第26話 命の人質

「……なんだって?」

 一泊遅れて、俺は聞き返した。
 いまいちよく分からんのだが……。

「そうね。簡単には信じられるものではないわね」
「いや、ていうかもう一度――」
「兄、と言ったな。ということは、お前はレイギルア・ミルセナルディス――かつての魔王の、妹だというのか?」

 俺なんかはそっち退けで、茜は冷静に確認する。
 それに対して最遠寺は頷く。

「とすると、お前は千年だか二千年だか昔から生きているというわけか」
「そうなるわね」

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 ……おいおい。

「あっさり信じてるのかよ茜?」
「別に嘘をつく理由もないだろう」
「嘘っていうか、それ以前の問題だろーが」

 普通、人間は百年程度生きるのが関の山だ。
 それを千だの二千だの。

「私はそれくらい生きている知り合いがいるからな。他にいたって不思議じゃない」
「……まじかよ」
「話が早くて助かるわ」

 いや待て、俺はまだ納得してねえって。

「真斗、いいから聞いておけ。真偽の確認は、話を聞いてからでもできる」
「まあ……いいけどよ」
「というわけだ。続きを聞きたい」

 俺を黙らせて、茜は最遠寺に先を促した。

「そう……今から二千年以上も前のことよ。わたしのお兄様は、ユラのせいで死んでしまったわ……。それを、今でも恨みに思ってる。それだけのことよ」

 それだけのことって……。
 じゃあ何か、あいつもそんな昔から生きてるってのか……?

「……そういやあいつ、千年ドラゴンって」

 千、という言葉を聞いて、俺は不意にその名を思い出していた。
 確かあいつのことを指して、最遠寺はそう言っていたような気がする。

「ええそうよ。ユラは元々ただの人間だったわ。けれどお兄様が哀れんで、その身に千年禁咒をかけたのよ。そして生まれ変わったの。わたしはそれが許せなくて、今まで生き続けてきたわ。本当に、長い間」
「…………」

 つまり、最遠寺の兄貴とやらは、何をやったのかは知らねえけど由羅のせいで死んでしまった。
 それを恨んで、最遠寺は由羅を殺そうとしている、ということか。
 魔王だの千年前だのといったことさえなければ、分からないことでもない。
 明快な動機ですらある。

「なるほど。ではやはり、私怨か」

 ぽつりと、茜が尋ねる。
 最遠寺は否定しなかった。

「その理由が本当ならばお前個人のことだし、私達が関わるべきことじゃないと思う。でも、現状ではそうはいかない。あの異端が実際に犠牲者を出している以上、アトラ・ハシースが放っておくはずもない。身内だってやられているからな。――何より、真斗のことだ」

 茜が、こちらを見た。

「俺が?」
「そうだ。真斗のことで、確認しておきたい。正直に答えろ」
「……いいわ」

 頷いた後、茜は最遠寺に向かって、ほんの僅か語気を強くして言う。

「昨日、お前は言っていたな。あの異端が、真斗を殺したと」
「ええ」
「確かにあの異端と真斗が交戦して、重傷を負ったということは聞いている。そう――お前は真斗を助けてくれた。瀕死だった真斗を。これは、本当か?」
「…………」

 わずかに、最遠寺は沈黙した。
 俺は、俺が死んでいるらしいことは、すでに知っている。
 昨日――あの得体の知れない少女が、記憶を蘇らせてくれる際に、そんなことを言っていたから。
 信じたくはないが、あの記憶が正しいならば、あれで助かっていてはまさに奇跡だろう。
 あの時の苦痛に、誰かを嬲るのを愉しんでいたあいつの表情――……。
 正直、思い出したくない記憶だ。

「――あれは、半ば嘘になるわ」

 最遠寺が、答える。
 ぴくりと、茜が震えた。

「桐生くんは死んだの。あの時に。普通の人間が心臓を握り潰されて、生きていられるわけがないでしょう?」

 ……確かに、な。

「じゃあこれは? 死んでいるようには見えないが」

 視線で俺を指す茜。
 これって言うな、これって。

「その通りよ。死んでいるようには見えないだけ」
「……説明しろ」
「本当にその通りの意味よ。今の彼は、わたしたちはもちろん、自分自身でさえ生前の自分と区別がつかない存在として、ここにあるの。でも――例えばそうね、あなたの良く知る死神と呼ばれるあの方が桐生くんを見れば、一目で気づくでしょうけれど」
「…………」
「桐生くんは今、ある方によってその存在が維持されているわ。その方が認識して下さる限り、あなたは存在していられる。ベースとなる身体は補修して利用しているから、あの方もさほど力を向けずに済んでいるの。でも逆に身体に変調をきたせば、そのまま存在に影響してしまうけれどね」

