第39話 ドゥーク・ロー・ブライゼン異端裁定②

NO IMAGE

 戦いが始まってより、どれほど経過しただろうか。
 乱戦ただならぬ中、指示を出しながらブライゼンはふと思う。
 今が昼ならば、太陽の位置である程度の時間は推し量れる。しかし現在は夜。陽の代わりに月があればいいのだが、生憎今夜の空には厚い雲があり、その姿を探し出すことはできなかった。

「――一人で戦うな。必ず組になって敵を討て!」

 いかに相手の数が多かろうと、一つの場所で戦える人数というのは決まってくる。
 常に誰かと組み、二対一でその場その場で戦わせることによって、今のところ効率良く敵の数を減らすことには成功していた。
 しかし、敵は次から次へと現れ、味方の体力を奪っていく。

「お前達は私に続け! エンディオ、お前は一隊を率いて背後を守れ!」
「はっ!」

 ブライゼンの言葉に、元近衛騎士の男は頷き、自分の部下達へと指示を送る。

「行くぞ!」

 ブライゼンの後に続くのは、例の人形達だ。
 そのほとんどが傷ついてはいたが、戦力としては問題無い。
 すでに百に満たなくなった数を率い、彼は敵軍の中央突破を目論んでいた。
 勝てぬ戦であることは承知している。
 しかしだからと言って、闇雲に敵を減らすことのみだけを目的に、戦っているわけではなかった。
 アトラ・ハシース――それこそが、目的。
 異端にとってもっとも厄介な存在は、僧会内にあるアトラ・ハシースという組織だ。人間でありながら咒に通じ、妖魔や魔族といった者達の天敵……。
 前回の異端裁定において、異族を中心に編成されていた近衛騎士団を破ったのも、やはりアトラ・ハシースである。
 アルティージェの人形のことは、すでに僧会にも届いているはず。そしてただの僧兵には対抗できぬ戦力であることも、これまでの小競り合いから充分に理解しているはずだ。
 ならば今回の戦いには、必ずアトラ・ハシースの者も投入されてくるはず。それらをいかに倒すことができるか――それが、一度敗れた彼にとって雪辱を晴らすことにもなり、そして目的だった。
 表には出ていないものの、アトラ・ハシースは僧会内の異端裁定における中心。そこに打撃を与えることができれば、今後の異端裁定に大きな影響を及ぼすことは間違い無い。
 故に目指すは軍を率いる将――ナプティカルド・ベルヌーク。
 アトラ・ハシースの実質的な長であるアルゼスの下において、大きな影響力を持つ司教。
 今のところ姿を見せないアトラ・ハシースも、彼に近づけば恐らく姿を現す。
 初戦では見逃したが、今回はそうはいかない。
 ここで――この夜のうちに、全てを果たす。
 林道に入って間も無く、ブライゼンはハッとなって足を止めた。

「散開しろ!」

 叫んだが、間に合わない。
 続く人形の兵の中心目掛けて、何かが舞い降りる。
 それは着地するなり、手にした剣を華麗に舞わせた。
 転がったのは、彼女の近くにいた人形数体の首だった。

「ふうん……。本当、死なないね」

 胴と分かれてもなお動こうとする首に視線を落とすと、その漆黒の少女は無造作に踏みつけた。
 嫌な音がして、詰まっていたものを飛び散らせ、首だったものは潰れてしまう。

「じゃあ動けても意味が無いくらい、バラバラにしてあげる」

 言うなり少女は、その場を駆ける。
 ただの兵とは違い、人形達は何の動揺も無かった。
 突然現れた年端もいかぬ少女に対しても、躊躇いもなく迅速に刃を向け、殺そうと迎え撃つ。
 しかしその無駄の無い動きも、少女の前では無意味だった。
 一体の人形に飛び込んだ少女は、振り下ろされた剣の刃を軽く払いのけ、左手で首を掴むと、ただ力任せに地面へと叩きつける。
 身体を反るように胸から叩きつけられた人形は、その衝撃で背を砕かれ、動けなくなった。
 完全にとどめを刺したわけではなかったが、それでももうまともな戦力にはならない。
 少女は背後に迫った別の人形に視線を移すと、翻って一撃を受け、次の一撃でその身体を両断した。
 そうやって、彼女の足元には次々に人形の残骸が重ねられていく。

「下がれ!」

 ブライゼンが少女の下へと駆けつけた時には、すでに十数体が破壊され、血の海を作っていた。
 それでも動こうともがく人形の様は、凄惨なものだ。

「…………?」

 彼の言葉に従い、周囲から人形が退いていくことに、少女は首を傾げて振り返る。
 返り血に染まった、十歳ほどの少女。
 手にしている剣は、ぬめる血に染まりながら、雫を足元へと垂らしていた。

