第35話 ブライゼンとの会見①

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「ふむ……これはまたおかしなものを持ち出してきたものだ」

 小高い丘から火の手を眺めやって、フォルセスカは小さくつぶやいた。
 彼の隣では、レダが不思議そうに見上げている。

「おかしなもの……って、何なんですか?」
「見てわからないかな?」
「……わからないから聞いているんですけど」
「ごもっともだな」

 頷きながら、フォルセスカは遠くに見える戦火を指して言った。

「あの陣に襲撃をかけた連中……ぱっとみたところ人間じゃないな。かといって魔族でもなさそうだ」

 僧会軍の陣は、この奇襲で大混乱に陥っている。
 戦は兵数が全てではないとはいえ、よく見れば襲撃をかけた人数は五十もいないだろう。対するは千ほど。それなりの指揮官さえいえば、即座に体制を立て直し、反撃に出ることが可能な彼我兵力差だ。
 しかも僧会軍は素人の集団ではなく、充分に統率され、また中にはアトラ・ハシースのメンバーの者もいるはず。
 にも関わらず、すでに僧会軍は総崩れになってしまっている。
 これは、指揮官が真っ先にやられたとみるべきか……。

「しかしなあ。ベルヌーク殿は、それなりにできた人だったと思ったが。それがこうも無様にやられているとは……」

 アトラ・ハシースにいた頃のことを思い出しながら、フォルセスカは首をひねる。
 自分がまだアトラ・ハシースにいた頃、すでにベルヌークは一線を退いていたとはいえ、決して無能な者ではなかった。
 これまで幾度か異端裁定に参加し、それなりの功を上げている。

「……フォルセスカ様」

 一人で考え込み、いつまでたっても続きを言ってくれないフォルセスカに焦れたように、レダは名を呼んだ。

「ん? どうした?」
「どうしたじゃありません。だから、その……どういうことなんですか? 人間でもなくて、魔族でもないって」
「ああ……。どうも、な。遠いし、俺にもよくわからないんだが……変に違和感を覚える。うまく言えないが、生きてるような気配を感じないというか……」
「でも、それはあそこが戦場だからじゃないですか?」

 レダは小首を傾げてみせる。

「かもしれんが、どうもしっくりこないな。まあ……何はともあれ、これでしばらく僧会軍は進軍を止めざるを得ない、か。今夜の被害は甚大だろうしな」
「そうですね」

 頷くレダは、少し嬉しそうだった。
 嫌いで、恨みにも思う人間が死んでいく様は、それなりに彼女を満足させるのだろう。
 レダの人間嫌いは、ひどくなる一方だ。
 フォルセスカはそれを、見て見ぬふりした。

「行くぞ。今のうちにブラフト・ダーンに戻る。戦火が拡大する前に、あいつに会っておかないといかんからな」
「はい。……でも、あいつ、って……誰に会うおつもりなんですか?」
「おや、言ってなかったか?」
「……聞いてないですけど」

 ちょっぴり不満そうな顔をするレダへと、着いてからのお楽しみだと、フォルセスカはその場をはぐらかした。


 久しぶりの、ブラフト・ダーンの城内。
 本来ならば懐かしむべきところだったが、あまりに変わった雰囲気のせいで、レダはそんな気分にはなれていなかった。
 フォルセスカとゼル・ゼデスを出て、いったんブラフト・ダーンに立ち寄ったものの、彼は僧会軍が来ているというロン・ハーまで足を伸ばしたのである。
 ちょうど着いたその時は、乱戦の真っ最中だった。
 それを最後まで見ず、二人は再びブラフト・ダーンへと戻ってきていた。
 しかし今回は城下ではなく、城内に入っている。
 その城内は、非常に物々しい有様であった。
 ブラフト・ダーンが僧会より奪回されたという話をレダが知ったのは、レ・ネルシスに入ってからのこと。何でも噂では僧会に反感を抱く者の仕業ということで、現在もそういった者達が志願兵として、このブラフト・ダーンに入城しているという。
 ロノスティカのことを慕っていた者の多さに嬉しくなる反面、彼が殺され、自分達も追いやられ、こんな状況に追い込んだ僧会の者どものことは、憎くてたまらない。
 と、頭を小突かれた。

