第41話 門番

「お。終わったか」

 戻ると、何やら待ってましたとばかりに、所長がこっちを見た。
 消えてしまっているかと思ったが、エクセリアもしっかり座って待っている。

「ああ」
「そうか。いや実は相談なんだけどな。このお嬢さんも新たに所員に加えてはどうかと思ってなあ」
「はあ?」

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 何を言い出すかと思ったら、何やらとんでもないことを口にする所長。

「いや少し話してみたんだが、まだ小さいのにしっかりしてるし、昨夜の一件を見ても、咒法には精通しているみたいだし。何より可愛いしな」

 満面笑顔でそんなことを言う。

「…………」
「お? 何だその冷たい視線は?」

 心外だとばかりに、所長は眉をひそめてみせた。……そんな仕草すら、芝居のように思えてならない。

「可愛い、じゃねーだろうが。そんな理由で――」
「なに? お前、こんな可憐な子をつかまえて可愛くないと言うのか。何という観察眼だ。上司として哀しいぞ。というか失礼だろう、本人に」
「そーゆう問題じゃないだろう!」

 思わず反論したが、効果は無いようだった。

「……っていうか、エクセリア。お前も何か言ったらどうだ? 黙ってると、この危ないオヤジに連れてかれちまうぜ?」
「失敬な」
「……私は、特に問題無いと思うが」

 本当に分かっているのかいないのか、エクセリアはそんな風に答える。……ちょっと待て。

「問題だらけだろーが」
「なぜだ? 私はそなたの傍にいる。そなたはよくここにいる。ならば私がここにいる必然性を用意した方が、何かと支障が少なくなるのではないか?」
「いやそーだけど、いや違う――駄目だ駄目だ」

 確かに都合はいいかもしれないが、とはいえその程度のことだ。決して推進するべきことではないと思う。……多分。

「とにかく無しだ。この話は終わりっ」
「そうか? そいつは残念だ。東堂あたりも喜ぶかと思ったんだが」

 ……言われてみれば、好きそうかもしれない。東堂さん。
 俺は頭をぶんぶん振るう。

「そんなことより!」

 俺は強引に話題を変えた。

「今から茜のとこに行ってこようかって思ってるんだけど、どこ行けばいいか、所長わかるか?」
「うーん」

 なぜか考え込む所長。

「たぶん、茜君は彼女の知り合いの所にいるんだろう。あいにくだが、場所はわからない。おれも楓君から聞いて知っているだけだしな」
「……そうか」

 どうやらまともに病院とかには行っていないらしい。
 そうなると、簡単には行けないかもしれない。

「ちょっと聞いてみるか」

 所長は携帯を取り出し、電話をかけてみたが、聞こえてくるのはコール音ばかりで繋がらなかった。
 所長は諦めて、携帯を切る。

「ま、いったんお前は帰って大人しくしてろ。おれがまた連絡して聞いてみるから」
「頼む」

 頷いて、事務所を出ようとしたところを、呼び止められた。
 さっきの話を蒸し返すんじゃないだろうなと思ったが、そうではなかった。

「――アルティージェのことだがな」
「ああ」
「あれは、悪魔が魔王に望んだものの、最終的な結果のような奴だ。当時の悪魔が魔王に望んだものは、絶対的な強さ。それは為されたかに見えたが、本人は自分では駄目だと思ったらしい。だから、娘に託した」
「はあ」

 まるで見知ってるかのように、所長はそんなことを言う。

「だからあの娘は強いぞ。シュレストと、そして悪魔の最高傑作の一つであることは、間違いないからな」
「所長……何でそんなこと知ってるんだ?」

 怪訝に、俺は聞いた。

「そんなもん、おれはお前より人生の先達なんだ。知識の貯蔵はお前とは違うさ」

 偉そうにそう言うが、せいぜい十歳程度の年の差で何を言ってるんだか。

「とにかく、だ。あいつは自身が強いと同時に、他者にも同じものを求めている。どんな形であれ、強さをな。だからあいつと戦うんだったら、その強さを示すことだ。そして認めさせろ。そうすれば、あいつも興味を抱くようになる。運が良ければ、その後の交渉だってやりやすくなるだろ」

 だから、と。
 所長は最後に付け加えた。

「負けるなよ」

 と。


 負けるなよ、か。
 事務所を出てから、俺はそんな所長の言葉を思い出していた。
 実際、自分自身のためにも、そうしたいところだ。

「真斗」

 雨の中、後ろから声がかかる。
 案の定、ちゃっかりとエクセリアがついてきていた。

「ついていっても、いいだろうか」

 俺は無言で頷く。
 エクセリアがいなければ、俺は何もできない。
 できるだけ、傍にいてくれた方がありがたい。

「黎のことだけどさ」

 振り向かずに、聞いてみる。

「どんな……やつだったんだ? その、むかしのことだけど」
「私たちが一緒に暮らしていた頃のことを、聞いているのか?」
「そう……だな」

 今に至っても、俺は黎のことをよく知らない。
 知り合ってから今までに見せたあいつの顔は、どこまでが全てであったのか、俺には分からない。

「……なくてはならない存在であったと……そう思う。当然のように、傍にあった。彼女が乱れた時より、私は孤独になった……」
「いいやつ、だったんだな」
「わからない。それでも我々にとっては、そうだった」
「そうか」

