第47話 強襲

     /真斗

 深夜。
 公園にて、俺達は落ち合っていた。

「時間通りだな」
「当たり前だろう」

 身軽な俺とは対照的に、茜はそれなりの荷物を身につけている。
 帰る準備は万端らしい。
 ちなみに俺は、途中まで茜を送り、その後は囮になる予定だ。意味があるかどうかは知らないが、多少の気休めにはなる。

「……確認しておくが、由羅あたりにつけられていないだろうな?」
「大丈夫だろ」

 念には念をということで、一旦茜と大学で別れて以来、自分のマンションには戻っていない。

「それにあいつ、そんな器用なことができる性格じゃないしな。近くにいたら、絶対気づく」

 俺の言葉に、茜は苦笑する。

「確かにな」
「俺よりお前の方はどーなんだよ? 大丈夫なのか?」
「手落ちはない」

 と言い切るが、すでに何度かイリスに掴まっている前科があるのだ。
 いかに茜とはいえ、相手が相手だし、完全に信用するわけにもいかない。

「どうだ?」

 俺は背後へと視線を送って、闇に声をかける。
 返事はあった。

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「――周囲に気配はない」

 静かな声が返ってくる。

「……エクセリアか」

 不意に現れた小柄な少女を見て、茜はその名を呼ぶ。
 身長に匹敵するほど髪を長く伸ばしており、その銀髪と紅い瞳が印象的な少女だ。
 名前をエクセリア・ミルセナルディスという。

「いつものこととはいえ、ほとんど背後霊だな」
「そう言うなって。俺はこいつのおかげで命があるんだし、それにけっこう役に立つからな」

 人前にはあまり姿を現さないエクセリアだが、茜はすでにその存在を知っている。
 エクセリアに対して黎はやたらと腰が低いし、由羅はどうしてだか物怖じしているようだったが、茜はというと、いつもの態度を崩してはいない。

「それにいつもかも近くにいるってわけじゃないらしいし」

 俺としても、四六時中張り付かれているのはちょっと困る。
 それで普段は適度に距離をとってもらっていた。

「知覚、ということに関しては、一番信用できるだろ? 探知機代わりに近くにいてもらえれば、安全に行けるって」
「そうでもないが」

 見上げて、エクセリアは言う。

「そうなのか?」
「完全ではない。偽る方法はいくらでもある。それに相手があの死神であるのならば、自身の存在を支配し、この町の有象無象の中に紛れることなど――」

 言いかけたエクセリアの声が、不意に途切れた。
 眉をひそめ、周囲を見渡す。

「……どうしたんだ?」

 エクセリアの様子に、俺が怪訝に思ったところで。

「囲まれている」

 その一言だけを残して、エクセリアの姿は掻き消えてしまう。

「おい、こら!?」
『私はここにいる。ただ、気をつけた方がいい。あまりいい感情は感じない』

 声だけが、直接頭に響いた。
 エクセリアは、無闇に姿をさらすことを嫌う。
 誰がやってきたのかは知らないが、姿は見せるべきではないと判断したようだった。
 ったく、恥ずかしがり屋め。

「……何かわかるか? 茜」
「馬鹿」
「なぬ」

 俺が周囲を見渡しても、はっきりいって何も分からない。ただ静かな公園のままに見える。
 しかし茜は違うようだった。

「自然を装え。見られているぞ」
「見られているって……誰にだ?」

 もしかしてイリス達か、と一瞬思ったが、茜やエクセリアの様子からしても、恐らく違う。

「わからない。まだ遠い。数も……多いな。これは……」

 くそ、俺にはちっとも分からねえ……。

「! 避けろ!」

 言うなり、茜は俺を押し退けた。
 そして自分も後ろに跳ぶ。

「な――どわっ!?」

 驚くよりも早く、紅蓮の炎が俺の目の前で膨れ上がった。
 慌てて身を引く。

「ち……なんだっ!?」

 炎が弾けるその光で、一瞬人影が見えた。
 誰かがいる。
 炎が収まったところで、茜の声が響いた。

「いったい何の真似だ」

 淀み無い口調で、詰問する。

「さすがに気づいたか。堕ちたとはいえ、腐っても鯛ではあるな」

 耳に届いたのは、男の声。

「この声……? お前――いえ、あなたは」

 僅かに目を見開いて、茜は驚きの声を上げる。

「マスター……? ザイン……ザイン・ローレッド?」
「いかにも」

 頷き、進み出たのは屈強な身体つきの、中年の男だった。
 赤い僧衣をまとっている。

「誰だ。知ってるのか?」
「……アトラ・ハシースのマスターの一人だ」
「アトラ・ハシース?」

 俺は思わず見返した。
 このおっさんが………?

「いったいこのような場所に、マスターが何の用でしょうか。それに、先ほどの炎は」

 身分が上の相手だからか、茜は珍しくかしこまってそう尋ねる。
 しかし、その表情には明らかな警戒の様子が見てとれた。

「知れたこと。リーゼ・クリスト。貴様を捕縛するためだ」
「な……?」

 捕縛? アトラ・ハシースが茜を……?

