第16話 協力を求めて

第16話 協力を求めて

「……何なんだ?」

 席を移動した後、茜はさすがに戸惑ったように疑問をぶつけてくる。

「こいつ、覚えてるか?」

 俺は単刀直入にいくことにした。
 テーブルの上に、指を使ってあの刻印咒を描いていく。
 それを見つめていた茜が、描き終わった俺へと怪訝な表情を送ってきた。

「刻印咒……だな。これがどうかしたのか?」
「お前、俺にこれを教えただろう?」

 言われて茜はしばらく考え込み――ああ、と頷く。

「うん……言われてみればそんな気がする、けど」
「これってあれだろ? 九曜家秘蔵のやつで、部外者には教えないってやつ」

「そう、だな。これは一種の呪いを形にした咒だ。確かずっと昔、九曜家が裏切り者なんかの処刑のために使っていたもので、対象者を苦しませながら確実に殺すっていう感じの代物だったらしい。その咒は元々は咒法士が誰かに与えるものではなくて、その処刑された人間から次の対象者へという風に移動させるもので、そのうちに処刑された者の怨念みたいのが積もりに積もって、とんでもない呪いになったって聞いた気がする」

 ……何だよ、そのとんでもなく曰くつきの話は。
 お前、そんなもの俺に教えたのかよ。

「けどそれだと、ちゃんとした刻印咒じゃないってことだろ?」
「うん。話はまだ続きがあって、ある時の処刑の対象者になった者が、けっこう元気な人間だったらしくて。その呪いに耐えながら、それと同じものを刻印化させて、当時の九曜家の当主に刻みつけたらしい。結果、それをした人は死んでしまったけど、その時の当主も悶え死んでしまったということだ。――それからだな。とりあえず誰にでも使える呪いの刻印咒として扱えるようになったのは」
「……なるほど。何ていうかお前の家ってのも、けっこうえげつない歴史があるんだな」

 まあ多少はそんな話があるとは思ってたけどさ。
 あんないかにもって家柄の旧家だし。

「ちなみにそれを使用すると、使用者にも怨念――というか呪いが降りかかるらしくて、死んでしまうらしい。だから本当に、最期の手段って感じだな。まあそういうわけだから、九曜家以外の者には触れられないようにしてるんだと思う。大した実力の無い者でも、自分の命さえかければ大抵の相手は殺せるっていう物騒な咒だから」

 俺は自分の命を生贄か何かにして、相手にとんでもない災厄を降りかかるようにするものだと思っていたけど、少し違うらしい。
 ま、こっちの死の間際にでも相手に刻んでやるのが効果的っていうわけか。……そんな機会、一生来なくていいけど。

「……お前さあ、そんなの俺に教えて良かったわけ?」

 俺が聞くと、茜はなぜかあさっての方向を向く。

「あの時は私も子供だったから」

 今もだろーが。

「それに……何ていうか、あんなの習わされて、そんな話聞かされて……少し怖かったんだと思う。だから……その」

 ……何だと?

「……するとお前……さては俺を巻き込んだな!? 一人じゃ怖いからって、俺に呪いのお裾分けしてんじゃねえ!」
「うるさい――昔のことだ! 第一使わなければいいんだ。それに使えるからって、別に呪いが降りかかるわけじゃないんだから!」

 ……ったく。そりゃそうだろうけどさ。

「まあ、いい」

 俺は一つ咳払いすると、声をひそめた。……本題はここからで、こんなにでかい声で話していたら意味が無い。

「実はな……どーしてだかは知らんが、その刻印を刻みつけられた奴がいてな」
「え?」
「だからいるんだよっ。ここにその刻印がついてる奴」

 俺は自分の左の手の甲を叩いて、茜に説明した。

「事情はよく知らん。ただやっぱりちゃんとした呪いだったらしく、けっこう苦しんでてさ……。今はまあ、所長のおかげで大丈夫なんだけど、いつまでもってわけにはいかない。ついでにそいつ、俺に何とかしてくれって泣きついてきやがって……できるのなら、何とかしてやりたい。それでさてどーしたもんかと思ってたところに、俺にそれを教えたお前が出てきたというわけだ」
「何とかしてやりたいって……誰だか知らないけど、それを刻みつけられた者はまだ生きているのか?」

 少々驚いたように、茜は聞いてくる。

「ああ。じゃなきゃ何とかしようとは思わねえだろ」
「……その誰かが凄いのか、それとも刻印咒が言い伝えより大したことが無いのか……わからないけど」
「俺としては、大したものじゃなかったってことの方が嬉しいな。で、何とかならないのか?」

 沈黙する、茜。

「お祓いでも何でもいいから、何か――」
「解咒の方法、ということか……」

 ぽつり、と茜はつぶやくように言う。

「私はそんな方法、知らない」
「……そうか」

 予想はしていたが、はっきりと言われるとやはりショックだった。

「……第一、一体誰がそんなことをしたんだ? これを使える者は限られているはずだ。九曜家以外の者に、使えるはずがない」

 さっきの茜の話からすると、確かに部外者に伝わっている代物ではないだろう。まあ俺のような例外もあるのかもしれないが。

「さてな……。何かそいつの話だと、俺がやったらしい」
「――――?」

 え、と俺を見る茜。

「だから何とかしてもらおうと思って、俺のとこに来たんだとさ。理屈としてはわかるんだが、俺にはそんな記憶ねえし、何よりそんなことしてたら俺にも呪いがふりかかって死んじまうんだろ? けどそんな様子も無い」
「嘘をついている、ってことか?」
「それもよくわかんないんだよ。とにかく、その辺りの事情についてはずいぶん不透明なんだ。ちなみに……お前の身内に、不幸があったりなんか、してるか?」
「さあ……それはわからない。私は帰って来たばかりだし、そのことは誰にも連絡していないから……」

