第46話 墓標の少女

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 レダがフォルセスカと共に、ゼル・ゼデスに戻ってきたのは一週間ほど前のこと。
 案の定、帰るなりプラキアに大目玉をくらってしまった。
 思い出してみれば、確かに怒られても仕方ない。何せヴァーグラフを手懐けようと頑張っていたあの日、自分の仕事もせずに頑張りすぎて、しかもその後許しも得ずに、フォルセスカの後についていってしまったのだから。
 それからというものの、この一週間休みももらえずに、普段はやらないような仕事までさせられてくたくたになっていた。
 それでも一週間たって、プラキアもようやく許してくれる気になったらしく、今日は久しぶりに休憩時間というものを謳歌しているところである。

「お疲れ」

 声をかけられて、レダは頭だけを起こした。

 見れば、同僚のエディンが少し距離を置いて、近くの草むらに座っている。

「うん、疲れた……」

 答えて、レダは再び毛玉の中に身体をうずめた。
 ふわふわしていて、とても気持ちいい。

「ねえ……それ、怖くないの?」

 さすがに少々恐々として、エディンが尋ねてくる。
 それ、とは、今レダが毛布代わりにしているヴァーグラフのことだ。

「怖いといえば怖いけど、だいぶん慣れたから。相変わらず、あんまり私の言うこと聞いてくれないけどね」
「ふうん……。何だか凄いね。みんな、怖がって近づかないのに」
「今日は機嫌がいいみたいなのよ。機嫌が悪い時に上に乗ると、沼に放り込まれちゃうけど」

 どうやら経験ずみらしい。

「あ、エディンも乗る? 気持ちいいわよ、ふわふわしてて」
「い、いい……私は遠慮しとく」

 確かに気持ち良さそうではあるが、だからといって実践したいとまでは思えなかった。さすがにそこまでの勇気は無い。
 こうやってこんなに近くまで寄れるのはレダがいるからであって、一人ではとても傍には寄れないだろう。

「大丈夫よ? 一応噛んだりはしないから。……蹴られたりはするけど」
「そんなの全然大丈夫じゃないじゃない……」
「大丈夫だって。だってヴァーグラフ、私ばっかりに意地悪するんだもん」

 拗ねたように、レダは唇を尖らせた。
 当の本人であるヴァーグラフは、素知らぬ顔でそっぽを向いている。
 と、そのヴァーグラフが突然身体を起こした。
 当然、レダは地面に転がってしまう。

「……ほらね」

 転がった拍子で顔面を地面にうずめることになってしまったレダは、起き上がると頬をぴくぴくさせながら、同僚へと言った。

「っもう、いつになったら私のこと認めてくれるのよ」
「……何だか知らないけど、大変ね」

 どうしてレダがヴァーグラフに構うようになったのかは、もちろんエディンは知らない。

「もうほんと、大変よ。フォルセスカ様とかがしっかり躾しないから……」
「躾って……犬や猫じゃないんだから」

 あの魔獣に対して躾云々と言えるあたり、レダも大物なのかもしれない。
 エディンにしてみれば、呆れていいのか感心していいのか微妙な心境だった。

「ちゃんとしなきゃ駄目なの! 誰もしないんだったら、私が完璧に躾てみせるわ」
「はあ、頑張ってね」

 とりあえず応援しておくと、立ち上がったレダは遠ざかっていくヴァーグラフを睨み付けて、口を開く。

「私、とっ捕まえてくるわね」
「……怪我しないでよ」
「私があんなケダモノに後れを取るわけがないじゃない」

 ふふんと自信ありげに宣言すると、レダはヴァーグラフを追いかけて森の方へと駆けていってしまう。
 それを見送っていて、エディンはふと重要なことに気づいてしまった。

「……休憩、もう終わりなんじゃない?」


 基本的に気紛れに行動しているヴァーグラフだったが、今日はいつもと違っているような気がした。
 ふらふらとではなく、明らかにどこか目的をもって進んでいる。

「ねえ……どこ行くの?」

 小走りになりながら聞いてみるが、ヴァーグラフに応える様子もない。

「もう……」

 不満そうにしながらも、レダはその後についていく。
 やがてヴァーグラフがどこに向かっているのかに、何となく気づいた。
 この先にあるものといえば……。
 ヴァーグラフが辿り着いた場所は、森の中に小さく開けた空間――墓地だった。
 普段は誰もおらず、訪れることも無い。
 実際、辿り着いた墓地には誰の姿も無いように見えた。
 が、そうではないと、すぐに気づく。

