第44話 最強の王②

第44話 最強の王②

「く――――あ……」

 全てが収まった時、全身を打つ苦痛に俺は顔をしかめていた。
 もうどこが痛いのかすら分からないくらいに、激痛が全身を巡っている。
 俺に限らず黎も由羅も、吹き飛ばされている。

「…………!?」

 ハッとなった。
 エクセリア――――あいつは!?

「ふふふ……あははは。なぁんだ。その程度?」

 俺がエクセリアを見つけたその場所に、アルティージェは立っていた。
 その足元には、ズタズタになって倒れている、エクセリアの姿。

「な――――?」

 身体中は痛い。しかしそれだけだ。
 どこも壊れておらず、無事であることは分かる。
 しかしエクセリアは違った。
 その姿は、見るも無残なほどに、引き裂かれてしまっている。
 それでも五体満足であるのが不思議なほどに。

「観測者って言っても、大したことないのね。これじゃあなに? こんなのじゃ、イリスあの子をどうこうしようなんて、初めから無理じゃないの」
「てめええ――――!」

 立ち上がる。
 剣を拾い、打ちかかる。
 何度も何度も繰り返す。

「ふふ、なあに? ゴキブリみたいにしぶといのね。意外と」
「――――黙れ!」

 横薙ぎに振るう。
 しかし受けることなく、アルティージェは後ろへと飛び、剣を持たぬ方の手を一閃させる。
 何をしたのか分からなかった。
 実際、何も起きない。
 俺はそのまま向かっていって――――

「っく!?」

 それ以上、進めなかった。
 足が空回りをする。
 なぜだ? なぜ――――

「お馬鹿さん」

 愉しげに、アルティージェはささやいた。
 両腕が、まるで何かに縛られたかのように、びくともしない。
 無理やり動かせば、手首から血が滲み出した。
 そしてそれは、空間に赤い糸の筋を形どらせて見せていく。

「これは……!?」
「見ての通り、わたしの〝しこん絲魂〟よ。せんしふう千絲封のね……」
「真斗……っ」

 駆け出す黎へと視線を転じると、アルティージェは手をまた一閃させる。

「くっ……!」

 見えない糸をかわし、距離を縮めようとする黎だったが、結局それは徒労に終わってしまう。

「無駄よ、無駄」

 何度目かで、捉えられた。

「――――ぁッ!」

 全身に糸をかけられ、地面に叩きつけられる。

「黎!」
「あは。無様ね」

 黎を見下しながら、俺もまた地面へと打ち据えられた。

「ほら。今までの気迫はどうしたの? もう終わり?」
「くそ……っ!」

 何とか立ち上がろうと、全身に力を込める。
 しかし駄目だ。
 動かない。
 いったいどうなってるっていうんだよ……!

「ジュリィ――真斗……!?」

 こっちの惨状に、由羅が声を上げた。
 こちらに来ようとするが、足元がおぼつかずにその場で転倒してしまう。
 黎が放った咒法に対して、由羅は無傷に見える。
 しかしダメージそのものは深刻なようだった。
 動けていない。

「お、お願いアルティージェ……! それ以上、みんなにひどいことしないで……!」

 泣きそうになりながら、懇願する。

「駄ぁ目。由羅、あなたはそこで大人しく見ていなさいな」

 しかしアルティージェに、聞く耳などないようだった。

「でもまああなたに免じて、すぐに終わらせてあげるわ。楽に逝けるように、ね」
「そんな……! アルティージェ……っ!」

 それ以上は何も聞かぬという様子で、アルティージェは由羅から視線を逸らした。
 ――見下ろすのは、俺か。

「もう足掻かないの? いかに千絲封の片鱗とはいえ、百にも見たぬ糸に絡まれた程度で動けないなんて、あまりに拍子抜け。少しでもあなたに期待したわたしが愚かだったのかしら」

 くそ……動け、動け、動け……!

「呆れた。本当に駄目そうね。まあいいわ……。どうせなのだし、あなたの刻印はわたしが譲り受けてあげる。殺してね」

 アルティージェが、槍剣を掲げる。

「真斗……っ!!」

 黎の悲鳴。

「ふふ。さよなら――」

 振り下ろされる。
 駄目だと、そう思った。
 しかし。

 ガギィンッ!!

 俺に突き刺さるまさに目前で、槍剣はあらぬ方向へと吹き飛んでいった。

「――――!」

 一瞬上空を見て、アルティージェはその場から退く。
 その場所へと、何者かが降り立った。
 軽い足取りで降り立ち、アルティージェの剣を弾き、地面へと突き刺さった見慣れぬ長大な斧を引き抜く。

「女……?」

 その背格好から、そう判断した。
 更に顔を上げて、間違い無いと確認する。
 この場に乱入し、からくも俺の命を救ったのは、見知らぬ女だった。

 ――いや。
 どこかで見た顔。
 どこで……?

