第21話 一途で愚かなこと

第21話 一途で愚かなこと

        /由羅

 都合良くといえば、確かにそうかもしれない。
 私は目覚めてからこれまで、綺麗にそれ以前のことを忘却していた。
 あれからどのくらいたったのかは分からなかったけど、それでもきっと長い長い眠りだったのだろう。
 だって、私が覚えている世界と、今の世界とではずいぶんと違ってしまっているから。

 そこで、苦笑。
 これじゃあ同じだ。
 前回目覚めた時も、今と同じ印象を世界に対して持った。
 ずいぶん変わってしまっていて……覚えていたあの人はもういなくて。
 狂ってしまったのだ。
 何の覚悟も無く千年もの歳月を越えれば、そんなものかもしれない。

「もう……いい」

 本当ならば、ずっと忘れていた方が幸せだったのかもしれない。
 忘れていたことを、思い出させたのはあの女。
 目覚めてから初めて会った時に感じた不快感は、今では何となく納得がいく。あの女が私を見て刺々しい態度をとっていたのも、私のことを知っているのだから当然だろう。
 それにしても何てことだろう。

「まだ……生きていたなんて」

 どうやってかは知らないけど。
 ずっと、私のことを恨んでいたのだろうか。
 前回で千年。今回はあれから何年たったのかは知らないけど、その間ずっと。

「呆れるね……。私自身もそうだけど」

 つぶやいて、私は夜空を駆ける。
 ふと、思い浮かんだのはあの人間のこと。
 桐生真斗。
 私に新しい名前をつけた人間……。
 やっぱり彼はあの夜のことを忘れていて、だからこそこの数日はあんなにも楽しく感じることができた。
 でもそれももう終わり。
 彼はきっともう思い出している。
 周りにそれを促す人間がいる以上、時間の問題なのだから。
 私自身、あの女に名を呼ばれて、忘れていたことを思い出してしまったように。

 ――できるならば、もう二度と殺したくない。
 何でそう思ってしまうのかは不思議だけど、深くは考えないようにした。……だって考えれば考えるほど、泣けてきてしまうから。
 でももし今度会ってしまったら、あの時のように敵になっちゃうんだろうな。だから、会いたくない。
 ジュリィとの決着をつけたら、この町を出よう。
 あの少女に会えなかったこととか、刻印のこととか……色々と心残りはあるけど、彼をまた殺してしまうよりはいい。
 いい、はずだから。

「――こんな夜に散歩かしら」

 突然声がして、私は足を止める。
 道を隔てた屋根の向こうに佇むのは、見知った姿。

「あなたを捜してたの」

 正直に、私は言ってやる。

「少しだったけど、楽しかった私の生活を壊してくれたんだもの。お礼、しなくちゃ」
「楽しかった……? それをいうならば、あなたとて同じよ。わたしからお兄様を奪って、こんな所まで死ねずに追ってこさせたのは……紛れもなくあなたなのだから」

 向こうで、ジュリィは笑ったようだった。
 どこまでも棘のある笑みだったけど。
 あの人。
 ジュリィがそう呼ぶ人は、私にとっての兄になってくれた人。
 レイギルアという名前だった。

「私はあの人を殺していない」
「同じことよ。お兄様はあなたを助けるために千年禁咒を使い、その結果死んでしまったのだから」

 ジュリィから笑みが消える。
 そう……やっぱりあの人は、あの後死んでしまったんだ。
 だからこの前目覚めた時にはもういなかった……。

「あなたを助けてからの一年間……お兄様が弱って死んでいく様を、わたしは誰よりも近くで見ていたの。その時の気持ちがわかるかしら? レネスティア様ですらどうにもならなかったわ。わたしはただ、その間にあなたを憎んだ……今もなお」
「私を殺そうとしたのはあなたじゃない!」
「先に手を出したのはあなたよ」

 私はあの時とても弱くて、レイギルアの妹であるジュリィに勝てるはずもなかった。でも我慢できなくて……結局返り討ちにあったのだ。
 その後の記憶はよく覚えてはいないけど、察することはできる。
 瀕死だった私をあの人は呪いの力で千年かけて助けてくれて、その結果あの人は死んでしまった……。

「今から千三百年ほど前かしら……。あなたが目覚めた時に、わたしはあなたを殺すつもりだったわ。そのために千年間生きてきたのだから。だっていうのにあなたときたら……」
「…………っ」