 歩きながら、もう一つだけ聞いてみる。

「今でも……変わってないか?」

 その問いに。

「変わっていない」

 そう答えるエクセリアの言葉が。
 なぜだか嬉しかった。

     /黎

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 その問いが何に対してなのか、自分自身でもよく分からない。
 ただしはっきりしているのは、ユラに関わることだいうことだけ。
 あの子を憎く想い、これまでを経てきたことに対してか。
 それとも、そう想い続けながらも、今あの子を取り戻そうとしていることに対してか。
 結局、わたしはユラという存在に生かされ続けてきたことは間違いない。――そしてきっと、死ぬということに関しても、あの子無くしてはありえないのだろう。
 あの子との決着はつけた。
 望むような結果になどなりはせず、なるはずもなかったけれど、想いの全てはぶつけたつもりだった。
 満足はなくとも、後悔は無い。
 ならば、これからすべきことは。
 ――ユラを、取り戻す。
 何のために?
 自分のため?
 あの子のため?
 それとも、その他の誰かのためだろうか。
 ――例えば、真斗とか。
 真斗。
 ずいぶん迷惑をかけたと思う。
 直接の助けとなることはなかったけれど、なぜか傍にあって、安心できた。
 同じ傍にあっても、エルオードとは何か違うと思った。
 それが何かは分からない。
 何でもいい。
 とにかく、お礼と呼べるだけのものを、最後に残したいとは思っている。
 それが、あの子でいいではないか。
 ユラで。

「…………」

 そう思ってから、自分を確認する。
 妬みは湧いてはきていない。
 もともと自分はあの子のことが好きだった。
 あの時はどうしてあんなにも、ユラのことを羨ましく思ってしまったのだろう。
 今は、どうして思わないのだろう。
 自分は兄を愛していたから。
 真斗のことなど、何とも思っていないから。
 違う、と思う。
 そんなのじゃない。
 確かに一度、わたしはここで嫉妬したはずなのだ。
 真斗が由羅を庇おうとしたその時に。
 今はそれが無い。
 きっと、何か理由ができて。
 その理由とは、何なのだろう……。

「ねえ。あなたにはわかる……?」
「おや。気づかれていましたか」

 静かにドアが開き、エルオードが姿を現す。

「――何のことかはわかりませんが、お悩み事ならば、相談に乗りますよ?」
「いえ……いいの」

 苦笑して、想いをしまい込む。
 そして振り返った。

「あなたが来てくれたということは、話は通ったのね?」
「はい。ご案内できます」
「そう……」

 やはり、向こうも応じた。
 アルティージェならば、こっそりと盗み出して終わるようなことはしないだろう。
 正々堂々――というのも変だが、彼女ならばはっきりとした舞台で、明らかな結果と共に手に入れようとするはずだ。
 そしてそれは、わたしたちへというより、エクセリア様に対して。

「ありがとう。時間は?」
「深夜に、と。場所には、大規模な結界が展開されつつあります。それが熟成されるのに、まだ数時間はかかりますので」

 どうやら昨日のような騒ぎになることは、向こうも望んでいないらしい。
 完全に無人のフィールドで、出し惜しみ無しで、ということか。

「それにしても、親切なことね」
「この町には例の方々がいますからね。それも比較的近くに。さすがに介入はされたくないのでしょう」

 それはそうかもしれない。
 それこそ、昨日の今日だけに。

「なら、それまで少し眠るわ……」
「わかりました。また、その時に」

 一礼して、エルオードは消える。
 わたしはまどろみながら、また、物想いへと戻った………。

     /真斗

 ――夜。
 結局、茜の居場所を知ることはできず、この時がきてしまった。

「真斗」

 仮眠をとっていた俺を、エクセリアが起こす。

「外に」

 その一言だけで、何を意味するか分かった。
 すでに準備はできている。
 必要最低限のものを持って、外へと出た。

 外は未だ雨が降り続いている。
 マンションの外へと出れば、二人の人影が俺を待っていた。
 黎と、上田さんだ。

「遅くなりました」

 相変わらずの笑顔で、上田さんがそう声をかけてくる。

「何しろこちらも都合がありまして……」
「案内、してもらえるんだろう?」
「それはもう、間違いなく」

 答える上田さんと、そして黎を見れば、彼女も小さく頷いた。
 どうやらうまくいったらしい。
 もっとも上田さんがどこまで信用できて、どこから敵になるのか分かったものじゃない。気は抜けなかった。

