第36話 ブライゼンとの会見②

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「――そんな、ブライゼン様!」

 突然、声が割り込んだ。
 我慢できなくなったレダが、口を挟んだのだ。

「フォルセスカ様は、プラキア様ですら認めた私たちの主なんです! ロノスティカ様だって、きっと……! それにブライゼン様ほどの方が、役に立たないなんてこと、ないです……。私、私は何もできなくて……」

 今の自分は、何の役にも立ちはしない。
 こうやって強引についてきたけど、どちらかというと迷惑されているのだろう。
 けれど、ブライゼンは違う。
 ロノスティカにも信頼されており、ブラフト・ダーン異端裁定では最後まで奮戦し、そして今、フォルセスカが求めるほどの人材なのだ。
 自分とは、違う……。
 羨ましいほどまでに、違うのだ。

「――レダ、控えていろ」
「いや、構わない。それに……見覚えがある。プラキア様の侍女だった者か?」
「あ、はい……。今でもそうです」
「今でも? ではなぜフォルセスカ殿と共にいる?」
「それは……」

 一瞬言いよどんだものの、顔を上げて、レダははっきりと告げた。

「それは、フォルセスカ様のお役に立つためです。今は何もできないけれど、お傍にいればきっといつか……お助けすることもできるはずだと思って……」
「やめろやめろ。身体がかゆくなるだろ?」

 苦笑して、フォルセスカは言う。

「実はこんな所に連れてくるつもりはなかったんだが、まあなりゆきでね。本人は意気込んで頑張ってくれるつもりなんだが、まだこんな子供に頼るもの如何なものかとも思ってなあ……」
「こ、子供じゃないですっ!」

 思わず怒ったレダに、これは口が滑ったと、頭を掻くフォルセスカ。

「図星だからこそ怒ってるんだと思うんだが、ブライゼン殿はどう思う?」
「年の端など、気にすることでもないだろう。貴方のご息女のことを考えても」
(え……?)

 ブライゼンが答えた言葉。
 それはレダにとって、信じられない一言を含んでいた。

(ご息女って……うそ、そんな……!?)

 しかしそんな彼女の心境など気づかぬように、フォルセスカはブライゼンに小さく頷く。

「そうだな。全く困ったものだ」
「心境は察する」
「いやいや。あいつのことでなら、俺の方こそ申し訳ない気持ちで一杯だがね」

 誰のことを話しているのかは、レダには分からない。
 分からないけれど、それは……。
 何ともいえない表情で見つめる彼女の視線に、その時フォルセスカが気づくことはなかった。

「まあ、あいつのことはいい。それより貴公はこれからどうするつもりだ? ある程度の覚悟はしているようだが、一応気になるのでね」
「貴方の言った通りだ。私は死に場所こそ求めている。今回のことは、そのついでに頼まれたことをしているにすぎない。……見ただろう? あの人形は、その頼み事をされた方からの、もらい物だ」
「人形、か」

 あっさりとブライゼンは正体を告げた。
 昨夜の戦闘で、戦力として動いていたもの達――そしてこの城内でも多数、フォルセスカはその姿を見ている。

「人形を創る咒法はそれこそピンキリあるが、あれらの出来はまともじゃないと思ったんだがな。どこか、禁に近いものを感じる」
「私も詳しいことはわからない。ただあれらの人形を、このまま残しておきたくはないらしい。だから私に使えと……全てを壊すことを、条件に」
「ふむ……いったい誰に頼まれたのかは知らないが、たいそう物騒なものにでも憑かれているような、そんな印象を受けるな。貴公から」

 ブライゼンが行方をくらませていた間に何があったのか、それは知らない。だが恐らく、その間に何かがあったのだろう。
 彼に、今回のことを決断させる何かが。

「――俺と、よく似ている」
「フォルセスカ殿と?」
「まあ、な。恥ずかしい話だが、俺は自分の意思で動いているつもりではあるが、その実そうとも言い切れない部分も確かにある。どこかで、あいつの意思を代弁しているだけなのかもしれんと、そう思うわけだ」
「……恥じることでもないと思うが。貴方は異端の王である前に、その悪魔に一身を捧げているのだろう? 私がかつて、ロノスティカ様にそうしていたように。以前、そう聞いたが」
「はは。どうだかな。尻に敷かれている身としては、そうとも思えないが。まあ微妙なところか」

