第42話 エルオードVSブライゼン

第42話 エルオードVSブライゼン

 結界内の校内は、それこそ何の音もしなかった。
 風すら、消えている。
 雨さえも、届かないようだった。

「来たわね」

 涼しげな声が、響く。
 校内にあるベンチに腰掛けていた人影が動き、こちらへと振り返った。
 間違い無く、あの時俺とエクセリアの前に現れた少女だ。
 そして値踏みするように、こちらを眺めやる。

「三人、か。別に真斗だけで良かったのにね」
「そっちの都合なんざ知るか。由羅は?」
「そんなにあの子が大事?」

 アルティージェが小首を傾げる。

「お前こそ、何のつもりでこんなことをしてやがる」
「あなたこそ。あの子が大事なら、どうして黎を殺さなかったの? 由羅を、自由にしてあげなかったの?」
「そーいうのを、手前勝手な意見って言うんだよ」

 そう言ってやれば、アルティージェはくすりと笑ってみせた。

「そうかもね」

 いとも簡単に、認める。

「――それで? どうするつもりなのかしら」
「由羅を返してもらう。それだけだ」
「ふうん……。だったらあなたがこっちに来ればいいじゃない。由羅もそれを望んでいるし、ちょうどいいわ」
「馬鹿言え。あいつを掻っ攫っておいて、黎や茜にあんなことをして、よくそんなことを言えるな」
「死にはしなかったでしょ? ならいいじゃない」

 楽しげに、そう言い返してくる。
 ち……こいつは……!

「挑発に乗っては駄目よ」

 冷静に、黎が制する。
 そんな黎を、アルティージェは目を細めて見返した。

「昨日の今日にしては、元気そうね? エクセリアに治してもらったの?」
「ユラを返しなさい。アルティージェ」
「……不愉快。勝手に人の名前を呼ばないでくれる?」
「知らないわそんなこと。仕掛けてきたのはあなたよ」
「無礼者。相変わらず、身の程を知らないようね」

 ぞわりとした殺気が、滲み出す。

「いいわ……。返して欲しくば奪ってみるのね。――由羅」

 空に向かって、アルティージェは呼びかけた。
 それに応えるように、屋上から何かが飛び降りてくる。
 金色の髪が舞った。
 由羅は危なげなく着地し、アルティージェの横へと並ぶ。

「エクセリアまでいるんだもの。一人ではきついものね?」

 少しもそうは思っていない口調で言う。
 そして、由羅を前へと促した。

「由羅……!」

 間違いなく、由羅だった。
 しかしその表情に、いつもの感情は全く浮かんではいない。
 ただ冷たく、こちらを見返している。

「ほら。由羅ならここにいるわ。好きにしてはどう?」

 ……できるわけがない。
 由羅の様子から察するに、黎が言っていたように、アルティージェに支配されてしまっているのだろう。
 このままでは、意味が無い。
 何としても、刻印を。

「……真斗」

 小声で、黎がささやいてくる。

「わたしがあの子の相手をするわ。刻印をさらけ出して、チャンスを作ってみせる。――その間、あなたはアルティージェを」

 役割は決まっている。

「……ああ」

 俺の返事を聞いて、黎は手にしていたものを差し出してきた。
 氷の剣――アルレシアルとかいったか。

「あなたの銃よりは、役に立つわ。一応、悪魔の造りし魔剣には違いないから」
「けど、お前」
「……いいの。わたしはあの子を殺さない。ならば、こんなものはもういらないでしょう?」

 そう……だけど。

「信じて」

 もう、頷くしかない。

「……わかった。こっちは任せろ」

 黎が微笑む。
 その表情は、これまで由羅を相手にしてきた時とは明らかに違う。
 信じられた。

「――どうしたの? こそこそして」

 焦れたように、アルティージェが唇を尖らす。
 それを見返しながら、俺は背後へと言った。

「――エクセリア。これからしばらくの間だけでいい。俺だけを見ていてくれ。他の、全てを無視してでも、俺だけを」

 エクセリアの認識力を一身に受ける。
 そんなことをして、どこまで俺がもつかは分からない。
 肉体そのものは強化されて、問題無い。しかし、精神は別だ。あいつの存在力を受け入れるだけの許容量が、俺にはあるかどうか。
 ……これは、かなり危険なドーピングだ。
 それでも……やるしかない。
 無言で、エクセリアは頷く。
 それをきっかけにして、心臓の鼓動が高まっていく。

