第38話 真の刻印

     /茜

 二人を追う。
 追うのは見知らぬ少女と、由羅。
 信じがたいことではあったが、あれは明らかに由羅だった。
 あの封印をどうやって解いたのかは分からない。あんな代物、イリスでもなければどうにもならないと思っていたのに。
 どうやったのかは分からない。
 しかし確実に分かるのは、あの二人に黎がやられたということだ。
 放っておくわけにはいかなかった。

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「さすがに憑いているものの力だけはあるわね。逃げ切るのは面倒、か」

 そんな声が聞こえたかと思うと、見知らぬ少女はビルの屋上にて足を止めた。
 その横に、由羅が並ぶ。

「由羅。相手をしてあげて。適当に、ね」

 こくり、と頷いて、由羅は一足飛びで私へと迫った。

「――くっ」

 その速度に、私は慌てて飛び退く。

 ズガッ!

 飛び退いた場所が、由羅の一撃を受けて粉々に吹き飛ぶ。
 相変わらずとんでもない力だ。
 真斗から聞いた話で知っているが、由羅と黎は伏見稲荷で闘い、そしてその山一部を根こそぎ破壊したという。
 ニュースでも大騒ぎになっているし、その威力の跡からも、まともでない力がぶつかり合ったことは、容易に察しがつく。
 そんな力を相手に、私では――どこまでもつか分からない。
 由羅のあまりに好戦的な様子に、失敗したかもしれないと、私は舌打ちした。
 軽率だったか。
 由羅に対抗できるであろうゼオラルーン死裁の銃身も、今は手に無い。
 もう一手、対抗できる手段があるにはあったが、それはあまり使いたく無かった。
 だいぶん扱えるようになったとはいえ、使えば後が続かなくなる。
 しかし――それにしても、由羅の様子がおかしい。
 私は由羅のことを、よくは知らない。
 それでも全くというわけではない。
 初めて由羅と交戦した時、彼女は私を殺したくないと言った。
 そしてその後、由羅のために真斗は私と戦った。
 結果はともかく、真斗の言葉からしても、決して悪意を持った奴ではないと判断し、また由羅自身も真斗の言葉に従おうとしていたのだ。
 結局黎の挑発に乗り、彼女と戦うことになってしまったが、それでもそれは由羅がとても感情的な性格をしていた一つの証明になることには違いない。
 ――だというのに、今の由羅はもの一つ言わず、何の表情も見せずに襲ってくる。
 とてもじゃないが、同一人物とは思えなかった。
 だから、変なのだ。

「……何か、言ったらどうだ?」

 攻撃が一旦止み、距離を取った私は静かに問い掛けてみる。
 しかし、反応は無い。
 ただじっとこちらを見つめ、隙を窺っている。

「煉縛の法……いや違う。傀儡という感じじゃない……」

 恐らくもう一人の少女に操られていると、そう判断した。
 しかし、その手段が分からない。
 意思はある。傀儡ではない。
 第一由羅は、千年ドラゴンという存在であるはず。そんなものを、そう簡単に御しえる方法など、あるというのだろうか。
 私は目を凝らし、その原因を探った。
 単純に闘えば、私に勝ち目は無い。
 ならば、今の由羅をそうさせている原因を、取り除くしかない。
 けれどその原因が分からない。
 由羅が動く。
 勝手に身体が反応し、私も動く。
 下手に近寄れない。
 間合いにも侵入させてはいけない。
 由羅の力は尋常ではないのだ。
 掴まれれば、引き千切られる。
 由羅が仕掛け、私はそれをしのぐ。
 そんな繰り返しが続いていく。
 その攻防の中で、やがて気づいた。
 由羅が使おうとしないもの――その左手に。
 真斗の刻み付けた刻印のある、左手だ。

「アルデ・ラ・ドレスド・タルセシアン――」

 咒言をつむぎ、咒を発動させる。

「〝エアン・ルセリアルセリアの万針〟!」

 放たれた力の塊が、散弾した。
 無数の衝撃が襲い、顔を庇うためにガードした由羅の両手を引き裂いてゆく。
 まるで効果の無い右手とは対照的に、服と共に皮膚を裂かれ、ずたぼろになる左腕。
 私はそれを見て確信した。
 由羅の左手はその力を失っている。
 代わりに――
 光るものが見えた。
 刻印。
 破れた手袋の隙間から、青に光る刻印を。

「〝レデスの矢〟!」

 間髪入れずに放った炎の咒が、由羅の手を包み、刻印を覆い隠すものを焼き払う。
 あらわになったのは、私の知る刻印とは異なる刻印だった。
 九曜の刻印から、明らかに変質したもの。

