第22話 愚かだとしても

        /真斗

 夜になって。
 昼間には全く手がかりすら得られなかったというのに、この時間になってあっさりと見つけてしまった。
 まあ……あれだけ派手に動いていれば、嫌でも気づいてしまうか。
 二人の戦いはすでに始まっていたが、住宅街を移動しながらで、しかも静かだったせいもあって、全くといっていいほど騒ぎにはなっていなかった。
 けれど、気づくものなら気づいただろう。
 俺のように。

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 本当ならば、俺の出る幕ではないのかもしれない。
 俺には事情は分からないが、最遠寺はどうやら個人的な理由で由羅のことを追っているらしいし、茜は茜で組織の命令だときている。
 最遠寺に協力を頼まれたものの、茜には迷惑そうな顔をされるし、はっきりいって俺が役に立つとは思えない。
 それでも俺はあいつらの所に向かった。
 あいつの意思を確認しなければ、俺自身の進路が決められない。……決まっているかもしれないことを、諦めることができないだろうから。

「邪魔することになるかもな」

 かもしれないが、生憎俺は俺の意志で決めたい。
 そう決めたからこそ。
 俺は躊躇わずに銃口を向けた。

「――やめろ」

 制止の声に。
 ビルの屋上で、見たこともないような長大な銃を構えていた茜が、ゆっくりとこちらへと振り返った。

「……何のつもりだ?」

 俺がいつの間にか背後まで来ていたことに少し驚いたような表情を見せた後、その顔は一気に怪訝なものになる。
 そりゃそうだろう。
 いきなりこうやって、銃を突きつけられれば。

「説得するならまずお前から……だと思ってさ。それで来た」
「説得……?」

 首を傾げる茜。

「とりあえず、あいつを殺そうとするのはやめてくれないか」
「なに……?」

 単刀直入に言った俺へと、茜は更に不審げな顔をみせる。

「説明しろ」
「ああ」

 俺は茜に向けていた銃口を外して頷いた。

「殺し合うのはけっこうだが、その前にあいつの意志を確認したい。これから先もずっと、同じことを繰り返していくつもりなのかって、な」

 確かにあいつは人を殺していた。
 しかし俺と再会してからは、恐らくやってはいない。俺に刻印を刻まれて、そんな余裕が無かったからか、それともそれ以外の理由なのかは知らないが。
 それに再会してからのあいつは、そんな様子など微塵も無かった。

「俺だって人を見る目くらいあるつもりだ。あいつが更正できるかどうかくらい、判断つくさ。あいつがこれからはしないって言うんだったら、俺は約束通りに刻印を何とかして、助けてやりたいと思ってる」
「……黎の話では、お前はあれに殺されかかっているんだろう? 記憶が戻っていないからかもしれないが、あまりにもお人好しすぎるぞ」

 まあ……非難はもっともかもな。
 けど、決めたことだ。

「記憶なら、今朝方戻ったよ」

 よく分からない経緯ではあるが、とりあえずらしきものは戻っている。

「確かに俺はあいつにかなり痛い目に遭わされてたよ。普通だったら許せないくらいのな」

 だが、普通じゃないのだ。
 少なくとも俺の場合、そうだった。

「だから考えが変わった……ってわけでもないか。俺自身にもよくわからねえけど。人間っていうのは不思議なもんで、ちょっと出会い方の順番が変わるだけで、印象一つ変わってしまうものらしい。俺にとっては記憶を失っていたことが、その原因だろうな」
「……それで、あれを許そうと、そう決めたのか」
「いや、そいつはまだだぜ」

 それはこれからだ。

「言っただろう? あいつの意思を確認してからだって。あいつが結局これからも、お前らが言うようなことを続けるんだったら、俺はあいつのことは諦める。きっちりと恨みを返す――と言いたいところだけど、まあ感情的に無理だろうから、お前らを止めたりしない。好きにすればいい。でもあいつがずっと、この数日間のように生きていくって言うんだったら、俺はあいつの味方だ。お前らを止めてでも、な」

 それが、俺の結論。

「でもまあ……まずはあいつと話さなきゃいけないだろ。本当はお前らとやり合う前に由羅を見つけたかったんだけど、捜せなかった。おかげでこんな時間になっちまったというわけだ。で、あいつと話すにはまずお前らを止めないといけねーってわけで……」
「まず私を?」
「ああ。最遠寺と違ってお前なら、多少は話しやすいからな。最遠寺は……何か無理な気がするから、強引にでも割って入るつもりだ。その時に、少なくともお前には邪魔して欲しくない」
「……そうか」

