第8話 次の出会い

第8話 次の出会い

        /由羅

 私がこっそり住み着いているマンションの前で、私は降ろしてもらった。
 サイズが大きかったせいか、バイクで走っていると風圧で後ろに流れて、顎のベルトで何とか止まっている状態だったヘルメット。
 こんなの意味ないじゃないと言って返すと、文句言うなと言われてしまった。
 ふんだ。何よ、偉そうに。

「けっこういいとこに住んでるんだな」

 大きなマンションを見上げて、少し感心したように言う真斗。

「別に大したことじゃないもの」

 黙って侵入しているということは、とりあえずは言わないでおく。また何かケチでもつけられそうだったから。

「お前さ、何か連絡手段とかあるか?」
「連絡手段?」

 きょとんとして、私。

「携帯とか。別にこのマンションの宅電でもいいけどさ。何か分かっても連絡できなきゃしょーがないだろ?」

 それは……そうだ。
 考えてもいなかったけど。

「ねえ……。私も一緒に手伝っちゃ駄目なの?」

 私としては一刻も早くこんなものを消して欲しくて、そう言った。それに一緒にいれば、わざわざ連絡を取り合う必要も無い。だというのにこの人間ときたら、

「いらん。邪魔だ」

 ――などと身も蓋もなく言ってくれる。
 むかっ。

「――おっと、怒る前に言っておくが、こいつは正当な理由だぜ? お前さんがまともな人間じゃない以上、傍にいられると厄介だ。俺が調べようと思ってるのは、そういう筋の所だしな。それに、俺だってずっとそればっかやってるわけにもいかねーし。別件の仕事もあるんだよ。多分危険っぽいから、巻き込みたくない」

 ……あ。
 その言葉を聞いて、私はあっさりと怒りを静めてしまう。
 もしかするとこの人間、あんまり悪い奴じゃないのかもしれない。
 何だか言葉に気遣いってものが足りないような気がするけど、よく聞いていると……いい奴なような気がする。……私のこと、見捨てなかったし。
 そう思ってしまった瞬間、

「……ありがとう」

 ――不覚にも、私はそんなことを言ってしまっていた。
 な、なに言ってるんだ……私……?
 相手は人間。
 しかも昨日、あんなことをした相手だっていうのに。
 私が自分の言葉に驚いていると、向こうもなぜだかきょとん、とした表情になっていた。
 そして、

「……空耳か?」

 なんて、失礼なことを言った。
 少しでも感謝してしまった私が馬鹿みたいで、後悔してしまう。

「それで、連絡はどうすればいい?」
「……定期的に、私がそっちに行くから。その時に聞かせて」

 私は電話というものを持っていない。遠くに離れている相手へと、自分の声を送る機械。便利なのかもしれないけど、使ったこともないし、使い方もよく分からない。

「俺がどこにいるかなんて、わかるのか?」

 不審に尋ねてくる真斗へと、私はこくりと頷いてみせた。

「大丈夫。私、あなたがどこにいたってわかるから」

 幸か不幸か、この刻印咒のおかげでそれだけは間違い無い。

「ストーカーはごめんだぞ」
「うるさいわね。私はあなた達人間なんかと違って、ずっと優秀なんだから。一緒にしないで」
「それはそれで聞き捨てならん台詞だが……まあ、いいか。最悪何かあったら、俺がここに来ればいいだけだしな」

 そう言うと、真斗は一旦脱いでいたヘルメットをかぶり直す。

「じゃあな」
「……うん」

 頷いた私を見て、真斗はバイクを発進させる。
 うるさい排気音と共に小さくなっていく彼の後姿。

「…………っ」

 私は顔をしかめた。
 彼がいなくなった途端、急にうずき出した左手。
 そこまで痛いわけではない。最初に比べればずっとマシだ。――けれどあの人間と一緒にいた時は、もっと楽だった。どうしてなのかは、分からないけど。

 ――桐生真斗。
 私が殺したはずの人間。
 でも彼は生きていて、今度は私を助けてくれようとしている。

 ……すごく、滅茶苦茶な話だ。
 きっと何かある。
 それは何となく感じていたこと。
 私には目覚めるより以前の記憶が無くて、いきなり追われて……そしてここまで来て。また起こる変なこと。
 真斗も言っていたけど、本当のところ私は何者なんだろう……?

