第36話 一縷の望み

第36話 一縷の望み

     /真斗

「初めて見たな。そういうの」

 部屋に入って。
 エクセリアを寝かしつけるジュリィの姿を、俺はまじまじと見てしまっていた。
 歌っているのが誰かなど分かっていたが、それでもこうやって改めて確認すると、どうにも多少は驚いてしまう。
 そして同時に、気持ち良さそうに目を閉じているエクセリアに対しても。
 何もかも、意外だった。

「似合わないかしら」

 苦笑気味に、黎は言う。

「そうでもないけどな」

 肩をすくめて、俺は黎が寝かされていた方の長椅子に腰掛けた。

「身体は大丈夫なのか?」
「……ええ。まだ生きていられるわ」
「そっち……エクセリアは?」
「大丈夫よ。また、眠られたみたい」

 また……ってことは、一度目を覚ましたということか。

「そいつさ。いきなりぱったり倒れて……そのままだったんだ。一体どうしたのか知らねえけど」
「疲れれば、誰だって眠るわ。この方とて、例外ではないの」

 疲れ、ねえ……。

「お前だって疲れてるんだろ? もうちょっと休んでろよ」

 俺の言葉に、じっと黎は見つめ返してくる。

「わたしに言いたいことはないの?」

 真っ直ぐに聞いてきた。
 言いたいこと、か………。
 山のようにあるような、無いような。
 実のところ、俺にもよく分からなかった。
 とりあえず、まず事実を告げる。

「由羅のやつは、俺が預かってる」

 といっても、この事務所の中に置いてあるに過ぎないが。

「やはり、死にはしなかったのね」
「さあな。あいつ、かっちこちだからな」
「……それで?」

 聞かれて。
 俺は嘆息しつつ、言った。

「満足か? お前」
「…………」

 即答されるかと思ったが、返事は無かった。
 答えにくいのか、黎は視線まで逸らす。
 別に答えは求めなかった。

「俺の希望は聞いたよな? それは今でも変わらない。けど、二人を止めずに決着させたのも、俺だ。だから文句は言わねえよ」

 あの時エクセリアを通じて、二人の間を何とかしようと思っていた。
 しかし結局はうまくいかず、間に合うことも無かった。
 初めから、無謀な賭けだったのだろう。
 覚悟していたことではあるが。

「一応、ついたんだろうけどな。お前らの決着は。そうしたら、お前はどうするんだ?」
「…………」
「まあいいけどな。好きにして。――ただ一つだけ、聞いておいてくれないか」

 俺はエクセリアを見ながら、黎へと言う。

「終わってしまって、結局この後俺をどうする気なのか。一応、気になるからさ」

 また目を覚ましたら、聞いておいてくれと。
 そうとだけ言い残して。
 俺は部屋を出る。
 子守唄が再開されることは無かった。


 少しくらい、なじれば良かったのかも知れない。
 ぼんやりと、今更のように俺は考えていた。
 由羅や黎のことは所長に任せ、俺は事務所を出て。
 別段行く気も無かった学校の方に、顔を出していた。
 マンションでぼんやりしているよりも、授業でも聞いていた方が少しはマシかと思ったのだが、大差はないようだった。
 まあとりあえず出てれば出席にはなるし、腹だってすいてきている。昼食を目的と思えば悪くない。
 二限終了のチャイムが鳴って、授業が終わる。
 生徒がぞろぞろと出て行くのを、何をするでもなくぼんやりと眺めた。
 今すぐに出ていったところで、食堂は混雑しているだろう。
 のんびり行けばいい。
 そんな風に思っていたところで。

「ちょっとあなた」

 不意に、声をかけられた。
 知らない声に、俺は顔を上げる。
 そこに立っていたのは、勝気そうな顔をした、赤毛の女。
 そいつはじいっとこちらを見ている。

「……俺?」
「他に誰がいるって言うの?」

 言われてみれば、もう俺の周りの席には誰もいない。
 残っていた生徒達も、どんどん教室の外へと出ていってしまっている。

「いないな。んで、俺に何か用か?」
「当然でしょ」

 用があるから来たんだと言わんばかりに頷いて、そいつはひょいっと机の上に腰掛けた。
 そうやってこっちを見下ろす姿は何だか偉そうで、昨日のあの変な女を思い出してしまう。

「確認よ。――あなた、人間?」

 はあ?
 突然の質問に、呆気にとられて俺はそいつを見返した。

「そう見えないってか?」
「外見のことなんか言ってないわよ。もっと潜在的なこと。異端……って言葉にぴんとこない?」
「――――」

 俺が顔色を変えたのを見てとって、そいつは思った通り、という感じの顔になった。
 ついでになぜか、表情を綻ばせる。
 さっきまでのつっけんどんな感じが、見事に緩和していた。

「知ってるのね。ということは自覚もあるってことでしょ? それにしても……驚いたわ。まさか千年もたって、こんなに魔の気配の強い同胞が残っていたなんて」

 そいつは嬉しそうに、興味ありげにこっちを覗き込んできる。
 そっちは何やら得心いったようだったが、こちらとしてはぽかんとなるばかりだ。

「でも、今までよく無事だったわね。先に楓あたりに見つかっていたら、何されていたかわかったものじゃなかっただろうし。それに――」
「おい――ちょっと待てって」

 俺は思わず制止した。
 これ以上、わけの分からん話を進めてもらっては困る。

「いったい何なんだ? 俺が何だって言うんだよ?」

 そう言うと、そいつはきょとんとなった。

「自覚無いの? でも、異端のことは知っているんでしょ?」
「異端って……そりゃあな。だって俺、どっちかっていうと、そういう連中の敵対者みたいなもんだし」

 ぴくり、と。
 そいつはその言葉に反応した。
 今までの好意的な雰囲気が消え、一瞬にして敵意のようなものが滲み出してくる。
 その雰囲気に、俺は警戒した。
 たぶんこいつ、まともな人間じゃないぞ……。

「なに――どういうこと。もしかしてあなた、九曜の関係者だったりするの?」
「九曜?」

 それはよく知っている名前だ。

「ああ。一応な」

 答えた瞬間、睨まれた。
 敵意が殺気に近くなる。
 こいつ……?