 茜は頷いた後。
 俺へと無造作に銃口を向けた。
 まあ予想通りか。

「帰れ。私の目的はあれの抹殺だ。妥協の余地はない」

 ……ったく。
 相も変わらず頭が固いよな。
 仕方無いといえば、仕方無いんだろうけど。

「俺は引くつもりはないぜ? 何の覚悟もなく、ここに来たわけじゃない」

 同様に銃口を向けて、俺は言う。

「力尽くで、私を止めるっていうのか?」
「希望じゃないが、結果的にそーなるかもな」

 俺は不敵に笑ってやった。
 正直俺にあいつを止めることができるとは思えないが、それでもやらなきゃ始まらない。

「この分からず屋が」
 少し怒ったように、茜は言って。

 俺たちの戦いが、始まった。

 あらゆる面で、茜の方が俺より上だ。
 けれど、現実はずいぶん予想と違っていた。
 幾度かの交錯を経て、驚いているのは茜だけではなく、俺自身もそうだった。

「お前――?」

 茜が口を開く。
 俺にも身体能力を強化する類の咒は扱えるが、ごく初歩的なものだ。茜が使っているような恒常的にかけて、己の一部にしてしまうようなものなど、扱えるわけもない。
 もちろんその効果だって違うわけで、俺は基本的な身体能力に関しては、茜に敵うはずもないのだが。
 なぜか、互角以上に俺は渡り合うことができていた。
 あいつが弱いわけじゃない。
 やけに身体が軽くて、信じられないくらいに力を出せて、また反応できてしまうのだ。

 理由は分からないが、明らかに俺の身体は以前とは違っていた。
 跳べるはずのないところまで跳べ、今までだったらかわせないような茜の一撃をかわし、また受けることさえできた。
 むしろ、やけに力の出せるこの身体を、俺はうまく扱えないほどだった。

「――いったい何をした……!?」

 声を上げる茜。

「……俺が聞きたいな」

 茜の短剣の一撃を銃で跳ね除け、間合いができたところで口を開いた茜へと、俺も曖昧な返事しか返せない。

「馬鹿を言うな。アトラ・ハシースの中でもここまでの動きができる者なんて、そうはいないんだ。九曜にいて、何かしたのか」
「それはないな」

 俺は断言した。

「俺が由羅とやりやった時には、こんなことはできなかったんだ。できてたのなら、逃げることくらいはできてたと思うぜ」

 そう、あの時は出来なかった。
 ということは、変わったのはその後……か?
 俺が失っていたあの時の記憶。
 それは確かに戻ったが、それで全てが把握できたわけではない。
 俺に記憶を戻してくれたあの少女と、最遠寺の言っていたことは少し差があった。それも、俺の生き死に関して。
 その時に、俺の身体がどうにかなった可能性がある。
 思いつくのは、それくらいだ。
 気にはなるが、今は好都合だった。
 茜に引けをとらずに戦えるということは。

「……どういうことだかわからねーけど、今はお前をおさえてみせるぜ。それで絶対に、納得させてやる」
「……いいだろう。やってみろ!」

 再度の、交錯。
 茜と本気でやり合うのは、ガキの頃以来だ。
 一度も勝てたことは無かったが、今日は同じようには終わらせない。
 終わらせるわけには、いかない。
 今までになかったスピードで、一気に俺の懐へと侵入してくる茜。
 刹那の間に、あいつが逆手で持った短剣の刃が、俺の喉元を掠めてくる。
 避けていなかったら、間違い無く致命傷だ。
 俺を殺す勢いで、あいつは短剣を振るう。
 いや。

「ラグン・レデス!」

 突如膨れ上がったのは、咒法の炎。
 湧き起こった炎は、あいつだけを避けるようにして、一瞬にして俺を囲む。
 その炎がこっちを完全に包み込む前に、俺は茜へと体当たりをかけた。

「――!?」

 炎に囲まれ、一旦退くと思っていたのか、逆に俺に跳び込まれたことで、あいつの顔に一瞬動揺が走る。
 そのままがむしゃらに体当たりをして、俺と茜は地面をごろごろと転がっていく。
 俺を襲おうとしていた炎も、すぐ近くに茜がいるせいで、ぎりぎりの間を保ってそれ以上は近づいてはこない。

