第30話 たまさかの逢瀬というには②

 というわけで。
 俺たちがやって来たのは、大学よりもさらに北にある、上賀茂神社。
 ここには開けた場所があって、まあちょっとしたピクニック気分になれる。
 人も意外に少ないし。

「……こんなところもあるのね」

 しみじみと、黎がつぶやく。

「まあな」

 頷いて、俺は適当に腰を下ろした。
「北から南に向かって俺の知ってるところを順番に案内してやるよ。スタートは、とりあえずここからってことで。くらま鞍馬なんかもいいとこだけど、あんまり欲張ると時間がなくなるからな」

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 で、だ。
 まずは腹ごしらえ。

「……ここで?」
「おう」
「……そう」

 頷いて、そこはかとなくおずおずと、黎はそっと弁当を差し出してきた。

「えーっと……。開けていいのか?」
「ええ」

 了承を得たので、では早速と、俺は包みをほどいてみる。
 どれどれ……。

「ほう」

 開いてみて、俺は感心して声を上げた。
 見目はいい。
 別に奇抜でも無く、ごく普通の弁当だったが、それだけに基本に忠実で、よくできていると思う。
 ウインナーがたこさんになっているのは、なかなかどうして凝っているというか何というか。

「……それね。その、そうした方がきっと真斗は感心するって」
「……だーれがそんなことを?」
「所長と、九曜さんが」
「…………」

 なるほどな。
 まあとりあえず一口、と。

「……うん、まあ普通だな」
「味気ないかしら」
「まさか。これでいいんだよ。ウインナーにウインナー以上の味があるかっての」

 答えながら、別のものに箸を伸ばす。
 うん、これもなかなか。

「……もしかすると、失敗する方が難しいのかしら」

 しばらく俺を眺めていた黎は、ぽつりと聞いてくる。

「うーん……。ものによるとは思うけど、この場合はそうかもな」
「そう」

 頷いて、また俺を眺めるのを再開した。
 ……さすがに気になって、黎を見返す。

「いや、そんな風に見られても食いにくいんだが」
「いいじゃない。せっかく作ったのだから、それを食べるところを見る権利くらい、あるはずじゃない?」
「てかお前は食わないのか?」
「わたしは……」

 なぜか、そこで一瞬言葉をつまらせる黎。

「いえ……。わたしはいいの。そんなにおなかへっていないから」
「そうなのか? 俺が腹へってたもんだから、いきなり弁当要求しちまったけど……悪かったな」

 そういや弁当も一つきりだ。最初から黎は食べるつもりが無かったってことだろうか。

「気にしないで。時間は関係ないから……わたしの場合」

 そんな言葉に、俺はふと気になった。

「お前って、ずいぶん長いこと生きているんだろ?」

 未だに信じられないが、話によれば、黎も由羅もずっと昔の人間だ。
 そして、今まで生きている。

「……どうしたの? 突然」
「いや……ちょっと気になって。お前も由羅も、そんなに長い間どうやって生きてきたんだろうなってさ。そういう力があるんだとして、だとすると飯なんかは食わなくても平気なのかな……とか。まあ色々思ってさ」

 黎の言葉を聞いて、もしかして食事なんか必要ない身体なんだろうかと、少し気になっての質問だった。
 しばらく黙っていたが、やがて黎は小さく頷く。

「そうね。あまり必要ではないわ。わたしの場合」
「ふーん……。やっぱりそうか。あいつも?」
「ユラならば、生きていくために必要とする糧など何もないわ。あれの身体は、不完全ゆえに、完全なのだから」
「はあ」
「わからないようね」

 そりゃあまあ、その通りなんだが。

「言ったでしょう? 欠陥なの。そして失敗作。だからあの子は死ねない。少なくとも、時間がユラを殺すことはできなくなったわ。呪いのようなもの」

 そう言われても、俺は首を傾げることしかできなかった。
 だってよく分からんし。

「生きているものは、ちゃんと死ぬことができるものよ。始めがあって、終わりがある。自らで選ぶことができるもの。けれどユラは、死を他者に依存するしかない。その依存する相手に支配されるのだから、その他者と在って初めて存在でいられる。けれどそんなものは、玩具の人形と同じようなもの。ユラの場合、もっと性質が悪いけれどね」
「…………」

 すらすらとそう言われても、理解しがたいのは相変わらずだった。
 そんな俺など気にした様子もなく、最後に黎は言う。

「哀れといえば……哀れなのかもしれない。それに取りつかれている、わたしも」


「前案内してもらった時も思ったけど、人の多い国なのね」

 繁華街を歩きながら、黎は少々人ごみに辟易したように、そう感想を洩らした。
 単純に、この人の多さに慣れていないといった、印象。

「場所によるって」

 隣を歩きながら、俺は答える。

「そうなの?」
「そーだよ。例えばさっき弁当食ったところなんて、そんなに人はいなかっただろ?」

 もちろん観光客の姿は適当にあったが、ここほどではない。
 というかここの人の多さは、俺だってけっこうしんどい。
 弁当を食べた後、北から南に向かって、適当な寺社仏閣を案内しながらたどりついたのが、四条河原町付近。
 この辺りは京都では、一番の繁華街である。
 色々な店があるが、それにつられてやってくる人の数も、半端じゃない。
 とはいえ今日は休日ではないから、多少はマシであるが。

