第12話 京都見物

第12話 京都見物

 京都市内のいいところは、まず迷子にならないことと、バスが多いことだ。
 もちろん、これは田舎出身の俺の意見であって、一般的な見解ではないので悪しからず。
 碁盤の目に配置された道と、どんな細い道にも名前がついているおかげで、どこにいても大体場所を把握できる。
 全ての道の名前を覚えるのは、地元人でもない限りちょっと無理だが、大きくて主要な道はすぐ覚えてしまうものだ。

 南北に走っている大きな道といえば、東大路通りや、河原町通り、烏丸通りや堀川通り、西大路通り、などなど。
 東西に走っている道ならば、北大路、今出川、四条、五条、七条などけっこうあるが、しばらく住んでいれば自然に覚えるものだ。
 ちなみに俺たちが向かった南禅寺は、白川通りと丸太町通りが交わる場所の、ちょっと南にある。

 あと市バス。これに乗れば、市内だったら大体どこにでも行ける。地元でも一応路線バスは走っていたが、一時間に一本も出てればいい方だ。でもって行ける場所は限られているし。
 とはいえ欠点もある。時間帯によっては渋滞に巻き込まれやすく、大体が遅れてやってきて、しかも乗客が一杯の時がかなりある。

 ……正直言って、かなりストレスがたまる。ま、地元人ならどうかは知らないが、ここに比べて人のほとんどいなかった田舎出の俺にしてみれば、たまったものじゃない。
 ――で、俺たちはそんなバスに乗って、近くのバス停で降りた。
 そこそこの混みように、俺以上に苛々していたのは由羅で、降りてきた今もぶーたれている。

「……どうしてバイクで来なかったのよ?」
「三人乗りなんかしたら捕まるだろーが。ていうかできねえぞ、三人乗りなんて」

 由羅の奴、よほど嫌だったらしい。

「あまり我がままを言うものではないわ。この程度も我慢できないんだったら、帰ってはどう?」
「む」

 早速火花を散らす二人。
 まったく……。

「ほら行くぞ。それと由羅、多分この先もっと人がいるぞ」
「えー?」
「行きましょう、桐生くん。あんなのは放っておいて」
「ちょっと!」

 最遠寺は俺の腕を取ると、そのまま歩き出す。
 それを見て怒る由羅。
 ……俺も少し、困惑気味なんだけど。

「うわあ……本当に人がいっぱい」

 細い道に延々と列になって歩く人を見ながら、驚いたように由羅は言う。
 まあ予想はしていたが……なかなか大したもんである。
 行楽シーズンのせいか、紅葉を目的にやってくる観光客の多いこと多いこと。しかもこの辺りの道は狭く、さらにその道にタクシーを始めとする乗用車が、のろのろと動きながら列を作っている始末だ。

「こんなにも……人が来るものなのね」

 隣で、少し感心したように最遠寺がつぶやく。
 本当に、いったいどこからこんなにも人が湧いてくるのやら……。

「でも確かに……これだけ人が来るだけあって、綺麗な紅葉ね」
「まあそうだな」

 俺は最遠寺に頷いてやる。
 ……いい加減、腕を離して欲しいものだが。

「ねえ真斗」
「ん?」
「あれ、みんな何しているの?」

 境内に入ってから、由羅は向こうの方を指して聞いてくる。
 石の階段を上がったところにある建物の前で、みんなが何やらやっているのを不思議に思ったのだろう。

「賽銭投げて、お祈りしてるんだろ」
「お祈り?」

 小首を傾げる由羅。
 ……こいつと話しているとよく思うのは、あまり日本のことを知らないような印象を受ける。確かに容貌は日本人っぽくはない。髪も、染めたとは思えないくらい綺麗な淡さだし。
 そういや名前だって由羅っていうのが本当の名前なのか、怪しいもんだけどな。

