第34話 最初の決着

     /真斗

「お前……」

 それは一瞬だったので、はっきりと見たわけではなかった。
 今こうして見るエクセリアは、これまでと何ら変わらない。
 けれどさっき、こいつは泣きそうな顔をしていた。いや、泣いていたのかもしれない……。

「……どうしたんだよ。えらくしょげた顔して」
「…………」
「だから……」

 黙ってしまったエクセリアを前に、俺は半ば途方に暮れていた。
 今のエクセリアは外見そのままの子供のようで、いったいどう手をつけていいのかすら分からない。

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「まったく……」

 溜息が洩れる。
 俺はこいつを説得にきたというのに、それがお守りになっちまうとは……。

「――お前、何か悩んでるんだろ?」

 とにかく黙っていても仕方が無い。
 俺は何とかエクセリアに口を開かせようと、話しかけてみる。

「だったら話してみろよ? でもってその後で、俺の話を聞いて欲しい。それじゃあ駄目か?」
「…………」

 ようやく、エクセリアは反応をみせた。
 視線が、こちらを捉える。

「私は、どうすればいいのだろうか……」

 僅かに動いた唇は、そんな言葉を紡ぎ出した。

「どうすればって……お前」
「私は……わからなくなった。いや、元々わかってなどいなかったのかもしれない」
「何が、なんだ?」
「私がやろうとしていることの意味。そして……その結果を」

 そう言いながら、エクセリアはそっと手を伸ばしてくる。
 冷たい指先が、俺の頬に触れた。

「私はそなたを、認識すべきではなかったのかも知れぬ。例えどんな理由があろうとも、誰であろうとも」
「俺がこうやって生きていることが、まずいってことか?」
「そうではない。……確かにそなたは思うようには動いてくれなかった。しかしもし望むように事が進んだとしても、最後に同じことで悩むことになったと思う。自分で蒔いた種ではあるが……」
「いったい何を悩むんだ?」

 俺の問いかけに。

「そなたを否定できぬことを」

 そんな答えが返ってきた。

「我々観測者は一度強く認識したものを否定されることを、受け入れられぬ性があるらしい……。知っているつもりではあったが、こうやって体感して……」

 手が震え、離れていく。

「私の想いと、思うこと……。それらは相反してしまう。私は、どうすれば……」
「――一つだけ、確認しときたい」

 再び俯いてしまったエクセリアへと、俺はまっすぐに聞いた。
「さっきのあの女が言ってたことだ。お前は黎も由羅も始末するつもりだと……そう言ってたと思う。それはどうなんだ? それが目的だったのか?」
「……そうだ」

 頷く、エクセリア。
 やっぱりか。

「どうして」

 その問いかけに、答えはしばらく無かった。
 ずっと押し黙ったまま、どれほど時間が経過してからか。
 小さく唇を動かして、答えを紡ぎ出す。

「認めたくない……。自然に反し、世界を乱す。容認すれば」

 似たようなことは、確かさっきも言っていた。
 俺は少し考えて、改めて聞いてみる。

「つまり……あの二人がいると、この世界がおかしくなるからとか……そういう何かがあるからなのか?」
「そう、判断していた」
「じゃあ今もこの世界が、おかしくなりかかってたりするのか?」

 ふと俺が知っている世界の様子を、思い浮かべてみる。
 環境問題云々――人が増えて、生きていることで、確かに地球は色々大変なことになってきているのかもしれない。
 しかしそういうことが関係あるのだろうか。もしくは拍車をかけているのか。あの二人がいるからといって。

「千年前」

 小さな声に、俺はエクセリアを見返した。

「その弊害が初めて顕現した。させてしまった……というべきだが」
「弊害?」
「存在を、それ以上として認識するために不可欠なのが、我々自身の感情だ。意識的に、認識しなければならない。そうやって感情で何かを認識するようになっていった結果、千年前に死を認識するに至ってしまった」
「……なんだそりゃ?」
「死は、死だ。あらゆるものに運命付けられたもの。その運命を加速度的に早め、意図的に操れるほどの力をもった、存在。死神。それを生み出してしまった」
「……よくわからんけど、それってやばい奴なのか?」
「その気になれば、この世界を滅ぼすこととてやってのけるだろう」

 滅ぼすって……なあ。

「けどさ。そんなのが千年も前からいたとして、だからといって世界は別に……」

 そんな存在に世界が恐怖しているようには見えない。
 それらしい影響も思いつかないし、騒ぎになっているとも……思えない。

「私はその存在を何とかしたいと思った。誰よりも私が……怯えていたのだろう。そうして百年をかけて、封印を施した。だがそれも解けてしまった。しかしもはや、どうすることもできぬのかもしれない。私はただ、惰性のみで動くことしか……」
「お前……?」
「私は、どうすれば……」
「おい!?」

