第18話 追撃と迎撃

第18話 追撃と迎撃

        /真斗

「早いな」

 深夜になり、俺は二人との待ち合わせ場所である事務所へと来ていた。
 来てみると、最遠寺はもう来ていて俺を待っていたというわけだ。

「ここでの仕事は初めてだというのに、わたしが遅れるわけにはいかないわ」
「充分間に合ってるって」

 俺は時計を見て言う。
 時間は二時半。
 実際の待ち合わせの時刻は三時だ。
 茜はまだ来ていない。
 と、最遠寺が口を開いた。

「……一つ、聞いていいかしら」
「ん? なんだ?」
「どうして桐生くんは、あれと仲良くしていられるんだろう……そう、思っていたわ」
「……何なんだ? いきなり」

 あれ、というのは恐らく……由羅のことだろう。

「別に……。ただ、せっかく助けてあげたのに、これじゃあまるで意味がないと思って、ね」
 わけの分からないことを言うと、最遠寺はそっと腕を伸ばし――指を俺の胸へと突きつけてくる。
「痛まなかったかしら。ここ」

 指されているのは、心臓のある場所。

「一昨日のこと、思い出してみて。朝目が覚めて、何か変だとは思わなかった?」

 一昨日……?
 そういえば目覚めた瞬間、胸が妙な激痛に襲われた。その後もずっと、身体の調子がおかしくて……。

「確かに何か体調がおかしかったけど……次の日になったら治ったからな。あんまり気にしてなかったけど……」
「ではその前の日のことは?」
「前の日って」

 その前の日といえば、今回の仕事を所長から受けた日のことだ。
 今みたいに初めて夜の見回りに出て……。

「特に何もなかったと思うけど……いったい何なんだ?」

 少々おかしな最遠寺の様子に、さすがに俺も不信感をあらわにした。
 そんな俺に、最遠寺は、

「あなたはその日のことを忘れているわ。理由はわからないでもないけど、忘れることができたかからこそ、あんな女と仲良くしていられる。――早く、思い出して」

 ただそうとだけ、言った。


        /茜

 銃口から飛び出したのは、ただの銃弾などではなく。
 圧倒的な、力の塊。

「…………!?」

 その威力を前に、そいつは驚愕の表情をみせた。
 だけど驚きたいのはこっちの方だ。
 あの至近距離から狙って撃ったというのに、その異端者は避けてみせたのだ。ただ頬をかすめただけ。
 みるみるうちに、少女の顔が怒りに満ちていく。

「私を、殺すって……いうの?」
「そのつもりで私はここにいる」

 私はもう一度銃口を向ける。

「――――っ」

 引き金を引くと同時に、少女の姿は宙に踊っていた。
 何のためらいもなく、屋上より飛び降りる。
 私もそれを、追いかけた。


 ゴルディオス。
 私の持つ武器に付与された力の名前。
 もちろん普通の銃とは根本的に作りが違う。そんなものでは異端を狩ることなどできはしない。
 これはここ二年の間に私が作った、私専用の武器だ。

 もっとも一人で……というと、そうではなくて、その大部分を手伝ってくれた者がいる。
 ゴルディオスは原理崩壊式といって、持つ者の存在力が相手より高ければ、その組織を根本的に破壊するという代物。
 死神と呼ばれた存在によって考案され、初めて武器として実用化したのが千年以上前のこと。死神が自ら作ったという死神の鎌をオリジナルに、それを模して今までの間に何本かその仕組みをコピーした武器が作られている。

 ただし、私のものはコピーではない。
 私は人間である以上、異端者に比べてその存在力は大きくない。無論、咒によって日常的に強化してはいるが、これにも限度がある。
 そんな私がこの武器を持っていても、自分以上の存在力を持つ相手には通じないのだ。ゴルディオスとは強者が弱者に対して絶対的な効力を発揮するためのもので、その力のわりに、ほとんど量産されることが無かったのはそのためである。
 私が欲しいのは、自分よりも強い相手にでも充分通じるもの。第一、武器とは得てしてそういうもののはずだ。

 ……これを作った死神というのは、自分より強い存在など最終的には存在しなかったわけで、そういう点では最も自分に相応しいものを作り上げたといえるだろう。
 私はこの武器に、例え私が使用しても死神が手にした時と同じくらいの効力を求めた。

 もちろん原理崩壊式なんていう、禁咒の域のものなど、私にはほとんど理解できない領域の知識だ。いや私だけではなく、理解できた者などいはしない。だから応用することができず、ただコピーするしかできなかったのだから。
 ではそんな代物を、どうやって私にでも充分意味のある武器に変えることができるか。

 一番手っ取り早い話、オリジナルを作った者に、新たに作ってもらうことである。私にも合うようなものを。
 幸か不幸か、私はそれと知り合いだった。ちょっと頼んでみたら、あっさりと作ってくれたというわけだ。もっともベースは私の用意したこの銃なので、共同開発、みたいな感じではある。
 ともあれこの武器ならば、私の存在力で、死神が手にした時と同じくらいの効力を発揮できる。しかも弾など込める必要は無く、気合一発で引き金を引けばいい。
 もっともあまり使いすぎると、けっこうな負担が私にかかる武器ではあるが、今目の前を走っている相手にも充分通じる武器だ。


