第29話 たまさかの逢瀬というには①

     /真斗

「――お前」

 間違いなくそいつは、昨日俺の前に現れた奴だった。
 黎の話からすると、確かエクセリアとかいう名前の……。

「……いきなり何だ?」

 じっとこちらを見つめるそいつの表情に少々気圧されながらも、とりあえず口を開いておく。
 だがそいつは答えず、ゆっくりとした足取りで俺を眺め歩き出した。
 ぐるりと、一周。
 ……何か見せ物にでもされたようで、面白くない。

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「おいこら。何とか言えよ」
「……思っていたより、しっかりできているわね」

 俺の言葉などまるきり無視して、独白のようにそいつはつぶやいた。
 ……面白くない。

「偶然かどうかは知らないけれど……とても良い機会だわ」

 小首を傾げ、しみじみとそんなことを言う。
 そんな様子に、俺は妙に違和感を覚えていた。
 何というか、昨日会った時と雰囲気が違う気がするのだ。
 見間違えではないと思うけど……。

「貴方」
「!」

 不意に、そいつは俺の鼻先にまで接近していた。
 鼻先と言っても、背は低いから見下ろさなければならないけど。

「お、おい……?」

 俺は思わず後ずさろうとしたが、どうしてだかできなかった。
 金縛りにでもあったように、身体が動かなくなる。

「いいこと?」

 そいつは背伸びすると、顔を近づけさせてきた。

「貴方はわたしに応えなさい……。興味を、関心を……覚えるように。二度と、目を離したくなくなるように……。そうすれば」

 そこで、笑う。
 ひどく、妖艶な笑み。

「死なずにすむわ……。欲しいものも、手に入る。それだけの代償は、得られるのだから」
「…………?」

 意味が分からなかった。
 だっていうのにそいつは、それで満足したように微笑して、距離を取った。

「おい―――?」

 身体が動くようになって、声をかけた時にはすでに。

「……消えやがった」

 どこを見ても、姿は無い。
 いったい何をしに現れやがったのか、ちっとも分かりやしない。
 俺も聞きたいことを聞けなかったしな……。

「……くそ」

 毒づくが、どうにもならず。

 ――また結局、その夜はあいつを見つけることもできなかった


     /真斗

「起きろ」

 問答無用とはこのことだろう。
 俺がまだ瞼も開けていないというのに、そいつは俺の胸倉を掴んで強引にシェイクしてくれた。

「――んあ!?」

 さすがに驚いて、目が覚める。
 こっちの目が覚めたのを確認すると、そいつは無造作に手を離した。
 ぼとりと、布団に落下する俺。

「~~~~っ」

 何ていうか、ひどい目覚めだ。

「……おいこら茜」

 布団に突っ伏したまま睨む相手は、もちろん茜。
 勝手に部屋に侵入してきて、こっちの都合も考えずに叩き起こす、非情な奴だ。

「てめえ、返答次第によっては……」
「なんだ?」
「寝る」
「死にたいのならば、止めないが」

 そう冷たく言い放つ茜の手には、物騒な短剣が握られていた。
 ……さすがに目が覚める。

「んだよ……」

 俺はもぞもぞと身を起こした。
 ついでに時計に目をやる。
 十一時前、か。

「いつまで寝てる気だ」
「眠くなくなるまでだよ」
「ダメ人間だな」
「うるせえ」

 昨日の夜、由羅の奴を捜してずっと外にいたんだよ。
 その苦労は報われなかったけど。

「にしてもお前、何の用だよ? 何か……」

 そこで改めて茜を見て。
 何やら不機嫌そうな気配に、ようやく気づいた。
 ……そーいやこいつ、昨日怒って出てったきりだったよな。
 まだ怒ってんのか。

「さっさと事務所に来い。この馬鹿が」
「おいこら」
「ふん」

 俺の抗議など無視して、茜は出ていってしまう。
 ……くそ、あいつ、本当に機嫌悪いよな……。

「……けど事務所って」

 まあ行くつもりではある。
 黎のこともあるし。
 よく分からんのは、そこでどうして茜がわざわざやって来るのかってことだ。
 あいつと黎の奴は険悪っぽくなってるから、同じ事務所にいるとも思えないんだけどな……。
 まあ、行ってみれば分かるか。
 ふああと欠伸をかみ殺して。
 俺は顔を洗いに洗面所に向かった。

