第46話 国外脱出計画

     /真斗

「だからね。明日あたりがあぶないと思うの」
「うんうん。私もそう思う」

 昼下がり。
 柴城興信所内のテーブルに座り、何やら熱心に話す少女が二人。
 淡い金髪と濃い金髪で彩られた二人組の少女は、はっきりいって日本でお目にかかれるような人種の人間ではない。
 いや人間かどーかも怪しいけど。
 とにかく、あまり日本人っぽくないその二人は、さっきからずっとああやって、あれこれと作戦を練っているようだった。
 何というか、日常的な光景だったりする。
 俺は欠伸を交えつつ、それをぼんやりと眺めていた。

スポンサードリンク

「でも……大丈夫かな? もういっちゃったってことは……」

 二人のうちの一人、 由羅が少し心配そうに首を傾げた。
 その動作につられて、長くて淡い髪が揺れる。

「ん……大丈夫、だと思う。根拠は無いけれど、そう思うから」

 さほど自信があるようでもなかったが、それでもはっきりとイリスは答えていた。
 由羅と一緒に座る、もう一人の少女である。
 ふむ……。どうやら茜の奴、作戦を決行したらしい。

「ねえ真斗。何かあかね茜から聞いてない?」

 こっちを見て、由羅が尋ねてくる。

「特には」
「うー……。茜ったら、逃げなくてもいいのに」

 お前らが追っかけるから、逃げてるんだと思うけどな。
 ――なんていうつっこみは、もちろん心のうちに留めておく。
 まあ……逃げるから追っかけられる、っていう考え方もできないではないが、微妙なところだ。

「……お前らさ。何もそこまで執拗に、あいつの追っかけをしなくてもいいだろーに」
「だって放っておいたら、いなくなっちゃうもの」

 即答の由羅に、こくこくと頷くイリス。

「しょーがねえだろ? あいつがこっちに戻ってきたのは、お前を追っかけてなんだから。むしろ戻ってくれるっていうのは、あいつがお前のことを無害だって認めてくれたってことだろ。良かったじゃないか」
「あ、そういえばそうだったね。今じゃ立場が逆転しちゃったんだ」
「逆転って……そうかもしれんけど」
「真斗」

 ぽつりと、イリスが俺の名前を呼んでくる。

「なんだ?」
「貴方は協力してくれないの?」

 ……協力ねえ。
 紅い瞳を向けられて、俺は小さくうなってみせた。
 いつも考えこんでいることではあるが、俺自身、ちゃんとした答えが出せないでいるのが現状だったりする。

「いつも言ってるだろ? 俺は中立だって」

 正直なところ、俺も茜のやつが帰ってしまうのは、ちと寂しい気はする。
 久々に再会して、約一年。
 ずいぶん騒がしい日常になってしまったが、あいつがいないとどうにもしっくりこない。
 あいつはイリスにはめっぽう弱いけど、由羅には強い。あれやこれやと由羅に物事を教える時に茜がいると、非常に助かるのだ。
 由羅も文句を言いつつも、素直に従っている。
 ……まったくどっちが年上だか分かったもんじゃない。

「なんでよう。真斗だって茜には帰って欲しくないんでしょ?」

 ぶー、と頬を膨らませて、由羅はそう言う。

「ああ」
「ほらほら! なのにどうして手伝ってくれないの?」
「別に、帰ったら二度とこっちに来ないってわけじゃねえだろ? 一応、今ではあいつ、あっちに住んでるんだし。たまには帰って、ゆっくりするのもいいんじゃないか」
「そんな物分りのいいこと言わないでよ。私たちの気持ちはどうなるの?」
「いや、茜の気持ちは?」
「どっちの味方なのよ!」

 怒るなよ。
 ったく……。

「だから中立。お前らの気持ちもわかるけど、あいつの気持ちだってわかる。だからどっちも手伝わない。理解したか?」
「できるわけないじゃない!」

 握り拳で精一杯不満を表明する由羅。
 相変わらずの我侭ぶりだ。

「落ち着いて、由羅。大丈夫だから」

 イリスの声が冷水のように、由羅の頭を冷やしたようだった。

「う、うん……」
「茜、けっこう真斗のこと気にしてるみたいだから。うまく囮に使えば、充分役に立ってくれると思うよ?」

 ……おい。

「囮?」

 小首を傾げる由羅。

「うん。荒縄でぐるぐるって縛って、どこかにぶら下げておけば……」
「おいこら!」

 思わず声を上げてしまう。

「なんつう物騒なことを――」
「冗談だよ」

 こっちを見上げ、僅かに微笑んで、あっさりそう言うイリス。
 ……その表情が、はっきり言って怖い。
 これは協力しないとそうするぞっていう脅しなんだろうか……?
 くそ、俺は屈しないぞ!

