第47話 血の洗礼

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「これ、起きぬか」

 心地良い美声に、レダは目を覚ました。
 未だぼんやりとした視界には、こちらを見下ろしているプラキアの姿。

「あ、えっと……」

 相手が誰であるかも忘れて、寝ぼけた声を出してしまう。

「ふむ……。再び仕事を忘れた挙句、かような場所で居眠りとは……大した身分じゃの?」

 言葉と同時にぎゅうっと頬をつねられて、レダは悲鳴を上げて飛び起きる。
 そしてようやく事態の把握に至った。

「プ、プラキア様っ……!?」
「ようやく目覚めたか、怠け者め」
「え、あ……私……!?」
「まだ寝ぼけておるのかや?」
「……うあ」

 仕事のことをすっかり忘れてしまっていたことに、レダは愕然となる。

「ヴァ、ヴァーグラフ! あなた、起こしてくれたって――!」

 自分の隣でうずくまっている黒い毛玉は、彼女の声に一瞥すると、再び目を閉じて狸寝入りを始めてしまう。

「あ、馬鹿! そもそもあなたがこんな所まで来るから――」

 悪いのよ、と言いかけて、はたと気づいた。

「あれ……? 私、何でこんな所で寝たりしたんだろ……?」

 エディンと話していた後、時間も忘れて思わずヴァーグラフを追いかけたのは迂闊だったとしても、どうして眠ったりしたのだろうか。
 自分はフォルセスカほど、昼寝が日課では無いはずなのだが……。

「あ……そうだ。あの子に会って……」

 ようやく、思い出す。
 ヴァーグラフを追いかけてここまで来て、そして一人の少女と会ったのだ。
 自分より少し年下のような感じではあったけれど、ずっと偉そうだった少女。
 あの少女に触られて、そうしてしばらくしたら眠ってしまったのだった。

「その、プラキア様。実は……」

 レダはここであったことを、そのまま伝えた。
 黙って聞いていたプラキアであったが、最後のその少女の名を聞いて、表情を変える。

「アルティージェ、と名乗ったのだな? その者は」
「はい。確かそんな風に言っていました。アルティージェ・ディーネスカって」
「ふむ……」

 プラキアは一つ頷くと、夫の墓標の前へと歩み、そっとしゃがみ込む。

「レダ、汝はその名に聞き覚えはないのかや?」
「いえ、全然……」
「勉学が足りぬの。汝も異端とされる者として生きていくのならば、ディーネスカの名ぐらい、知っておかねばならぬ」
「は、はい」

 言われて、素直にレダは頷いた。
 そんな彼女へと、プラキアは続ける。

「現在ある数多の異端は、三つの祖の血をもって広まったもの。すなわち、ミルセナルディス、ディーネスカ、ロイディアン……。汝もロイディアンの名くらいは、知っておろう?」
「それは知っています。フォルセスカ様の前の魔王、クリーンセス様の家名だったと思います。確かプラキア様も、ロイディアンの血筋だと……」
「その通りじゃ。我が実家であるウォルストーン家は、ロイディアンに連なるもの。現在魔族と呼ばれるもののほとんどは、クリーンセス・ロイディアンの血筋といえる」

 それ以前の魔王の血筋も、確かに現在へと続いてはいる。
 しかし数百年、または千年以上の魔王の血脈など、すでに薄まって久しい。

「じゃが我が夫は違う。祖はディーネスカ。二人目の魔王、シュレスト・ディーネスカを祖とする血筋のもの」

 すでにかなり薄まっていたその血筋において、ロノスティカは最後の魔族であった。

「え? じゃあさっきの子は……?」
「魔王シュレストの血に連なるもの。アルティージェとは、その末子にあたるという」

 さすがにレダも驚く。
 あの少女は、かつての魔王の子だというのだから。

「でも……シュレスト様はずっと昔の魔王だって聞いています。いくらその子どもだからって、そんなに長生きできるなんて……」

 二人目の魔王であるシュレストは、子も多く、その異端の血を世界に大いに広めることとなった。
 しかしロノスティカを見れば分かるように、魔族として存在しているような者など、もはや存在していないはず。

「妾とて全てを知り得ているわけではないが、かの魔王は最期にその全てを娘に譲ったという。つまり」
「――じゃあ、あの子はもしかして魔王……なんですか? 親の後を継いだ……」
「さて、そうとも言えぬ。本人にその気は無さそうであるし、またその継承にあたっては、様々に言い伝えられておるからの……。その後を巡り、子等が争い、シュレストすらその子に殺されたと、そんな噂すらある。妾が生きた遥か昔のこと故に、定かなことは知らぬがな」

 アルティージェ・ディーネスカ。
 悪魔が選ぶとされた魔王の中で、唯一後を継いだ魔王。
 それが、彼女の正体。
 もっともその存在は、ほとんどの者に知られてはいなかった。
 それはアルティージェ自身が異端の王となることに興味を見せず、また歴史の表に顔を出そうとしなかったこともあって、継承の事実すら知る者は少ない。
 魔王は不死だと云われている。後を継いだアルティージェが未だ生きているのも、それならば納得できるが……。

「でも、そんなひとがどうしてこんな所に?」
「弔い、であろう」

 答え、プラキアは墓標に手を伸ばす。

「かの方にとって身内と呼べる者は、我が夫が最後だったのであろう。情が無かったとは思えぬ」
「――だろうな」

 声が、不意に響く。
 驚く風も無く、プラキアは振り返って一礼した。
 姿を現したのは、フォルセスカ。
 慌ててレダもプラキアに倣い、頭を下げる。……二人きりの時は、別段そんなことをしたりはしないのだが、プラキアの手前、一応やっておく。

「今回の一騒動も、元をただせばあのお嬢さんが起こしたようなものだからな。復讐といえば、まあそうなんだろう」

 フォルセスカはそう言うとヴァーグラフの隣に座り込み、毛並みを撫でてやった。

「ブライゼン殿は利用されただけ……とも言えないか」

 結局、ブライゼンはアルティージェに取られてしまったというところか。
 出遅れたとも思えないが、やはり縁が無かったのだろう。

「まったく悔しいものだ」

 苦笑して、彼は誰にともなくつぶやいた。

「して、我が君」
「うん?」

 プラキアに声をかけられ、フォルセスカは顔を上げる。

「これからはどうされるおつもりじゃ?」
「ああ……そうだな。特に動くつもりはない。動ける状態でもないが。ブライゼン殿のおかげもあって、僧会も今は身動きできんだろう。じっとしてるさ」

 再びクリセニアは僧会の管理下に戻った。
 蜂起したブライゼン率いる異端軍はほぼ壊滅されたが、僧会、アトラ・ハシースを含めてその代償は大きかったと言わざるを得ない。
 僧会軍を最終的に壊滅に追いやったのはイリスだが、その原因を作ったのはブライゼンである。
 彼の名は、僧会にとっては苦い記憶となって残ることだろう。

(さて……問題はそれよりも)

 さりげなく、フォルセスカはレダへと視線を送った。
 一体何をされたのかは知らないが、その存在は朝までとは違ってしまっている。
 印象としては、自分がレネスティアによって変質したように……。

「……何だかな。いろいろと、ままならぬものだ」

 そんなつぶやきは、木の葉のざわめきにかき消されて。
 少女に、届くことは無かった。

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