 ……なるほど。
 昨日のあれか。

「――黎」

 低くなった声で、茜が最遠寺の名を呼ぶ。

「私はお前が、真斗を利用するつもりで助けたと思っている。それはいい。だけど……もし、初めから利用するつもりで真斗がやられるのを見ていたというのなら――」
「茜」

 最遠寺が何か答えるよりも早く、俺は口を挟んだ。

「そんなことは無いだろ? つまらんこと聞くなよ」
「だけど――」
「茜」

 もう一度名前を呼ぶと、渋々としながらも、とりあえず追求することはやめたようだった。
 しかし今度は反対に、こっちを睨んでくる。

「……真斗、お前のことなんだぞ? どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」
「別に落ち着いているわけじゃないけどな」

 俺が死んでいるらしいこと――それを今初めて知ったのであれば、もっと動揺しただろう。けど俺がこのことを知ったのは、昨日のことなのだ。

「昨日さ、変な女に会ったんだよ。女っていっても、まだ小さいガキだったけどな。――そいつが、教えてくれた。俺が失っていた記憶と一緒にな」
「……エクセリア様に、お会いしていたの」

 少し驚いたように、最遠寺がこちらを見てくる。

「誰だ?」

 尋ねるのは、茜。

「……紅い目をした、綺麗な銀の髪の方ね?」
「ああ」

 あの少女と会ったのは、ほんの僅かな間だ。しかしあの容姿は、よく覚えている。

「では間違いないわね……。桐生くんが出会ったその方の名は、エクセリア。今桐生くんは、その方に認識されることで、存在を維持することができているのよ」
「何者だよ?」
「……エクセリア様は、何もおっしゃらなかったの?」
「ああ。俺に記憶だけ戻してくれたら、あっさり消えちまったよ。まあ、まともな人間じゃないってのは、何となくわかるけどな」

 あんな子供の姿をしていたが、姿そのままの印象はまるで受けなかった。
 空虚だったといえばそんな気もするし、だけど一方で存在感に溢れていた存在……。

「わたしにも、そしてあの方たちもきっと、自分が何者なのかなんていうはっきりとした答えは知り得ていないと思うわ。ただ、あの方はこんげんにそ根源二祖と呼ばれている、観測者」
「観測者?」
「そう。存在を、存在たらしめる存在……。その一人が、あの方」

 その一人って、他にもまだいるってわけかい。

「茜、わかるか?」

 難しい顔で聞いている茜に聞いてみるが、返事は軽く肩をすくめただけだった。
 とりあえず、続きを話せということらしい。
 最遠寺は小さく首を横に振る。

「あの方のことで、わたしが話せることは少ないわ。ただ……ともあれ、あの方がいるからこそ、桐生くんは存在していられる。これは間違いないことよ」
「……結局、真斗の命が人質ということか」

 不愉快そうに、茜が最遠寺を睨む。

「真斗の命はお前たちの自由、ということなんだろう? つまり、協力しなければあっさり殺すと――そう脅しているのと同じだ。違うのか?」
「……そのつもりはなかったわ」

 明らかに怒っている茜とは対照的に、静かに最遠寺は否定する。

「信じられない」
「でしょうね。つもりはなかったけど、結果的にそう思われても……仕方無いわ。わたしは協力して欲しいし、そして桐生くんの存在はエクセリア様次第なのだから」
「真斗を殺してみろ。その時は、あらゆる意味で後悔させてやる」
「…………」
「……おい」

 思わず俺は口を挟んだ。
 何ていうか、非常に空気が悪い。ぎすぎすし過ぎだ。

「少し落ち着け茜。あんまり最遠寺につっかかるなよ」
「何を言ってるんだこの馬鹿! 自分のことだろう!?」

 怒鳴られる。

「そんなことはわかってる。当然だろ?」
「わかってない!」

 あっさり否定してくれる茜。
 ったく……。冷静なようでいて、意外と短気なところは相変わらずだよな。

「いいから落ち着け。お前が怒ると話が進まなくなるだろ? 今のとこ、最遠寺も聞いたことにはちゃんと答えてくれてるんだ。でもって話はまだ終わってない。肝心なことをな」