「あの箱が見えるだろ? あそこにお金を入れて、何かお願いするんだよ」
「誰にお願いするの?」
「誰って……神様……いや、ここの場合は仏様か」

 無神論者にとっては、神も仏も大した差は無いものだ。とりあえず誰にでも祈っておく。

「わたしたちもやりましょうか?」

 最遠寺が、俺を引っ張るようにして促した。
 そうだな……ご利益はあまり期待できそうにないけど、せっかくここまで来たんだから祈っておいて損はないか。

「ちょっと、置いてかないでよ」

 誰も置いてきゃしないって。

「…………」

 小銭を放り込んで、手を合わせている最遠寺を見て、由羅は何やら微妙な表情になる。

「どーした?」

 気になって聞くと、

「お金、持ってない……」

 なんて、少し悔しそうに言う。

「一円もか?」
「うん……持ってない」

 おいおい。
 もしかしてこいつ、無一文なのか?
 ちなみにバス代は俺がまとめて一日乗車券を購入したから、三人分を立て替えてある。後で回収するつもりだったのだが……。
 単に財布を忘れてきたのか、本当にお金を全く持っていないのか――何となくだが、後者のような気がする。

「……呆れた人ね」

 隣で溜め息なんかをつく最遠寺。

「うるさいっ。少しお金持ってるからって、威張らないでよ」

 どーゆう負け惜しみだ。
 まったく……。

「賽銭くらい、俺が出してやるよ。いくら欲しい?」
「えっと……」

 なぜかうーんと考え込む由羅。
「……一万円?」

 おい。

「やっぱやらん」
「えー、なんでよう!」

 ……文句言える根性は、いったいこいつのどこから生まれてくるんだろうな。

「だってこの国で一番高いお金っていったら、一万円でしょ? 私、ちゃんと覚えているもの」

 ほほう、それはご立派なことで。

「やっぱり高いお金を入れた方が、願いが叶いやすいんでしょ? 私、早く手が治って欲しいから……」

 ……なるほど。
 気持ちは分からないでもないが、発想がまるで子供だな。純粋といえば、そうなのかも知れないが……。

「ほら」

 俺は自分のために出していた十円玉を、由羅に手渡す。

「こんなの、金額が高いからってどうってもんでもないんだよ。所詮は気休めだからな。ていうかそのことに関してなら、俺にでも祈ってた方が、たぶんいいぞ」
「…………うん、そうかもしれないね」

 納得してくれたのか、由羅はこっそりと周りの人が賽銭を投げているのを見て、それを真似るように自分も十円を放り込むと、目を瞑って手を合わせた。

「……なんか、すまなかったな」

 そんな由羅を見ながら、俺は最遠寺に言う。

「なにが?」

 突然謝られたことに、怪訝そうに最遠寺は首を傾げた。

「あいつだよ。ちょっと色々あって、心配でつい今日のに誘ったんだけど……まさかお前とここまで反りが合わないとは思ってなくてさ。最初に約束したのは最遠寺なのに、悪いことをしたかなあって」

 俺がそう言うと、最遠寺はくすり、と笑う。

「優しいのね、桐生くんは」
「そうか?」
「少なくとも、わたしにはそう見えるわ」

 そんなもんなんだろうか、俺って。
 自分じゃよう分からんが。

「それに別に構わない。わたしはわたしで、色々とわかったこともあるしね」
「……何がだ?」

 聞き返す俺に、最遠寺は微笑んだだけだった。
 昨日を思い出しても、最遠寺は誰に対してでも今日の由羅への態度のようなものをみせているわけではない。あくまであいつにだけ、刺々しい態度を取るのだ。
 きっと何か理由があるのだろうが、俺に分かるわけもない。
 ま、機会があったら聞いてみるか。今は由羅もいることだし、後でいいだろう。