 笑ってから、ずいぶん脱線したなと、フォルセスカは話を元に戻した。

「貴公が決めたことならば、止めても無駄だろう。騒ぎは大きくなるだろうが、俺たちは俺たちで対処するさ」
「申し訳ない」

 ブライゼンがそう言ったところで、部屋のドアがノックされる。

「ブライゼン様。よろしいでしょうか?」

 かけられた声に、フォルセスカは無言で構わないと告げると、ブライゼンは外の者の入室を促した。

「失礼します」

 入ってきたのは、フォルセスカにとって見覚えのある者だ。
 恐らく、かつて近衛騎士団に属していた者だろう。
 城内にはブライゼンが得た人形の他に、かつてラウンデンバーク家に仕えていた者の姿も、少なからずいた。
 ブラフト・ダーンが落ちた際に、散り散りとなった生き残りの者達が、今回の事をきっかけに再び戻ってきたというところか。

「召集に応じた者の数が把握できました。これから編成を行いたいのですが」
「わかった。私も行こう」

 頷くブライゼンを見て、フォルセスカは立ち上がった。

「忙しいところに来て邪魔をしたな。我々は帰ろう」
「こちらこそ、何もできずに申し訳なかった。このような所まで、わざわざ訪ねてきていただけたこと、感謝する」

 ブライゼンは一礼すると、そのまま部屋を後にする。

「どうぞ、お二方はごゆっくりしていって下さい。必要なものがあれば、取り揃えますので」

 ブライゼンの部下にそう言われて、フォルセスカは小さく首を振った。

「いやいや、俺たちはもう帰るから、構わないでくれ」
「そうですか。では」

 部下の男は頷くと、ブライゼンの後に続くように、退室する。
「本当に忙しい奴だなあ……。真面目もいいが、あれじゃあ過労死間違い無しだな」

 初めと同じように二人きりなった部屋で、くだけた調子でフォルセスカはつぶやいた。
 しかしそれとは対照的な表情で、レダが口を開く。

「……いいんですか? 私たちは何もしなくても……?」
「することがないな」
「でも……」
「あいつは言わなかったが、今回ことは、恐らく俺たちのためにもなる。だっていうのに俺たちがしゃしゃり出て万が一のことでもあれば、ブライゼン殿の好意を無にすることになるだろう」

 半年前の異端裁定により、ブラフト・ダーンの異端はゼルディアへと逃れたものの、ほとんど余力の無い状態である。
 そんなところを僧会につかれれば、それこそひとたまりもない。
 フォルセスカの見るところ、ブライゼンは連中と刺し違えるつもりでいる。それによって僧会に被害を与えることができれば、それだけ時間を稼ぐことができるだろう。
 体制を立て直すだけの、時間を。

「しかしなあ……なるほどなと納得すべきか。誰だか知らんが俺よりも早く目をつけて、ものにしようとしている奴がいるようだ。しかもまんざらでもなさそう、か……」

 運の問題かどうかは分からないが、ブライゼンにとって次の機会、というものがあるのならば、それは自分ではないのだろう。
 それが分かっただけでも、よしとするべき、か……。
 少々悔しいが、仕方ない。

「さて、いったんブラフト・ダーンを出るぞ」
「……帰るんですか?」

 どこか不服そうに聞き返すレダへと、フォルセスカは首を横に振る。

「そうしてもいいが、せっかくこの場にいるんだからな。とりあえずは見届けよう」
「……はい」

 本当は自分も加わり、戦いたい――そう顔に書いてあるレダだったが、結局は彼の言葉に頷いた。
 加わったところで、今の自分に何ができるというのか――勿論、何もできはしないのだ。
 そんなことは重々承知している。
 でもだからこそ、悔しい……のだ。
 そしてもう一つ。
 今回の事とは関係ないところで、彼女には心が晴れないことがあった。

「あの、フォルセスカ様……?」

 どうしても、控えめになってしまう声。

「ん? どうした?」
「その……」

 尋ねようと口を開いたものの、結局それは、口をぱくぱくさせただけだった。
 ブライゼンが洩らした〝ご息女〟という言葉……。
 それが誰なのか――どういうことなのか、聞こうとしたものの、何かが押し留める。

「レダ?」

 言葉を止めてしまったことに、フォルセスカに不審げに声をかけられ、彼女は慌てて首を振った。

「い、いえ……何でもないです……」
「ふむ。まあいいが。具合が悪いならちゃんと言うんだぞ?」
「そういうのじゃないんですけど……」

 聞きたいけれども聞けずに。
 結局――その時は、彼に尋ねるだけの勇気は無かった。
 なぜなのか、自分でも……分からなかったけれど。


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