第43話 最強の王①

     /真斗

 暗闇に、火花が散る。
 最大限の気迫を込めて、斬撃を打ち込んでいく。
 蒼い軌跡を描いて打ち込まれるそれを、一振りたりともかわすことなく、アルティージェはその槍剣で受けていた。
 どれもが重い一撃に違いないというのに、乱れることなくそれを受けていく。

「は――!!!」

 ギィンッ! ガギッ!

 剣戟が響く。
 今の俺の力は尋常ではない。
 エクセリアの借り物とはいえ、由羅にだって充分に対抗できる力がある。
 その一撃は、岩をも砕くだろう。
 しかし、その長い剣を砕くには至らない。
 ――剣の扱いに関して、その他の武器と共に、俺は幼い頃から修練を積んでいる。咒法の苦手な俺にとって、むしろ武器の扱いの方が得意分野だ。
 もっともその携帯性から、俺は銃やせいぜい短剣程度のものまでしか利用はしていなかった。
 しかし扱えないわけではない。
 呼吸に関しては、どれも同じだ。

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「――ふふ」

 楽しげな声が洩れた。
 勢いの、風向きが変わる。
 長大な剣が、弧を描いて俺に襲い掛かる。
 速度は俺の方が速い。
 しかし威力は勝る。
 受けるは不利だったが、受けざるを得なかった。
 相手のリーチは長い。下手に間合いを開ければ、こちらの射程から離れてしまう。
 再び相手の懐に潜りこむのは骨だ。
 ――受ける!

 ギィイイインンンンッ!!

「ち……っ!」

 刃を立てて受けねば刀身が砕けかねない威力。
 手が振動に痺れたが、構ってられない。
 即座に反撃に転じる。

「でやぁああああああ――――!!」

 思いつく限りの連撃を叩き込む。
 猛攻だ。

「――――」

 俺の攻撃を全て受けつつも、アルティージェの表情から笑みが消えた。
 少しずつではあるが、余裕を削ることができている。
 この機を逃さす、俺は息が続くまで叩き込んだ。

「ふん……っ!」

 受け難いと判断してか、初めてアルティージェが後ろへと退いた。
 同時に俺も限界で、背後へと下がる。

「はぁ――はぁ――はぁ――」

 そこから更に下がって、俺は息を整えた。
 ……いかにエクセリアの力を受けているとはいえ、俺は未だに元の身体に依存している。
 どんなに身体そのものの力が上がっても、やはり限界はある。それだけの力を、今放出しきったのだ。

「…………」

 存外早く、呼吸は元に戻った。
 一方で嫌な頭痛が頭に響く。
 身体の回復は早い。
 しかし力を受け入れている俺の精神の方は、徐々に亀裂が生まれ始めているようだった。
 だが、まだいける。
 それに、今の俺の目的はあいつを倒すことじゃない。
 ただ、黎と由羅から視線を逸らし、妨害させないことだ。
 そのためにはもっとこちらに関心を持たせ、没頭させねばならない。

「……大したものね」

 素直ともいえる表情で、アルティージェはそうつぶやいた。
 槍剣を肩に背負い、くすりと微笑む。
 その顔には勿論、衣服にすらかすり傷一つ無い。

「さすがは観測者、というべきかしら。観測による本来在り得ないものの〝捏造〟……。この〝捏造〟こそ、あなたのもっとも忌むべきものだったのでしょうに」
「…………」

 ずっと背後で、エクセリアが眉をしかめた。
 しかし、何も応えはしない。

「まあ、それをそれなりに使いこなせている真斗も、少しは褒めてあげるわ。伊達に、紋章の継承者ではないということね」

 やはり、アルティージェはあの刻印のことを、充分に承知しているようだった。

「――それとも、よほど信頼し合っているのか。即席にしては、大したものよ」
「ち……余裕ありげだな」
「だって余裕だもの」

 さっき僅かに見せた真剣な表情など微塵も無く、当然のようにそいつは言う。

「さあ……続きをしましょう。なかなかに楽しいわ」

 くそ重そうな槍剣をいとも簡単に振り回し、剣舞のように舞う。
 ――それはなかなか綺麗で美しくはあったが、見惚れているわけにもいかなかった。
 そんなことをしていれば、首が飛ぶ。

「――次は、わたしの番ね?」

 舞い踊る。
 俺はそれを、

「――来い!」

 正面から迎え撃った。

     /黎

 何度、交錯したか。
 由羅の攻撃をかわし続け、咒法で迎撃する。
 しかし放つ炎も、氷も、由羅には通じない。
 傷をつけても、火傷を負わしても、そんなものはすぐに治ってしまう。