「うすー」

 まだ眠気でぼんやりとする頭のまま、事務所へと入る。
 入ると。

「真斗ぉ!」

 いきなり掴みかかられた。

「ぬあ……?」

 胸倉掴まれるのは、本日二回目だ。早速。

「きさま、なぜだ!? いつの間に!?」
「ちょ……離せよこら!」

 じたばた暴れるが、けっこうな力の東堂さんは、びくともしない。

「おれが一生懸命仕事してる間に、仲良くなりやがって……! おれだって、おれだって……」

 むー……、何で怒りをぶつけられているのか分からん。
 と、どこかでふんと鼻をならすような音が聞こえたような気がした。
 ……聞こえるはずはないのだが。
 胸倉掴まれて揺すられている視界の隅に、お茶をすすっている茜の姿が目に入る。
 どうやらあいつの怒気が、イメージとなって伝わってきたらしい。

「ちょっと待てって!」

 俺はたまらずに叫ぶ。
 何で俺が、みんなに怒られにゃならん!?
 と、笑い声。

「おい東堂。いい加減見苦しいから、その辺にしておいてやれ。男は引き際も大事だぞ」
「くっ……」

 何やら達観した所長の台詞に、東堂さんは悔しそうに歯を噛み締めて、ようやく俺を解放してくれた。

「――お茶でも入れましょうか。落ち着きますよ」
「……すまん」

 気を利かせた上田さんの言葉に、東堂さんは肩を落として自分の席にとぼとぼと引き上げていく。
 俺には何がなんだか分からない。

「誰か説明」
「それはですね」

 率先して答えてくれたのは、上田さん。
 そーいやこの人って……。
 こんな所でのんびり所員なんかやってるけど、本当のところは黎の協力者のはずだ。
 色々聞いておきたいけど、まあ……今はいいか。
 みんないるし。

「彼女が真斗くんとデートするというので、約二名の方がご不満の様子、というわけです」

 ほほう。
 …………。

「はあ?」

 我ながら間抜けな声を上げてしまう。

「なんだよそれ」
「ですからデートを」
「いやだから」

 どーして俺が……ていうか、なんでデートなんだ。

「少しは張り切って下さいよ? 黎は張り切ってお弁当まで作って待っていたんですから」
「ちょ……、いや俺、何も聞いて……」

 戸惑いながら、俺は視線をさ迷わせる。
 肝心の本人は――

「――だめなの?」
「うあ!」

 不意に声がかかり、思わず言葉を飲み込む。
 そこにはそれらしいものを手にした、黎の姿。

「お前、いきなり……」
「ふふ、誤解しないでね。上田さんはからかっているだけだから」
「……ということは」
「一緒に出かけましょう。二人きりで」
「う」
「断らないわよね?」
「ぬ……」