「そんなに警戒しないで下さい。僕は今もちゃんと、ジュリィの味方ですよ」
「だったらいいけどな」
「行きましょう、真斗。そんなに遠くはないわ」
「ご案内します」

 先頭に立って、上田さんが促す。
 ちらりと後ろを見れば、エクセリアの姿も確かにある。

「ああ」

 あいつの姿を確認して、俺は上田さんの後へと続いた。

 俺などでは、由羅にさえ及ばない。
 そんな俺がアルティージェなんかに対して、どれほど役に立つというのか。
 けれど今は、エクセリアがいる。
 由羅にやられて生き返ってからの俺は、明らかにそれまでと違っていた。
 力そのものが、違う。
 全て、エクセリアの存在の影響だ。
 そして今、そのエクセリアが更に協力してくれると言う。
 果たしてそれを、どこまで活かすことができるかは分からない。
 それでもそれを、一縷の望みとしてやるしかない。
 そして刻印のこともある。
 それは俺がやるしかなく、俺しかできないことだ。

「緊張しないで」

 横から黎が、気遣うように声をかけた。

「あ、ああ。……俺、そんな風に見えたか?」
「肩に力が入っていたわ。もっと、リラックスして。でないととても最後までもたないわ」

 どうやら知らず、力が入ってしまっていたらしい。

「そうだよな」

 深呼吸して、落ち着かせる。

「……ところで、どこまで行くんだ?」

 行き先は、まだ知らない。
 尋ねると、答えはすぐに返ってきた。
 上田さんが足を止める。

「――ここです」
「ここって……」

 そこは、馴染みのある場所だ。
 俺の通う大学。
 しかし何か変だった。

「………?」

 気配が無い。――いや、死んでいる。

「結界があるの」

 俺の疑問に気づいて、黎が教えてくれた。

「結界?」
「そう。人避けのね」

 人避けって……とてもそういうレベルのものではない。
 俺ですら、分かる。

「……ほとんどシェルターじゃねえか」
「似たようなものね」

 黎は否定しなかった。

「内部の熱は洩らさず、外部の干渉も受け付けない……。派手に何かをするのならば、お互いに都合がいいわ」

 ……なるほど。
 どうやらあちらさんも、やる気満々らしい。

「入口は、一箇所だけです」

 上田さんそう言って、校門の方へと向かった。

「出入りできるよう定められているのは、あそこだけですね。ただし」

 校門には、人影がある。

「あいつ……?」

 立っていたのは、長身の男だ。
 剣を片手に、校門の前で仁王立ちしている。

「門番もしっかりいるようです。招かざれる者は、侵入を許されない」
「来たか」

 低い声で、その男はこちらを見やった。
 ……知っている顔。
 あの時、由羅を助けて消えた、あの男だ。

「中に、二人はいる。行くがいい」
「……通してくれるのか?」

 この男も、アルティージェについてる奴なんだろう。ならば、敵のはず。

「目的は私ではなく、千年ドラゴンであろう。私には関係無く、手も出さん。行くがいい」

 どうやらあくまで門番、というわけらしい。
 油断はできないが、行けと言うなら行くだけだ。
 俺と黎は頷き合い、門をくぐる。
 ――そこで。

「あなたには遠慮してもらおう。――ディエフ殿」
「おや」

 俺と黎、そしてエクセリアには何も言わなかった。
 しかし上田さんに対してだけ、男は待ったをかけた。

「それはまたなぜでしょうか」
「アルティージェが、あなたを通すことを許してはいない」
「それはまた……」

 困ったとばかりに苦笑する、上田さん。

「引け。引かぬのならば、相手にすることになる」
「おい……?」
「真斗」

 思わず声を出そうとしたところを、黎に止められた。

「行きましょう。これはきっと、彼自身の問題よ」
「……けどいいのか?」
「――そうして下さい」

 促したのは、上田さんだった。

「どうやらまだ、僕への意地悪は続いているようでして。それでもせっかくここまで来たんです。一目なりともお会いせぬうちは、引くに引けませんよ。しかしそれはジュリィの言うように、僕自身の問題ですから。先に、行っていて下さい」

 事情は分からないが、今は頷くしかなかった。
 ここで揉めていても、先には進めない。

「行こう」
「ええ」

 俺の言葉に黎は頷き、エクセリアもまた続く。

「というわけなので、力ずくでも通らせていただきますよ」
「私が遮ることになるだけだ」
「ドゥーク・ロー・ブライゼン、でしたか」
「いかにも」

 答える声に淀みは無い。

「あなたの剣技は聞き及んでいます。かつて異端裁定の折には、あの死神に対してその片腕を奪ったとか」
「…………」
「ちょうどいい。その剣腕、見せていただきましょう」

 その手には、二振りの短剣。

「あの方の傍に、どちらが相応しいか――」

 二人のそんな会話を最後に、俺達は先へと進んだ。


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