「――お前が優秀な咒法士で良かったぜ。俺だったらこうはいかない」

 倒れこんだ茜に銃を突きつけて、俺は言ってやる。
 この炎はよほど飼い慣らされているらしく、決して茜に危害を加えたりしてこない。もし俺が同じものができたとしても、誰彼かまわず襲っていただろう。

「勝ったつもりか?」

 答えてくる茜の声は、澱み無くて。

「!」

 俺は思わず仰け反る――その喉を、短剣の刃がかすめた。
 鋭い痛みが走る。
 そのために生まれたわずかな動揺を、茜は見逃さなかった。

「どけ」

 冷たくそう言い放つと、茜は左手の拳で俺の顎を容赦無く殴りつける。そしてそのまま突き飛ばした。

「ぐっ……!?」

 油断――したわけじゃない。
 単純な、経験の差だろう。
 どこまでで勝負が決するのかという、その見極めることに対しての。
 茜は俺を蹴り飛ばすと即座に立ち上がり、未だ残る咒法の火を収束させた。
 そして再び放つ。
 俺に向けて。
 覚悟する間も無く、炎が迫る。

「…………!!」

 しかし、身体が焼けることは無かった。
 炎は周囲を囲んでいるものの、ぎりぎりで押し留まっている。それでも信じられないくらいに熱いが。

「真斗」

 炎の向こうから声がする。

「お前の負けだ」

 それを否定することはできなかった。
 形成は一気に逆転し、茜がもしその気だったならば、俺は燃え尽きていただろう。

「これ以上ごねるのなら、私も容赦しないぞ」

 あいつの言葉に殺意は無い。が、怒気は感じられた。
 俺は仕方なく……両手を上げる。
 その様子が分かったのか、茜は小さく鼻をならすと、俺を囲んでいた炎を退かせ、消失させた。

「やっぱりお前には勝てないな」

 何とかなるかもしれないと思っていたけど、やはり現実はこんなもんらしい。

「……諦めるのか?」

 ほんの僅か意外そうに、茜は尋ねてくる。

「諦めさせたのはお前だろ?」
「――黙れ馬鹿真斗」

 俺の言葉に茜は表情を険しくさせると、一気に俺の懐へと飛び込んできた。
 そして一発、顔を思い切り殴られる。
 ――今までの中で一番、痛かった。

「ってえ……!」
「お前、いつからそんなに意気地が無くなったんだ? 諦めさせた、だと? ふざけるな」
「あ、茜……?」

 小さな肩を震わせて、茜は怒っていた。
 今まで見たことがないくらい、激しく。
 俺はぽかんとなるしなない。

「こんな所まで乗り込んできて、この私に挑んできた時には、馬鹿なりにお前らしいと感心した。いい悪いは別としてだ。戦ってみて、お前は信じられないくらいに強くなっていた。それも感心した。だというのに、一度追い詰められたからといって、あっさりと諦めて……一体何をしに来たんだ? 私はそんな弱い奴に付き合っていられるほど、暇じゃないんだ」

 ……どうやら怒られているらしい。
 俺が、だ。

「悪かったな。期待に添えなくて」

 散々言われて俺もさすがに不機嫌になって、ぶっきらぼうに言い返す。

「別に期待なんかしてない」
「あーそうかよ。だったらどうして俺がお前に怒られなきゃいけないんだ?」
「それは……」

 答えようとして、茜は言いよどむ。

「もう一発殴られたいのか?」

 答えられない答えなのか、視線を険しくさせて茜はそう言い放った。
 暴力女め。

「……まあ、いいさ。腑抜けだろうと何だろうと、負けたのは俺だからな。これ以上お前に無理は言わないでおく」
「……どうする気なんだ」
「どうもこうも。効率の悪い方法に戻るだけだろ。俺はあいつを捜す。邪魔されれば抵抗する。叶うかどうかは別としてもな」

 答えた瞬間、また茜が動いた。
 そう二度も三度もやられるかっての!
 充分に警戒していた俺は、あいつの動きにあわせてその一撃を避け、銃を突きつける。
 避けた茜の短剣は再び俺の喉元に突きつけられてはいたが、俺の銃もこいつの額に狙いは定まっていた。
 互いに、微動だにせずに。