「終わったよ」

 振り向いて、由羅が言う。

「よし、それじゃあ――」

 言いかけたところで、

「桐生くんは、何もお願いしないの?」

 最遠寺がそう指摘する。
 あ、忘れてた。
 そういやそうだ。

「こいつにあげたせいで、つい自分のことは忘れてたな」

 俺はもう一度十円玉を取り出すと、賽銭箱に放り込み、適当に手を合わす。
 そうだな。ここは一つ、あいつのことでも祈っておいてやるか。
 そう思って俺は、由羅の方を盗み見た。
 あいつは興味深そうに、あちこちをきょろきょろと見渡している。本当に、子供っぽい。
 俺は何となく小さく笑うと、十円玉をあいつのために使うことにした。
 とりあえず、あいつの刻印咒が何とかなりますよーに、と。
 これでいいか。

「よし、じゃあ行くぞ」

 俺がそう言うと、由羅は興味深げに口を開いた。

「真斗は何をお願いしたの?」
「別に。大したことじゃねえよ」
「けち。教えてくれたっていいのに」

 別に言うほどのことでもないんだってば。
 俺は特に答えることなく、紅葉に彩られた境内を、二人を連れて歩いた。

 結局。
 半日の予定だった京都案内は、半日では終わらなかった。
 早めに食事を取ってしまったせいで、残りの時間で近場を適当に……と思ったのが失敗だったのである。
 由羅と最遠寺がそれぞれの希望を言ったせいで、どっちか片方だけというわけにもいかず、それぞれの希望を満たそうとしてやると、時間はずるずるとたってしまったというわけだった。

 ……我ながら迂闊。
 とはいえ、今日残りの半日は、由羅のために使うつもりだったのだ。刻印についてあれこれ調べるつもりだったのだが、当の本人が呑気にはしゃいでいたのから、まあそれはそれでいいのだろう。
 最遠寺との仲は、最後まで最悪であったが。

「……疲れたー」

 事務所まで二人を連れて戻った俺は、ずん、と椅子の上にだらしなく座り込む。
 まだ出掛けているのか、所長やその他の所員の姿は無く、俺は借りていた合鍵で中へと入った。

「ありがとうございました。桐生くん」

 丁寧にお辞儀して礼を言う最遠寺へと、俺は別にいいって、とひらひらと手を振る。

「次は二人きりで案内して欲しいけど……ね」

 横で睨んでいる由羅などお構い無しに、最遠寺はそんなことを言った。
 俺も疲れていて、そーだな、なんて軽率に答えてしまう。

「真斗……?」

 何やら力一杯睨まれる、俺。

「いちいち目くじら立てるなよ。今日一日でいー加減、俺も疲れたぞ?」
「真斗がその女の言うことばかり聞くからじゃない」
「お前の意見もじゅーぶんに取り入れてやった気がするぞ。ついでにけっこう金も貸してやったし」

 最後に繁華街を回ってきたのだが、適当に買い物を楽しむ最遠寺を見て羨ましそうにしている由羅へと、いくらか貸してやってしまったのである。

「……返せよ?」
「う、わ、わかってるもの」

 ちゃんと感謝はしてるんだから、そんな目で見ないでよ――なんて、気まずそうに言う由羅。
 まあ自覚してるんだったらいいけどさ。

「桐生くん?」

 不意に、最遠寺が口を挟んでくる。

「そろそろ帰って休んだ方がいいんじゃないの? 今日の夜も」
「ん、ああ……そうだな」

 仕事のことだろう。
 夜中に歩き回らなければならないから、確かに早めに休んでおきたい。

「お前も俺と似たようなことやってるのか?」

 最遠寺は俺より優れた咒法士だろうけど、それでも心配なって聞いてしまう。

「わたしは明日から見回るつもりよ。まだ状況を把握していないし、柴城さんに教えてもらうことも残っているから」

 なるほど。

「ま、気をつけてな。俺が言うのもなんだけど」
「いえ、嬉しいわ。ありがとう」

 そんなやり取りをする俺たちを見て、不思議そうに首を傾げる由羅。

「……何の話?」
「お前には関係無い話だよ」
「……また意地悪?」

 不服そうに、由羅はじいっと睨みながらつぶやく。

「んなわけねーだろ」

 また、っていうのは何なんだ。第一俺がいつお前に意地悪した?