 そう。肝心なことを、まだ聞いていない。

「最遠寺」

 茜が何か言い返すより早く、俺は最遠寺へと聞いた。

「結局お前は、俺にどうして欲しいんだ? 俺だってまだ死にたくない。できることなら協力してもいい。でも最初にも言ったけど、あいつをどうにかする手伝いだけはやる気は無い」

 沈黙の後。
 長く息を吐いて。
 最遠寺は答えた。

「わたしは今……動けないわ」
「動けない?」

 俺は眉をひそめる。

「昨夜のこと、覚えているでしょう? わたしは少なからず傷を負ったわ。はっきり言って、今この状態ではユラと闘っても勝ち目はないわね」

 自嘲気味に、最遠寺はそんな風に言う。

「それを言うならあいつの方だって一緒だろ? 第一あいつ、無事なのかよ」

 確かに最遠寺もやられていたが、由羅だって、同じようにやられていたはずだ。

「ていうかお前、あんだけ怪我したはずなのに、無傷に見えるんだけど?」
「見た目ならね」

 最遠寺は苦笑する。

「今はただ、傷が塞がっているだけ。歩くのがやっと、というところね……」

 そうは言うが、とてもそんな風には見えない。

「でもユラは違うわ。外傷ならばとっくに治っているはずよ。もちろん、体力も。そういう存在なんだから」

 あいつが千年ドラゴン――とかいう存在だから、か。
「わたしが力を取り戻すには、少々時間がかかるのよ。だからその間、桐生くんにはわたしを守って欲しい」
 誰からかなど、考えるまでもない。
「……それが、俺にして欲しいことか?」
「さしあたってはね」

 過去の因縁はどうあれ、今回仕掛けたのは最遠寺だが、由羅の奴だってそれを黙って見ているはずがない。最遠寺の言うように回復しているのならば、反撃だってするだろう。
 そうしたら――あいつは、最遠寺を殺すのだろうか。
 正直なところ、それは自然な対応だと俺は思う。
 自分を殺そうとする奴を相手に、反撃するなという方が無茶だ。

「ったく……くそ」

 本当ならば関わるべきことじゃない。
 最遠寺と由羅、二人の個人的なことだ。
 けど茜も言うように、そうして済む問題ではなくなってしまっている。
 運が悪かったのか何なのか、俺はすでに巻き込まれてしまっているからな……。

「わかった。役に立つかどうかは別として、由羅の奴が来たら、俺が相手してやる」
「真斗!?」

 僅かに驚いた最遠寺を余所に、茜が声を上げた。

「本当に、黎に協力する気なのか?」
「――仕方ないだろ? お前も言ってただろーが。俺の命が人質になってるようなもんなんだ。断ってあっさり消されでもしたら、嫌だからな」
「……っ。お前はそれでいいのか」

 歯を噛み締めた後、茜が押し殺した声で、尋ねてくる。

「まさかな」

 そんなわけがない。

「いいはず無いだろ。いくら妙な力が出せるようになったって、自分の命が誰かに握られてるなんて、それこそ冗談じゃない」

 冗談じゃない、が……今はそれをどうにかする方法など、何も思いつきはしない。
 この現状さえ、しっかり把握しているわけでもないってのにな。

「とりあえずは、いったい自分がどうなってるのかを知りたい。ついでにもう一つ、由羅を止めとく必要もあるだろ?」

 大丈夫だとは思うが、今回の一件でいつが自棄になって、元のように暴れられたら洒落にならない。
 最遠寺はそれこそ狙っているのかも知れないが、俺としては願い下げだ。
 何にせよ、由羅は止めなければならない。止めれるうちに。
 今最遠寺が動けないのなら、それは好都合だ。由羅のことだけ警戒してればいいんだからな。
 ボディーガードなら、ちょうどいい。