「わっ……? フォルセスカ様?」
「何難しい顔をしてるんだ?」
「別に、その……」

 聞かれて、レダは視線を逸らす。

「あまり気にするな。それより来たようだ」
「……はい」

 頷いて、正面を見た。
 城内の一室に通されていた二人の耳に、近づいてくる足音が聞こえてくる。入口が開き、入ってきたのは彼女にも見覚えのある人物だった。

「すまないな。戻ってきたばかりだろうに」

 黒衣の青年へと、フォルセスカは気軽に声をかける。
 レダは自分の出番は無いものとわきまえて、黙して控えた。

「……いや」

 少し汚れた様子のブライゼンは、疲れたとも言わずにフォルセスカに席を進める。

「すまないな。さて、と。本来ならこうして再会できたことを嬉しく思い、酒でも酌み交わしたいところなんだが、貴公は忙しかろう。このブラフト・ダーンの奪還に続き、昨夜の一戦にも自ら出ている以上は」
「苦労とは思っていない」
「ふむ。まあ貴公は真面目だからな。文句も言わないか。対して俺は、愚痴をこぼしてばかりだがね」

 ややおどけた調子で言うフォルセスカだったが、答えるブライゼンの表情をみせないことは、相変わらずだった。

「貴方ほどの方が、わざわざこのような所まで直接来ることこそ、私は驚きたいが。そのように、楽な身でもないだろう?」
「……これは痛いところを」

 指摘されて、フォルセスカは苦く笑う。

「おっしゃる通りなんだが、俺も気になってな。しかしまあ、おかげでプラキア殿には王らしからぬと言われてしまったが」
「プラキア様は、お元気なのか?」
「貴公と同じで、表情を出したりはしないな。少なくとも、俺たちが心配するような方でもないだろう」

 前回の異端裁定において、もっとも哀しむであろう者は夫を失ったプラキアだ。しかしそんな様子など微塵を見せてはいない。少なくとも、フォルセスカは知らなかった。

「それよりも、俺やプラキア殿が気にしているのは、まさに貴公のことなんだが」
「…………」
「貴公が無事だったことについては、素直に喜んでいるつもりだ。しかし、こういう状況になったことについて、聞いておきたくてね。一応、ゼルディアにいる我らにも関わることだからな」

 彼がここに来た理由――その本題を問われて、ブライゼンはしばらくの間、沈黙していた。
 口を開いたのは、ややあってからのこと。

「貴方たちに、迷惑をかけるつもりはない。私が始めたことは、私が終わらせる」
「終わらせる、か。この二戦において、確かにブライゼン殿は勝利している。大したものだと思いはするが、連中にはまだまだ余力がある。いずれ、負けるだろう。それはわかっているようなんだが、だからこそ聞きたい。終わらせるとは、そうなることを承知した上で、ということかな?」

 何の逡巡も無く、ブライゼンは頷いた。

「元より勝ち続けられるとは思っていない。僧会も、次は本気で来る。こちらも小細工をするつもりはない。私を含めて、全てが死ぬだろう」
「……結局、死に場所を求めている、ということか」
「そうかもしれない」

 ブライゼンは否定しなかった。
 小さく、フォルセスカは嘆息する。

「俺の言葉では、気は変わらなかった……か」

 残念だな、と彼は素直な心境を告げた。

「やはり我が主はロノスティカ様のみ。あの方無くして、この先生きようとも思えない。しかし貴方の言葉に迷ったのも事実だ。だからこうしてここにいることになった。だがそれも、あと少しだろう……」
「俺では代わりには為り得ないのだろうな。図々しいとは思うが、生きているのならばと貴公のことを望んではいたんだが」

 フォルセスカの言葉に、ブライゼンは僅かに頭を下げた。

「嬉しい言葉ではあるが、無礼を承知でお断りする。私では役には立たないだろう」


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