第39話 及ばないとしても

第39話 及ばないとしても

     /真斗

「目が覚めたのか」

 枕元で、声がする。
 落ち着いた声は茜に似ていたが、もっと静かな声。

「――時間は!?」

 ベッドから身を起こすなり、俺は時計を捜した。
 いったいどれほど眠ってしまったのかと思い、慌てる。

「昼を過ぎたところだ」

 俺が時計を見やると同時に、答えがあった。
 時計の針は、一時を過ぎたところだ。
 どうやらずいぶん眠ってしまっていたらしい。

「……っと」

 飛び起きようとして、ハッとなる。
 一体誰だと思って見返せば、さも当然のように、エクセリアの姿があった。

「お前……?」

 昨夜のことを思い出す。
 事務所へ向かおうとして、エクセリアに出会い、その間に事務所で異変があった。
 駆けつけてみれば黎は重傷を負っており、由羅の姿も無かった。
 騒ぎになるということで、一旦場所を変え、黎の手当てをして。
 これには所長とエクセリアのおかげで、黎は一命を取り留めることができた。
 黎の身体はとても脆いらしく、少しの傷が命を脅かしてしまう。だが反対に傷などの修繕に関しては、普通の人よりも簡単に行えるのだという。
 問題は黎を生かすためのエネルギー――つまり生気が必要だということだった。
 それを失えば、いかに傷が治っても死んでしまう。あの時どうしても必要だった生気を、俺と所長、そして騒ぎを聞いてかけつけてきた東堂さんから少しずつ提供し、持ち直すことができたのである。
 複雑な状況ではあったが、東堂さんには所長がうまく説明してくれたらしい。
 俺はというと、黎にエクセリアを介して生気を提供したところで、意識を失ってしまったのである。
 そこまでの量を提供したわけではないというのに、どうしてだか俺だけが耐えられなかった。
 それからのことは何も覚えてはいないが、今のこの状況を見るに、所長かエクセリアかが俺をここまで連れてきてくれたのだろう。
 そして、今まで眠ってしまっていたというわけか。

「……そなたは未だ肉体に依存している。体力を失えば、精神もそれにつられて眠りに落ちるのは道理。気づいていないのかもしれないが、そなたは疲れすぎている」
「疲れてるって、そりゃあ少しはそうかもしれねえけど」
「自覚が無いようだから言っておこう。そなたは一昨日からずっと、黎に生気を提供し続けていたのだ。黎は他者から生気を摂取する以外に、得ることができない。そのため大勢の人の中に赴き、微量ながらも不特定多数の人間から生気を集めていた。それが、一昨日」

 一昨日って……ああ、そうか。
 俺は黎と一緒に京都を回った。
 あれにはそういう目的があったのだ。

「黎が行っていた方法では、対象を限定できない。そのため、ずっと傍にあったそなたは、その影響を受け続け、知らずのうちに生気を提供していたのだ」
「……なるほどな」

 思い出せば、違和感はあった。
 鳥居の中の階段を上っていた時、どうしてあんなにも疲れるのだろうと思っていたのだが、原因はそれだったというわけか。

「だから、眠りは必要だった。そなたの場合、黎とは違って、眠ることでも体力を回復させることが……」

 言いかけていたエクセリアが、言葉を止めた。
 そしてこちらをまじまじと見返す。
 どうやら俺が、少し驚いたような顔をしているのに気づいたらしい。

「どうか、したのか?」
「いや……何か気を遣ってもらってるような気がしてさ」

 昨日ぶったおれてしまった俺が、自分を情けないと思っていることを、まるで見越したかのような発言に聞こえた。
 まるで、慰めてでももらっているような……。

「ただ事実を告げただけだ。他意はない」
「そっか」

 まあいい。

「それで黎は無事なんだろうな?」
「回復していると思う。今回ばかりは私も力を使った。私の認識力ならば、人一人の生気を〝捏造〟することなど、そう難しいことではない。あまり、そういうことはしたくはないが」

 よく分からんけど、とにかく黎は大丈夫らしい。
 一時はどうなるかと思ったから、少し安心する。

「じゃあ……由羅はどうしたんだ?」

 それを聞こうとしたところで。
 携帯の音が鳴った。
 着信を見れば、所長からだ。
 出ないわけにはいかない。

「もしもし」
『真斗か。さすがにもう起きてたな』
「ほんの今だよ」
『ならちょうどいい。事務所の方も何とか落ち着かせたから、来れるようだったら来い。こっそり裏口からな』

 落ち着いたって……ああ、そうか。
 確か盛大にぶっ壊されて……。

『ちょっと厄介なことになっててな。黎君どころか、茜君のことでもお前に言っておかないとならんことがある』
「茜って――おい所長!? あいつも何か……!?」

 昨夜は動揺していて思いもしなかったが、あれだけの騒ぎになったにも関わらず、茜は姿を現さなかった。
 何かあったのだ……!