「あら」

 少女が一人、墓の前に立っていた。
 こちらに気づいてか、ゆったりとして振り返る。
 その胸には、小さな犬のような子を抱えていた。

「あなた……そう。まだ生きていたのね」

 少女は微笑むと、顔を摺り寄せてくるヴァーグラフを撫でつける。

「こんなに大きくなって……。じゃあレネスティアには可愛がってもらっているというわけね」

 ささやきながら、今度はレダの姿を見とめて、視線を投げかけてきた。

「誰かしら」
「だ、誰って……」

 少々気後れしながらも、レダは少女へと近づいていく。

「名前は?」
「レダ、だけど」
「レダ? ふうん……知らない名前ね。でもどこかで見たことがあるのよね。それに……」
「あなたこそ、誰?」

 遮るように、レダは聞いた。
 ラウンデンバーク家に、こんな少女はいない。仕えている者でもない。

「アルティージェよ。アルティージェ・ディーネスカ」
「そ、そう」

 超然として言われて、レダは思わず頷いてしまう。

「それで、何をしてるの?」
「何って、見ればわかるんじゃない? ロノスティカに会いに来たのよ」
「ロノスティカ様に……?」

 確かにここは、彼の墓の前だ。
 彼の遺体は、ここに埋葬されている。

「ロノスティカ様の、知り合いなの?」
「そんなところね」

 少し苦笑して、アルティージェは頷いた。

「ずっと会っていなかったしね……。死んでしまっては、もう顔を合わせることはできないけれど、こうして彼が眠っている場所に訪れることも、しばらくできそうにないから」

 だからせめて今のうちに、と。

「それにしても」

 アルティージェはふっと目を細めると、改めてレダを見やった。
 無遠慮に眺められて、つい一歩退いてしまう。

「な、なに?」
「さっきも言ったけれど、どこかで見たことがあるわ……あなた。名前、もう一度聞かせてくれる?」
「だからレダだって……。レダ・エルネレイス」

 戸惑いながらも答えると、途端にアルティージェの表情が変わった。

「エルネレイス?」
「そうだけど、何よ?」
「ふふ、そう。見覚えがあると思ったら、ラゼアだったの」

 くすくす、とアルティージェは笑う。
 その表情はほんの少し、嬉しそうにも見えた。

「道理でロノスティカの血を感じたわけね。見失っていた血筋を、こんな所で見つけられるなんて……」

 つぶやいて、アルティージェはそっとレダに近づく。

「ふうん……。ずいぶん血は薄まってしまっているけれど、見所はありそうね。何だかこのままでは勿体無いわ……」

 それは、不必要に近い距離で――

「わたしもね、決して寂しくないわけじゃないの。だから欲しいのよ。人形ではなくて、わたしと同等のもの……。永遠に付き合ってくれる、ね」

 こつ、とレダの額に、アルティージェの人差し指が触れた。

「な、あ……」

 途端に、急激な睡魔が襲ってくる。
 抗おうとしたが、無駄だった。
 朦朧とする意識の中で、声が響く。

「あなたは如何にロノスティカの血を引いているといっても、もうただの妖魔に過ぎないわ。もう最後の者だというのに、それではつまらない。……ねえレダ、強く、美しくなりたいとは思わない?」

 ……何を聞いているのだろう。
 よく分からない。分からないけど……。
 強く、の言葉だけははっきりと聞こえた。

「そんなの、なりたいに……決まってるじゃない……」
「そう?」

 嬉しそうに、アルティージェは微笑む。

「わたしの見立てでは、あと百年……というところかしら。フォルセスカの様子では、もっと短いかもしれないけれどね。その時を越えてもまた巡り合うことができたなら、お友達になりましょう?」
「…………?」
「そうなるよう、祈っておいてはあげる。ロノスティカは喜ばないかもしれないけれど、潜在に深く埋もれてしまったものは、引き上げておいてあげるわ。その分、苦労するでしょうけど」

 ささやきかけながら、レダの唇へと何かを垂らした。
 赤い、雫。

「なに……?」
「大したものでもないわ。効くかどうかはあなた次第」

 アルティージェはそう答えながら、血の溢れる人差し指を自分の口へと含んだ。

「じゃあね。また会えたらその時に」

 信じられないほど甘い血の香に、それを舐めてしまったレダは、もう意識を保つことはできなかった。
 そのまま、崩れ落ちて。

「イリスにレダ、それにユラスティーグ。これからが楽しみ……」

 レダが次に目覚めた時にはもう、そんな言葉を残した少女の姿は消えていた。


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