「邪魔したかしら」

 その女はまずそう言って、周囲を見渡した。

「知った顔が殺されそうになってるみたいだったから、思わず助けちゃったけれど。何なの、これ?」

 俺のことなどどうでもいいような口調で言いながら、アルティージェの方を見て、不意に顔をしかめた。

「……あなた。どこかで……?」
「奇遇ね?」

 邪魔をされた当の本人は、なぜか気分を害した様子も無かった。
 侵入者の顔を見て、微笑む。

「この結界は、千年ドラゴンとして時の力を転化させて展開させているもの。同朋の由羅やあなたならば、素通りは可能ね」

 そう言いながら、嬉しげに落ちた槍剣を拾う。

「お久しぶりね。レダ・エルネレイス。千年ぶりになるのかしら」
「――――」

 息を呑む気配が、伝わってきた。
 レダと呼ばれた女は目を見張り、そしてまじまじと見返す。

「……まさか。あの時の………?」
「そう」

 嬉しげに頷く、アルティージェ。

「まさか、ここまで強く美しくなってくれるなんてね。本当に、嬉しいわ」

 その率直な感想に、戸惑いをみせるレダ。
 しかしそれも、長くはなかった。

「……あなたのことは知ってるわ。本来ならば敬意を払うべき方なのかもしれないけれど、私には」
「イリスがいるものね。いいわ。それにあなたにそんなもの、求めてなんかいないもの」
「助かるわ。……それより何なのこれ。何やってるの?」
「あなたこそどうしてここに?」
「私は……」

 応えながら、レダは周囲を見やり、由羅を見つけて視線を止める。

「あれを捜しにきたの」
「由羅を?」
「そうよ」

 頷くレダ。

「イリスさまからのご命令。生死を問わず、連れてこいってね。まったくどこの馬鹿か知らないけれど、あんなにイリスさまを怒らせるなんて、本当に命知らず。ま、身をもって知ればいいけど」

 そうつぶやいて、由羅の方へと歩き始める。
 それを。

「嘘は駄目よ?」

 あっさりと、アルティージェは言い切った。

「嘘?」

 レダが振り返る。

「そう、嘘。本当は助けに来たんでしょ? 九曜茜に頼まれて」
「…………」

 二人の視線が、ぶつかり合う。

「どうしてそんな風に思うの?」
「わかるわよ。違うの?」

 聞かれ、レダはやがて、溜息と共に頷いた。

「……違いやしないけどね」

 乗り気でないといった感じで、続ける。

「でも彼女を連れてこいという話は本当のこと。何でもあなたにさらわれたらしいから」
「否定はしないけど。……それで、わたしが嫌だと言ったら?」
「私にとってイリスさまの命令は絶対だわ」
「ふうん……そう。今度はあなたが相手というわけね」

 くすくすと笑いながら、アルティージェは槍剣を地面に叩きつけた。
 その威力に、アスファルトは粉々に飛び散る。

「あなたならちょうどいい相手になりそう。ザコばっかりで、つまらなかったから」

 ……ザコっていうのは俺達のことらしい。
 言ってくれるぜ……!

「素直に返してくれないの?」
「そりゃあせっかく手に入れたんだもの。大事にしないとね?」
「ふん、そう」

 交渉は決裂したとばかりに、レダはハルバード大斧を僅かに引き、構えを取る。

「――千年前と同じにしないでよね。後悔するわ」
「そう。そのイクティオン硝魔八凶の斧があなたに相応しいかどうか、確かめてあげるわ」
「……ちょっと待て……」

 二人の戦意が高まる中、俺は精一杯の力を込めて、立ち上がる。

「勝手に話を進めてるんじゃねえよ……!」

 糸の束縛は消えていた。
 アルティージェがレダの方に、意識を向け始めたからだ。

「しつこいわね。あなたなんて、地面に這いつくばってるのがお似合いなのに」

 ……いちいち嫌味を言ってくれる。

「……くそったれが。さっきとどめを刺せなかったのを、後悔させてやる」
「本当に鬱陶しいわね。死に足りないのなら、いくらでも殺してあげるわ」

 殺気が、こっちへと転じられる。

「レダ? 悪いけど先にこっちを片付けさせてくれる?」
「……好きにすればいいけど。でも、まさかとは思うけど……侮ってはいないわよね?」
「こんなザコを相手に、何を侮るというの?」

