第17話 流れは変わる

 とりあえず由羅に連絡をつけなければならない。
 まずはそれが第一と考えた俺は、茜をあいつが送って欲しいといった場所に連れていってやった後、またあいつのマンションへと戻った。
 面倒臭かったが仕方無いので、一軒一軒尋ねて回ることにした。運が良ければあっさりとぶち当たるかもしれないし。
 ただワンルームマンションということもあって、平日のこの時間に在宅している者はほとんどおらず、出てきた住人の中に由羅の姿は無かった。
 完全な空振りである。

「くそ……あいつ本当にあそこに住んでるんだろーな……」

スポンサードリンク

 ぼやきながら、俺は味噌汁を喉に流し込む。
 大学の学食。
 今日は二時間目の授業をすっぽかしてしまったので、とりあえず午後の分だけでもと思い、やって来たのである。
 昼休み時間は終わり、すでに三時間目の授業が始まっているが、学食内はまだ人が多い。
 それでもずいぶんマシにはなってきてるけど。
 腹ごしらえをしながら、さてどーしたもんかなと考えた。
 何としても、夜までにあいつと連絡をつける必要がある。でないと、せっかく茜に取り付けた協力がどんどん先延ばしになってしまう。
 それはたぶん、あいつにとっても良くないはず。

「……ったく」

 思わず毒づいたところで。
 誰かが俺の隣の席に座ってきた。

「…………?」

 珍しいことである。
 人は多いとはいえ、席はまだ他にも空いているというのに……。

「って、お前!?」

 びっくりして、俺はそいつの顔を見た。
 隣に座ってきたのは、どこかばつの悪そうな顔した由羅だ。

「えっと、隣いい……?」

 もう座ってていいもくそもないと思うんだが……まあ、いい。

「ああ」

 頷くと、由羅はおじおじとこちらを見た。
 何ていうか、らしくない表情。

「……朝。勝手に飛び出しちゃって……怒ってる?」
「いや、別に」
「……ほんとに?」

 最遠寺と一悶着して出て行ってしまったことを、こいつなりに後悔しているようだった。

「ほんとだよ」

 俺が答えると、とたんに顔を明るくさせる由羅。

「よかった……」

 ほっとしたように、由羅は笑顔を見せる。

「別にそんなに喜ぶよーなことでもないだろ?」
「え、だって……。何だか真斗に悪いことしたような気がして……」
「俺はいいけどさ。問題なのは最遠寺とお前との仲、だろ?」

 そう言うと、途端に由羅の表情が硬くなった。

「……あの女の話は聞きたくない」
「だとしても、このままだとちょっと俺が困る。これから会う度に、あんな風に言い合いされたんじゃな」
「二度と会わないもの」
「そうはいくか」

 何となくだが、そんな気がする。

「朝も言ってたけどな。あいつはお前が人間じゃないってこと、知ってるんだぜ。しかもあいつは、そういうのを相手にするのが仕事なんだ」

 バイトの俺なんかより、異端者にとってはよっぽど天敵なのだ。

「じゃあ返り討ちにしてやるもの」

 ぞわりとした殺気が、その時由羅から溢れた。
 俺は思わず見返す。
 今までこいつから感じたことのなかった、雰囲気。
 こいつ……。

「な、なに?」

 俺に見つめられて戸惑ったのか、由羅はいつもの調子に戻ってこちらを見てくる。
 今ほど感じた雰囲気は、微塵も無くなっていた。

「……何でもねえよ」
「……そう?」

 探るように、見つめられる。

「ああ」

 頷いて、俺は視線を逸らした。
 ……勘違い、だったのかもしれない。
 とりあえず今は、そう思うことにした。

「それよかお前、一つ朗報があるぞ」

 話題を変えて、俺は言う。

「え、なに? 朗報って」
「いい話、ってことだよ。お前のこれ、なんだけど、俺なんかよりずっといい専門家が見つかってさ」

 俺は自分の左手の甲を軽く叩きながら、そう言う。

「え……治せる、ってこと……?」

 ぱあ、と明るくなる由羅の表情。

「それはわからない。けど希望はあるかもな」

 所長の話では、ここにはあいつの姉も住んでいるらしい。最悪茜が駄目でも、姉の方を捜し出して何とか頼る方法もある。面識も無く、茜は嫌な顔をするだろうが、かといって形振り構っていられないのも事実だ。
 それでも駄目だった時のことは――考えないでおこう。

「そういうわけだ。あっちにも予定があるから今日は無理だけど、明日は会えるようにしたいから、朝になったら俺の家に来い。いいな?」
「う、うん。その、ありがとう」
「礼はまだ早いぜ。お前に刻まれているのがどんなものなのか、見てもらわねえと話にならないから。治るかどうかはその後だ」
「大丈夫、きっと。そんな気がするから」

 にっこり笑ってそう言う由羅。
 どこからそんな自信が出てくるのかは知らないが、元気なのはいいことだ。落ち込まれているよりずっと。

「つうわけだ。俺は飯食ったら授業だから、お前は帰っとけ」

 適当に手を振ってそう言うと、なぜだか首を横に振る由羅。
 ぶるんぶるんと長い髪が左右に揺れる。

「私も行くの」

 おいおい。

「行くって、授業にか?」
「駄目なの……?」
「別に駄目じゃねえけど」

 大学の授業など、部外者が入ったところで気づかれるものではない。特に由羅くらいの歳ならば、違和感など無いだろう。
 もっともこいつ、顔立ちが良すぎて、けっこう目立ってたりはするんだが。