「よ、良かった……」

 決意する俺の前で、なぜだかホッとしているのが由羅だったりする。
 そんな由羅を、面白そうに見つめるイリス。
 ふーむ……。
 俺は腕組みをして。
 さてどうしたもんかと考えた。


「――と、いうわけなんだが」

 大学の空き教室にて。
 俺は今朝のことを、目の前の少女に簡単に説明していた。

「もう気づかれたか……」

 話を聞いて、茜は渋い顔になる。
 九曜茜。
 由羅とイリスが話題の中心にしていた人物である。
 歳は少し離れているけど俺の幼馴染のような奴で、年下のくせに態度はでかい。

「明日は危険だな。こうなったら今夜しかない」
「今夜も危ないんじゃないのか?」
「準備はできてる。問題ない」

 準備、というのは明日に予定していた京都脱出のことであったが、俺の情報により、急遽今夜に決行することにしたらしい。
 忙しいことだ。

「しっかし成功するかねえ……?」

 実をいうと、すでに何度か脱出を目論んだことがあったのだが、ことごとく阻まれてしまっていた。
 無論、イリスと由羅にである。

「不吉なことを言うな」

 不機嫌な顔になる茜。
 今までの苦渋の思い出が蘇ってきたらしい。

「今回はお前からの情報がある。あの二人の動きが読めれば、打つ手はあるんだ」
「そうだけどさあ……」
「……まさかと思うが、裏切っていないだろうな?」

 じろりとこっちを睨んで、茜が疑惑の視線を向けてくる。
 俺は肩をすくめてみせた。

「勧誘はされたけどな。でも先約はお前だ」

 あの二人には、俺は中立であると言ってある。しかし実際のところ、俺は密かに茜に協力していた。
 茜に頼まれたというよりは、見るに見かねて……というのが理由だ。
 借りもあるのだし、返せるところで返しておきたい。
 とはいえ、あまり目立ったことはできない。
 それで俺がやっていることといえば、もっぱら情報のリークだった。あの二人の動きを茜に伝える――そんな程度のことだ。

「……感謝はする」

 俺の言葉に、茜はそっぽを向いてそんなことを言った。

「別にいらんけどさ。それよかちゃんと帰ってこいよ? もしお前が二度とこっちに来ないってことになったら、たぶんイリスが暴れるぞ?」
「もちろんそのつもりだ」

 茜は即答した。

「別にあの二人のことが嫌いなわけじゃない。好意だって……ある。けれど、このまま帰らずにいるのは色々と良くないんだ。もう一年たってしまっている。私は由羅を追う任務の途中なんだ。その結果報告をして、この先面倒なことにならないように処理しないといけない」
「ああ、わかってるよ」

 茜が帰りたがっている一番の理由は、実はそのことだった。

「ちゃんと話せばわかってくれるとは思うんだけどな……」
「私もそう思うが、できない。多分、この話をまとめてくるのは時間もかかるし、簡単にはいかないはずだ。厄介なことになるかもしれない。私自身、異端と呼ばれる存在に深く関わりすぎているからな。下手をすれば、アトラ・ハシースとの関係も……」

 アトラ・ハシースというのは茜が所属している組織のことで、世界中にある異端に対して実力行使する組織としては最高峰なんだとか。
 たぶん、俺が思っているよりもずっと物騒な組織なはずである。
 詳しいことは知らないが、あの組織の中にあって、茜の立場は色々と微妙らしい。
 一つはイリスとの関係であり、そして今度は由羅とのこと。
 本来ならば敵対者でなければならないというのに、こうやって容認してしまっていることが知られれば、間違いなく揉めることになるだろう。
 はっきりいって、茜の立場はあまり安全とは言い難い。
 とはいえそんなことをイリスあたりが知ったらどうなるか。
 俺はイリスのことは詳しく知らないものの、やはりただの人間、というわけではないらしい。由羅の千年ドラゴンとはまた違った存在らしいけど、れっきとした異端者だとか。しかもイリスはアトラ・ハシースのことが嫌いらしく、何かあれば全く容赦しないというのが茜の推測だ。実際茜自身、イリスに殺されかけたことがあるとか無いとか。
 とにかく茜はそんな騒ぎにはなって欲しくないらしい。
 心配してイリスが一緒に行こうものなら、話が余計にややこしくなる可能性もあるし、不測の事態だって起こるかもしれない。
 何とか穏便にすませたい茜は、こっそり抜け出して事をすませてきたいのだ。

「一応俺も心配だけどさ。けどお前のことだから大丈夫だとは思ってる。ガキの頃から不必要にしっかりしてたしな」
「ふん。真斗に心配されるようになったら、私も終わりだ」
「ったく……可愛くねえな」

 あの時ほどのガキじゃなくなったとはいえ、茜はまだ二十歳にもなっていない、ある意味子供だ。
 もうちっとくらい、可愛げっていうのがあったって、誰も文句は言わないと思うんだけどなあ。もったいない。