 鼻で笑う。
 それを見て何を思ったのか、レダは一旦斧を収めて下がった。

「……火傷をしなければいいけどね」

 ずっと後ろへとレダが下がっていくのを見て、俺は視線を全てアルティージェのみに集中させる。
 援軍など不要だ。
 こいつは俺の手で、片をつけてやる。

「せっかく立ってくれたけど、寝てる方がお似合い」

 アルティージェが、手を振るう。
 放たれる、無数の糸。
 見える……!?
 一瞬驚いたが、すぐに納得する。
 エクセリアのおかげだ。
 倒れていた場所に、すでにあいつの姿は無く、どこを捜しても見つけることはできない。
 しかしすぐ近くにいるのが分かる。
 あいつは身を削ってまで、俺を認識することに力を傾けている……!

「二度も食らうか!」

 薙ぎ払う。
 それを見て、アルティージェは柳眉を跳ね上げた。不愉快そうに。

「いい気になるのではないわ!」
「く!」

 再び剣によって打ち据えられる。
 白兵戦。
 望むところ――――!

「は――――っ!」

 打ち返す。

 ギィン――!

 舞い戻る。

 ガギギギィイイイ――――!!

 弾き返す――――!
 続く。
 何度だって繰り返す。
 きた分だけはね返してやる。

「はぁっ――はぁっ――はぁっ――――!」

 ひたすら凌いでやる。
 それだけでいい。
 はねのける際の力でさえ、相手へのダメージになる。

「こ……の……っ」

 剣が届かないことへの苛立ちか、アルティージェの顔から余裕が消えていく。
 そのせいかは分からないが、一撃を仕損じる。
 誘いでもなんでもなく、純粋なミス。

「だああああっ!!」

 チャンスとばかりに、今度は俺が叩きつけるように剣を振るった。
 アルティージェはすぐにも対応するが、防戦一方となる。
 形振り構わず、俺は剣を振るった。
 幾度となく剣戟が響き渡る。
 剣が折れるかと思える一撃を、何度も繰り出す。
 火花が舞う。

「いい加減に……!!」

 業を煮やしたように、アルティージェは戦法を変えようとした。
 剣だけでは埒があかない。
 そう判断したか、アルティージェは戦地を離脱し、咒を発現させる。

「消えろ!!」

 放たれる、真紅の業火。
 しかしそれを、

「――――〝ザイオレスの嵐〟よ!!」

 黎の声が遮った。
 突如起こった圧倒的な暴風が、炎を吹き散らす。
 その業火はさすがに消えることは無かったが、道は開く。
 俺はそれを一気に駆け、再び打ちかかる。

「――――まだ」

 アルティージェは目を見開いた。
 動揺ではないが、驚愕。
 咒法は防がれ、再び剣戦に引き戻される。

「この――――」

 受ける。
 弾く。
 再び打ち込む――――!

「たかがエクセリアの楔にすぎぬくせに!」
「知るかそんなこと!」

 ――アルティージェは確かに強い。
 ここにいる誰もが、一対一で臨めば勝つことなどできないだろう。
 これだけ打ち合っただけだが、それは何となく分かった。
 それでも、今は違う。
 俺は一人じゃない。
 エクセリアもいれば、黎もいる。由羅だってな……!

「はああっ――――!」
「ち……!」

 俺の剣圧が増す。
 重くなる。
 打ち崩す。
 前進する――――!

「――――」

 アルティージェが下がった。
 追撃を許さぬほど後ろへと飛び、そして。

「――――これまでよ」

 その全身から白い閃光が沸き立つ。
 髪が逆立ち、揺らめく。
 その圧倒的な熱量――これは。

「真斗!」

 隣に、黎が並ぶ。
 俺の持つ剣に手を添えて。

「行く……わよね」
「当然だ」

 ここまできて逃げる気など無い。
 正面からぶつかってやる……!

「なら、手伝わせて」

 有無を言わせぬ口調で、黎が剣を握り締める。
 剣から、水蒸気が溢れ出した。

「二度と凍らせてはだめ……全てを出し尽くして、ぶつけるの」

 黎は自分の生命力すべてを燃やして、この憎悪の剣を溶かしていた。
 凝固されていた力が、広がっていく。

「私……だって」

 もう一人が、俺の横へと来た。
 由羅だ。

「誰も、殺させないんだから……!」

 三度、由羅の髪が逆立った。
 俺らを包み込み、溢れ出す熱量。
 アルティージェが放つものと、全く同質なもの。
 力が満ちて、集まり、充実していく……!

