第14話 あいつの名は

        /真斗

 朝。
 寝起きはまあ、いつものごとく、あまりよろしくない。
 今日は朝からの授業は無いので、目覚ましもかけずにのんびりとした朝だ。

「ふああ……」

 欠伸をして、重い瞼を開き、寝返りをうつ。

「…………」

 視界に誰かが映ったよーな気がした。
 夢だろう、うん。
 俺はそう納得し、布団をかぶってもう一度寝返りをうつ。

「……ちょっと!」

 声がした。
 もちろん無視。

「なによう、なんなのよう! 起きたのにどうして私の顔見て寝ちゃうわけ!?」

 そこにいた奴は大変ご立腹のようで、耳元できんきん騒いでくれる。
 ……非常に、うるさい。

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「だああ!」

 俺は怒涛の勢いで起き上がると、思い切り由羅を睨みつける。

「どーしてお前がさも当然のように俺の部屋にいる!?」
「え? だって」

 きょとん、となる由羅。

「鍵、開いてたし」

 てめーが壊したんだろうが。

「理由になってねー……」

 呆れ顔になって、俺は頭を掻いた。……眠気など、一気に消えてしまっている。

「ったく……。いったい何の用だ?」
「何のって……。私がいちゃ駄目なの?」

 少々控えめに、こちらの表情を探るように聞いてくる。

「ああ」

 即答すると、由羅が切れた。

「どうしてっ!」
「どうしてって、お前がいると何かとトラブルが起こる。……気がする」
「う~……。ひどい、真斗……」

 恨みがましく見つめられ、ふうと俺はため息をついた。

「……お前、いつから侵入してたんだ?」
「えっと、朝から」
「今もまだ朝だぞ」
「……夜が明けてから」

 夜明けから、ねえ。
 今の時刻はだいたい朝の十時。いくら今の夜明けが遅いといっても、それでも数時間前には夜明けしているだろう。
 ちょっと、驚きだった。

「そんな時間からずっといたのか?」
「……うん」
「意外だな。どうして起こさなかった?」

 こいつの性格からして、来るなり叩き起こそうとしても不思議じゃないと思うのだが……。

「え、だって……真斗寝てたし。特に用事があるわけじゃなかったから、その……」

 用事が無かったって、それじゃあ一体何しに来たんだ? そんな、朝っぱらから。
 しばらく言いにくそうにしていた由羅だったが、やがてぽつぽつと口を開き始める。

「その……そのね。こんなこと言ったら笑われるかもしれないけど、何か……不安で。真斗、ちゃんといるかなあって」

 そんなことを言われ、俺は目をぱちくりさせる。
 どうしてこいつがこんなにも不安そうな、弱そうなところを見せるのかは分からなかったけど、そういえばと思い出してしまう。
 確か昨日、別れ際も少々様子が変だった。

「お前、どうかしたのか? 手、痛むのか?」
「ううん……手は大丈夫」

 由羅は頭をぶんぶんと左右に振って、否定する。長い髪がそれにつられ、宙を踊る。

「それじゃ何なんだ? 何ていうか……らしくないぞ」

 こいつとは会ったばっかりではあったけど、そんな風に思ってしまう。

「……そう?」
「おう。お前はこう……馬鹿っぽく呑気そうにいるのが、それっぽいと思うんだが」

 ……我ながらずいぶん失礼な評価だな。

「それはそれで何だか不愉快だけど。でも……そうよね。うん、私考えるのやめる」

 何を考えていたのかは知らないが、由羅は一人そう決めると、にこりと笑う。

「ねえ真斗、今日は一日一緒にいていい?」

 ……む?