 人間でないことは分かる。あれと違うのは間違い無い。――でも、分かっているのはそれだけ。
 人を殺して、愉しんでいた頃には忘れていた不安。
 それらがまた蘇って。
 わたしは、身震いした。

        /真斗

 由羅のやつを送っていった後、俺は下宿先のマンションへと真っ直ぐ戻った。

「ふわあ~」

 やはり睡眠不足のせいか、眠い。
 とっとと一眠りしようと、俺は単車を駐輪場に止めたあと、入口へと欠伸しながら歩いていく。
 ――と、その時だった。

「ちょっといいかしら?」

 不意にかけられた声に、俺は眠たい顔のままで振り返った。
 声をかけてきたのは、特に気にしていなかった通行人の一人。
 ショートの髪の女で、歳は俺と同じくらいだろうか。

「……何?」

 今日はよく見知らぬ女に声をかけられるなと思いながら、俺は向き直った。

「道を聞きたいの。柴城興信所というところで……この辺りらしいのだけど」

 む?
 柴城興信所って、俺のバイト先じゃん。
 お客か何かだろうか。

「ああ……知ってるけど?」
「そう? 良かったわ。それで、道を教えていただけないかしら?」

 ふむ……道ね。
 あそこはここから近いとはいえ、微妙に入り組んだところにあったりする。
 口で説明するのはけっこう骨が折れそうだった。

「……案内しようか?」
「え?」

 思ってもみなかったのか、俺の提案に女は声を上げる。

「どうせ近いからな。口で説明するのも面倒だし」
「そう。それはありがとう」

 そいつは微笑すると、軽く頭を下げて礼をした。

 事務所までを歩きながら、俺はやっぱり口で説明なんてことしなくて良かったと思ってしまう。
 ややこしいのだ、この辺りは。
 妙に入り組んでいて……曲がれるような角も多く、ひたすら奥まった所に事務所はあるし。

「それにしてもさあ……」
「何かしら」
「あんなところ、何の用なんだ? 何か依頼でも?」
「そうね。珍しいのかしら……わたしのような者が、あそこを訪れるということは」
「さあどうだろうな」

 俺は首を傾げて思い出してみる。
 今までバイトをしてきたが、あまり二十歳前後の人間が顔を出しているところを見たことが無い。もちろん俺は例外で。

「しっかしそうすると、あんなとこでもちゃんと宣伝活動とかしてたんだな……」

 しみじみ思う。
 よくは知らんけど。

「ほら、あそこだ。何かこう……はやってなさそーな、あれ」

 俺がそう言って指差すと、女は笑う。

「そんなこと言っていいのかしら」
「誰も聞いてないし」
「わたしが聞いているのに?」

 ……む。
 いやまあ、そりゃそーだけど。

「まあ知られたところでどーってもんでもないしさ」
「まあ、そうね」

 女も頷く。

「ありがとう。助かったわ」
「どーいたしまして」

 礼を言うそいつに俺も頷いて。
 事務所の前で別れると、俺はマンションへと引き上げた。

「く――ぁ」

 帰ってくるなり、俺はベッドの上に突っ伏す。
 ……何だかもの凄く、疲れた。
 身体が重い。
 時間を確認しようとして、俺はポケットに入ったままになっていた携帯を取り出した。そこで気づく、メール受信の表示。……どうやら単車で走っている間に、届いていたらしい。

「……ああ」

 相手は所長からだった。
 内容は今日の歓迎会の時間と場所。どうやら皆で持ち寄って、事務所でするらしい。時間は午後六時から。
 それまでかなり時間が残っている。とりあえずは寝よう――そう決めて、俺は目覚し時計のセットをした。
 五時半、と。

「ふあぁ……」

 眠くないつもりだったが、いざ布団に包まると、じわじわと睡魔に意識が覆われていくのが分かる。
 そのぼんやりした頭で、あの少女のことを思い出していた。

 ――刻印咒を刻まれていた、少女。
 わりと正体不明。

 くそ、と毒づく。
 これで余計な仕事が一つ増えてしまった。しかも多分、無報酬。

 ……とはいえ、放っておくこともできそうもなかった。あの刻印を見た限り、しばらくどうってこともなさそうだが、あのまま放っておくと確実に由羅の命を蝕む。誰が仕掛けたのかは知らないが、相当な念が篭っているのは間違い無い。なるべく早く手を打った方がいいだろう。つまり、その分俺が頑張らなきゃいけないということで……。
 ここはやはり、所長に相談するのが一番かもしれない。あれでなかなかその筋の世界では顔が広いらしいし、何より信用できる。地元に戻って九曜家の門を叩くという方法もあったが、それは最後にしておきたかった。絶対に、厄介なことになるに決まってる。