「それに俺の住んでたとこなんて田舎だったから、人なんて本当少なかったぜ」

 俺みたいな田舎者は、こういう所に来ると、必要以上に疲れる。
 京都でこんななのだから、東京なんぞに行ったらもっと凄まじいのかと、時々思ってしまう。
 まだ行ったことはないけど、行ったら一発でおのぼりさんだってバレるだろうなあ……。

「ま、観光するような所なんて、だいたい人は多いもんだよ。ここもその一つだって、思っておけばいいだろ。普通に土産物屋もたくさんあるし」
「そうね。わたしも興味はあるし」

 頷いて、黎は周囲の店をきょろきょろと見回しながら、歩いていく。
 心なしか、前案内した時よりも、軽い足取りのような気がした。
 あの時と違って、由羅が一緒ではないからかもしれない。

「ところでこれからはどうするの?」

 聞かれて、俺はうーんと考え込む。
 といっても、大して考えるほどのことでもなかったが。
 この近くには、有名所が続いてるし。

「ざっと見て回ったら、ぎおん祇園の方に行ってみるつもりだ。八坂神社あるし」
「それで?」
「次はきよみずでら清水寺……ってとこかな。って待てよ。あそこって有料だったかな……」
「ふうん……。本当にこの町、お寺や神社ばかりなのね」
「そうだよな」
「何か、特別な町なの?」
「特別ねえ……」

 いくら京都に住むようになったからといって、詳しく知っているというわけでもない。そもそも自分の地元のことだって、よく知っているわけでもないのだから。
 とはいえこの町は、確かに有名といえば有名だ。
 俺はなけなしの知識を引っ張り出してきて、答えた。

「確か京都って、ずっとこの国の都があったんだよ。その時の名残なんじゃないか?」
「今はこの国の首都って東京だけれど、あっちも多いの? そういうの」
「いや、よく知らん」

 都道府県の知名度といえば、やっぱり東京が一番なのかも知れないが、如何せん俺は行ったことがないし、縁も無い。

「けど東京って幕府があったわけだし、適当にあるんじゃないか? ここと比べてどうかって聞かれても、答えられんけど」
「……機会があったら行ってみたいわ」
「まあ、一度くらいは見とくのも悪くないかもな」

 東京といってもピンとこない俺にしてみれば、大して興味も無いけど、確かに一度くらいは見ておいてもいいかもしれない。
 とはいえ、用事でもなければ行くことなんかないだろうけど。
 何て考えていたら、不意に黎と視線が合う。

「?」
「連れて行ってはくれないの?」

 俺がかい。

「上田さんがいるだろーが。それに俺、行ったことないから案内なんてできねえぞ」
「……彼は駄目よ」
「なんで?」
「じきにいなくなるわ。……恐らくね」
「はあ? そりゃまたどうして」
「どうしてかしら。きっともう……時間がきたのよ。だから」

 相変わらずの意味深な物言いで、黎ははっきりとは答えなかった。
 俺にはよく分からないが、二人の間にも色々あるのかもしれない。

「そんなことよりも、もっとたくさん案内してね」

 一瞬見せていた表情を元に戻して。
 笑顔でそう、黎は誘った。

「はあ……。さすがにちょっと疲れたな」

 ようやく到着した最後の目的地に着いて、俺は大きく息を吐いた。

「だいぶん……暗くなってきたわ」

 西の方を見やって、黎が目を細めてそうささやくのが耳に届く。
 確かに太陽は沈みかけていて、西日が眩しい。
 さすがにこの季節だと、暗くなるのが早いな。

「でもまあ、時間的にはこんなもんだろ。全部回ってたら真っ暗になっちまうだろうけど、適当なとこで引き返せばちょうどだな」

 そう言って、俺はその場所を見上げた。
 やってきたのは、京都駅よりさらに南にある、ふしみいなり伏見稲荷。
 鳥居がたくさんあって、有名な所だ。
 何度か来た事があるけど、延々と続く鳥居の下を歩いて回るのは悪くない。

「これ……ずっと続いているの?」

 鳥居を指して、黎が聞いてくる。

「ああ。ずっとだな」
「そう……凄いわね」

 素直に、黎は感心してみせた。
 俺もそう思うけどな。

「少し登るぞ」

 そう言って、俺は先になって進んだ。


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