザインの左手の骨が砕けたのだ。
 ――エクセリアに強化してもらている以上、由羅の馬鹿力にだって対抗できるのだ。
 普通の人間がまともに受けても、受けきれるはずがない。

「はあっ!」

 もう一発。
 右手に続いて左手を振り上げる。

「ふん!」

 しかしその一撃を、ザインは手にした剣の刀身で受け止めた。
 さすがにこいつは砕けない。

「ち……っ」

 動きが硬直しないうちにと、俺は後方へと飛び退いた。

「遅いわっ!」

 その俺に向かって、剣を振り下ろしにかかるザイン。
 まずい……!
 それを紙一重でかわし、更に後ろへと飛び退く。

「逃げるか愚者め!」

 息する間も無く、ザインは幾度となく剣を振るい、迫ってきた。

「くそ……!」

 素手では勝てねえ……!
 地面を抉る一撃を見ながら、半ば絶望的に思った。
 このままじゃあ……!
 俺の首を落とそうと、豪風と共に剣が迫る。

「贖罪せよ!」

 ギィンッ!

「ぬ――!?」

 あと一歩というところで。
 ザインの剣は弾かれ、地面へと落ちる。

「何だ……!?」

 俺自身、何が起こったのか分からず、ザインを見返した。
 まず目に入ったのは、俺とザインの間に突き刺さった、凶悪な刃を持つ大鎌。
 そして、ふわりと何かが二人の間に飛び降りてきた。

「――大丈夫!? 真斗!」
「由羅……!?」

 そう。
 俺を庇うように、ザインの前に仁王立ちしていたのは、間違い無く由羅だった。

「イリス!」

 由羅は大鎌を引き抜くと、それを後方へと投げた。
 それを目で追えば、小さな人影が無造作に受け取る。
 少し離れたところでは、茜を庇うようにして立つイリスがその細腕に大鎌を手にして、佇んでいる。
 どうやらザインの一撃を防いでくれたのは、イリスらしい。

「ちょっと、何なのよあなた達……!」

 由羅はザインに向き直ると、相当立腹な様子で、怒鳴った。

「…………異端者どもか」

 ザインは弾かれた剣を拾いながら、侮蔑もあらわに口を開く。

「……アトラ・ハシース?」

 冷たい声が、響く。
 イリスの声だ。
 こんなぞっとするような殺意を込めた声など、初めて聞く。

「今すぐ消えて。でないとみんな……殺すよ?」

 怒っているのは由羅だけではないようだった。
 イリスも、また。

「ふん……。死神か」

 その姿をしばし見返していたザインだったが、やがて剣を収め、片手を掲げる。
 それが合図だったのか、周囲を囲んでいた連中は、再び闇へと消えていった。

「貴様相手では分が悪い。これまでのようだな」

 そう言うと、背を向ける。
 そして最後に、茜に向かって言った。

「これで、貴様が異端であること――逃れられぬ事実となったな」

 あっさりと、ザインは引いた。
 ……どうやら、何とか切り抜けれたらしい。
 まあ、由羅とイリスのおかげなんだけどな。

「……はあ」

 疲れた、と俺はその場に尻餅をつく。
 いやはや。
 一時はどーなることかと思ったけどな……。

「わ、真斗っ」

 倒れたと思ったのか、びっくりして由羅が駆け寄ってくる。

「大丈夫? その、いったい何やってたの?」
「あー……何ていうかな」

 ちょっと厄介なことになった、というところだろうか。
 そのまま、視線を茜へと向ける。
 向こうでは、イリスが心配そうに茜の傍に寄っているところだった。

「……大丈夫?」
「……うん。おかげで助かった」
「良かった」

 茜のお礼に、イリスの表情が緩む。
 そしてそのまま、ぎゅっと茜を抱きしめる。

「お、おい……!」

 恥ずかしそうに身をよじる茜だったが、イリスに離す気は無いようだった。
「だめ。だってやっと捕まえたんだもの」

 ……あ。
 イリスの言葉に、今更のように俺は思い出していた。
 そーいや茜って、京都から脱出している途中なんだったっけ。
 ここにイリスと由羅が一緒になってやって来たということは、二人とも今夜も一応警戒していたのだろう。
 それがまあ、こういう形で功を奏した、というわけか。

「ねえ、真斗ってば」

 なかなか答えない俺へと、由羅が不満そうに声をかけてくる。

「なんだよ」
「なによう! せっかく助けてあげたのに、その態度はないんじゃないの!」
「わかったわかった。ほらいい子いい子」

 適当に頷いて、乱暴に由羅の頭を撫でてやる。

「う~っ。ばかばかっ」
「怒るなよ」
「真斗のせいじゃない!」

 それもそうだ。
 ……本音を言えば、正直本当に助かったと思っている。
 俺はイリスの実力がどれほどのものかは知らないが、それでもまともでないであろうことは察しがつく。
 実際、ザインはあっさりと引いたのだから。
 それに加えて由羅がいれば、この場は何とでもなっただろう。