「なるほど。死神とは、また脅しが効きすぎたのかもしれんな」

 こうやって、彼女を直接目にするのは二度目になる。
 一度目はブラフト・ダーンの城内にて、プラキアの命を狙った暗殺者として、僅かだが対峙した。
 名をイリス。
 かの王の、娘。

「もう終わり?」
「私が相手をしよう。誰かが貴女を止めなければ、この先には進めん」

 答えながら、ブライゼンは近くの人形へと視線を送った。
 人間でいえば初老の容姿をした、アルティージェの執事をしていた人形。

「お前は半数を率いて予定通り、この先を進め。遭遇次第、殲滅にかかれ」

 頷くと、彼は他の人形へと指示を送る。
 数十体は彼の指揮の元、この場から先へと進んだ。

「……それだけで、わたしを殺せるの?」

 残された数十体を見やって、少々つまらなさそうに、イリスは言う。

「いや、相手は私一人だ。無粋なものに、貴女の相手を務めさせるは無礼。この者たちには」

 彼は残った人形達を見回し、そして次に周囲の林を見渡してから、答えた。

「邪魔が入らぬよう、壁とする。伏兵は貴女だけではないだろうからな」

 この林道からは、未だ殺気が消えていない。
 恐らくアトラ・ハシースの者が、機を窺い狙っているのだろう。

「……すごいね」

 図星だったのか、素直にイリスは認めた。

「姿を現さないのなら、こちらから仕掛けさせるが?」

 誰にともなく投げかけられたブライゼンの言葉に、周囲の木々が一斉に反応した。
 飛び掛ってくる複数の影に対して、人形達も応戦する。

「……貴方は人形じゃないの?」

 一気に戦場となったこの場で、澄んだイリスの問いかけの声が、場違いに響いた。

「そう見えるのならば、侮辱と受け取るが」
「? どうして侮辱になるの?」

 意外そうに、イリスは聞き返してきた。
 悪意は無く、ただただ不思議そうに。

(……幼いな)

 そんな彼女の様子に、ブライゼンは思う。
 本来ならば、このような場にいるべき年齢ではない。
 人の子ならば、まだまだ親に甘えたい年頃だろう。親にしてみても、成長し始めた子供に対して期待し、愛情を与えたいであろうに。
 ブライゼンは当事者ではないので、分かりはしない。親としての経験も無い以上、推し量ることもできそうもなかった。
 果たしてフォルセスカは、どう思っているのだろう……。

「……答えてくれないの?」
「――いや。私なりの、誇りの問題だ。貴女にはわからないだろう」
「…………。いいけれど、別に」

 小さくつぶやいて、イリスは剣の血糊を払った。

「話はもう終わり?」
「問い掛けたいことはある。が、一度刃を交えてからでも遅くはないだろう。貴女の腕にも興味はある」

 言って、ブライゼンは携えていた剣を構える。
 興味があると言ったこと――それは正直な気持ちでもあった。
 聞けば、ロノスティカと戦い彼を討ち取ったのは、この死神であるという。
 ブライゼンの剣は、そもそもロノスティカより教え込まれたもの。彼は主であり、そして師でもあったのだ。
 今に至り、ロノスティカの老いもあって、剣の腕ではすでにブライゼンの方が上だった。
 それでもその師を破った相手――イリスの力には、怨恨とはまた別の意味で、興味がある。
 純粋に、自分の力を試してみたいという気持ちも、確かにあるのだ。

(……できるならば、私はフォルセスカ殿と一度、手合わせしてみたいと思っていた。それが、このような形で果たせるとはな)

 対峙しているのは彼の娘ではあるが。
 相手にとっては不足無い。

「そう。じゃあ殺すね」

 簡単に告げるイリスへと、ブライゼンは目を細めた。

「貴女が強いことは認めよう。だが侮るな」
「……誰も、わたしを止められないのに?」
「自身をもたばかるのか? 子供とはいえ情けない」

 挑発したわけではない。
 しかしイリスにしてみれば、不愉快な台詞として耳に届いた。

「どういうこと?」
「唯一かもしれないが、貴女を退けた者がいるだろう。半年前、ブラフト・ダーンにて」

 ブライゼンの言葉に、イリスの表情が一瞬にして陰を帯びる。
 柳眉が逆立ち、細められた赤い瞳はそれだけで、見る者を殺せそうなほどだった。

「なるほど、大した殺意だ。だがまだまだ青い。そのように幼さの残る殺気など、我が一閃にて散らせてみせよう」
「――――殺すよ」

 凍えた冷気を纏わりつかせて、イリスは一気に間合いを詰めた。


 次の話 第40話 ドゥーク・ロー・ブライゼン異端裁定③ >>
 目次に戻る >>


黎明ノ王Ⅱカテゴリの最新記事