「茜、お前はどうする?」
「ふん」

 答えず、茜は鼻をならしてそっぽを向く。
 かなり不機嫌なのは、間違いない。

「私はお前ほどお人好しじゃない。勝手にしていろ」
「勝手にって、おい」
「気に入らない。それに、嫌なにおいもする」

 それだけ言うと、乱暴に席を立ってしまう。
 ……って、においって何だよ。

「――九曜さん」

 すれ違いざまに、最遠寺がさりげなくささやく。

「邪魔だけは、しないでね?」
「――ふん」

 やはり何も答えず、茜はそのまま行ってしまった。
 あー……。あれは相当怒ってるよな……。
 最遠寺に対しても、俺に対しても怒ってるんだろう。
 俺を利用している最遠寺に。
 そんな最遠寺に従う俺に。

「……九曜さんは、真っ直ぐな人なのね」

 茜が荒々しく公園を出ていった後、ぽつりと最遠寺がつぶやいた。

「まだガキなんだよ。あいつはさ」

 自分で言ってから思い出したけど、あいつってば俺よかそれなりに年下なんだよな。
 昔っから偉そうにしてるから、時々忘れるけど。

「わたしも驚いているのよ? 事情を知った上で、まさかこんなにあっさりとわたしに協力してくれるなんて」
「別に協力してるわけじゃねーぞ」
「え?」
「あいつが暴れないようにお前に張り付くのに好都合だった、ってわけだよ」
「……守っては、くれるのでしょう?」
「そりゃあな」

 由羅が誰かを殺してしまったら、意味が無い。
 例えそれが、最遠寺だったとしても。
 ともかく、もう一度あいつに会うべきだろう。そして改めて、あいつの意思を確認したい。
 それに、一応心配でもあるしな。

「さて……と」

 俺は時計を見ると、最遠寺へと口を開く。

「俺、そろそろ授業なんだけど、ちょっと学校行ってきていいか?」
「学校?」

 わずかにきょとん、となる最遠寺。

「そう……そういえば桐生くんは、学生だったものね」
「そーだよ」
「休んではくれないの?」
「…………」

 授業、サボれってかい。

「そりゃあお前がサボれって言うんだったら、いくらでもサボるけどさ」

 休むことに対して抵抗は無いが、ここにいたからってそうそう話が進むとは思えない。
 由羅だって、いきなり昼間に襲撃してこないだろうし。
 けどまあ、ちょっとした気分転換には、授業をぼんやりと聞いてるのも悪くないと思った程度だから、どうってことでもないけど。

「……そうね」

 何を思ったのか、最遠寺はしばし考え込んだ後、俺へと視線を戻した。

「休まなくていいわ。わたしも付き合うから」

 ほう。

「付き合うって、あれか? 学校にくっついてくるってのか?」
「ええそう。せっかくこの国に来たのだから、その文化に触れておくのも悪くないでしょう? ちょうどいいわ」
「この国って……」

 どういう意味だと怪訝に思った俺だったが、すぐに思い直す。

「……そういやお前って、日本人じゃなかったんだよな。いまひとつ実感無いけど」

 名前も偽名だったっけか。

「最遠寺、っていう名前もにせものなんだよな。やっぱり本名で呼んだ方がいいのか?」

 聞いてみるが、最遠寺は首を横に振る。

「せっかくつけた名なのだから、そのままで構わないわ。それに、この国のあなたにとっては、その方が呼びやすいでしょうし」

 そりゃまあ確かに。

「でも……そうね。どうせだから、名前の方で呼んで欲しいわ」
「? どういうことだ?」
「だから。黎、と呼んで欲しいの。九曜さんにそう呼ばれて、仮の名前とはいえ良い響きに聞こえたから」

 ああ、なるほど。

「別にかまわんけど」
「それと」

 もう一つ、と最遠寺――黎は付け加える。

「真斗って、呼んではだめかしら?」
「む?」
「白状すれば、ちょっとした妬み。ユラですらそう呼んでいるのに、パートナーを相手に他人行儀というのもつまらないわ」
「パートナーって……」

 そういや最初、そんなこと言ってたよな。
 けど妬みってなあ……。

「別にいいけどさ。由羅のやつなんて、いきなり俺のこと真斗って呼んでたしな。ていうかあいつ、桐生って名前の方は知らないんじゃねえの」
「そう……。ではそうさせてもらうわ」
「ああ」

 頷くと、俺は立ち上がった。

「で、俺行くけど……来るのか?」
「ええ」

 あっさりと、黎は頷く。

「俺は一回部屋戻ってから行くから、ちょっと待ってくれるか?」
「そうするわ」
「そんじゃ、後で」

 もう一度黎が頷いたのを確認して、俺達はいったん別れた。


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