 みんなが見ている。
 所長はにやけていて、上田さんは笑っていて、東堂さんには恨みがましい目で見られ、茜も……何かさりげなさを装いながら、睨んでて。

「出かけるって……どこへだよ?」
「京都見物」
「はあ」
「前の続きを、ね。お願いできる?」

 前の続きって……ああ、由羅とも一緒に行った、あの時のか。

「そりゃ別にいいけどさ。何もこう、改まらなくても……」
「そんなつもりはなかったけど……」

 手にした弁当と思しきものを弄びながら、小首を傾げてみせる黎。
 その仕草からは、わざとなのか本気なのか、ちょっと分からない。

「とにかく、大丈夫ということね。それならば早速行きましょう。お昼になってしまうし」
「あ、ああ……」

 俺はもう、頷くしかなく。

「真斗、まあ頑張れよ~」

 ――そう言う、所長の言葉は無視して。
 後は黎に引きずられるように、事務所を出たのだった。

 外に出て。

「ごめんなさい」

 二人きりになった途端、黎はいきなりそう言った。

「謝ってもらってもな……」

 答えて、俺は頭を掻く。

「そりゃあさ。お前、けっこうな美人だし、デートに誘われて悪い気はしないけど……」
「光栄ね」

 くすりと、黎が笑う。

「てか結局、何か目的でもあるのか?」
「言ったように、あなたにこの町を案内して欲しいだけ。二人きりは、初めてでしょう?」
「それだけか?」
「ええ。こうしてお弁当も作ってみたの」

 そう言って、ひょいと持っていた包みを見せる黎。

「柴城所長に頼んで、事務所の炊事場を使わせてもらったの。この国の一般的な料理はよく知らないから、所長にも手伝ってもらって。……いい人ね」

 まあ、確かに所長はいい人だけどさ。

「それで、できて待っていたのだけど……なかなか真斗は来てくれなくて。見かねて、九曜さんが」
「……俺を起こしに来たってわけか」
「そう」

 ……なるほどな。

「あいつ、かーなり機嫌悪そうだったけど。それにお前、あいつと喧嘩……したわけじゃねえけど、何つうか」

 茜のやつ、かなり険悪になってたし。

「大丈夫よ……九曜さんとなら。今回のことをすすめてくれたのも、実は彼女なんだから」
「茜があ?」

 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 あいつ、またなんでそんなことを。

「とりあえず、わたしのことを認めてくれたのだと思うわ。だから、一緒に」
「うーん……。でもさっきもずうっと、俺のこと睨んでたぞ」
「それは」

 また、黎が笑う。

「東堂……さん? だったかしら。あの人が怒った理由とよく似ているんじゃないかって、思うけど」

 そーいや思いっきり、胸倉掴まれたよな……。
 東堂さんは、黎に一目惚れ状態で、つまるところ嫉妬のよーなもので……。
 茜も同じ理由って……。

「ま、まあいいけどさ」

 俺は思考を打ち切った。
 何ていうか、信じられんし。

「で?」
「え?」
「だから。どこ行きたいとか、要望は?」
「そうね……。本当は静かな所がいいけれど、どうせだから、人の多い賑やかな所にも行ってみたいわ」
「また漠然としてるな……。具体的に、ここに行きたいとか」
「前もそうだったけど、わたしはこの町のことはよく知らないの。歴史のある町、くらいにしか。だから真斗に任せるわ」
「ふむ……」

 まあ、それはそうだろう。
 観光目的で京都に来たんだったら、事前に色々と行きたい所なんかを調べておくんだろうけど、こいつの場合、目的は観光じゃないしなあ……。

「じゃあとりえず」
「うん」
「腹がへったし、食べていいんだったら、それでまず腹ごしらえをしたい」
「……お弁当?」
「おう」

 頷くと、どうしてだかちょっとだけ困ったような顔になる。
 黎にしてみれば、珍しい表情。

「……あまり、自信ないのだけど」
「じゃあ採点も兼ねて」
「……もっと嫌よ」
「むう……」

 恥ずかしがっている、というのは分かるけど、それじゃあ食えないぞ。

「とりあえず、飯の食えそうな所まで行こうぜ。適当に静かな所知ってるし。まずはそこからってことで」

 俺の提案に、とりあえず黎は頷いた。

「またバスで?」
「それでもいいけど……待ち時間、勿体無いだろ。それに混んでるし。単車でどうだ?」

 今回は二人きりだから、後ろに乗っけることもできる。
 俺はこっちの方が慣れてるし、気疲れしないしな。

「いいわ……任せる」

 もう一度、黎は頷いた。


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