「はあ……はあ」

 息が乱れてきた。
 致命的な傷は何も受けていないが、体力がもたない。
 真斗達に補充してもらい、エクセリア様には生気を〝捏造〟までしていただいた。
 それでもそれらがどんどん失われているのが分かる。
 動けば動くほど、霧散していく。
 理由は分かってる。
 わたしの最大のエネルギー源であったエクセリア様が、もはや真斗しか見ていないからだ。
 それはそれでいい。
 アルティージェを抑えるには、絶対必要なことだ。
 わたしは残された力で、由羅と対峙せねばならない。
 そして刻印をあらわにする。
 由羅がこちらに近づいてくる。
 その顔は、無表情。
 それを見て、身勝手な感想がよぎる。
 ……こんな顔をするのは、わたしの妹なんかじゃない、と。

「……そうね。今のあなたはユラじゃない。憎む価値もない、ただのつまらないものよ」

 歩む足が、止まった。
 言葉が聞こえたからか。
 いや違う。
 咒の発動に気づいたからか。
 一歩、下がる。

「どうしたの? 立ち向かいなさい。この咒法など、あなたは一度破っているのだから」

 挑発し、わたしは咒を練り上げていく。

 ――我が知る・全なる者よ。
 善を厭い、呪いし者よ・災厄を愛し、導きし者よ。
 我が胎動・栄華の大路に響き、崩壊の旋律とならん。
 落とせ・落とせ・落とせ。
 落下の悪夢・否、奇蹟によりて・天地の交換、速やかならん。
 されば求め、望み、身を砕きて、天変に臨まん。
 下りし赤子の生誕に、我歓喜す。
 その涙・贄となりて、悪夢とならん――

 ……これは、かつてクリーンセスが最後の闘いに用いた、禁咒。
 レ・ネルシスでの闘いにおいて、悪夢と為ったユラスティーグを詠んだもの。
 千年殺しの大禁咒。
 あの時、クリーンセスは破れた。
 全てが発動しきる前に、呑み込まれて、消えた。
 そして失われた。
 けれどあの時、わたしはその一部始終を見ていた。
 だから知っている。
 だから、扱える――!

 わたしの目前に、黄金の光が収束する。
 圧倒的な、力。
 最後の力をもって、搾り出す。

「…………」

 ユラは逃げない。
 ただ、何かを思い出すように両手を掲げた。
 白い閃光が、溢れる。
 ユラの髪が沸き立ち、逆立つ。
 先日見たものと同じ。
 彼女を中心にして湧き上がる熱量は、まともではない。
 けれどそれを見て分かる。
 それをわたしが見るのは三度目。
 だから、分かるのだ。

「――――ラクリマ・レ・ネルシス」

 最後の咒言を言い終える。
 ユラもまた、その収束し終えた力をわたしへと向けた。
 後はもう、お互い迷うことなど無かった。

「〝ダルディオヌの砕〟――――!!」

 黄金の光が轟く。
 破壊が破壊となる前の光。
 それが渦を巻いて、ユラへと迫る。
 それを、ユラは迎え撃った。

「――――〝光陰千年の息吹(ラウザンド・ゼロ)〟!!!」

 白光が満ちる。
 溢れる。
 チャンスはこれが最初で最後と。

「真斗――――!」

 わたしは彼の名を、呼んだ。

     /真斗

 次々と繰り出される連撃に、俺は後退しながらも耐えていた。

「あははははっ! どうしたの? その程度!?」

 ガッ! ギン! ガギッ――――!!

 威力が増す。
 踊るように繰り返される、剣の舞。

「ちい――――!」

 振り払う。
 しかしすぐにも取り付かれる。
 そして舞う。
 死の舞を。

「ざけんな――――っ!」

 ジィンッ!!!

 真正面から受け止める。
 刃と刃が悲鳴を上げる。

「強い、強いわ――――もっと愉しませて!!」
「そうかよ畜生!」

 精一杯の動作で受け切り、押し返す。
 まるでお互い紐で繋がっているかのように、離れてもすぐにぶつかり合う。
 ったくこいつ、女のくせに何て馬鹿力してんだくそったれ………っ!!
 両腕の感覚が消えかけている。
 だが構っていられない。
 今この瞬間の感覚が無くとも、動きはする。俺の命令は、間違いなく腕に届いている。
 感覚が無かろうか、関係無い。

「だああああっ――――!」

 反撃する。

「やるじゃない!」

 愉しそうに、アルティージェは声を上げる。
 間違いなく、愉しんでいる。
 それでいい――それで。
 俺だけを見てろ。
 盲目になれ。
 あいつら二人のことなど目に入れるな――!!

「うらぁ!!」

 更に一撃。

 ガギィイイン――――!

 アルティージェの剣が揺らぐ。
 もう一撃!

 ガッ!