「でもどういうこと? あなたからは紛れも無く、魔の影響を感じるわ。それも妖魔レベルなんかじゃない。充分魔族の域に達している。なのに、九曜家にいるというの?」
「ちょ……ちょっと待てよ。魔族とか何とかって言うけど、俺はれっきとした人間だぜ? 何を根拠に――」

 否定しかけて、ハッとなる。
 そういえば俺、もうまともな身体ではなくなっていたのだ。
 死んで、エクセリアに助けられて。
 俺の言葉に、そいつは少し殺気を引っ込めて、思案顔になる。

「自覚がないまま、使われているってこと……? でも、そんなこと……」
「――りん凛」

 悩むそいつの背後から、今度は知っている奴の声が聞こえた。
 凛と呼ばれた女は、露骨に嫌な顔になって振り返る。
 そこにいたのは茜だった。

「なによ。もう用事は済んだの?」
「とりあえずはな。……それより凛。なに因縁つけているんだ?」
「別にそんなことしてないわよ。同朋かもしれないと思って、声かけただけ」
「同朋って……」

 茜をこちらを見て、眉をひそめる。

「真斗。どうしてここにお前がいるんだ?」
「そりゃあ俺の学校だからな。授業受けに来てたって、問題無いだろ?」
「お前の?」

 寝耳に水といった感じになる茜。

「……そうか、とんだ偶然だな」
「偶然って……実はお前もここの大学の生徒だったとか?」
「ありえるか馬鹿者」

 容赦無く切って捨てられる。

「私をお前達年増と一緒にするな」
「って大して違わねえだろーが」
「ちょっと茜。今のはどういう意味? まさか私に喧嘩売ってるわけじゃないでしょうね……?」

 お前達、と言われたことが気に入らないらしく、凛は額に青筋なんかを浮かべたりする。

「ふん」

 しかし茜は取り合うことなく、そっぽを向いた。
 この二人は知り合いらしいが、あまり仲がいいとは言えなさそうだ。

「とにかくちょうどいい。真斗、話がある。凛、お前はもう帰れ」
「命令するんじゃないわよ。それにそっちの説明は無し?」

 そっちって、俺かい。

「後でしてやる。それより早く行った方がいいぞ。イリス、ゆきや裄也のところに行ったからな。置いていかれるぞ?」
「……っ」

 どうしてだか、不覚、という顔になる凛。

「い、言われるまでもないわよ」

 そして少々慌てたように、そいつはそそくさと教室から出ていってしまった。
 俺はそれをぽかんと見送る。

「……何だったんだ? あいつ」
「うるさい女、だ」

 素っ気無く、茜は答えた。


 学食にて。

「偶然はともかく、どうしてお前がここにいるんだ? 事務所出てからここに来たのか?」

 昼食を食べながら聞くと、茜はそうだと頷いた。

「ここにくれば、だいたい会うことができるからな。事務所からも近いし、とりあえず確認に寄ったんだ」
「会うって……誰に」
「あの封印を何とかできそうな奴、だ」
「お前……!?」

 俺は驚いて、思わず立ち上がった。

「でき……るのか!?」

 いや、できる奴がいるのか――

「知らない。でも、私にとっての唯一の心当たりに相談してみた」
「……どうだったんだ?」
「とりあえずみてくれるらしい。今夜だ。一応お前にもそのことを伝えておこうと思って」
「そりゃあ……ありがたいけど……」

 由羅が何とかなるかもしれない。
 それは純粋に嬉しかった。
 しかし、とも思う。
 あいつが元に戻れば、また黎ともめることになるだろう。
 繰り返すんじゃないかっていう思いが、不安となってよぎる。
 そうなるのが分かっていて、それでも由羅を解き放つべきなのだろうか。

「俺は……」
「どうした。迷っているのか?」

 一瞬迷った。
 しかし振り払う。

「……いや」

 確かに一度、決着はついた。
 変わるかもしれない。
 それが単なる希望でしかなかったとしても、このままでいるよりは――いい。

「頼む。……ありがとう」
「……む」

 自然に口から出た礼に、茜は表情を固めて明後日の方向を向く。
 ……何やら照れているらしい。

「ところでさ」

 ちょっと話題を変えることにする。

「さっきのあいつは何なんだ? 何か得体の知れないやつだったと思うけど」
「ん……ああ、凛か」

 思い出したように、茜はこっちを見た。

「きっとお前のことを、同朋と勘違いでもしたんだろう。あいつの人間嫌いはひどいけど、その反面同胞には相当親身になるからな。埋もれている同胞を見つければ、ああやって接触をもって繋がりを持とうとしている。それがお互いのためにもなるしな」
「はあ」
「お前を勘違いしたのは、まあ無理もない。もう真斗はそういう存在に変質してしまっているし」
「……俺はまだ、自分は人間だって思ってるけどな」
「そう思うのは自由だし、悪いことではないだろう」

 そう言ってもらえると、少しは助かる気がする。

「まあとにかく」

 食事に戻りながら、茜は付け加えた。

「敵にはするな。そういう相手だ」


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