第9話 酔い覚ましにしても

 歓迎会が始まって、二時間近く。
 いつもよりやたらめったらテンションの高い東堂さんのせいもあって、適度に盛り上がってはいた。
 よほど最遠寺がやってきたのが嬉しかったらしい。いい歳して、まるで子供のようなはしゃぎ様である。
 で、その東堂さんはいつも以上のペースで酒を飲んだせいか、早々にダウンしてしまっていた。いかにも幸せそうな顔で、引っくり返っている。

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「やれやれ……」

 そんな様子を見て、所長が苦く笑う。

「ずいぶん楽しいとこなのね」

 グラスを片手に、酔いが回っているのか少し頬を赤くして、最遠寺がそんな感想を口にした。

「まあ、酒が入れば人間なんて、こんなもんだよ」

 チビチビと酒を口に運びながら、俺は言う。多少は酔っているが、泥酔には程遠い。

「ふうん……。わたし、少し心配していたのよ? どんなところかわからなかったし、関西は初めてだし……」
「そういや関東だったっけか。東京とかに住んでるのか?」

 地元の知り合いは、他県に進学した連中のほとんどは関西に行った。親戚にしても昔の学友にしても、関東の知り合いは珍しい。

「違うわ。私の家は鎌倉にあるから」
「へえ。で、関西と関東って、何か違う?」

 こういう質問は、大学に入ったばかりの頃に、初めて知り合った連中と最初に話す時によくしたものだ。大学なんてところは色んな他府県から学生が来ているせいもあって、そういった地元の話だけでそこそこ話し込める。

「さあ……まだよくわからないわ。来たばかりだし。まあ気になったのは、喋り方、かしら。やっぱり少し違うわね」

 でも、と最遠寺は小首を傾げる。

「ここにいる人、関西の言葉じゃないのね?」

 この事務所の人間が、ということだろう。
 確かにその通りで、俺を含む皆が関西弁を話してはいない。

「ここにいるのは、みんな関西人じゃないからな」

 答えたのは所長。

「そうなの?」

 続けて俺が答える。

「まあな。俺は北陸の田舎出身だし……。だいたい京都って場所は、けっこうごっちゃ混ぜんなんだよ。学生の町とか言われてるくらいで、色んなところから人が集ってくるから。地元の人間はそれっぽい言葉でしゃべってるけど、大学とか行くとそうでもないからな」

 そのうち影響されてくるのは事実だが、やはり生まれながらのようにはいかないものだ。

「確かに真斗の言う通りだな。……慣れてくると、関西弁を話す相手にはこっちも軽い関西弁になるんだが、相手が地元の知り合いとかになると、普通に戻る。おれはここに来てからけっこうたつが、お前らと話してるぶんには普通のままさ」
「ふうん……」

 興味深げに頷く最遠寺。
 まあ色々と珍しいのだろう。

「……ところで桐生くん」
「なんだ?」
「飲み方がつまらない」
「…………」

 チビチビやってることを言っているんだろう。

「いーんだよ、俺はこれで。東堂さんみたいにひっくり返りたくねえし」
「――でも、おいしくないわ」

 最遠寺はそう言うと、片手にグラスを持ってすっと流れるような動作で酒を飲む。
 ……こいつも大した歳じゃないだろーに、何でこうも飲みなれているんだか……。

「おお、真斗よりも男っぽい飲みっぷり!」

 うるせいやい。
 拍手なんかするな所長。くそう。

「気を悪くしないでね。話したかったことは、別にお酒のことじゃないから」

 だったら単刀直入に言えっての。

「……話って?」
「明日、日曜でしょ?」
「――そうだっけ?」

 所長へと確認すると、所長はああと頷く。
 ……大学に行っていると、どうにも曜日の感覚が無くなってしまう。

「暇かしら?」

 ……なんだ? いきなり。

「暇といえば暇だけど」

 由羅のこともあるが、暇といえば暇だ。

「……なんでだ?」

 とりあえず聞いてみる。

「別に……大したことじゃないんだけれどね。さっきも言ったけど、わたし京都は初めてなのよ。京都っていえば、観光するところがたくさんあると思うし……」

 なるほど。
 つまりは案内しろということか。

「だから、ね?」
「俺がかい」
「嫌だって言うのなら、仕方ないけれど」

 そうとだけ言って、最遠寺は意味ありげに俺を見つめてきた。
 む……。
 なんだよこのプレッシャーみたいなのは……?