 蘇る記憶に、私は顔をしかめた。
 ジュリィの言葉を信じるならば、千三百年前に私が千年ドラゴンとして目覚めた時、ジュリィと邂逅したのはほんの一瞬だったのだ。
 目覚めた私は、世界の変化と誰もがいないことに気が狂ってしまいそうになり、その当時の災厄と化していた。それを救ってくれようとした者もいて、それがレイギルアと同じ魔王で、当時のレネスティアと契約を結んでいたクリーンセスだった。

 私は不安と嬉しさで一杯だったけど、結局自分を抑えきれずに彼を殺してしまって。
 怒りを買ってしまったのだ。魔王と契約していた悪魔――レネスティアの。
 私はあの時ほどの恐怖を知らない……。

「お兄様の時は、お兄様が決めたことだからと、レネスティア様はあなたのことを怒りはしなかったわ。でもクリーンセスの時は違った。あなたを助けようとした彼を殺して、レネスティア様は今度こそあなたを許さなかったわ。あの時のレネスティア様はわたしですら恐くて……近寄ることもできなかった。おかげであなたを殺す機会を失ってしまったの」

 それはそうだろう。
 私はレネスティアに二百年近くも苦しめられて、最後には凍りづけにして封印されてしまったのだから。
 その封印は、約一年前まで続いたのだ。いったいなぜ解けたのかは分からない。

「それからまた千年以上……わたしはあなたに手出しすることができずに見続けて。いい加減に疲れたわ。あなたを殺して、わたしも終わりにしたい」

 千年――いや二千年以上か。
 私はその大半を眠っていたけど、ジュリィは違う。
 ただ私を殺したいがために、ずっと生きてきたのだろう。
 でも。

「無理よ」

 私は言ってやった。

「無理……? 何が、かしら」
「私を殺すなんてこと」

 そんなことは、たぶん無理だ。
 私は例え身体をバラバラに引き裂かれたって、死にはしない。だって実際にそうされたこともあるから。

「……そうね」

 意外にもあっさりと、ジュリィは頷いた。

「あなたを殺そうと思ったら、あなたを作り出した者以上の存在力を持った、高次の者でなければできない。どれだけ傷つけることができても、私ではとどめを刺すことができないというわけね……」

 そうだ。
 私を千年ドラゴンにしたのは、レイギルアという魔王だ。
 だから彼以上の存在でなければ、私の存在を否定することはできない。

「でも色々と試してみなければ気がすまないわ。わたしはあなたを殺すためだけに、アトラ・ハシースなんてものを作ったのに……結局使うことは無かった。あなたはわたしに、信じられないくらいの時間をかけて無駄をさせたのよ。例えあなたを殺せないとしても、これまでの間に知り得た全てのことを試すことくらいはしたいものだわ。――それで駄目でも、その時は」

 ジュリィは途中で言葉を区切り、右手に何かを出現させた。
 大きくて、長い……透けた刀身を持った、剣。
 私は息を呑んだ。

「それは……」
「見覚えがあるでしょう? ずっとあなたを封じていた、氷涙の剣。どうしても駄目だとわかったら、これでまた封印してあげるわ。それで、殺したことにしてあげる」
「…………」

 あれは、ずっと私の胸に突き刺さっていて、私を封印していたもの。これを誰かが抜いたからこそ、私は目覚めることができたのだ。
 そしてあれは、悪魔が私を傷つけるためだけに作り上げたものだ。私にとっての猛毒。こんな身体にも、充分通用するもの。

「……誰かを憎み続けるだなんて、一途で愚かなことは……本当に、疲れるわ」

 そう言って。
 私へと襲い掛かった。

 ジュリィは人間とは思えない俊敏な動きで、私へと迫った。

「……こんなに長い間生きていて、人間なわけがないか」

 まるで自分のことのようにつぶやいて、私もその場を飛ぶ。
 一撃をあっさりとかわし、舞い上がった高みからジュリィを見下ろす。
 単純な身体能力では、私の方が上だ。この身体はこれを作った魔王以上の力を出せるから。

 けれどジュリィの一撃は、間違いなく致命的な一撃に繋がる。
 あの剣には私を憎む悪魔の怨念みたいなものが、きっとこもっているから。
 私も反撃に出る。
 住宅街を移動しながら、その立体的な空間を活かして、追いかけてくるジュリィへと向かう。