 疾走する相手へと向けて、銃を撃ち放つ。
 威力は私の加減で調節できて、大砲のような破壊も可能だ。
 撃ちこまれた銃弾は、少女が着地に使おうとしたビルの屋上を、粉々に吹き飛ばす。
 騒ぎは望むところではなかったが、異端を仕留めることこそが、最優先のこと。それにたぶん、あれに出し惜しみをしていたら、こちらがやられる。一気に攻めて、相手が反撃に転じる前に、決定的な打撃を与えてしまいたい。

 足場を失って、少女はぐらりとバランスを崩した。
 そのまま落下するかに見えたが、片手を突起物に引っ掛けると、片腕一本の力だけで再び夜空へと舞い上がる。
 その際にこちらに向けた瞳には、明らかな怒りの色。
 これだけ距離が離れているというのに、感じる殺意。
 背中に感じた悪寒を私は無視して。
 その少女との距離を詰めるために、更に発砲した。


        /真斗

 すでに三時は回っている。
 約束の時間を過ぎても、あいつはやってこなかった。

「遅いな」

 俺のつぶやきにも、返事は無かった。
 あれ以来、最遠寺は黙して口を開いてはいない。
 小さく、溜息をつく俺。
 ……まったく何だというのだろう。

 ――早く、思い出して。

 やけに耳に残る、最遠寺の言った一言。
 いったい何を思い出せというのだろうか。
 ちらりと最遠寺を見てみるが、あいつはどこかを眺めていて、微動だにしていない。

 ……まあ、今はいいか。
 それよりも茜のこと。
 あいつが自分で指定した時間を破るとは思えない。
 最近はどうか知らないが、けっこう時間にはうるさかった奴のはずだ。
 それがまだ、姿を現さない。
 まだ二十分くらいしかたっていないとはいえ、不安になる。
 何か、あったのか。
 がらり、と音がして、事務所のドアが開く。
 ようやく来たかと思って振り向くと、入ってきたのは茜ではなかった。

「……上田さん?」

 そう、入ってきたのは上田さんだ。

「やあこんばんは」

 相変わらずの愛想の良さで、上田さんはそう挨拶してくる。

「こんばんはって……どうかしたのか?」
「まあちょっとした野暮用ができまして」

 そう言うと、無言で見返していた最遠寺へと近づき、何やら耳打ちする。
 ……何なんだ、一体?
 俺が疑問に思っていると、軽く頷いてみせた最遠寺が、その場に立ち上がる。

「行きましょう、桐生くん」

 いきなりそんなことを言う。

「行くってどこに?」
「九曜さんのところよ」
「茜?」

 俺は眉をひそめたが、最遠寺はかまわず事務所の入り口へと向かった。
 そしてつぶやく。

「少し、急いだ方がいいかもね」


        /茜

 反撃。
 それは突然だった。
 私が何発目かを撃ち込んだ時、狙いが逸れて、巻き上がった瓦礫があいつの姿を一瞬隠した。
 その僅かな間に、そいつはこちらに背ではなく正面を向けていて。
 一気に飛び掛ってきたのだ。
 一瞬にして消える、十数メートルの距離。
 私は思うより先に、真横に跳んだ。
 ズガッ!
 そいつの細腕が、地面を叩き割り、砕いた音。
 地に這って、こちらを見据えるそいつの瞳は――捕食獣の、それだ。
 私はあいつを狩るためにここにいる。
 けれどあいつも、私を狩る気でいる。
 そういう目だ。

「く……っ」

 私はとにかく動いた。
 あいつの身体は全て凶器だ。
 捕まれば、絶対に逃れられない。その場でバラバラにされてしまう。
 立場が逆転する。
 今度は私があいつに追われた。
 背後から狙撃されることは無いとはいえ――その分相手の身体能力はまともではない。
 私が日常自分にかけている身体強化の咒を、別のものに差し替える。いつものままでは、とてもじゃないがあいつの動きに対応できない。
 それでも。
 そいつはすでに私のすぐ背後へと迫っていた。

「――はあっ!」

 私は振り返ると、銃でもって振り払う。
 そいつがいくらか後ろに下がったところで、発砲。
 しかし精神制御が甘かったのか、大した威力にはならず、それを見切ったそいつに片手で簡単にその一撃を払われてしまう。

 ……大した相手だ。
 私は焦燥感にじわじわと支配されながら、相手を見据えてその場に踏みとどまる。
 ……今ほど振り払った一撃のせいで、少女が右にしている手袋が少し破れ、血が滲んではいたが、まるで気にした様子もない。
 ただこちらをどう殺すか、それだけを考えているようだった。
 こちらとて、まだ対応の手段は残されている。負けたとは思っていない。
 ただ少女が動かなくなったことで、こちらも迂闊に動けなくなってしまっただけだ。
 少なくとも今、下手に背を見せるわけにはいかない。
 数秒か、数十秒か。
 それだけたって、なぜか少女は視線を逸らした。
 殺気は消えはしなかったが、薄らいで。

「……やっぱり、殺したくない」

 突然、そんなことを言う。

「なに……?」
「別にあなたのためじゃないもの。私のため」

 私はただ眉をひそめて、その少女を見返した。
 思ってもみなかった、言葉。

「なるべく……真斗には疑われたくないから……」
「――?」

 耳に届いた知った名を、私が聞きとがめたその時。

「氷結の刃よ!」

 突如として響いた、咒。
 私とそいつが同時に見上げた瞬間、氷の刃がまさしく雨のように、降り注いだ。


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