「いいけど……。騒ぎは起こすなよ?」
「うん。そんなヘマしないから」

 まあよほどの馬鹿をしない限り、教室から追い出されるなんてことは無いだろうけど。
 ともあれ由羅は、何やらとても嬉しそうについてくるのであった。


        /由羅

 深夜。
 私は久しぶりに外に出た。
 今日真斗と会って、それだけなのに楽しくて。――ううん、安心できて。
 だいぶん気持ちがすっきりしたから、最近見れていなかった夜空でも眺めようと、外へと出ることにしたのだ。
 人気が無く、明かりも無い場所へと、民家の屋根を飛び越えながら私は風を切って進んでいく。
 ずいぶん寒くなった風だけど、今夜は心地良かった。
 今夜外に出たのは、別に今までやっていたようなことをするためなんかじゃない。真斗と会ってからそういう欲求はなぜか消えてしまったし、やらない方が彼と一緒にいるためにはいいって分かっているから、もう多分することはないだろう。

 散歩。
 今はそれだけのために、外にいる。
 いい場所を見つけて、私は立ち止まる。
 比較的高い建物の、屋上。人気も無く、静かで、夜空を見上げるには最適の場所だった。
 探せばもっといい場所があるのかもしれないけど、とりあえず今はここで満足。
 私はただぼうっと、夜空を見上げ続ける。
 どれくらいその場にいただろうか。
 私は気配を感じて、振り返った。

 いつのまにか私のずっと後ろ――屋上の隅にいたのは、一人の少女。知らない顔。
 長い鉄の塊のような物を片手に、こちらを見据えている。
 あまり、友好的とはいえない雰囲気のような気がした。

「……誰?」

 私は首を傾げて、そう聞いた。


        /茜

 事務所に向かう途中だった。
 偶然といえば偶然。
 ほとんどの者が寝静まった時間帯ということもあって、すでに静寂がかなりを支配している。
 けれど、だからこそ分かり易い。
 そんな動かない闇の中を、動くものというのは。

「…………」

 私は目を細める。
 何かが、ずっと遠くで動いた。
 私はそれを、人だと瞬時に判断する。
 軽々と、普通の人間には無い跳躍力でもって、屋根の上を跳んでいく何者か。
 明らかに不審な行動。
 私はそっと、その後を追うことにした。
 相手はとあるビルの屋上に留まったまま、ずっと空を見上げて動かなくなった。
 私は気配を殺してその屋上まで近づき、その後ろ姿を見続ける。

 相手は、女。
 長くて淡い髪が、闇の中ですら存在感を主張している。風に時折なびき、後姿ですら美しいと感じた。
 けれど、この相手は。
 私は知っている。私がずっと追ってきている異端者のことを。
 自分の目で見たことはない。だがその外見を見知っている者はいるのだ。
 私の追っている異端者は野に元々潜んでいた者ではなく、アトラ・ハシースによって第一級の封印を受けていた者だから。
 それが一年以上前に封印が解かれ、その中にいた者は逃走した……。

 その後を追った者は、今のところ誰一人として戻ってきてはいない。
 私は今夜のために持ってきていた武器を、知らず力強く握り締めてしまう。
 私の身長ほどもある、黒い鉄の塊。真斗が使っている拳銃とは比べ物にならない大きさと、威力を持つ銃身。
 私のそんな僅かな気配に気づいたのか、ようやくその少女はこちらを振り返る。

「……誰?」

 ほんの少し表情に警戒を滲ませて、怪訝そうにそれは口を開いた。

「私こそ聞きたい」

 自分でも声が硬いなと思いながらも、私はそれに答える。

「……何を?」
「お前のことだ。我々アトラ・ハシースが追っている異端――ユラスティーグ・レディストア。違うか?」

 その私の言葉に。
 間違い無く、少女の顔が変わった。

「ユラスティーグ……それが、私の名前なの……?」

「誤魔化すな。ここ最近この町で起こった殺人事件――そしてこの国に来る前にも、同様の事件を起こしているはずだ。お前からは、血の臭いがする」
「アトラ・ハシース……ここまで追ってきたの」

 低くなる、声。
 間違い無い。
 これが……私がずっと追ってきた相手。
 その容姿は、断片的にとはいえ私が報告を受けている通りであるし、何よりただの人間に――こんな、言いようの無いプレッシャーを感じたりはしない。

「そう。そういえば……あなたからも同じような印象を受ける。今まで私を追ってきた連中と、同じ」
「お前が殺したのか」
「……だって、私のことをしつこく追いかけるんだもの。殺そうとするんだもの。私だってわけも分からず死にたくない。最初は逃げることしかできなかったけれど、私は強いって教えてくれた人がいたから」

 教えてくれた人……?
 つまり協力者がいるということだろうか。

「あなただって、殺すよ? 今はなるべくそんなことをしたくないんだけど……でも、今の生活を邪魔されるのだけは、許さない。絶対に」

 じわり、と滲み出てくる殺気。
 ――強い。
 ただ向かい合っているだけで分かる、相手の強さ。
 本当にこいつは、ただの異端者なんかじゃない。
 でも退くわけにはいかない。
 私はアトラ・ハシースの異端裁定者。
 この女の抹殺が、その使命なのだから。

「――お前を追跡中の異端であると、認めた。よって、裁定権限によって強制排除する」

 一方的にそう告げて。
 私は、手にしている銃――死裁の銃身を、その異端へと向けた。


 次の話 第18話 追撃と迎撃 >>
 目次に戻る >>