第41話 ドゥーク・ロー・ブライゼン異端裁定④

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「愚か者どもめ! このような所まで入り込まれよって……!」

 ベルヌークの罵声も、剣戟の響く中では、決して迫力のあるものではなかった。
 ブライゼンがイリスと刃を交えているころ、彼が放った半数の人形達は、その数を十数人減らされながらも、本陣であるベルヌークの元まで辿り着いていたのだ。
 今まさに、目の前で味方が人形達の刃を防いでいる。
 そのいくら傷つこうとも前進をやめぬ姿は、確かに異様だ。生きているものに為せるものではない。
 間近まで侵入を許したことと、現在の戦況に、ベルヌークは歯噛みしていた。

 軍を二手に分けたこと。
 これは確実に相手を殲滅するために、必要なことだった。
 だがそのことが、今では裏目に出てしまっている。
 思いのほか早く戦闘が始まってしまったことと、第二軍の到着が遅れていること――その結果、相手の思わぬ猛攻に戦線は崩壊しつつあった。
 例の人形も、アトラ・ハシースの投入でその数を減らすことはできたものの、こちらの犠牲も少なくない。
 こちらの犠牲を抑えるためにとあの死神を呼んだというのに、何をてこずっているのか戻ってくることもなく、その成果はかんばしくない。
 そもそも原因は、敵の目的の読み違えたことだ。
 敵は、自らを守るために戦っているのではない。それが目的であったならば、こんな野戦などをせず、せっかく奪い返したブラフト・ダーンにこもった方が、より守り易くなったはず。
 つまり敵の目的は、攻撃――それも恐らく、刺し違えるつもりなのだろう。
 だからわき目も振らず、攻めて来る。
 そして主戦力である人形達は、ただベルヌークのいる本陣のみを狙い、そしてその侵入を許してしまったのである。
 こうなってしまっては、軍を二手に分けたことは悔やまれた。
 これでは一時的にとはいえ兵数を減らし、敵に本陣を突き易くさせただけではないか。

「友軍が来れば流れが変わる。それまで持ちこたえよ!」

 声を上げるベルヌークの視界で、また一人、アトラ・ハシースの者が倒れる。

「あの死神め……何の役にも立たんではないか……!」

 その光景に、彼は吐き捨てた。


「司祭、火の手が上がっています」

 副官の言葉に、ディアンは馬上から遠方へと目を細めて眺めた。
 夜ということもあって、遠くといえど炎の灯りは目立つ。

「ふむ……どうやらもう始まっているようですね」

 そうつぶやきながらも、彼の様子は落ち着いたものだった。
 炎の見える先は、目的地であるコルント。
 恐らく戦場にて上がった火だろう。

「では急がなければ。ただでさえ、到着が遅れているのです」
「そうですねえ……」

 頷きながらも、ディアンは特に指示を出そうとはしなかった。
 彼らを先頭に、後ろには僧会の軍勢が後に続いている。ロネノス経由でコルントに向かう、別働隊である。
 ディアンがその指揮官の任についていたが、緒戦で負傷したこともあって、本来ならばベルヌークと共に直接コルントに向かうはずだった。
 しかしわざわざ彼は、別働隊の任を買って出たのである。
 ほとんど無理矢理に引き受けた任であったというのに、当の本人にはいまひとつやる気が無い――そんな風に、彼の副官を務めるバルーオは感じていた。
 準備に時間をかけ、途中で休息を多めにとり、進軍速度を遅くしている。
 まるで意図的に、到着を遅らせているようにも見えるではないか……。

「……何か来ますね」

 彼の言葉とほぼ同時に、前方から馬の蹄の音が響いてくる。

「止まれ!」

 ディアンが片腕を上げたのを見て、バルーオは後列に向かって叫んだ。
 時間をかけて指示が行き渡り、進軍はゆるやかに止まった。
 馬を飛ばせて彼らの前に止まったのは、僧会の者と分かる伝令兵だった。

「察するに、司教様からですか?」

 ディアンに問い掛けられて、その兵は馬を下りると彼の前にひざまずく。

「はい。ベルヌーク司教より火急の知らせです。異端との戦闘は、開始されてからかなりたっております。第二軍には一刻も早く到着し、敵の背後を突くようにと」

 つまるところ、催促の使者というわけだ。
 本軍は苦戦しているのだろう。なかなか到着しない別働隊に、業を煮やしたベルヌークが、わざわざ使者を送ってきたというところか。

「司祭、やはり急がれた方が良いと思います。このままではたとえ勝利しても、これ以上遅れれば、我々は後で罰せられるでしょう」

 心配げにそう言うバルーオだったが、ディアンは何事か考えて、しばし黙していた。
 ややあってより、使者の兵へと尋ねる。

「彼女――あの死神はどうしています?」
「詳しくは存じませんが、例の人形どもを迎え撃つために、ベルヌーク司教が陣を出したのではないかと」
「ふむ……なるほど。あの子はもう、戦っているというわけですね」

 また考え込むディアンを、バルーオは訝しげに見返した。
 彼がいったい何を考えているのか、よく分からない。

「司祭……?」
「到着時刻を修正です。夜明けとともに、コルントに入りましょう」
「し、しかし――」

 それではさらに遅れてしまう。
 慌てるバルーオと伝令兵だったが、やはりディアンは場違いなほどに落ち着いていた。

「大丈夫ですよ。責任は私が取りますので」


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