第44話 先輩と後輩

 分かってはいたことだが、やはり戦場とは酷い場所だ。
 特に、戦いの後――屍が累々と転がる様は、見慣れたくない光景である。
 勝敗としては、僧会の勝利であっただろう。
 しかし為に払った犠牲は大きく、またその後に起こった凶事により、その勝利すら意味を為さぬものになってしまった。
 その凶事を起こした張本人のことは、まあ後回しだ。
 その前に、会っておきたい相手がいる。
 もっとも生きているとも思えないが……。

 フォルセスカがそこそこ苦労してその場所にたどり着いた先には、思わぬ先客がいた。
 一目で高価と分かるドレスが、土や血で汚れることなどまるで気にした様子も無く、その場に優雅に座っている少女。
 周囲にはごろごろと死体と思しきものが散乱している中で、その少女の姿はひどく浮いているようでもあり、しかし一方で自然な光景にも見えてしまう。
 少女は誰かを膝に置き、目を瞑って何事か話しているようだった。
 それがこちらの足音を耳にして、目を開く。

「ふふ、来ると思ってたわ」

 予想通りだったのが嬉しかったのか、少女は微笑する。
 どうやらこちらのことは、充分に知っているらしい。

「どなたかな? ブライゼン殿とは数年前からの付き合いだが、お嬢さんのような顔は初めて見る。知り合いかな?」
「そうね。ドゥークとは知り合い。日は浅いけれどね」
「それはそれは。しかしどうしてこのような場所に? 俺のことも、何やらご存知のようなんだが」
「知っているわ、フォルセスカ」

 わざとらしく名前を呼ぶと、少女は膝に置いていたブライゼンを地面に寝かし、その場に立ち上がった。

「わたしはアルティージェ。アルティージェ・ディーネスカ。レネスティアから聞いてない?」
「いや、知らないな」

 答えながらも、何となく納得する。
 どうやらレネスティア繋がりの相手らしい。それならばこちらのことを知っていても不思議ではないが……。

(それにしても、ディーネスカ、か。どこかで聞いた名だな)

 考え込んで、思い当たる。

「……もしかして、俺の先輩さん、なのかな」
「先輩? ああ……そうとも言えなくもないわね。正解ではないけれど」
「まあ、察しはつく。しかしなるほど……ブライゼン殿に例の人形をやったというのは、お前さんだったというわけだな。またずいぶんなものに憑かれたものだ」
「憑かれたって……ずいぶん失礼ね?」
「これは失敬」

 適当に頷くフォルセスカを、近づいてきたアルティージェは無遠慮に眺めやる。

「ふうん……。こんなのをレネスティアは気に入ったの。いったいどこで見つけたのかしらね。まあいいけれど。……それより、レネスティアは元気? あれだけ陰に入ってしまって、わたしも心配だったんだけれど」
「元気だな。あれは」

 答えながら、フォルセスカは僅かに眉をひそめた。
 今の言葉を聞いて、そういえばと思い出したのだ。

「いつだったか誰かにも言われたんだがな。……俺は今のレネスティアしか知らない。昔、あいつに何かあったのか?」
「…………。知らないの?」

 少し意外そうに、アルティージェは首を傾げた。

「二百年くらい前の話で、前の魔王だったっていうクリーンセスに関係あることだとは思うんだが。ただ具体的なことは、何もな」
「……そうね。あんなこと、確かに嬉々として話したりはしないわね」
「ふむ。よく知らないが、聞かない方がいいことらしいな」
「あら、詮索しないの?」

 軽く肩をすくめて言ったフォルセスカへと、物珍しそうにアルティージェは尋ねてくる。
 てっきり、話を聞いてくるだろうと思ったらしい。

「興味はあるが、あいつにその気があったらそのうち話してくれるだろ。やめておくさ」
「そう? 聞く気が無いのなら、別に話さないけど」

 彼の返事に、アルティージェはあっさりと頷く。

「でも元気ならいいわ。……今度、会ってこようかしらね。ここずっと会っていないし、これからしばらく会えなくなるし」

 ぶつぶつと、今後の予定をたてるアルティージェを、フォルセスカはしばしまじまじと見つめた。
 そして、何となく感心する。
 一体何に感心したのか、自分でもよくわからなかったが……。

「で、お嬢さんはこんな所で何をしてるのかな?」
「あなたこそ、何の用? 今回のことは、直接あなたに関係ない……こともないわね。わたしもそのことで一言、あなたに言おうと思って待っていたのだから」

 そう言いながらも、彼女は先に話そうとはしなかった。どうやら先に話せ、とのことらしい。

「俺は今回の結果を見定めに、だな。あと、ブライゼン殿がどうなったのかも気になって、ついでにそれとなく捜していたというわけだ」
「見ての通りよ」

 死体に交じって地に寝かされているブライゼンへと、アルティージェは視線を送る。

「……生きているようには見えないな」

 彼は一見しただけで大小様々な傷を受けており、鼓動も感じることのできないその姿からは、やはり死体にしか見えなかった。

「ふふ……そうね。わたしが思っていた以上にドゥークは強かったけれど、あなたの娘はそれ以上だったわ。でも」

 いったん言葉を区切るアルティージェは、ひどく意地の悪い表情をしてみせる。そして、足元から何やら拾い上げ、それを見せつけた。

「……それは?」
「見てわからない?」

 彼女が見せたのは、途中から切り落とされた手だった。
 白く細い、小さな手。
 血と泥に塗れてはいたが、どうしようもなく綺麗で、作り物のような印象さえ受けてしまう。