「もう……。来ないのなら、こっちから行ってあげて。由羅」

 その言葉が、開始。
 由羅が地を蹴る。
 黎が動く。
 そして俺も、アルティージェへと向かった。

 由羅をすり抜け、目指すは一人。
 かわされたことに由羅がこちらに注意を向けたが、それを黎が遮る。
 これで、後顧に憂いはない。
 まずはこいつを――黙らす!
 アルティージェは動かず、こちらを見つめている。
 どこまでも、余裕のある態度。
 構わず、俺は剣を振り下ろした。

 ガギィィイイイ――――!!

 耳をつんざ劈くような空気の悲鳴。

「ち……!」

 案の序、刃はアルティージェに届いてはいない。
 その目前で、何も無い空間に遮られてしまっている。
 強力な、防壁。
 こちらを見るアルティージェの瞳が、その程度? と笑っているように見えた。
 ――力を込める。
 借り物の力を、一気に叩き込む。

「くそったれ!」
「!」

 アルティージェが後方へと跳んだ。
 同時に、ガラスが砕けるような音と共に、障壁が弾け飛ぶ。

「ふうん? さすがね。ずいぶんエクセリアも素直になったこと」

 皮肉げにそう言い、その手にいつか見た槍剣を現す。

「降魔九天の剣(シャクティオン)……。お父様がお創りになったものの中で、一番のお気に入り。たまには血を吸わせてあげないとね?」

 その物々しい剣は、それだけで殺気を帯びている。
 しかし恐れはしない。
 こっちの一振りも、悪魔の怨念たっぷりの、いわくつきの一振りだ。
 負けてなどいない。
 迷わず、打ち据えた。

     /other

 交差する閃光。
 二つを一つで弾き、一つを二つが弾く。
 どちらの一撃も、並の相手ならば必殺と成り得る一撃。
 しかしそれらは届かず、また届かせない。
 繰り返される、斬撃。
 短いが、幾数もの弾丸となって繰り出される短剣の切っ先は、しかし一閃にて切り返される。
 最小限度の動きで、捌ききる。
 門番の男――ブライゼンは、エルオードの繰り出す全てを、見切っていた。
 何度やっても同じ。
 一払いで、防がれる。
 攻撃の間歇。
 そのリズムの瞬間が、攻防の逆転となる。
 防ぐ時と同じ、放つは一撃のみ。
 重々しい一撃が、繰り出される。
 胴を断ち切る威力。
 一手では防ぎきれはしない。
 数手を持って、弾き返す。
 一時距離が開く。
 ブライゼンは無闇に攻めてはこない。
 力を溜め、万全の体制に至ってから、一撃を放ってくる。
 両者の勝負は一見互角に見えたが、違う。
 確実に見切っているブライゼンの方が、一歩上をいっている。
 繰り返す。
 捌き、弾き返す。

「――――」

 何度目かに至り、ブライゼンは一旦、自分の攻撃の機会を放棄した。
 代わりに尋ねる。

「やめぬのか」
「――通させていただくまでは」
「できぬ」
「忠実な下僕というわけですか」

 エルオードの言葉に、剣先を上げた。

「そのつもりはない。私の主はすでに世を去っている。この身に主はいはしない」

 それは、意外な言葉とは映らなかったようだった。

「ならばなぜ、彼女の元にいるのです? 一度、死した身でありながら」
「…………」

 エルオードの指摘は正しい。
 ブライゼンは一度、死んでいる。
 かつて死神と闘い、そして命を失った。
 それは間違い無い。

「自我をもって人形となるには、まず何よりも本人の同意が不可欠なはず。僕のようにね。あなたも同じ人形。こうして自我を保っているように見受ける以上、その意思をもってあの方にお仕えしているのでは?」