「不可解――とは言わない。お前の行動は」

 そのままの姿勢で、茜が口を開く。

「へえ?」
「らしいとはいえば、お前らしい。馬鹿だけど」

 ……む。

「馬鹿とは何だよ馬鹿とは」
「あんな物騒なものに気を許すお前のような奴を、馬鹿と言うんだ。知らなかったのなら覚えておけ」

 ったく酷い言いようだな茜の奴。

「許してねえよ。そいつをこれから見極めるんだろ?」
「私に負けて、すぐに諦めるような奴が、できるのか?」
「さあな」

 俺は特には何も言わなかった。
 諦めたのは、あくまで茜に対してのことだ。由羅の奴と話すという目的を、放棄したわけじゃない。
 負けたのは事実だが、二度目もそうなるとは思っていない。少なくとも、二度目のチャンスがある以上は。
 もっとも機会があるからといって、こいつとそうそうやり合いたくはないけどな。

「……どうして、あいつにそんなに気をかける?」
「色々はっきりさせたいから、だな。俺がやられたこととか、あいつのこととか。そういうのを気にしてしまう程度には」

 もう、俺はあいつのことを気に入ってしまっている。
 良くも、悪くも。
 それだけだ。

「……ふん」

 茜は鼻をならすと、じろりと睨んできた。

「銃をおろせ」
「お前が先だろ?」

 そう言ってやったら、茜の持つ短剣の刃が、数ミリこっちに接近してくる。
 ったく……。
 俺はこれ見よがしに、肩の力を抜いてみせた。
 それを合図にしたかのように、あいつの短剣と同時に俺は銃を下げた。

「……やっぱりお前は馬鹿だ」
「おい」
「素直に私の言うことを聞いていればいいのに」

 そっぱを向いて、茜はそう言う。
 俺は半眼になった。

「お前の何を聞けってんだよ。ご希望通りに諦めてみせたら、怒って殴ったりするくせに」
「ふん。真斗なんかに、この私の崇高な考えが理解できるなんて、これっぽっちも期待なんかしてない」

 はいはい、そーかよ。

「んで、どーするんだよ? 結局後で俺が邪魔になるっていうのなら、ここでもう一度完全に決着つけるか?」

 さすがにお互い殺し合いとまではいかないだろうが、それでもどちらかが立てなくなるまで――ならば。

「真斗」
「なんだよ」

 多少身構えて、見返す。

「私も馬鹿のようだ」
「ほう」
「馬鹿に話しても無駄だと気づくのに、こんなにも時間がかかったんだから」
「てめー……」

 相変わらずの言いようではあったが、それでも茜から戦意のようなものは消えていた。

「望み通り、時間はやる。だけど条件だ」
「ああ」
「もしあいつが望むような答えを返さなかったならば、決断しろ。私や黎の邪魔を、二度としないと」

 それは、紛れも無く茜の本心のようだった。
 俺は頷く。

「……サンキュ」

 俺の見込み違いであるのならば、俺はもう何も言えないし、できない。

「それにしても真斗」

 ふと何かを思い出したかのように、茜は訝しげな視線を改めて送って寄越してきた。

「んだよ?」
「お前のことだが……何だかインチキ臭いぞ」

 初めは何のことだか分からなかったが、やがて何となく察する。
 茜が言っているのは、あいつと互角以上に渡り合うことができた、俺の力のことだろう。

「ま、それは俺も思うけどな」
「何だそれは」
「仕方無いだろ? 俺だってよくわかってねえんだから」

 今までの俺に、こんな力の自覚など無かった。
 理由はよく分からないが、今はそれを喜ぶこともいぶかしむことも、やっている時間は無い。
 後回しだ。

「ともかく行くぜ、茜」
「うん。あれからずいぶん移動したようだから、見失ってしまったけど、たぶんすぐに見つかると思う」

 夜の民家の屋根を見下ろしながら、茜は言う。
 俺にはとても見えないが、茜は俺以上のものを知覚できているらしい。

「ついて来い。でも遅れるようなら置いていくから」

 そうとだけ言って、あいつは非常識にもビルから飛び降りていってしまう。
 ……おい。
 いきなりそれかよ?

「確かになあ……今だったらお前らみたいな芸当もできそうな気がするけど……」

 先ほどの茜との一戦を振り返るに、今の俺なら何となく不可能では無い気もするが、やはり足は竦む。
 あいつと違って、普段からこんなことには慣れていないというのに……!

「くそ……こんなとこでいきなり置いてかれてたまるかよ」

 結局、俺は茜の後を追って、ビルから飛び降りてやった。


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