「ずっとは困るぞ。授業だってあるし、その前に事務所に行って打ち合わせをせにゃならんし……」
「打ち合わせ?」

 由羅が疑問に首を傾げたところで。
 呼び鈴が部屋に響く。
 思わず顔を合わせる俺と由羅。

「なに?」
「客みたいだけど」

 はて、と思いながら俺は玄関まで行くと、ドアを開けずに外の様子を覗いてみる。

「む……」

 一瞬硬直し、思わず後ろを振り返って。

「どうしたの?」

 俺のそんな様子が気になったのか、由羅が近くまでやってくる。

「いや、その……何ていうか」

 多分ドアを開けると……ろくなことにはならないだろう。
 そんな気がする。
 とはいえ開けないわけにもいかず。

「……喧嘩するなよ」
「?」

 一応一言そう言ってから、俺はドアを開けた。

「おはようございます。桐生くん」

 ドアを開けると、礼儀正しく最遠寺が挨拶してくる。
 後ろでは、息を呑み込むような仕草が伝わってきた。
 俺の後ろを見て、最遠寺もまた少し目を見開く。

「ああ、おはよう……」

 俺がそう答えたところで。

「なに――何の用なの!?」

 いきなり喧嘩腰になって、由羅が声を張り上げた。

「――あなたこそ。朝からこんな所で何をしているのかしら」

 びりびり、と嫌な空気が一瞬にして周囲に満ちる。

「私は真斗に会いに来たの! あなたは帰って……!」

 眉を吊り上げて、由羅が怒鳴った。

「お、おい」

 さすがに俺も、ちょっと眉をひそめる。
 由羅と最遠寺の相性が悪いのは、昨日一日でもよく分かってはいる。
 しかし今日の由羅の様子には、嫌悪以上の敵意すらこもっているような気がした。

「わたしも桐生くんに会いに来たのよ。それに……これは昨日約束したこと。押しかけているのはあなたの方でしょう?」

 まったく怯む様子も無く、最遠寺は冷たく告げる。

「真斗……?」

 由羅が確認するように、こっちを向く。
 俺は一つため息をついてから、答えた。

「一応な。さっき言った打ち合わせってのが、最遠寺と――」
「馬鹿!」

 怒鳴られてしまった。
 ……俺が悪いのか?

「なあ。とりあえず落ち着けよ。お前が怒ってる理由がよくわからん」
「……そんなの! その女がいるからに決まってるじゃない!」

 なるほど。……いや、なるほどじゃないな。

「って、それがわからんって言ってるんだ。最遠寺と昔からの知り合いで、俺の知らんなんかがあったっていうのならともかく、お前ら昨日初めて会ったばかりだろ? 俺にはお前らの仲の悪い理由が、見当もつかねーよ」

 と、言ってやったのだが、今度は最遠寺の方がとんでもないことを言ってくれた。

「……嫉妬じゃないの?」
「――――」

 は? と振り向く俺。
 由羅の方はというと、一瞬呆けた顔になったものの、すぐさま物凄い形相で最遠寺を睨みつける。

「な、なによ……!?」
「無駄よ。聞いた話じゃあなた、人間ではない――異端者だって、そういうじゃないの。桐生くんは、異端への敵対者。あなたとこうしていることがどれだけ異常なことなのか、理解できていないわけがないでしょうに」
「! おい――」

 さすがに聞きとがめる。
 まさか最遠寺が、こうもあっさりと由羅を前に、人間でないと言い切るとは思わなかったからだ。

「わたしも桐生くんと同じ、敵なのよ?」
「――――っ」

 その言葉が由羅の奴にどれだけショックを与えたのか、俺には分からない。由羅は返す言葉も無く、身体を震わせて。

「なによ……っ。真斗はそんなこと、気にしないもの……」

 何とかそう搾り出す。

「そうかしら。桐生くん?」

 二人に見つめられて。

「……いい加減にしとけよ、お前ら」

 不機嫌になっているのを感じながら、俺は低くそうつぶやくように言う。

「最遠寺の言ってることは本当だけどな、だからといって好んでこいつを敵にする必要もないだろ? 由羅も――もう少し自分の感情を抑えておけよ。お前の言う通り、お前が何者かなんて、そんなに気にしてねーからさ」
「でも……」