「けどまあ、あれだろ? こっちには黎がいるんだし、何とかなるんじゃないのか?」
「昔とは違うと言ってなかったか?」
「そうだけど。いないよりはマシだろ?」

 最遠寺黎―――本名ジュリィ・ミルセナルディス。
 由羅の義理の姉である黎は、実はアトラ・ハシースの創設者だったりする。
 ずっとアトラ・ハシースを操っていたらしいが、最近ではノータッチということらしい。とはいえ影響力が無いわけでなく、便宜を図ってもらうには最適な人物だったりする。

「確かに……黎の協力は助かる」

 茜が比較的楽観しているのも、俺もそんなに心配してないのも、黎の存在があるからだ。
 変な騒ぎにさえならなければ、無事収まるだろうとは思っている。

「何だかんだであいつ、いい奴だしさ」
「そうだな」

 茜も頷く。

「とにかく……今夜か。あいつらも警戒してるだろうけど、何とかなるだろ。とっとと行って、とっとと戻って来いよ」
「……ふん」

 俺の言葉に何を思ったのか、茜はそっぽを向いて、鼻をならすのだった。

     /黎

「おはようございます」
「おう」

 わたしが事務所へと来た時には、定が座っているだけだった。
 しかし室内の空気は暖かい。
 誰かがつい最近までいたのだろう。
 柴城定――この興信所の所長である。

「……真斗は学校に?」
「ああ。たぶん、密会中だろ」

 定は事情を知っているので、あっさりとそんなことを言ってくる。
 ユラやイリス様の前ではとても言えないことだ。

「由羅君やイリス君も、さっきまでいたんだけどな。真斗が学校に行った後、二人して出ていった」

 わたしは首を傾げる。

「つけられた……ということは?」
「大丈夫だろう。真斗も学校に行くとは言ってなかったしな」

 真斗の密会相手といえば、間違いなく茜である。
 内容はこれまで失敗し続けてきた国外脱出のことだろう。
 とはいえ今回はうまくいくはずだ。今まで茜は単独でやろうとして失敗してきたが、今回は真斗やわたし、そして定のバックアップまである。
 ついでにエルオードもいるから、いくらイリス様とはいえ煙にまくことができるはずだ。

「多分、今夜だな」
「そうね」

 わたしは頷く。

「それはともかく、だ。結局アトラ・ハシースの方は大丈夫なのか? 行ったはいいが、茜君に何かあると、いろいろ大変なことになるぞ?」
「でしょうね」

 もし何かあれば、イリス様は決してアトラ・ハシースを許さないだろう。
 わたし自身、あの組織そのものに思い入れは無いが、騒ぎが大きくなることは望まない。

「エルオードにも行かすから、大丈夫だとは思う。わたしよりも、彼の方があそこでは顔も利くしね」
「それならいいんだけれどな。……にしても、あの上田がアトラ・ハシースだったとはなあ。すっかり騙されたぞ」
「一応、人畜無害な顔をしているものね」

 興信所の所員の一人であり、ここで上田と名乗っているエルオードの素性は、すでに定に話してある。
 無論、彼のことだけでなく、ユラやわたし自身のことも。

「けれど、見かけによらないといえば、定だってそうでしょう? 最遠寺の凄腕の咒法士だったと聞いているわ」
「さて何のことだかな」

 わたしの言葉に、定はとぼけてみせた。
 柴城定――こんなところで興信所の所長などをやって、裏では九曜家との繋がりの深い対異端の出先機関をやっているが、元々は最遠寺家に連なる血筋の人間らしい。

「それにしても不思議。あなたなら、わたしが最遠寺を名乗って現れた時に、偽者だとわかっていたはずでしょう? 最遠寺に黎なんていう者はいないと。だというのにどうして受け入れたのかしら」
「別に、百パーセント偽者だとわかっていたわけでもないけどな。あの家も分家は多い。最遠寺の姓を名乗る連中だって、たくさんいるんだ。それにあれは正式な要請だったしな。本家からの。あれは上田の仕事か? だとしたら大したものだが」

 わたしは首を横に振る。

「偽造はしていないわ。あれは確かに正式なものだったはずよ。わたし自身、ここに来る前に、最遠寺本家にも行ったしね」
「ほう? というと、アトラ・ハシースと最遠寺は、元々繋がりがあってそれを利用した……ってことかな?」
「さあ……よくは知らないの。わたしはずっと、組織の運営には興味無かったしね。けれどエルオードがなぜか最遠寺のことを知っていて、ここに来るにあたって奨めてくれたのよ。最遠寺や九曜の名前があれば、何かと便利ということでね」
「ふうむ。しかし……そうすると、ここを奨めたのも上田ってことか」
「ええ。この興信所を奨めたのも彼ね。彼自身、先に所員として潜入して」
「……ふうむ」
「……? どうかしたの?」

 定のどこか思案する様子に、わたしは首を傾げた。

「いや……。別に大したことでもないんだがな。っと、それよりも黎君。コーヒーを一杯お願いできるかな? 上田なんぞに入れてもらうより、ずっとうまい」
「お安い御用よ」

 定の様子に多少引っかかるものは感じたものの、その時はそれ以上は気にしなかった。


 目次に戻る >>