『いいから来い。話はそれからだ』
「……わかった」

 頷き、電話を切る。

「今から所長のとこに行く。お前も来て欲しい」

 その言葉に、エクセリアは小さく頷いた。


「……よく戻ってこれたよな」

 言われた通りに裏口から何とか事務所に入った俺は、所長に向かって少し呆れたように言った。
 昨日あれだけの爆発があったのだ。当然のごとく、警察沙汰になったのは間違いない。
 しかし昨日の今日で、壊れた場所には立ち入り禁止の黄色いテープが張られていたが、もう警察の姿などはどこには見えない。
 普通、もう少しは現場検証やら何やらで警察がいて、いくら住人とはいえ簡単に帰ってこれないもののはずなのだが。

「元々今回のことは、府警から内密に回してきたことに関わることだからな。おれはあっちには多少顔がきくし、原因はわかってるってことで、早々に帰ってもらったんだよ。もっとも、少しは上の連中の圧力にも頼りはしたがな」
「揉み消す……ってやつか。けどマスコミとかは、そう簡単に黙ったりはしないだろ?」
「ガス爆発、ってことになってる。事故だな。それに、もっとでかい事件が起こったせいで、みんなそっちに行ってるよ。警察もマスコミも、忙しいってわけだ」
「でかい事件……?」

 俺は首を傾げる。

「何だ。お前は当事者だろうが。少なくとも一昨日のことに関しては」
「山が吹っ飛んだ奴か?」
「それもある」

 それもって……。

「――茜のことと、関係あるのか」
「まあ、そうだ」

 歯切れ悪く、所長は頷いた。

「とりあえず座れ。そっちのお嬢さんも」

 所長に声をかけられ、エクセリアは俺を見る。

「いいから座っとけって」

 促すと、エクセリアは俺のすぐ近くへと、腰を落ち着けた。
 所長にエクセリアのことは詳しく話してはいない。そんな暇は無かった。しかし昨夜の時点で顔は合わせている。
 詳しい説明は、茜のことを聞いてからだ。
 所長も気にする風も無く、話し始めた。

「ニュースでもやっているがな。市内の比較的大きなビルの上層部分が、見事に吹き飛んだ。相当大きな爆発があったらしい」
「ビル?」
「ああ。どうやら誰かがそこでどんぱちやらかしたらしい。派手にな。一昨日のに続いてこれだ。今市内は大騒ぎだよ」

 それは……そうだろう。
 山やらビルやらが吹っ飛ぶなんてこと、今の日本ではまず在り得ない。

「で、だ。こいつに茜君が巻き込まれたらしい」
「な」
「あの後茜君と連絡が取れなくてな。と思ったらあのビルの爆発だ。さすがにこれはと思って楓君――茜君のお姉さんに、連絡をとってみたんだ。小一時間ほどしてから連絡があって、怪我しているのを見つけて知り合いの所で保護しているとのことだった。あのビルのすぐ近くで倒れているのを見つけたらしい。怪我の程度はよくはないらしいが、それでも命は大丈夫だそうだ」

 それは……どういうことなのか。
 考える。考えるが、答えは一つしか浮かんでこない。

「茜が誰かにやられた……ってことか」

 じゃあ誰に。
 誰にやられたというのか……。

「状況からすれば、まあ限られてくるとは思うが」

 所長は明言はしない。
 しないが、誰かなどはっきりしている。

「由羅がやったって言うのか」

 由羅は消え、あいつに刺さっていた剣は、黎へと突き刺されていた。
 関連して考えるならば、黎も茜も、由羅にやられたと考えるのが、自然なのだ。
 歯噛みする。
 黎と由羅のことは、半ば仕方無いとさえ思っていた。
 しかし茜にまで手を出すとは……!