 それも、正しい。
 ただし一部を除いて。

「私はもはや人形の身。意思でもって傍にあることも、否定はしない。だがその経緯は違う」
「ほう」
「望んでこの身になったというわけではない。故に主とは仰がず、その命にも絶対服従はせぬ」

 彼の身体は人形である。
 死ぬ間際にアルティージェによって造り変えられ、今に至っている。
 しかし、ただ人形とされただけならば、自我はついてはこずに、消えていたことだろう。
 だが、そうはならなかった。
 なぜか。
 思い出してみれば、簡単なことだ。
 不用意ではあったとはいえ、彼は自分の名を彼女にあげてしまっていた。
 名による支配。
 それが原因。
 しかしそれはきっけかに過ぎなかったが。

「……なるほど。縛られているようですね。しかし命には服せぬ、と。ではなぜこうして門番となり、僕を阻むのですか? まるで彼女の言いなりになっているようにしか、見えませんが」

 揶揄するように言われても、ブライゼンは動じない。

「恩はある。機会があるのならば、それらを使って返す」
「というと?」
「私は、私の判断でここにいる。あなたを、アルティージェに近づけさせるつもりはない」
「おや。妬まれてでもいるんですかね」

 おどけたようにエルオードは言ったが、そんな軽口を、ブライゼンは少しも気にする風は無かった。

「……しかしなぜでしょうか。あなたは確かにそうなのかもしれませんが、僕はれっきとした、彼女の下僕です。彼女を捜して幾星霜……。こんなに忠節をつくしているつもりなのに、それを門前払いとは。少々哀しくなりますね」
「無論、あなたのことは知っている。噂も耳にしているし、アルティージェ本人からも、少しは話が出たこともある。なるほど、あなたは忠節な者のようだ」
「ではなぜ?」
「――だからこそ、と言ったら」

 その言葉に、エルオードは黙り込んだ。

「……なるほど。アルティージェが気に入るわけですね」

 剣を構え直す、エルオード。

「何にせよ、あなたは厄介そうだ。ここで仕留められるのならば、そうしたいところです」
「……好きにするがいい」

 ブライゼンもまた、剣を構える。
 空気が変わる。
 どちらも生を持たぬ人形。
 しかしそのどちらからも放たれる闘気は、生者のそれを遥かに凌駕している。

「――では」

 エルオードが、飛び退く。
 距離が大きく開く。
 ブライゼンは動かず、剣を持った腕を真っ直ぐに伸ばしたまま、遠くのエルオードを見据える。
 どうくるか。
 エルオードの剣技は大したものだが、それでもブライゼンには及ばない。
 そんなことは、彼にも分かっている。
 故に手数で勝負してくる。
 圧倒的物量は、時に精鋭を凌駕する。
 相手が化物でもない限り、それは今も昔も変わらない。
 彼はそうする。
 間違いなく。
 そして全てを受けきれば、結果は自ずと出る。
 これは、そういう勝負だ。

「――〝第八章・第十四節・八百十三頁〟!」

 ゴォ!

 咒法の展開。

「――――」

 暴風。
 まず放たれたは真正面からの空気の流れ。
 身動きとれぬだけの風量を前に、ブライゼンは微動だにせず敵の姿を追う。
 向かい風。
 しかしエルオードにとっては追い風。
 一気に駆け抜けてくる。

「――〝第三章・第一節・三百頁〟!」

 次は業炎。
 暴風にあおられた炎は、ありえない威力となってブライゼンを包み込む。
 囲い込まれ、逃げ場を失う。
 だが元より逃げるつもりなど、毛頭無い。

「――ぬん!」

 振り払う。
 暴風に勝る剣圧によってなぎ払い、炎など寄せ付けさせず。
 その間に、エルオードは跳躍していた。
 高く。

「〝第二章・第四節・二三五頁・九行〟!」

 上空から舞い降りる、氷の刃。
 それは降りしきる雨にも劣らぬ数となって、ブライゼンを襲う。
 一度受ければ容易に身体を貫通する威力。
 その一つたりとも受けるわけにはいかない。