 アルティージェはもうこちらしか見ていない。
 けど俺は違う。
 常にあの二人のことを見ている。
 見ていなければならない。

「真斗――――!」

 黎が声を張り上げた。
 しかしその声を、俺は渾身の力を込めた一撃で、打ち消す。

「――――ッ!」

 その威力の前に、さすがにアルティージェが顔をしかめた。
 今の声が、こいつに届いたかどうかは知らない。
 だけど俺が気づいていない振りをすればいい。
 それでアルティージェは引き付けられる。

 ――悪いな黎。
 結局勝手にやらせてもらうぜ……!
 俺自身の目的はすでに定まっている。
 伸るか反るか。
 賭けてやる――――!

     /黎

 彼に声が届いたかどうかなど知らない。
 それを確認していることはできなかった。
 まばゆい二つの光がぶつかり合う。
 生命力を燃やす、千年ドラゴンの必殺とも言うべきラウザンド・ゼロはまさに圧倒的だ。
 しかしわたしは知っている。
 この千年ドラゴン最大の力には、何よりも必要なものがあるということ。
 それは、感情。
 喜怒哀楽――それは何でもいい。
 怒りでも、不安でも、殺意でも、悪意でも、混乱でも、愉悦でも――何だって構いはしない。
 けれど今の彼女には、それらが決定的に欠けている。
 後押しさえなければ、いかに魔王殺しの必殺の一撃とはいえ、恐れるには足りない――――!!

「ユラァアアアアアア!!」

 あらん限り、叫んだ。
 黄金の光が、白光を包み込む。

「――――」

 ユラが目を見開く。
 この咒法は、クリーンセスがユラと闘うためだけに生み出したもの。
 彼はユラを救おうとしていた。
 だから。

「ぃぁああああああああああ――――」

 直撃だった。
 全ての白光を払いのけ、導火線がユラに届き、炸裂する。
 その威力に、周囲全てが震撼した。

     /真斗

 光が炸裂する。
 その光は、黎と由羅のもの。

「――――?」

 さすがにここにきて、アルティージェも気づいた。
 視線を巡らす。

「どぉこ見てんだよ!」

 何もさせない。
 一撃が、アルティージェをこちらに振り返させる。
 今、離れさせるわけにはいかない――――!!

     /黎

 ユラが光の中に消える。
 世界中、この咒法はあの子にしか通じない。
 まるで、レネスティア様のアルレシアル氷涙の剣と同じ。
 けれど決定的に違うのは、この咒法は決して殺すためのものではないということだ。
 活かすため。
 目覚めさせるためのもの。
 わたしはその光の中に飛び込んだ。

「ユラ――ユラスティーグ!!」

 叫ぶ。

「…………?」

 ぼんやりと、目を開く。
 そこには、いつもの表情。
 その手を掴む。
 ぼろぼろになった手には、くっきりと刻印が浮かび上がっている。
 そして同時に、わたしがかけた呪いは綺麗に消え去っていた。
 なぜならば、これは破壊による浄化。
 ユラの狂化をゼロに戻すための、浄化咒法。
 わたしごときの呪いなど、消え失せて当然だ。
 これで傷害は無い。
 ユラの手には、真斗が刻み込んだものとは形状を異なる、真の刻印がある。
 しかし偽物だ。

「真斗――――!!」

 再び、叫ぶ。
 その手を持ち、掲げて。

     /真斗

 黎が呼ぶ。
 あれだけの光と破壊の中にあって、それでも由羅は無事で。
 その左手には、青に輝く刻印。
 これが……!
 確かにその形状は違う。
 これが真の刻印。
 目に焼き付ける。そして、脳裏へと。
 ――本来ならばここで取って返し、その刻印を黎へと刻み込む。
 これで由羅は完全に取り戻せる。
 けれどそれはできない。
 俺は黎を、犠牲にするつもりなどない。
 あいつに、こんな程度で満足してもらうわけにはいかない――!

「いいもん見せてもらったぜ――」

 剣を投げ捨てる。
 そしてそのまま、アルティージェの懐へと跳び込み、そして。

「――――!?」

 目を見張る。
 俺の意図に気づいたのか。
 だが遅い……!

 その一瞬の交錯。
 俺の左手が踊る。
 狙うのは槍剣を持つ、アルティージェの右手!