 ――ったく、どうしたもんだか……。
 ぼやきながら。
 俺はいつの間にか眠っていった。

 ぴぴぴ……ぴ、ぴぴ……ぴー………。
 何ともやる気の無い目覚ましの音で、俺は目を覚ました。
 そーいや電池換えようと思ってたんだっけか……。
 ふああと欠伸し、時計を見れば、五時半。
 身体がだるいのは、寝起きのせいかそれとも朝から続いているやつのせいか。
 とにかく俺は起きて、身体を軽く動かしてみる。

「……お?」

 何だかすうっと、身体が軽くなったような気がした。少しだるかったのは、やはり寝起きのせいらしい。
 目が覚めてくると、体調はずいぶんいい感じだった。うむ、やはり身体の様子が変だったのは、寝不足のせいか。
 ばしゃばしゃと顔を洗い、大してすることも無い身支度を整えて。
 俺は歩いて十分とかからない柴城興信所へと向かった。

「ちわー」

 事務所のドアを開けて入ると、何やらすでに陽気な雰囲気が漂っていた。

「お、来たか」
「まあ義理ってことで」

 机に座って何やらやってる所長へと、俺は軽く手を上げて挨拶する。

「……もう来てるのか?」
「ん、ああ。東堂が相手してる」
「そんじゃ俺もちと見てくるかな……」
「――真斗」

 行きかけた俺を、不意に所長は呼び止めた。そして小声でそっと話しかけてくる。

「……昨日は行ったのか?」

 ――昨日受けた、仕事の話だろう。

「まあ一応。結局駄目だったけど」

 空振りだった、と言う俺を見て、なぜか怪訝な顔をする所長。

「お前、ニュース見てないのか?」
「見てねえけど……」

 今日は朝早く帰ってきて、少し寝た後学校に行って――あの変な少女と出会い、帰ってきてからはずっと寝ていたのだ。テレビなどつけている時間などあるわけがない。
 所長の様子に嫌な予感を覚えて、表情を硬くした。

「まさか……またなのか?」
「ああ。市内で殺人があった」

 溜め息を一つついて、所長は頷く。

「同じ奴か」
「さて……それはわからん」

 所長は肩をすくめると、簡単に事件のことを話してくれた。

「現場は上京区。最近の事件の現場に近い。殺されたのは女で、死因は胸部圧迫による内臓破裂。……どうやら背中から思い切り踏み潰されたらしい」

 俺がこの時浮かんだのは、倒れている被害者へと、犯人が何度も何度も踏みつけるというシーンだった。まあそういうのもあり得るかもしれない。

「――それだけ?」
「ああ……。まあ何だ、仏さんには失礼だが、今までの事件に比べると、派手じゃないな」

 確かに所長の言う通りだ。
 今回の死体は原型を保っていたということ――今までのものだと、元が何であったかわからないくらいに惨殺されている。

「別件ってことか?」
「さてな。だからわからんって言ってるんだ。お前が昨日出てたんなら何か見てるかとも思ったが……何も見ていないんじゃ仕方無いな」
「上京区っていってもずいぶん広いからな。一応昨日はその辺うろついてみたけど、人一人で隅々まで歩けるわけもないし……」
「そりゃそうだ」

 所長はいかにも、と頷く。

「まあもしかすると別件かもしれん。しかしなあ……物騒になったもんだよな、この町も」

 所長の言いたいことはよく分かる。
 今回の事件が一連のものと同一であろうとなかろうと、こう立て続けに殺人が起こってはたまったもんじゃないぞ。近くに住んでいる者にとっちゃ。

 ――などと、所長と話しているその時だった。
 視線に気づいて、俺は横を向いた。
 そこにいたのは、短い髪の女。

「……何の話をしていたの?」

 そんな風に声をかけてきたのは――俺の知ってるやつだった。

「あ」

 思わずそんな声を出してしまった俺へと、女は軽く頭をさげる。

「さっきはどうもありがとう。おかげで助かったわ」
「あ、ああ」

 そう。そいつはさっき、俺に道を尋ねてきた女。
 ここに案内したのだから、ここにいてもおかしくないのだが……何だかお客っぽくないぞ?