 答えられず、しばらく唇を噛み締めていた由羅は、やがて何も言わずに部屋を駆け出し、出て行ってしまう。

「おいっ!」

 俺のかけた声も、完全に無視して。

「ったく……」

 いったい何だというのだろうか。
 顔をしかめて頭を掻いていると、少し申し訳なさそうな最遠寺の表情が視界に入る。

「ごめんなさい。朝から気分の悪い思いをさせて」
「まったくだ」

 はあ、と一つため息をついた。

「……お前もずいぶん嫌味なことを言うよな。由羅のやつ、あれでけっこう繊細そうだから、多分傷ついてるぜ」

 批難を隠せずにそう言うと、最遠寺は打って変わって冷たい視線で見返してくる。

「あんな異端のことを、心配するの?」
「異端といっても、別に実害はないんだ。だったら俺らと一緒だろ」
「……あなたは冷徹にもなれるのに、こんなところでは甘いのね。油断していては、殺されてしまうわよ」

 殺されるって、あいつにかい。

「ありえねーと思うけどな」
「そうかしら」

 つん、と最遠寺は言う。
 ……どうやら本格的に、由羅のことを嫌っているらしい。
 本人は昨日一応否定はしていたが、異端というものに対して何かしらの嫌悪感があるのは間違いないようだ。でなければ、初対面のあいつに、こんなにも嫌悪を抱けるものでもないだろう。
 由羅も由羅で、何でこんなにも最遠寺のことを嫌っているんだか……。

「まあいい……。それよりも悪かったな。わざわざ迎えに来てくれて」

 俺はとっとと話題を変えることにした。
 今後、最遠寺と由羅は、なるべく顔を合わせないようにしてやる方がいいだろう。話題自体、避けた方がいい気がする。

「いえ、大したことないわ。どうせ近いのだし」

 そう答えてから、最遠寺はもう一つ思い出したかのように、付け加えた。
「それと桐生くん。お客さんがあなたに会いに来てるわ」


「おはよーさん」

 最遠寺と二人、事務所のドアをくぐる。

「真斗か」

 事務所には、新聞片手にコーヒーを飲んでいる所長の姿。

「おや。お久しぶりですね、真斗君」

 と、別の場所から声がかかる。
 横を見れば、そこにはそこそこ長身の男が立っていた。
 眼鏡をかけた、いかにも人の良さそうな顔だ。

「あ、上田さんか。風邪はもういいのか?」
「おかげさまで。お二人とも、何か入れましょうか」
「そんじゃコーヒー……って、最遠寺のことは知ってるのか?」

 俺にしてみれば、二人が顔を合わせているところを見るのは初めてである。

「ええ、朝に」

 頷く最遠寺。それに上田さんも続けて言った。

「朝一にお会いしてますよ。ご挨拶はその時に」
「なーるほど」

 納得して、俺は事務所を見渡した。

「東堂さんは来てないのか」

「ああ。何でも昨日の張り込みが徹夜になったらしくてな。朝一で報告してさっき帰ったぞ」

 表向きの仕事とはいえ、なかなか大変なもんだ。
 まあそれはともかく、だ。

「最遠寺。客っていうのは」

 俺は視線で事務所の奥を指して、聞いてみる。
 そこには一人、見慣れない人物が座ってこちらを眺めていた。
 女。どう見ても俺より年下のようだから、少女といった方が適当か。

「そう」

 見覚えの無い相手に、俺は眉をひそめる。
 いったい俺に何の用だというのか。
 …………。
 待てよ……?
 何かが引っかかる。
 本当に知らない相手か……?
 と、ため息が聞こえた。
 目の前の少女が、これ見よがしに息を吐き出したのだ。

「……その様子だと、私のことなど覚えていないようだな」

 少女のわりには、ずいぶんとらしくない喋り方。
 それもまた、引っかかる。
 この妙に偉そうな態度。喋り方。
 確か昔、そんな奴がいたぞ……。

「お前……まさか」
「何だ。言ってみろ」
「……茜、か? 九曜茜?」


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