 エクセリアの身体が透け出したのを見て、俺は思わず叫んだ。
 そして止める。
 こんなところで逃げ出されるわけにはいかない。

「こら勝手に消えるな! まだ何も解決してないんだからな!」

 消えそうになったエクセリアの瞳が、こっちを捉える。

「逃げてるんじゃねえぞ! 事情はどうあれ、お前のやった責任はきちんと――」
「……私を、連れてゆくが良い。あの、二人の元に」
「え……?」
「そして、好きに……」
「おいこら!?」

 薄らいでいた身体は元に戻る。
 しかしそれと同時に、まるで糸の切れた人形のように、エクセリアは倒れ込んだ。
 思わず抱きとめたその身体は、信じられないほどに軽くて。

「こいつ……?」

 すでにエクセリアに意識は無かったが、とても眠っているようには見えなかった。
 動悸すら感じられない。
 それはまるで人形ようで。

「てめえ……こんなんになって連れてけってか……? 好きにどーしろって言うんだよ!」

 毒づくが、反応など返ってくるはずもなく。
 俺はその軽い身体を抱きかかえて、あの二人のもとへと――走った。

     /黎

 真っ直ぐに振り下ろした刃を。

「…………っ!」

 避けることなく、ユラは受け止めた。

「――――!?」

 掲げ、受け止めた右手から、鮮血が舞う。

「あな……た……っ!」

 剣は深くユラの掌を切り裂いて、深く抉っている。
 しかし、それ以上はびくともしない。
 必死になって、受け止めている。

「こんなの……! ジュリィの、じゃない……レネスティア、のだもの! こんなのでいくら斬りかかってきたって……怖くない!」
「ユラぁ……!!」

 ユラの言葉に、カッとなる。
 それは事実。
 今ユラを傷つけている力は、自分のものではない。あくまでも、レネスティア様の……もの。

「違うわ!」

 わたしは片手をユラの懐へと伸ばし、咒法を炸裂させる。
 方向性も何もない力の本流が、爆発して。

「っあぅ!」

 悲鳴を残し、吹き飛ぶユラ。
 余波はこちらにも反射して、わたし自身も後方に弾かれた。身体に大きな裂傷を負ったものの、覚悟の上だっただけにユラよりも速く、立ち直って。
 そして。

「はああああああぁっ!」

 捧げるように、剣を構え。

「!?」

 起き上がったユラが、驚愕に目を見開く。

「溶け……そんな――?」

 わたしにそれに答える余裕は無い。
 残された生命力が、どんどん吸われていく。
 周囲に怒涛の勢いで満ちていく水蒸気。
 それは、アルレシアル氷涙の剣から発せられたもの。
 この剣を形作る氷を溶かし、気化させて、そこに秘められた力を――想念を、解放していく。

「く……!」

 水蒸気にまみれていく空間が、重くわたしに圧し掛かる。
 これは全て、レネスティア様の憎悪。
 それが結晶化していた剣を、わたしは自身の生命力を使って熱し、解放していく。

 ――いったいこの剣には、どれほどの想念が込められているのだろうか。
 わたしがどれだけ熱し、解放させても、まるでその形を損なわない。
 わたしなどが、この剣の全てを扱えるわけもない。
 けれど、この程度ならば……!

「ユラァアアアアアア!」

 憎悪の剣、そこから発せられる想念は、わたしをも取り込んでいく。
 気が狂いそうになる。
 それでも今は、それでいい。
 力になる。
 それに、
 ――ユラのことなど、考えなくてすむから。
 大気が震える。
 わたしより離れた部分から、一気に凍結していく。
 氷点下の世界が、形成されていく。
 熱量が……足りない……っ!

「……………………ッアアアアアァッ!!」

 再び熱量が復活する。
 頃合いに近づく。
 この全てをぶつけて、終わりに……!
 一気に駆けた。
 霧の中、ユラ目掛けて。
 対する、ユラは。
 ただこちらを見ていた。
 覚悟した瞳で。
 しかしそこに、敗北の色はない。
 そこにある覚悟が、挑むことへの。

「負けない……っ!?」

 ユラを中心にして発生した圧倒的な熱量。
 千年ドラゴンとしての、力の根源。
 それを全て、解放して。

「絶対に……っ!!」

 ユラの髪が、足元から湧き上がる圧力に、全て逆立つ。
 その瞳が、どこまでも深く光り、こちらを見据える。

「ジュリィイイイィィ…………!!」

 ユラの前面に集まった力の本流が、彼女を襲う霧を吹き飛ばす。
 しかし次から次へと憎悪のこもった霧は浸食しようと、触手を伸ばしてくる。
 その鬩ぎ合いは、どれほど続いてか。
 向かうわたしへと、ユラもまた挑んだ。
 逃げず、避けず、立ち向かう。
 わたしは咒言をつむぐ。