「……そこで寝てる人に頼んだ方が、多分泣いて喜ぶと思うけど?」

 東堂さんを指して言うと、そうかもね、と最遠寺は頷く。

「でもわたしは、あなたに頼んでいるの」

 むむ……。
 ……どーしたもんかなあ……。
 そんな様子を見て笑ったのが、所長だった。

「真斗、なーにうじうじ考え込んでるんだ? せっかくのレディからのお誘いだ。受けんでどーする」
「……そーだな」

 俺はこくりと頷く。

「黎君はお前と同じ仕事を担当することになってるんだ。ここらで親交を深めておいても、後々に助かるとは思うしな」

 なるほど。
 所長の言うことにも一理ある。
 同じ仕事だからといって一緒に行動するとは限らないが、コミュニケーションは円滑にできるようになっておいた方が、何かと便利だろう。

「ま、いいや。ただし半日な。それと今夜の仕事はパス。他にやっときたいことがあるんでね」
「そう? ありがとう」

 にこり、と微笑んで最遠寺は礼を言う。

「俺、今日何も持ち寄らなかったからな。サービスしてやる」

 俺は何となく顔を逸らして、そう答えた。
 ……由羅もそうだったが、こいつもなかなかどうして掛け値無しの美人だ。そんな表情で礼を言われると、どーにもむずがゆい。
 ……俺ってあんまり女に耐性無いのかもなあ。高校の時も……いや、まあいいか。

「さてと。俺ちょっと酔い醒まししてくるわ」

 明日にそんな予定が入ったとなりゃ、いつまでも飲んではいられない。ここで酔いつぶれてしまうと、この後何もできなくなってしまう。

「どこ行くの?」

 尋ねてくる最遠寺へと、公園、と答えてやった。

「そっちは適当に飲んで盛り上がっててくれ。今後のことで、所長と話もあるだろうしさ」

 俺は立ち上がると、所長の方を見る。

「……あとでちょっと相談あるから、酔っ払ってんなよ?」
「相談? 何だ?」
「あとでだよ、あとで。小一時間もしたら戻るから」

 怪訝な表情をみせる所長にひらひら手を振ると、事務所を後にした。

 事務所より少し足を伸ばした先にある公園。
 遊具は無く、あくまで憩いの場所を目的として作られたであろう場所だ。
 ちょっと変わったデザインをしていて、俺のお気に入りだったりする。

「さみー……」

 ぶるっと身体を震わせて、俺は公園のベンチに座り込む。そしてぼんやりと見上げる、空。
 少し白い雲が見えているが、ほぼ晴れていて、星がちらほらと見えた。
 ――やはり、住んでいた地元に比べると星の数が少なく感じる。一等星はわけなく見れるのだが、あとは微妙だ。

「――オリオン座見っけ」

 分かり易い星座をまず見つけると、今度は冬の第三角形を探す。
 見つけて満足すると、俺は見上げるのをやめた。俺が知っている冬の星空は、まあこの程度だ。

 ……それにしてもけっこう寒い。
 ここまで歩いてくるだけで、ほんとど酔いが醒めてしまったくらいだ。ここでしばらくぼーっとしているつもりだったが、ここは散歩に切り替えた方がいいかもしれない。
 あんまり動くと酔いが回るが、それでも寒いよりはマシだ。それに俺、そこまで飲んでいるわけでもないしな。
 決めて、立ち上がろうとしたところで。

「…………?」

 ガサリ、と背後で音がしたかと思うと――何かが俺の背中に、体重をかけてくる。

「どわあ……!?」

 思わず振り返って、俺としたことがつい悲鳴なんぞを上げてしまった。
 長い髪をした人間の後姿が、ベンチの背のすぐ向こうにあったのだ。

 ――多分、女。
 幽霊とまでは思わなかったが、それに近い程度では驚いてしまっただろう。
 ていうかこいつ、何だ……!?