 ギィインッ!
 私が斜めに振り下ろした爪は、それを受けた剣の腹を激しく擦り、火花を散らす。
 力を込めすぎたせいか、爪の何枚かが剥がれてしまった。
 出血するが、どうでもいい。こんなもの、すぐに治るから。
 間をおかずにして再生した爪で、もう一度狙う。
 でもあっさりと避けられ、逆に攻撃される。

 ――そういった何度かの攻防の末、多少とはいえ傷ついていったのは私の方だった。
 掠り傷程度だけど、全身に少しずつ裂傷が増えていってしまう。
 誤解していた。
 確かに基本的な身体能力は私の方が上だけど、ジュリィには私には無い巧さがある。
 私の場合、何かと戦った経験というのはほとんど無い。圧倒的な力で、弱者を踏み躙ったことばかりだ。
 この前目覚めた時は、そうやってたくさんのものを殺した。唯一戦いと呼べたのは、当時の魔王だったクリーンセスと戦った時だけ。
 その後は、逆に私が踏み躙られる番だったから。

 でもきっと、ジュリィは違う。
 私が眠っている間、私を殺すために――それだけの力を得ようと努力してきたのだろう。
 だから技術も経験も、私ではとても及ばない。
 私の攻撃は当たらなくて、反対に傷を受けてしまう。

 ――それでも、その程度では私も倒れはしないから。
 私とジュリィの力は、ほとんど拮抗しているように見えた。
 二閃、三閃。
 ジュリィが剣を振る度に、鮮血が舞う。
 普通だったらこんな掠り傷、すぐにも治ってしまうのだけど、傷口から血は流れたままだ。
 それはあの剣がただの武器ではないという証明。
 凍てつくほど熱い剣閃に、私はじりじりと追い詰められていく。

「――思っていた以上に、弱いのね」

 どこか失望したように、そう言うジュリィ。

「かつてアトラ・ハシースでも、異端ですら語ることを禁忌とされたほどの災厄だというのに……実際はこんなものかしら」
「……私はそんなに強くない」

 一歩下がって、私は答える。
 そうだ。私は決して強くない。

「だからあの時、私は我慢できなかったんだから」

 そのせいで、ジュリィに一度殺されかけて。
 更には自分に手を差し伸べてくれた者まで、手にかけてしまった。
 それはひとえに、私が弱かったから。

「そうね」

 つまらなさそうに、ジュリィは頷く。

「私の知る限り、これまで千年禁咒をかけられた者は四人いるわ。そのうち魔王によって認められ、その咒を受けたのは、あなたを含めて三人……。けれど、その中であなたは最低の出来ね。強くもないくせに……色々なものを奪う。性質が悪いわ」

 そう……なんだ。
 私は知らなかったけど、私と同じ呪いをかけられたひとが他にもいるんだ。
 きっとみんな、私より強いひとばかり……。

「哀れね」

 言い切って。
 ジュリィが間合いの一歩を踏み込む。
 私はそれを避けようとして――その瞬間に見せた、ジュリィの笑みに、ハッとなる。
 銃声は無かった。
 けれど、確かな一撃は私を貫いていて。

「か――あっ……?」

 見下ろせば、自分の胸に空いていた、小さな穴。
 そこから吹き出ている、自分の血。
 すぐに理解する。
 誰かが、私を背後から撃ち抜いたのだと。

「油断ね」

 侮蔑すら含んだ言葉。

「あなたには味方なんていない。あなたが作ってきたのは、敵だけなのよ? 殺して、殺して……」

 これは銃痕。
 しかもただの銃の仕業なんかじゃない。
 昨日私と少し戦った、あのアトラ・ハシースの少女のものだ。

「く……っ」

 私は血の流れ出す傷痕を押さえて、その場から飛び上がる。
 痛くて仕方がなかったけど、止まっていてはいけないと本能が告げたからだ。
 きっと昨日の少女はあの長い銃でもって、私をどこからか狙っているのだろうから。
 だから止まっていてはまた撃たれてしまう。

「リーゼ・クリスト――九曜茜、か……。アトラ・ハシースの中でも指折りの腕利きよ。あなたが今までに殺してきた連中とは違うわ」

 冷笑して。
 ジュリィは、手負いとなった私へと迫った。


 次の話 第22話 愚かだとしても >>
 目次に戻る >>


終ノ刻印Ⅰカテゴリの最新記事