「あははははっ。それで、勝てるとでも思っているの――――!?」

 ふざけるなと、アルティージェの感情が爆発する。

「消滅すればいいわ――!」
「私が行く!」

 まず飛び出したのは、由羅。

「〝三界打ち滅ぼす(クォルティカ)――――」
「〝光陰千年の息吹(ラウザンド・ゼロ)〟!!!」

 二つの光がぶつかり合う。
 二人の放つものは、全く同質なもの。
 千年ドラゴンとしての全てと全てがぶつかり合う。
 天地が割れるかと思わせるほどの、激流。
 二つの力がぶつかり、相殺し合うその中で。

「これで、消し去ってしまって……。すべて」

 黎が微笑んだ。

「あとは任せるから」

 そのまま駆ける。

「〝氷解せし悪魔が涙(レア・ザウハーグ)〟!!!」
「――――天魔千年の吐息(ザイザレフ)〟!!!」

 光の中、アルティージェの槍剣が振るわれた。
 圧倒的な一撃。
 由羅と同じ〝ラウザンド・ゼロ光陰千年の息吹〟を纏いながら、〝アリア・シャクティオン九天打ち崩す、降魔が牙〟を打ち放つその威力たるや、まさに天地を滅ぼす勢いだった。
 大地が鳴動し、大気が悲鳴を上げる。

「くううううううううう――――!!」
「はああああ――――!!」

 由羅と黎が、それに耐え凌ぐ。

「ふふ、あはははははは――――。いつまで頑張る気――――!?」
「っあう………!」
「ぐ………!」

 黎の直撃を受けた由羅は、もはや余力など無い。
 一方の黎は素手だ。氷の剣を手しているならばともかく、溶かし得た水蒸気のみにて立ち向かった以上、それを使い果たせばもはやどうすることもできない。
 それでもなお、これを置いていったのは、俺に武器を残すため。
 最後の決め手となるべきものを、俺に託したのだ。
 ……覚悟は決まっている。
 由羅、黎、そして。
 ……これで、決める!

「……行くぜ」

 誰もいはしない。
 それでも確かに、頷くエクセリアを感じることができたような気がした。
 地面を蹴る。
 力尽きる寸前の二人の間を駆け抜け、圧倒的な力の奔流の中へと飛び込む――――!

「くらえええええええええ!!!」

 火がつく。
 氷涙の剣(アルレシアル)が、発火する。
 蒼い炎の軌跡を描いて、光を呑み込む。

「――――!」

 真正面から、降魔九天の剣を叩き伏せる。
 今だ――――
 刻み込む。
 一瞬とはいえ硬直したアルティージェへと手を伸ばし、最後の一つを刻み込む。

「…………!?」

 アルティージェが目を見開いた。
 己の失態に気づくが、もう遅い。
 終の刻印がなされ、完成の証に鮮血が噴出す。
 ――まるで、あの時の由羅のように。

「よくもっ………!!!」
「お前の負けだ――――!!!」

 支配は為された。
 しかし予想通り、アルティージェはその支配に耐えた。
 全霊をもって耐えてみせた。
 こいつのどうしても譲れぬ誇りだろう。
 上等っ……さすがだよ!
 それでも動きの鈍ったアルティージェに対し、この瞬間しか無いと確信していた俺は、迷わず切り伏せた。

「ぐっ………!」

 袈裟懸けに、斬撃が走る。
 鮮血が舞う。
 光が、弾ける。
 すり抜け、地面へと倒れこむ俺を、どこからか現れたエクセリアが支え、助け起こしてくれた。
 それでも立っていられなくて、両膝をついてしまう。

「…………」

 光が消える。
 周囲には、みんな倒れていた。
 黎も、由羅も。
 俺だって、立っているとはいえない。
 今更のように、無茶をした反動と疲労とが、全身を覆ってくる。
 だがその中にあって、アルティージェは膝を屈することなどなかった。
 こいつ、まだ……?
 身構えようとした俺へと、アルティージェは誰にともなくぽつりとつぶやいていた。