「―――〝氷解せし」

 限界を超えた干渉に、霧は総じて蒼き炎となって。

「〝光陰千年の――――」

 ユラもまた、解放する。
 これは〝魔王殺し″か……!?
 由羅が放とうとしている力の正体に気づき、わたしは戦慄した。こんなものに敵うのか、と。
 いや、わたしが使おうとしているこの力とて、それに勝るとも劣らぬ禁忌だ。
 レネスティア様に何の承諾もなく、あの方の負の感情を一方的に利用する力など、いったいどれほどの不興を買うことだろうか。
 下手をすればユラの二の舞になりかねない。
 でも、それでも……後には退けない!
 力の本流は、光の衝撃となって。

「――――悪魔が涙〟!!!」
「―――― 息吹〟!!!」

 ぶつかり合う。
 それは凄まじい鳴動を生んだ。
 大地が揺れ、二つの圧力が行き場を求めて狂い合う。
 炎がユラを包み込む。
 それは零下の火。
 触れるものを凍てつかせる、負の炎。
 鬩ぎ合う。
 一方は、その存在全てをかけた、千年単位の圧力。
 かつての魔王、クリーンセスを塵も残さず葬った、光。
 そして彼の国をも滅ぼした光だ。
 だが対するは、その災厄をも凍てつかせた、悪魔の怒り。憎悪。
 千年ドラゴンをも恐怖させ、苛ませ、時をも奪った氷結の涙。
 いかに借り物の力とはいえ、その全てを使いこなせないとはいえ、ユラにとっては天敵ともいえる最大のもの。
 そんな力を前に、本来ならば抗えるはずもない。
 ないというのに。

「――――――――」

 ユラは抵抗していた。
 いや、むしろ挑み打ち破るほどの、気迫。
 両者の拮抗はほんの僅か。
 その気迫に一瞬でも我に返ってしまったわたしは。

「あ……」

 場違いなほど、軽い声が洩れてしまう。
 押される。
 流される。
 呑み込まれて……しまう。
 わたしの身体は動いているけれど、意志がついてこない。
 このままでは。
 わたしは消える。
 塵も残さずに。
 ユラが、炎を破る。
 両者が露となり、視線がぶつかり合う。
 そこでわたしはまた、場違いなものを見てしまっていた。
 あの子の表情。
 驚いた顔。
 何を見て、驚いているのだろうか。
 交錯。
 音も無く――あまりの音に、音として認識することもできず。
 すれ違ったわたしとユラは、そのまま勢いに任せ、惰性のままに地面を転がった。
 思考は何も、働かなかった。

     /真斗

 それはとんでもない衝撃だった。
 遠くからの風圧に吹き飛ばされそうになりながらも耐え、収まったその場所に辿り着いた俺は、絶句するしかなかった。
 ここで何があったというのか。
 爆発の基点と思しき場所から周囲どれほどまでかが、木っ端微塵に吹き飛んでしまっている。
 しかし余韻となって残るべき熱は無く、そこはただただ凍えるほどに、寒かった。
 見れば、地面は所々に霜が下り、ひどく縮んでしまっている。
 そしてどこまでも低い、冷気。

「おい……まさか……」

 さすがに声が震えた。
 最悪の事態を想像しようとするのを必死に振り払い、二人の姿を捜す。
 捜して、捜して、捜して。
 自分の動揺ぶりにおかしくなった。
 すぐ近くに、地面に伏した人影があるのに。

「――黎!?」

 駆け寄る。
 エクセリアを脇に置いて、黎を抱き起こした。

「おい――黎!?」

 呼びかけに、反応は……あった。
 開いた瞼の下から、瞳がこちらを捉える。

「…………真斗」

 か細い声に、俺は頷く。

「……どうしてわたし、生きて……」
「どうしてってお前……」

 半ば混乱したような顔を見て、俺は改めて黎を見た。
 よく見れば、ひどい外傷はほとんど無いように見える。あれだけの爆発があったというのに……?
 黎自身もそれに気づいたのか、やがて自分の力で起き上がろうとして、倒れ込む。

「おい動くな!」
「いい……の。わたしはただ、体力を消耗しただけ……。命に関わるような傷は、何もないわ……」

 言いながら黎は自分の手を見て、その手に何も握られていないことに絶句した。

「あ……また。結局、繰り返すのね……」

 切なげなその言葉を最後に。
 再び、黎は意識を手放した……。


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