「!? この……っ!?」

 驚き、アルティージェは何よりも離脱を優先させた。
 あまりに近すぎて槍剣は役に立たず、その重量さえ邪魔だと投げ捨てて、逃げようとする。

「逃がすか――――!」

 あと一閃――――

 だが、僅かなところで離脱を許してしまう。

「ちぃ……!」

 完全成功には至らなかった。
 深追いはせず、今度は俺が大きく下がった。
 黎と、由羅のところまで。

「真斗、何を――――!?」

 驚く黎の声へと、俺は息を整えながら視線を送る。

「……悪いな。ちょっとしくじった」
「え……?」
「最後の一つ、刻み損ねちまった」
「あなた――まさか」

 目を丸くして、黎は俺とアルティージェを交互に見返した。
 ずっと向こうでは、アルティージェが右手を左手で押さえながら、物凄い形相でこちらを睨んでいる。
 くそ……失敗だった。
 しかし由羅の左手を一瞥すれば、その刻印はかなり薄らいでしまっている。消えてはいないが、今までの輝きは失せている。
 それなりの成果ではあったが、完全な成功ではない。

「八十点、ってとこか……」

 満点を取れないあたりが、いかにも俺らしい。
 そしてその二十点分のツケは、とてつもなく大きいものになるだろう。

「真斗――あなた、アルティージェに刻印を……!?」

 黎の言う通りだった。
 俺が刻印移動の相手に選んだのは、誰でもない、アルティージェだったのだ。

「どうして――なんで」
「お前があれを背負うことで、それで満足されたら困ると思ってな」

 それは、俺の正直な気持ちだ。

「憎むにしたってこんな剣は使わず、贖罪するからってあんな刻印に頼るなって言ってるんだ。身一つで充分だろ」
「――真斗」
「それでちゃんと……由羅とけじめをつけろ。それができたら、俺はもう何も言わないからさ」

 言うべきことは、それだけだ。
 今俺は、やらねばならないことがある。

「だめ――真斗。もうここまでよ。これ以上は戦えない――殺されるわ……!」
「何言ってんだ。もう死んでるらしいのに」

 軽口を残して、俺はアルティージェへの歩み寄った。
 俺の接近に、あいつは右手に添えていた左手を離す。
 右手から雫となって落ちるのは、赤い血。

「やって……くれるじゃない……」

 低く、うめくような声が、アルティージェから洩れた。
 それを見て、ああやばいな、と漠然と思う。
 どうやらかなり――いや、とんでもなく、怒らせてしまったらしい。

「まさか、わたしを支配しようとするなんてね……? どんな思い上がり?」
「どっちがだよ。傲慢を顔に書いて歩いてるようなやつに、言われたかねえぞ」
「ふぅん……。まだ減らず口を叩く余裕、あるんだ」

 その目が細まる。
 殺気を帯びる。

 ――真斗!

 エクセリアの声ならぬ声が、警告を発してくる。
 分かってる。
 しかし受けて立つしかない。
 逃げることなどできないだろうこの上は。

「……本当はね。みんな生かしてあげるつもりだったの。由羅だって、元に戻ってもらうのは予定の内だったわ」

 何気無い動作で、アルティージェは片手を上げた。
 その瞬間、まるで見えない糸に手繰り寄せられるように、地面に転がっていた槍剣があいつの手へと戻り、収まる。

「けれど、もうどうでもいいわ……。とりあえずあなた、目障りよ」
「!!」

 手にした槍剣が、一気に熱を帯び始めた。
 同時に発生した暴風圧が、所構わずあらゆる場所を席捲していく。

「紋章の継承者だし、由羅のパートナーだし……まあ悪くないかと思っていたけれど、わたしを支配しようだなんて傲慢、許さないわ」
「ち……!」

 これから放たれるものが、まともな威力でないことくらい、俺にも分かる。
 しかし、対抗できる術など――

「だめ……真斗――!」

 黎の悲鳴が聞こえた。
 逃げてというが、逃げられはしない。
 と、俺の目前に小柄な人影が現れる。

「エクセリア……!?」

 思わず声を上げてその名を呼んだが、エクセリアは振り返りもしなかった。
 ただ俺を庇うように、アルティージェの前に立って。

「ふふ、あははははっ。闘ったこともないくせに、わたしを止めるつもり?」

 それは嘲笑。
 どこまでも馬鹿にした響き。

「――――目障りよ。死ね」

 高く、飛び上がる。
 光を背負ったまま、アルティージェの姿は上空へと一気に舞い上がる。
 そして、眼下へと振り下ろす。

「――――〝九天打ち崩す、降魔が牙(アリア・シャクティオン)〟!!!」

 それはまさに九天直下。
 あらゆるものを転落させる、非情な一撃。
 全てを薙ぎ払うその威力は、眼下に打ち落とされる。

「く――――!?」

 何も見えなかった。
 その凄まじいまでの威力は、落ちた場所での存在を、何一つ許そうとしないかに感じた。
 何者だって耐えられない。
 それを。
 エクセリアは耐えていた。

「…………!!!」

 相手の一撃は、まさに力ずくの存在否定。
 それに、全力で耐える。
 それは、いつまで続くのか。
 長くも、短くも――やがて結果がおとずれる。

 ズッ……!!!

 鼓膜が破れるような衝撃。
 為す術なく、俺達は吹き飛ばされていた。


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