「なあんだ……。みんな、強いじゃない……」

 気だるげにそう言い、くすくすと笑う。
 しかしその声に、もはや力は感じられなかった。

「お前……?」

 違和感を覚えて、振り返る。
 アルティージェは大きな傷を受けたまま、俺を見ていた。
 その瞳が、今までと違っていた。
 怒りや侮蔑など、微塵も感じられはしない。

「お前、ではないと言ったわ……。アルティージェ、でしょ?」

 いつかのように、そう言う。

「ふふ、ようやく消えたわね……」

 何を言っているのか、すぐにはわからなかった。
 その視線の先には、氷の剣が――

「な……?」

 無かった。
 氷の刀身が、溶けて消えていたのだ。

「これでいい加減解放されるわ。由羅も……レネスティアも」

 満足そうに微笑む。

「エクセリア……あなたはどう? 今、どんな気分?」

 聞かれて、エクセリアは戸惑った。

「…………?」
「答えられない? でも悪くはないはずよ。そんな簡単なことに、今でも気づけないから馬鹿だというのだけど」

 そこでふう、と息をつく。
 全員を見やった後、再びアルティージェは俺を見た。

「そして真斗、か。まったく、見事に刻印を刻んでくれちゃって……」
「……けどお前、俺に支配なんかされてねえだろうが」
「それはまあ、ね。王として、いえわたし自身として、許せぬものというのはあるわ。それでも……まあ、あなたなら」
「……なんだよ?」
「少しくらい、戯れても悪くないかもね」

 それはどこまで本気だったのかは分からない。
 それでもそれはアルティージェなりの、賞賛だったのだろう。

「それにしても……ちょっと疲れたわね」
「もしかして、お前」
「なあに?」
「今までの、全部――――」
「さあ、ね……」

 俺の疑問に答えることはなく、眠るようにアルティージェは瞼を閉じた。
 そのまま、倒れ伏す。

「――――」

 それきり、動かなくなった。
 風が吹き、気づけばその身体は、灰となって消え失せていく……。

「はあ……」

 俺は空を仰ぎ見た。
 どこまでも長い吐息が洩れる。
 どうやら――とりあえずは、終わったらしい。

「ふうん」

 今に至り、これまで観客に徹していたレダが、歩み寄ってくる。

「終わったのね」
「……だろうな」
「なかなかやるじゃない」
「俺はユウシュウ、だからな」

 普段はまず言わないような台詞を、誰かを真似て言ってみる。

「認めてあげるけどね」

 少し笑ってレダはそう言い、由羅の方を見やった。

「彼女を見るのも千年振り、か……。もらっていくわよ?」
「冗談じゃねえぞ」
「冗談じゃないわよ」

 あっさり切り返される。

「……馬鹿言え。こんだけ苦労して取り戻したあいつを、何が哀しくてお前に渡すかよ」
「別に悪いようにはしないわ。それに、あなたたち自身がそんなにぼろぼろなのに、彼女の面倒までみれるって言うの?」

 ……実はあんまり言えないことだ。
 俺自身、もはや一歩も歩けない。

「でしょ? そういうわけだから」

 言い切って、力の使いすぎで気を失っている由羅の元までいくと、軽々と肩に担いでみせた。

「あなたたちも、さっさとここから移動した方がいいわ。さっきのぶつかり合いで、結界は吹き飛んでしまったみたいだし。騒ぎになったら厄介よ」

 言われる通りだった。
 その証拠に、いつの間にやら雨が降り出している。

「……それにしても、何なのかしらね。初代の千年ドラゴンには会えるし、アルティージェも出てくるし、レネスティアの小型みたいなのもいたし……」

 ぶつぶつとそんなことを言いながら、レダはその場から去っていく。

「……真斗、エクセリア様」

 ふらふらと、黎が近づいてくる。

「黎、無事か?」
「真斗こそ」
「俺よりエクセリアを心配してやってくれ。多分、一番頑張ったんじゃないのか」
「それは違う」

 エクセリアは、首を横に振った。

「力があっても、活かせなくば意味はない。そう意味で、そなたは私などよりもずっと」
「……別に、強けりゃいいってもんでもないさ」

 俺一人では何もできなかった。
 黎やエクセリア、そして由羅がいなければ、こういう終わり方はできなかったはずだ。
 それにもう一人、アルティージェ自身……。
 まあいい。あいつのことは。
 俺の想像が正しければ、そのうち何かあるだろうしな……。

「ところで、さっきのあいつ、誰だったんだ? レダ……とか呼ばれてた、あいつ」
「レダ・エルネレイス……。由羅やアルティージェと同じ。最後の千年ドラゴンよ」

 最後のって。

「まったく……」

 苦く笑う。
 あんなとんでもない力を持った奴が、三人もいるとはな。
 そんな連中が、こんな所で何やってるんだか……。

「はあ」

 疲れた。
 さすがに。
 眠ってしまうその前に、俺は黎へと一方的な言葉を投げかけて。

「……なあさ。俺、これからのお前らに……期待していいんだろうな」

 それは希望。
 黎と、由羅のこと。そして、エクセリアのこと。

「お礼は、するわ……」

 黎はただそれだけ言って、俺を抱きしめる。
 とりあえずそれで安心して。
 俺は眠ることにした。


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