「違う」
「違うわ」

 俯いていた俺に、同時に二つの声が届いた。
 一つはエクセリア。
 もう一つは――黎。

「お前――動いて大丈夫なのか?」
「……おかげさまでね」

 足取りはまだおぼつかないようではあったが、顔に生気は感じられた。
 もしかすると、昨日の状態よりもいいくらいだ。エクセリアのおかげなのだろう。

「それよりも。昨日のことは、ユラの仕業ではないわ」
「……あの者は封印されていた。相手を考えるのならば、その封印を解いた者こそと考えるべきだろう」

 黎とエクセリアは、そう言う。

「けど、いったい誰が解いたって言うんだ……?」

 あれは、簡単にできる代物ではないはずだ。

「アルティージェ」
「……やはり、そうか」

 黎の挙げた名に、エクセリアは目を伏せた。
 アルティージェ。
 その名前は知っていた。

「ん? 誰だそれは」

 所長が首を傾げる。

「俺もよく知らねえよ。何ていうか……」

 とりあえず、物騒な奴だったと思う。
 見た目は少女だったが、まともじゃない。

「彼女はね」

 答えたのは黎。

「シュレストを継いだ、ディーネスカの二世。魔王なのよ」
「魔王って……あいつが?」

 いきなりのことに、俺は顔をしかめた。

「いつか説明したわよね。今に至るまで、悪魔と契約せし魔王は四人。その二人目がシュレスト・ディーネスカ。アルティージェはその末子よ。そして、唯一その王位を継いだ者でもある」
「王位を継いだって……。だから魔王だっていうのか?」
「ええ。継承咒というものがあるわ。これは、魔王が己の全てを他者に伝える手段。わたしの兄が千年禁咒として用いたものと、本質は同じ。そういう意味では、ユラもお兄様の跡を継いだことになるわ」

「ほう。黎君もあのお嬢さんも、実はとんでもない存在だったというわけだな」

 感心したように、所長が洩らす。
 ていうかあっさり納得してるけど、ちゃんと分かってるのだろうか所長は。

「でもアルティージェの時は、完璧だった。完全に継承が行われた。だから彼女は千年ドラゴンでもあり、魔王でもあるの。今となっては唯一の、ね」
「……そんな奴が、どうしてこんなとこにいるんだよ? ……というか、お前はそいつにやられたのか」

 黎は、頷く。

「わたしはきっと、彼女には嫌われているだろうとは思っていたけれど、その通りだったということね」
「どうして? むかし何かあったのか?」
「その存在は知っていたけれど、会ったのは初めてよ」
「じゃあなぜ?」

 ますます分からない。

「理由は……そうね。多分彼女は、不出来な姉という存在を嫌悪しているのよ」
「はあ?」
「アルティージェが王位を継ぐ際に、継承戦争というものがあったの。シュレストの子等で争った、骨肉のね。その時に唯一アルティージェに味方したのが、彼女の姉であるメルティアーナだったの。そのおかげで継承戦争に生き残ることができたと言っても過言ではないわ。だから、とても姉を敬愛していたはず。そんな経験から、妹にとって害悪にしかならないような姉を見ると、ひどく嫌悪してしまうのでしょうね」
「お前が由羅と喧嘩してるのが気に入らない――それでというわけか」

 黎は頷く。

「あれは、私をも嫌っている」

 ぽつりと、エクセリアが口を挟んだ。
 ……そういえばあのアルティージェって奴に、散々言われてたよな……エクセリア。

「かつて私は、アルティージェを殺そうとしたことがある」
「おいおい?」
「理由は、今回のものと全く同じだ」

 今回のものって………。
 つまり、認めるわけにはいかない――そういう相手ってことか。

「それで? まあし損なったんだろうけど」

 こくりと、エクセリアは頷いた。

「そりゃあ……恨まれるな」
「だから、そなたも由羅を恨みに思うと……そう思っていた」
「俺の場合はいいんだよ。そんな単純じゃねえから」
「…………」

 そう答えれば、エクセリアは沈黙してしまう。

「――それで? 結局あいつの目的は何なんだ? 由羅を……どうするつもりなんだよ?」
「真斗は、どうしたいの」

 黎に聞かれる。
 俺、か……。

「アルティージェの目的はともかく、現実としてあの子は彼女の手の内にあるわ。その上で、真斗はどうしたいと思っているの?」

 そう……だな。
 俺は答える。

「あいつが自分の意思で出て行ったっていうんなら、止めるつもりはねえよ」

 しかし、今回はそうであるとは思えない。

「さらわれた以上、取り戻す。それに茜のこともある。お礼はしないとな」
「喧嘩ではないのよ。彼女には関わらない方がいいのかもしれない。それでも……行くと言うの?」
「大して変わるか」
「そう……」