「私を? なぜ」
「貴様には、異端の嫌疑がかけられている。大人しく拘束されるならば、とりあえずの命は保証しよう。しかし拒否すれば、その場で異端と認定し、処断する」
「…………。何を理由に?」
「ラゼル・レーゼンの殺害容疑及び、異端容認。そして聖務放棄だ。言い逃れなどできぬ」

 殺害……?
 不穏な台詞に、俺は思わず茜を見た。
 あいつの顔色は変わっていない。

「お前……?」
「ラゼル・レーゼンというのはアトラ・ハシースのマスターで、私の師だった人のことだ。すでに死んでいる。表向きは、行方不明ということになっているけど」

 冷静に、茜は答えてきた。
 そして今度は、ザインという奴に向かって言う。

「私はラゼル様を殺してなどいない」
「わかっているとも」

 表情を変えることもなく、ザインは頷く。

「やったのはイリス……死神か」
「――――」

 あっさりとその名が出たことに、茜は今度こそ驚愕したようだった。

「どうして――その名前を知っている……?」
「貴様があの異端と頻繁に接触していることは、すでに確認済みだ。……イリスといえば、かの伝説の死神。そのような者と接触していることからして、貴様が異端に堕ちたことは明白だろう」
「伝説の死神……?」

 あのイリスが……?

「……それで、私を異端として認定したというわけですか」
「いかにも」
「…………」

 淀みない返答に、茜はしばらく黙していたが、やがて一つ頷いた。

「状況は理解しました。――悪いが、従えない」
「ほう。しかし賢明な判断とはいえぬな」

 ザインがそう言うなり、周囲に無数の人影が現れる。

「げ……」

 俺は思わず声を洩らしてしまった。
 数は二十ほどだろうか。
 完全に囲まれ、公園内に封じ込まれてしまっている。

「まさかと思うけどよ……。こいつら全部アトラ・ハシースなのか?」

 聞けば、あっさり頷く茜。

「……うん。もちろん見習いも混じっているだろうが、それでもそこらの咒法士よりは、腕は立つぞ」

 だろーな……。
 アトラ・ハシースといえば、対異端の名門。
 俺が習った九曜家も名門ではあるが、明らかに規模も厳格さも違う。
 つまり、茜程度には強い連中ってわけだ。

「従えないってお前、ならどーすんだよ?」

 打開策はあるのか。

「さあ、知らない」
「知らないって、てめえ……」
「大人しく捕まるか? だとすると真斗、お前も私の仲間と見なされているだろうから、火刑確実だな」

 このご時世に火刑ですかい。

「そいつはごめんだな」
「だろう?」
「つまり切り抜けるしかない、か」
「使え」

 茜は荷物を放り投げてから、一本の短剣を寄越してくれた。

「助かる」

 今の俺は丸腰だ。
 愛用している銃は、そうそう携帯しているわけじゃない。

「刃向かうか。愚か者め」

 その言葉を合図に、囲んでいた連中は一気に飛び掛ってきた。
 処刑を迅速に行うために、か!

「雑魚は任せる!」
「おいっ!?」

 茜はそう言うなり、一直線にザインへと向かう。
 この数が相手だ。逃げてもすぐ捕まる。
 ならば少しでも数を減らしておくにこしたことはない。
 もっとも実力があるであろうザインを茜が抑えている間に、他の連中の相手は俺にしろってことか。
 役割分担は悪くないが、雑魚って言うけどお前、雑魚じゃねえだろうがこいつらみんな!

「俺にとってはな! くそ、エクセリア!」

 あいつが頷くのが、気配で分かる。
 瞬間、一気に俺の身体能力が飛躍した。
 エクセリアの認識力が増したため。
 いわゆる〝捏造された力〟だ。

「うらぁ!」

 アトラ・ハシースというのは、咒法に優れているだけでなく、体術にも精通している。
 そんな連中を相手に、いくら九曜家で学び、素人ではないとはいえ、俺ごときではどうにかなるわけもない。
 しかしエクセリアがいれば話は別だ。
 あいつがその気になって認識力を傾ければ、恐らく由羅を相手にだって力負けしない。
 それは一年前に、曲りなりにもアルティージェと闘った経験から分かる。
 俺の一撃を受けて、手近な一人が吹っ飛んだ。
 連中に動揺など起きなかったが、警戒はされたようだった。
 幾度かの交錯の後、無闇に仕掛けてこなくなる。
 俺は茜の様子をうかがいながら、対峙し続けた。

 ザインに向かった茜は、一気に仕掛けた。
 接近戦を選んだのは、他の連中に介入されないようにするためか。

「ふん。ぬるいわ!」

 真横からきた茜の蹴りを片手で受け止め、ザインは押し返す。

「神罰!」

 その一言と、突き出した掌から生まれた衝撃波は、空気の弾丸となって茜を襲う。

「く……!」

 咄嗟に顔をガードするが、茜は威力に逆らえきれず、後方へと吹き飛ばされる。
 そこへと群がるアトラ・ハシース。

「邪魔だ!」

 しかし茜は周囲全てに炎の咒を解き放ち、一蹴する。
 そして即座にザインへと向かい、地を蹴った。

「おいおい!?」

 迫ってくる炎に、俺は思わず声を上げる。
 無造作に放たれた炎は、所構わず俺にも構わず、周囲を席捲したのだ。
 しかしその炎が俺に届くことは無かった。
 寸前で分かれ、俺に届くことなく後方に流れていく。
 エクセリアの仕業らしい。
 茜の奴、ちゃんとそこまで考えてはいたんだろーけど、物騒なことをしやがって。
 そんな俺の気を知ってか知らずか、茜はザインに立ち向かっていく。
 はっきり言って、茜は強い。
 今俺を囲んでいる連中に比べれば、ずっと。
 あいつの歳でそれは凄いことなのかも知れないが、対するザインもやはり強い。
 何とか助太刀したかったが、俺も今はこいつらで手一杯だ。
 エクセリアの力は、俺の身体にけっこうな負担を強いる。
 というより、精神の方に。
 慣れの問題だとか、エクセリアは気軽に言ってくれるが、少なくとも今の俺はまだまだ慣れてなどいない。
 こいつはまずい、と。
 少しずつ、俺は焦りを感じ始めていた。


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