「馬鹿な……なぜ」
「大したものね。気づいたんだ」

 意外そうな声が、少女から放たれる。

「何だと……?」
「お察しの通り、原因はその刻印よ。いいえ、紋章。何の紋章だか知っているかしら?」
「紋章も何も、これは九曜の――」

 違う、とでも言いたげに、少女は笑う。

「それは家紋なの。……もっとも、どう伝わったのか形がおかしくなっていたけれどね。だから直してあげたのよ。それが、正しい形」
「お前――何者だ」

 言いようのない圧力に、私は押し殺した声で、尋ねる。

「何者って」

 くすりと、少女は笑う。

「あなたなら――あなたの宿しているものならば、よくわかるんじゃなくて?」
「何を――」
「余所見していていいの?」

 ぞっと、悪寒が走った。
 由羅だ。

「く――――」

 油断した。
 もう一人の少女に気を取られていたせいで……!
 ズッ……!
 後ろに跳ぶのと、由羅の拳が私にめり込むのとは、ほぼ同時だった。
 ――嫌な音がする。
 肋骨が、やられた。
 跳んでいなければ、貫かれていたかもしれない。

「はああっ!」

 咄嗟に放った炎が、追撃を食い止める。
 しかし焼け石に水。
 それは一瞬のことだ。
 炎の中から現れた由羅が、右手を掲げる。
 光が溢れた。
 咒法などとは違う、もっと純粋な力が、私へと向けられる。

「…………っ」

 逃げられない。
 迎え撃つしかない。

「――――」

 決して使い慣れぬ魔炎。
 それを支配し、剣と化す。
 その威力は、ゴルディオスのコピー程度ならば、上回る。
 切り裂けるか――?
 圧倒的な光を前にして。
 私は挑んだ。

     /真斗

「これは……!?」

 事務所に入った俺は、その光景に愕然となる。
 まず目に入ったのは、粉々に破壊された壁。
 そしてその隅に、二人の姿があった。

「――真斗か」
「一体何があった!?」
「落ち着け」

 動揺する俺とは対照的に、所長は冷静に言う。

「おれだって全てを把握しているわけじゃない。騒ぎに気づいて降りてきてみれば、このザマだ」
「――黎」

 どきりとする。
 所長の腕の中には、ぐったりした様子の黎の姿があった。
 その姿は血塗れで、あの剣までもが……突き刺さっている。
 由羅に刺さっていたはずの、氷の剣が。
 そして今更のように気づいた。
 ここは由羅がいた部屋。
 しかしその姿はどこにもない。

「まさか……あいつが」

 封印を解き、黎をこうしたと……いうのか。

「わからん。ここに結界があったせいで、こうなるまでまるで気づかなかったからな」

 茜が強化した結界か。

「それよりも今は、黎君の手当てが先だ」
「……頼む」

 ぎり、と歯を噛み締めて、頷く。
 一体何が起こったというのか。
 俺の淡い希望が、崩れ去っていくのを感じた………。

     /アルティージェ

 黒い炎は、最後まで耐え切ることはできずに。
 その圧倒的な光の前に、飲み込まれてしまう。
 爆発と衝撃。
 由羅の〝光陰千年の息吹(ラウザンド・ゼロ)〟は、わたしでも惚れ惚れするほどの威力だ。
 事純粋な力に関してのみ、さしものわたしも及ばない。
 わたしたちの力の源は〝時〟なのだ。そういった意味で、もっとも長く生きているのは由羅なのだから、もっとも強いのは当然である。
 とはいえそれは潜在的な話であり、あの子はその力をほとんど活かし切れていない。存在している年数に比べ、経験があまりにも少ないから当然ではあるのだけれど。
 今の一撃だって、昨日の一撃に比べればずいぶん劣るものだ。
 由羅の場合、感情が伴わないと、充分な力は出せないらしい。
 非効率だけれど、あの子らしいといえばあの子らしい。

「さて……」

 足元である地面――ビルの屋上が振動し、崩れていく。
 由羅の威力を受けて、崩壊しつつあるのだ。
 茜の姿はその崩壊に巻き込まれ、すでに姿は見えない。

「少し、やりすぎたかしら」

 失敗したかなと、わたしは軽く舌を出した。
 九曜茜。あの娘に死んでもらうわけにはいかなかった。
 もしそんなことになれば、色々と面倒なことが浮上してきてしまう。
 そしてそうなった時は、千年前のようにはいかないだろうし……ね。

「由羅」

 追い討ちをかけようとする由羅を留めて。
 わたしは崩れていくビルと共に、地面に向かって飛び降りた。


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