「何だ。もう知り合ってたのか」

 と、俺たちの様子を見て、所長が口を挟んでくる。

「ええ。さきほどここに来る前に、道を教えていただいたの」
「なるほど。そいつは偶然だな。じゃあ、自己紹介の必要はないか」
「んなわけねーだろ」

 普通、道を聞かれただけで、自己紹介なんぞしねーだろ。

「昨日話してただろ? 新人さんだ」

 ――ああ。そうか。
 お客じゃなくて、そっちの方ね。
 それじゃあ今日の主賓ってわけか。

「ちなみに今回おまえに受けてもらっている仕事は、彼女にもやってもらう。というか、その為に派遣されてきたようなもんだしな」

 ――なるほど。
 所長がスカウトしたわけでもないのに、いきなり新人がやってくるなんて珍しいこともあるもんだと思っていたが、事情はそういうことらしい。
 多分上の連中が、今回の事件に際してこの女を派遣したということだ。今回のことがそれほど厄介だと上が判断しているのか、それともこの新人の経験を積ませるために、ちょうどいい事件だと判断したからか――それは分からないが。

「どうも。俺は桐生真斗。ここでバイトやってる」
「バイト? 正所員ではないの?」

 首を傾げる女。

「まあね。一応学生だからな。将来の就職先になるかどーかは微妙だけど」

 実をいうと、今から就職のことなど考えたくないというのが、本音ではあるが。

「そう。わたしは最遠寺黎。しばらくの間だけど、よろしくお願いします」

 ぺこり、と最遠寺は綺麗にお辞儀した。
 つられて俺も頭を下げてしまう。
 下げながら、ふと俺はあることに気づいた。

「……最遠寺?」

 それは確か――

「ようやく気づいたか!」

 ごつい声が、突然割り込んでくる。
 見れば、いつの間にやら体格のいい男が、腕を組んでふっふっふと笑みを零しながら立っている。
 東堂さんだ。

「最遠寺といえば、関東の名門! 由緒正しき家柄のお嬢さんだ」
「そんな、大したことないわ」

 くすっ、と笑って言う最遠寺を見て、東堂さんはいやあ謙遜を、などと言って鼻の下を伸ばしている。
 一目瞭然だったが、どうやら一目惚れしたらしい。まあ確かに美人さんだけどさ。

「それにしても最遠寺、か……」

 と俺は珍しげに彼女を見た。
 俺たちの社会の中で、九曜といえば西日本において筆頭の名門だが、同様に東においては最遠寺がある。この家も、九曜に負けず劣らずの名家だ。

「黎君は一級の咒法士だ。つまりお前らの中じゃ、一番腕が立つわけだな」

 呑気に笑いながら、所長はそんなことを横から言ってくる。
 東堂さんはそのことを知っていたのか、うんうんと我が事のように頷いていたりした。

 一級咒法士。あくまでこの国の中だけで通じるランクだが、このランクにいる者はそんなに多くはない。
 俺は大学に入るまで九曜家でほとんど死に物狂いで頑張ってきたが、結局二級止まりだった。その二級も、九曜本家で学んでおきながら三級は恥だということで、その実力も無いのにもらってしまった感が強い。あの時は屈辱だったが、仕方がないことだった。

 東堂さんは三級だが、多分実力的には俺と大して違わないだろう。咒法に限っていえば、苦手な俺よりも上かもしれない。
 所長はというと……よく分からない。そこそこの実力があることは間違いないだろうけど。

「なーるほど。俺はバイトだからあまり関係ねえけど、所長はずいぶん助かるんじゃねえの?」
「ずっといてくれるんだったらな」

 そりゃそうだ。
 派遣である以上、一定期間が経過したら戻るってわけだし。

「何を言ってるんです!」

 おもむろに声を上げたのは、東堂さん。

「このような得難き人材、みすみす見逃すつもりですか!?」
「そーは言ってもなあ」

 困った顔で、ぽりぽりと頬を掻く所長。
 そんな様子を、微笑んだまま最遠寺は見つめていた。


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