 暗くてよく分からない俺が目を細めると、その人影は少しだけ顔を振り向かせて横顔を見せる。
 知っている、顔。
 って、こいつ……?

「……こんばんは」
「――お前、由羅か!?」

 何やってるんだこんな所で……?
 というか何つう脈略の無い現れ方だ。

「こんばんは、じゃねえ。いきなり出てきてびっくりするじゃねえか!」

 悲鳴を上げてしまったことが恥ずかしくなって、俺は怒ったように声を大きくする。
 が、由羅の反応はいまいちだ。

 …………?
 何だ……? 何かこいつ、様子が――
 ハッと、俺は息を呑んだ。
 頬に残る筋を見て。
 こいつ、泣いていた……?

「――やっぱりね、夜になって痛くなってきて……。私、我慢したんだけど我慢できなくて……」
「――お前、その手」

 俺は由羅の左手に目を奪われる。
 くっきりと浮き出た刻印に、真っ赤に染まった左の手。
 そしてそこから流れ出している鮮血……。

「何だよこれは!?」

 俺は思わず由羅の手を取って、怒鳴る。

「呪い……だと思う、たぶん……」

 弱々しい声。今も痛いのか、それに耐えるように表情が歪んでいる。

「お前、いつもこんなになるのか……!?」
「わからない……。これを刻まれたのは、昨日だから……。でもやられてすぐは、こんな感じだったの。でもすぐに夜が明けて……痛くなくなって。けど夜になったら、また……」

 ――これは、酷い。
 俺が思っていた以上の、呪い。
 恐らく生半可な痛さではないぞこりゃあ……。

「私、私ね。もう我慢できなくて、どうしようもなくて……。気づいたらあなたのこと、捜していてたの……」
「いい。黙ってろ」

 俺は由羅の手を握り締めると、刻印のある場所を思い切り押さえつける。
 せめて、出血だけでも抑えないと。

「……何とかしてやりたいけど、俺は咒法に関しては下手くそで大したことはできないんだ。刻印咒は契約さえなれば誰でもできるけど、生憎俺が扱えるのは一つだけだしな」

 その一つというのが、この刻印。
 まったく皮肉な話だ。
 せめてここに、この刻印を教えてくれた奴がいてくれれば何とかなったかもしれないが、あいつは日本を出て久しいはずだ。多分、この国にはいない。

「……仕方無い」

 こいつは仮にも人間じゃない。
 本当かどうかは知らないが、少なくともこれだけ出血していてまだ余裕があるのなら、確かにそうかもしれない。
 そんな奴をあまり人目にはつかせたくはなかったが、今は四の五の言っている暇ではないだろう。

「所長のとこに連れてく。あの人なら何とかしてくれるかもしれない」

 元々相談するつもりではいた。
 けど本当はもっと婉曲的にするつもりだったのだ。
 まさかいきなり本人を連れて行くことになるとは思わなかったが、のんびりしている暇などない。

「……所長って?」
「俺がバイトしてる事務所の所長だよ。俺と同じで咒法士の免許持ってる人だ。今のところ一番頼れそうな人物なんだから、間違っても揉め事は起こすなよ?」

 こいつが異端者である以上、どうなるかは分からないが、あの人なら……信じていいはずだ。

「……うん」

 苦痛のせいか、由羅はそれ以上は何も言わず。
 ただ頷くだけだった。


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