「はあああああっ!」

 降り注ぐ全てに対し、剣を振るう。
 受け、切り裂き、砕け散らす。
 氷の刃は地面に達する。
 しかしかすりはするものの、ブライゼンには届かず。
 舞のように剣を振るい、その全てを受け切る。
 それを、ただの剣技のみにてやってのけてみせた。
 しかし、終わってはいない。
 四手目。
 エルオード自身の刃が、振り下ろされる。

「〝廃章・序節・■■頁・■行〟――!」

 本命。
 いかにブライゼンの剣が優れていようと、それらは事前に力をため、一気に放出し、再びためる必要がある。
 三手で、その余力を可能な限り削り取った。
 後は力勝負。

「――〝ゼゼ・ゼザン・ザウザ・ザン失われし、太古が雷〟――――!!!」

 両刀の短剣が、まっさかさまになってブライゼンへと延びる。

 ジィッ――――!!

 電撃を帯びた双剣と、ブライゼンとの剣はぶつかり合い、耳障りな音を撒き散らす。
 周囲に燻ぶっていた炎は勢いを取り戻し、短剣へと集約して勢いを増す。

「ぬぅううううううううん――――!!!」

 ブライゼンが一歩下がる。
 押される。
 しかしその一歩だけ。
 後はもはや許されぬ。
 エルオードは一つの短剣をずらした。
 一気に押し返されてくる。
 しかし片手に余裕ができる。
 その一瞬。

 カッ……!

 互いの力がぶつかり合い、そして。
 ――何事もなかったかのような、静寂に戻る。
 その場には、仁王立ちのまま動かぬブライゼンと、彼よりも門に近い場所にて膝を降り、しゃがみ込んでいるエルオード。
 どれほどしてか、ブライゼンは向き直り、そしてエルオードは振り返った。

「……いやはや。これは参りました」
「大したものだ」

 どちらも二の足で立っている。
 しかし、それが精一杯とも言えた。
 ブライゼンの持つ剣は、途中から砕け、無くなっていた。
 そしてその胸には短剣が突き刺さり、その周囲を焦がしている。
 一方のエルオードは、片手に残っていた短剣は黒くすすけ、両腕は真っ黒に焦げてしまっていた。その腹からは、赤い血が滲み出している。
 どちらもが一撃を受けていた。
 エルオードが言う。

「あなたは剣だけでなく、咒にも長けているはず。それを剣のみでここまでするとは、本当に驚きました。侮ったつもりはありませんが、最後の一撃には自信があったんですけれどね」

 肩をすくめて、使い物にならなくなった剣を放り捨てる。

「……いや。この身がアルティージェの造ったものでなければ、この一撃で決まっていただろう」

 人形を造ったものの力量の差が、どうしても出てしまう。
 ブライゼンは直撃を受け、なおあの程度で済んでいるにもかかわらず、放ったエルオードの方が、咒の威力に耐え切れず、両腕を損傷してしまっていた。
 もはや、この腕は使い物にはならぬだろう。

「これはジュリィにお願いして、新しいものに新調してもらわないといけませんね」
「――まだ、先に進むか」

 ブライゼンが、静かに尋ねる。
 エルオードは首を横に振った。

「こんな姿、彼女にはちょっと見せられませんからねえ……。何を言われるか、わかったものじゃありませんから」

 あっさりと、撤退を決める。

「しかしまあ、あなたの実力を知る、いい機会にはなりました。充分に参考にして、次回は遅れを取らぬよう、臨ませていただきますよ」

 そうとだけ告げて。
 彼は門から離れる。

「エルオード・ディエフか」

 去る彼の姿を見送りながら、ブライゼンは小さくつぶやいた。

「なるほど。アルティージェとはいえ、一筋縄ではいかぬ相手か」


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