 そうだろうな。
 姉に内緒で帰ってきてるんなら当然か。

「ともかく、さ。一度そいつに会ってみてくれないか? もしあいつが何か隠していることがあるんだったら、その時に問いただしてみて欲しい。あいつだって自分の命がかかってるんだ。さすがに専門家の前じゃ、事情を説明するかもしれないしな」

 それに、と思う。
 もしかすると、あの刻印はよく似ているだけで、実は違うものなのかもしれない。俺だってあれを茜に教えてもらったのはずっと前のことだ。うろ覚えであることには違いない。
 それにあいつ――確かに一昨日の夜はかなりやばそうだったけど、それ以外はけっこう平気な顔してたんだ。違う可能性っていうのも、充分あり得ると思う。

「お前の時間を割く分は、俺が手伝うから。今日の授業くらいサボるしさ。頼まれてくれないか」

 ある意味、こいつが俺にとっての最大の希望なのだ。
 そんな俺を、茜はまじまじと見返していた。

「……お前、相変わらずお人好しだな」

 少し苦笑すら混じった茜の言葉。

「……そうか?」
「そんな刻印を刻まれているやつが、まっとうなやつでも無いってことくらい、わかっているんだろう? だっていうのに……」

 確かにあいつは異端者で、まっとうな人間では無いだろう。
 とはいえ俺にしてみれば、あいつは普通だ。かなりの美人ではあるが、我侭で、ガキっぽくて、微妙に世間にうとい……ついでに無一文という欠点などもちゃんと持った奴だ。

「頼まれたんだよ。助けられるかもしれねえのに、放っておくなんてしたくないだろーが」
「……うん。そうだな」

 こくりと、頷く。

「わかった。会ってみる。……私はお前のそういうところ、前から嫌いじゃないから」

 笑って、茜はそんなことを言った。
 ……ぬ。
 何か面と向かってそう言われると、少し気恥ずかしいぞ。
 嬉しくないといえば、嘘になってしまうけど。

「それで私はいつ会えばいい?」
「そりゃあ早いに越したことはねえけど……お前はいいのか? 時間」

 俺が聞き返すと、別に構わない、と茜は言う。

「まずは会ってみないと、どの程度の時間が必要なのかもわからないからな。私も多少は融通する」
「助かる。じゃあ今すぐでいいか? あいつの住んでるとこ、一応知ってるし」
「わかった」

 頷く茜を見て、俺はその場から立ち上がる。

「――つうわけなんで所長。ちょっと出てくるわ」
「何がそういうわけなのか知らんが、まあ好きにしろ」

 所長の方は頷いたが、怪訝そうにこちらを見ているのは最遠寺だ。

「桐生くん、どこに行くの?」
「あー……」

 由羅の所、と言いかけて、口篭もる。
 できる限り、あいつの話題は最遠寺の前で言わない方がいい。たぶん、だけど。
 言ったら言ったで、不機嫌になりそうだしなあ。

「悪い。ちょっと、な。個人的なことなんだ」
「……そう」

 頷く最遠寺を残して、俺は事務所を出た。


 今朝あいつは俺のマンションまで来てたのだが、最遠寺と喧嘩……のようなものをして、飛び出して行ってしまった。
 自分の家に戻ってるかと思い、とりあえずこの前由羅を送ってやったマンションまでやって来たのだが、肝心なことを知らないでいることに気づいて、俺は頭を抱えていた。

「むう……しまったな」
「……どうしたんだ?」

 単車の後ろに乗って茜が、地面に降りてから首を傾げて聞いてくる。

「それがさあ」

 俺はエンジンを切ると、メットを外して頭を掻いた。

「そいつ、ここに住んでるのは間違いないんだけど、どの部屋に住んでるか知らないんだよ。何かうっかりしてたけど」
「つまり、部屋の番号がわからないってことか?」
「そういうこった。……まいったな」

 どう見てもこのマンション、五十部屋以上あるだろう。一軒一軒尋ねて行くという方法もあるが、あまりやりたくない。

「電話番号とかも、知らないのか」
「生憎な。会ったばかりでその辺りに関してはちっとも聞いてない。でもあの様子だと……持ってなさそうだけどな」

 俺がそう答えると、隣で溜息をつく茜。
 なんだよ。悪かったな。

「……全部回ってみてもいいが、もしかするといないという可能性もあるからな。それにそんな時間こそ無駄だ。私は私の仕事に戻るから、そっちはそっちで連絡がついたら知らせて欲しい。それでいいか?」
「……ああ。仕方無いな。って、でも今度はお前にどうやって連絡とればいいんだよ?」

 聞かれて、茜はしばし考え込む。

「そうだな……連絡手段が無いか。私も携帯電話は持っていないし……」

 こいつもかい。

「じゃあどうするんだ?」
「今日の夜、事務所に集合するだろう? 真斗はそれまでにその相手の連絡をつけておいてくれ。明日の朝にでもお互いに会えるように」
「……そうするしかねえか」

 一日伸びてしまうが、仕方無い。
 まあ茜に会えたということだけでも、僥倖だったと思っておくことにするか。

「悪かったな。手間取らせて」
「別に……」
 ぶっきらぼうに答える茜だが、俺の不手際に怒ってはいないらしい。
 さて……こっちの方はともかく、夜の仕事の方で足手まといにならなきゃいいんだけどな、俺。


 次の話 第17話 流れは変わる >>
 目次に戻る >>


終ノ刻印Ⅰカテゴリの最新記事