 くすりと、黎が笑う。
 苦笑のようだった。

「ユラや、九曜さんが好きなのね」

 む。

「んだよ。そーゆうお前はどうなんだ? そんだけやられて、黙って見てる気なのか?」
「わたしに……ユラを救えと?」

 馬鹿馬鹿しい――そう言うと思った。
 ところが。

「……そうね」

 思わぬ返答に、俺は耳を疑う。

「黎……?」
「そんなに意外だったかしら」
「そりゃあ……お前」
「ただ、九曜さんに借りができてしまったから。それを返すだけ」

 借り?

「何だそれ?」
「馬鹿なことよ。……あの時、わたしは九曜さんに、ユラを追って欲しいと頼んでしまったの」

 自嘲するように、黎は言う。

「何を血迷ったのか、そんなことを頼んでしまったの。結果、九曜さんには申し訳ないことになってしまったわ。だから。それだけよ」

 それだけ、か。
 どこまでが本当なのかは分からない。
 それでも、由羅を助けようとしていることには違いない。
 充分だった。

「そうか」

 それ以上は聞かずに、頷く。

「どうでもいいがな」

 ずっと話を聞いていた所長が、何か思ったように口を挟んだ。

「何だよ?」
「勝てるのか? お前らだけで」

 あっさりと、所長は根本的なことを指摘する。

「聞いてると、そのさらっていったお嬢さんとやらは、相当強いんだろう? ただの人間のお前と、病み上がりの黎君と二人だけで、どうにかなるような相手とは思えんのだが」
「その通りね」

 黎は所長に同意した。

「勝てない……そんなのはわかっている。けれど、それでも行くのでしょう?」

 そう問われて。

「ああ」

 当然の答えだった。
 これまで黎と由羅のことでは何かと苦労してきたのだ。
 最悪のところまでいったかと思ったが、土壇場でそれは好転するかもしれないという希望を見せてくれた。エクセリアの、おかげでだ。
 だというのに、こんなところでいきなり第三者に掻っ攫われるのを、俺が黙って見ているはずもない。

「私も、助力しよう」

 控え目な提案に、俺は驚いてエクセリアを見返した。
 黎までもが驚いている。

「私の望みは、そなたたちと同じだと。だから」

 言葉少なげに、そう言う。
 そんなエクセリアを見て、俺は無意識にその頭に手をやって、くしゃくしゃっと頭を撫でてしまっていた。

「お前って、本当に純粋だよな。……助かる」
「私には、分からぬ……」
「俺がそう言ってるんだから、そうだって思っとけ」
「…………」

 エクセリアが俺を見つめる。
 大人びた雰囲気は相変わらずだったけど、この時だけはどうしてか、年相応の女の子のように見えてしまった。

「ふむ……なるほどな」

 様子を見ていた所長は、やがて納得したようだった。

「それなら好きにすればいい。だけど、死ぬなよ。おれが色々と困るからな」
「ん……ああ」

 実のところはもうすでに、なのだが、別段言う必要も無いだろう。

「あと詳しい事情も聞いておきたいが、後でいいだろう。事が終わってからで」
「……いいのか? それで」
「いいだろう。別にな」

 それはそれで助かった。
 いずれしなければならないことではあるが、いずれであって欲しい。

「真斗」
「ん?」

 さてこれからどうするかと考え始めたところで、黎から声がかかった。

「話があるの。二人きりで」
「?……ああ。いいけど」

 席を立つ黎の後を、俺も続く。

「ちょっと待っててくれ」
「おう。好きなだけ内緒話しておけ」

 所長に言えば、簡単に頷いてみせた。
 他人のことをあまり詮索しないのが、所長のいいところといえばいいところだ。
 ――などと思っていると、

「さて」

 残された所長が、ずいとエクセリアに迫っていた。

「おれとしては、是非君の自己紹介なんかを聞きたいところなんだが」

 興味あるぞとそう明言する所長に、きょとんとした雰囲気を返すエクセリアの気配が伝わってきて。
 俺は苦笑いした。


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