「あなたも――」

 由羅を見て、言葉を滑り込ませる最遠寺。

「夜は、あまり歩き回らない方がいいわ。最近……人殺しが流行っているようだから」
「――――」

 その言葉に、ぴく、と表情を固まらせる由羅。
 少し不自然な、反応。

「まったく誰かしら。そんなことするのは……ね?」

 意味深にもとれる口調で、由羅から視線を逸らさずに言う最遠寺。
 ……なんだ?
 場を流れたおかしな空気に、俺は眉をひそめる。
 もっともそれは一瞬だったせいで、よくは分からなかったが。

「私は……帰るね」

 しばらくしてから、ずいぶん小さくなった声で、由羅は言った。

「ああ……。俺も帰るし、送っていこうか?」

 そこで、ふと気づく。

「そういや最遠寺って、どこに住んでるんだ?」

 俺は由羅がどこに住んでいるかは知ってるが、最遠寺がどこに住んでいるのかは知らない。

「わたしならこのすぐ近くよ。そこまで長居するわけではないから、大した所ではないけど」
「ふうん、なら……」

 このまま由羅を送っていっても、問題は無いというわけか。
 が。
「いい。私、一人で帰るから」
「いいって……。お前の住んでる場所、けっこう遠いだろ? 別に歩けない距離じゃねえけど……」

 普通だったら、バスの利用を考える距離だ。
 しかしこいつはバス代すら持っていないはず。まあ、一日乗車券がまだ使えるだろうけど。
 ……けどこいつ、いったいどうやって生活してるんだ?
 湧き起こる疑問が明確なものになる前に、由羅は事務所のドアの方に向かっていってしまう。

「……今日は、そこそこ楽しかったから。また……会ってね?」

 えらく殊勝な態度になってしまったことに、俺はわけも分からず戸惑った。

「あ、ああ」

 とりあえず、頷く。

「じゃ……」

 そうとだけ言って、由羅は出ていってしまった。

「……? よくわからんな」

 首を傾げる俺に横に、すっと音も無く、最遠寺が近づいてくる。
 そして、言った。

「桐生くん。あれが何者なのか、わかっているの?」

 ――あまりに不意の質問。

「何者って」

 そうか。
 最遠寺には言っていなかったが、気づいていたのかもしれない。あいつが、人間でないということに。
 最遠寺はそういった連中を専門としている側の人間だし、由羅がそうと分かれば一緒にいることなど不愉快極まりないことだったのかもしれない。
 事情を説明した所長が、あいつにはけっこう好意的だったせいで、つい油断してしまっていたが……。

「人間じゃないってこと、か?」

 隠していても仕方無いと思い、俺は正直に言うことにした。

「そう」

 こくりと、最遠寺は頷く。
 やっぱりバレているか。

「あいつは確かに人間じゃないらしいけど、大丈夫だろ。けっこう得体は知れねえけど、どう見ても人畜無害そうだし」
「……そうかしら」

 最遠寺は腕を組むと、由羅が出て行った方を眺める。

「人は内面に潜むものを、普段は表に出したりはしないわ。誰もが化けの皮をかぶっている。特に、人間に在らざるものならば」

 異端者が社会に隠れて――つまり化けの皮をかぶって生きているのことは事実だ。しかし今の最遠寺の発言には、何か言いようのない憎悪が込められているような気がした。

「……お前、人間じゃないと絶対に認めないっていう、そうタイプの人間か?」

 咒法士の中には、そういった種類の人間は少なからずいる。別に珍しいことではないが……。

「そうでもないわ。でもあの女は……きっと、桐生くんが思っているようなものではないと思うの」
「……そうなのか?」

 俺にはよく分からんが。
 あいつを見ている限り、俺にはそこらの人間と区別がつかないというのが正直なところの感想だ。
 とても、危険には見えないが……。

「まあいずれ、わかるでしょうけどね」

 そんな最遠寺の意味深な言葉が。
 俺の胸に引っ掛かった。


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