「……あまり想像したくないんだが」
「でも現実よ。これは、ドゥークがあなたの娘から切り落としたもの。あの娘は今、さぞかし痛がっていることでしょうね」

 そう言いながら、アルティージェはそれを手渡してきた。

「それでもドゥークをあんなにされてしまったんだもの。片手くらいじゃ釣り合わないし、わたしが隠してしまっても良かったのだけど……そういう意地悪は、あなたに免じてやめておいてあげるわ」

 それにもう、少しいじめてしまったことだし、と付け加えて。

「わたしがここにいたのはドゥークのこともあるけれど、あなたにそれを渡したかったから。それだけよ」
「ふむ……。わざわざありがたいと言いたいところだが、俺にどうしろと?」
「さあ? わたしは知らないわ。どういう育て方をするのかなんて、それぞれの親で違うものでしょう? あなたがどうするのかなんて知らないけど……まあ、そうね。慰めてあげたら?」

 からかうように言われて。
 フォルセスカは苦笑する。

「さて……あいつが泣いてでもいたら、そうしてやりたいところだが……。しかし泣いた子供の扱い方なんて、俺はよくわからんからなあ……」

 いつだったかも、似たような台詞を言ったような気がする。

「だがまあ、あいつが泣いているところなんて想像できないか。母親と一緒で、澄ましてばかりだからな……」
「あら、そうかしら?」

 彼の言葉に、アルティージェはくすくすと笑う。

「レネスティアだって涙を流したことはあるのよ? 一度しか見たことがないけれどね。二度と見たいとは思わないけれど」
「ほう? それは初耳……」

 正直に、驚いた。
 あのレネスティアが涙を流したことがあるなどとは、にわかには信じられない。

「あなたの言った通り、あなたの娘――イリスだったかしら。あの子はレネスティアによく似ているわ。表に出す感情こそ違うけれど、その内はまったく同じ。純粋で、一途で……そして残酷。魅入られた者は苦労するしかないわ。けれどその見返りは」

 そこで区切り、彼女は後を続けなかった。
 意味ありげに、微笑むだけ。

「見返り、か」

 さてどんな見返りがあるというのだろうか。
 そんなものなど全く無いような気もする反面、すでに充分享受しているような気にもなる……。

「自分ではよくわからんがな……しかし振り返ってみると、なるほど不満は無いように思える」
「不満は無い……か。ふふ、控えめね?」

 フォルセスカを見上げて、アルティージェは笑う。

「あなたは手に入れたの。あの二人……レネスティアとイリスを。子はいずれ親離れするかも知れないけれど、それでもあなたのものには違いないわ。レネスティアもお父様の時までは、ただの興味でしかなかったけれど……クリーンセスの時からそうではなくなった――というか、気づいたのね。だからもう二度と、離さない。あなたが望んでも、離してくれないでしょうね」
「ふうむ……我ながらそれは大変だな。永遠ともなると、さすがに疲れる」
「けれどあなたなら、きっと付き合ってしまうわ。そういう顔、してるもの」

 すかさずそう言われ、フォルセスカは苦笑するしかなかった。

「なるほど。……と頷いてみせたところで、やはり俺自身にはよくわからんがな。まあいい。とりあえず不満が無い、それだけで充分」
「確かに不満そうな顔はしてないわね。レネスティアも、よく見つけたわ……」

 アルティージェは軽く天を仰ぎ見てそう言うと、その場から離れ、ブライゼンの元へと戻る。

「あなたも大変だけれど、これからあの子も大変でしょうね」
「それはイリスのことかな?」
「そうよ」

 あっさりと、アルティージェは頷いた。

「あの子もわたし同様、エクセリアに嫌われているから。きっと、わたしが受けたのと同じ糸に捕らわれるのでしょうけど……」
「糸?」
「千絲――それが悠遠のものになるかどうかは、あの子次第ね。結果は、目覚めた時にでも見せてもらうわ」

 そう言うなり、アルティージェはブライゼンをそっと抱きかかえる。

「まあ、頑張ってね」

 一方的にそう告げて。
 アルティージェはその場から消えてしまう。
 とりあえず、彼女の用は終わったということか。
 生きているとは思えなかったブライゼンだったが、それを連れ帰ったところを見ると、あのアルティージェという少女に何か思惑でもあるのだろう。
 ただの勘ではあるが、フォルセスカ自身と同種の苦労を、ブライゼンも背負わされているような気がして――何となく同情する。

「俺にも誰か同情して欲しいところだが……贅沢は言えないな。さてそれよりも……」

 困ったのは、今手にしているものの始末だ。
 切り落とされた、小さな手。

「会うつもりもなかったが、仕方ないか。ちょうどいい口実になる」

 自分自身の本音に苦笑しながら。
 彼は進んだ。


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