「……さんきゅ。助かった」
「あ、うん……」

 礼を言うと、由羅はすぐに大人しくなった。

「それで、結局何だったの? それに、真斗と闘っていた人たちは誰? イリスったら、ここを見つけた途端、急に怖い顔になって……」
「察しはつくけどな。けど詳しいことは明日にしよう」
「え、何で?」
「疲れたんだよ」

 エクセリアの力を受け続けるのは、正直骨なのだ。
 状況を早く知りたい気もするが、おおよその察しはつくし、それなら今は早く休養を取った方がいい。
 この辺は、体力が無尽蔵な由羅と一緒にしてもらっては困る。
 黎にも聞きたいことがあるし、明日の方がいいだろう。

「よいしょっと」

 立ち上がると、俺は茜とイリスの方へと向かった。
 とことこと、由羅もついて来る。

「おい真斗! 助けろ!」

 未だにイリスから逃れられずにいる茜を見て、苦笑する。

「いいからそのままでいろ。それからイリス。ちょっと頼みがあるんだ」
「……なに?」

 きょとんとなって、見上げるイリス。

「今日はそいつを連れて帰ってくれ。安全なところに」
「そのつもりだよ」

 当然、とばかりにイリスは頷いた。

「それならいいんだ」
「よくない!」

 慌てて抗議する茜だったが、誰も聞きやしない。

「それでまた明日、事務所まで連れてきてくれ」
「うん。わかった」

 イリスは頷くと、手を離した。

「いいか、私は別に――」
「だめ」

 イリスは首を横に振ると、今度はその手を握って離さない。

「こら、イリス!」
「帰るよ、茜」
「ばいばい、イリス、茜~」

 また明日、とのんびりと手を振る由羅。

「真斗――この裏切り者~!」

 怒鳴る茜だったが、どうすることもできずにイリスに引きずられていく。
 ……確かに茜にとっての天敵だな、ありゃあ。
 それを見送っていると、由羅が覗き込んでくる。

「……ずいぶんあっさりと茜をあげちゃったけど、良かったの?」

 あげたって、お前なあ。

「狙われたのは茜なんだよ。一人にしておくわけにはいかねえからな。イリスの所にはりん凛もいるし、とりあえずは安心だろ」

 凛、というのはイリスの従者をやっているらしい少女で、その正体は由羅と同じ千年ドラゴンだとか。
 そんなのを平気で従えている以上、やっぱりイリスはとんでもない存在ってことになるんだろうな。

「狙われたって……茜が? どうして?」

 分からない、と首を傾げる由羅。

「だから後で話してやるよ。ていうか、茜から直接聞いた方がいいだろうな」

 正直なところ、その理由をあまり由羅やイリスには話したくなかった。
 今回あいつが襲われた原因は、由羅やイリスといった異端を茜が容認していることにある。
 自分が原因だと知れば、いったいどんな顔をするやら……。

「じゃあ真斗は大丈夫なの?」
「さあな。ただ茜と一緒のところを見られたしな……」

 俺自身、楽観できる状況でなくなったことは間違い無い。
 まいったな、こりゃあ。

「ふうん……? あれ、でも真斗。どうして茜と一緒にいたの?」
「う」
「もしかして、茜のことを捜してくれていたの?」

 好意的に解釈する由羅に、ちくりと良心が痛む。

「反対だよ」
「え?」
「茜の脱出を手伝ってたんだよ」
「え~?」

 びっくりしたように、声を上げる由羅。

「なによう、それ。じゃあ裏切りじゃない!」

 別に裏切ってなんかいないって。嘘はついたけどな。

「悪かったよ。けどいいだろ。茜に手助けするような奴がいたって。第一お前とイリスは二人だろ? 茜一人じゃ分が悪いし。俺が入ってちょうどいいじゃないか」
「でも……。そうしたら茜、いなくなっちゃうじゃない……」

 寂しそうに、由羅は俯いてつぶやく。
 由羅が茜のことを気に入っているのはよく知っている。
 いなくなることを、不安に思ったり寂しく思ったりすることも、分からなくはない。

「何度も言ってるだろ? ちょっと帰るだけだって。用がすめば、すぐに帰ってくるさ」

 そのはず、だったんだけどな。
 今夜のことで、それは不可能になった。
 今あそこに戻れば、それこそ二度と帰ってこれなくなるかもしれない。
 直前で襲撃されたことは、ある意味良かったのかも知れない。

「なんだかんだであいつ、けっこう難儀してるよなあ……」

 夜空を見上げて。
 俺はしみじみとつぶやくのだった。

     /other

「……どうでしたか?」

 闇の中、戻ってきた男に対して、女は問い掛ける。

「邪魔が入った」
「そのようでしたわね」

 簡潔な答えに、女は静かに頷く。

「今夜はけっこうです。確認、ということにしておきましょう」
「そうだな」

 視線のずっと先には、それぞれ二人ずつに分かれ、帰路についている姿が見てとれる。

「まずはお兄様に目覚めていただかねばなりません。そして〝インシグネ・ゲネリス・ディーネスカ〟……。これだけがそろえば、念願も叶うことでしょう」

 その冷たい言葉は、向けられた者に届くことは無かった。

「では、また明日に」


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