第31話 小悪魔、それとも悪魔か

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 空は晴天で、ひどく天気はいい。
 そよぐ風は心地良く、ゆらめく森のざわめきは、今では子守唄のようにすら響く。
 しかしだからといって眠ってしまうのはどうかと……起こされて、レダは我ながら自分が情けなくなってしまっていた。
 しかも起こしてくれた相手というのは、あの大きな黒い毛玉だ。
 あれからどれくらい時間がたったのかは分からないが、ともかく下敷きにされたままいつの間にか眠ってしまっていたレダを、上に乗っていた張本人が前脚でつついて起こしてくれたのである。……相変わらず、上に乗ったままどこうとはしないが。

「う~……」

 眠たい顔のまま、ぼんやりとヴァーグラフを見上げた。
 あの黒いふさふさは気持ち良かったなと、場違いな感想を抱いていたわけだが、そんな自分を見下ろすヴァーグラフは何となく呆れ顔をしているようで、少し恥ずかしくなる。

(でも……フォルセスカ様がこれでよく昼寝してるのも……何かわかる……)

 ぼんやりと思ったところで、

「……豪胆なものね?」

 どこからともなく、そんな声が聞こえた。
 どこか面白がるような、そんな響き。

「え……? わ」

 びっくりした。
 いつの間にか、ヴァーグラフとは別に自分を見下ろしているひとがいて。
 ……そういえば少し、今までより重いような気がしていたのだ。

「だ、だれ……?」

 思わず尋ねたが、こちらを見る相手はくすりと笑みをこぼしただけだった。

(…………? 何だろう……このひとどこかで……)

 よくは覚えていないけど、どこかであったような気がする。
 紅い瞳に銀の髪……。
 どこかで……。
 必死に思い出そうとするレダに構うことなく、その銀髪の少女は、更に身を乗り出して見下ろす。
 当然、体重がかかってレダは顔をしかめたが、少女はお構い無しのようだった。

「誰でもいいわ……別にね」
「そんなこと言われたって……」

 困ってしまう。
 この少女は一体何者で、何のためにここに来たのだろうか。

(……あ)

 ふと、あることに気がつく。
 この少女がいる場所――それは、自分とは全くの正反対。
 フォルセスカがいつもそうしているよりも遥かに大胆に、ヴァーグラフの上に乗っかっているのだ。
 そしてそれを全く嫌がろうとしない、ヴァーグラフ。それどころか時々頭を少女へと摺り寄せ、まるで甘えているようにすら見えてしまう。
 この獣がこんなにも誰かに懐いているのを、レダは見たことがなかった。
 本当に誰なのだろう……このひとは。

「わたしはね……ずっと前から貴女のことを見込んでいたのよ」

 出し抜けにそう言われ、戸惑ってしまう。

「貴女なら、彼の助けになる……。そんな気がしてならないわ」
「え……?」

 いきなり何を言っているのだろうか。
 それに、彼、って……?

「強くなりなさい……この子よりも。そうなれるというのなら、この子を貴女に預けてもいいわ……」

 ヴァーグラフを撫で付けながら、少女は言う。
 ひどく、蠱惑的な声で。
 でもそんなものに惹かれる――ということは無かった。

「……私は別に、あなたのために強くなりたいわけじゃない。私は私のために……それだけだから」
「そうね……」

 くすりと笑う。
 満足そうに。

「それでいい……。その誰に侵されることのない貴女の意思は、見ていて心地良いもの。貴女は自分のために、強くなれるでしょうね……」
「……もしかして、褒めてくれてる?」
「褒めて? さあ……そういうことになるのかしら。でも……そうね」

 レダの言葉に、少女は何かを思いついたように微笑する。

「せっかくなのだから、ご褒美をあげるわ。良いことを教えてあげる」

 そう言う少女の顔は悪戯でも思いついた子供のようで、親しみ易い反面、どこか危険な雰囲気すら漂わせていた。
 そんな不可思議な雰囲気に圧されて、おっかなびっくりになってしまうレダ。

「ご、ご褒美って……?」
「大したことではないのだけれどね。それに、どうするかは貴女次第なのだから」

 そう前置きしてから。

「フォルセスカのことよ。近いうちに、ブラフト・ダーンに行くわ……それも一人でね」
「――――え?」

 思いもしなかった内容を言われて、一瞬頭が真っ白になる。

「ちょ……ちょっと何であなたがフォルセスカ様のこと知ってるの!? それにブラフト・ダーンって―――」
「あら……。わたしが彼のことを知っていては駄目なの?」

 少女はレダの疑問に答える気はないようで、ただ面白げに見下ろすだけ。

「だ、駄目じゃないけど……」

 ――フォルセスカは意外に顔が広い。
 まだブラフト・ダーンにいた頃も、けっこうあちこち出歩いていたこともあって、ほとんど城下から出たことの無いレダに比べれば、ずっと色々なことを知っていて、色々な人を知っている。
 だから、この得体の知れない少女と彼が面識があっても、少しも不思議ではない……のだが。
 しかし実を言うと、レダが気になったのはそんなことではなかった。
 この少女が彼の名前を出した時に感じた、ある種の雰囲気……それは、とても深い親しみのように感じたのだ。
 ――この少女と、フォルセスカ。
 それはきっと、ただの知り合いという関係じゃない。もっと特別なものであると、彼女の中の勘が訴えかけてくる。
 それは、なぜだかとても複雑な気持ちで。
 何が何だか良く分からないもやもやを隠すように、レダは見下ろす少女へと尋ねる。

「でも……フォルセスカ様、どうしてそんな所に行くの……?」
「さあ……ね。けれど理由などどうでもいいのではなくて? これはちょっとした機会だと思うのだけど」
「……機会?」
「そう。貴女、彼の傍にいたいのでしょう?」
「――――!?」

 いきなりの指摘に、レダは顔を引きつらせた。

「な、な――何言ってるのよ!?」
「貴女の顔が赤くなるようなこと……かしら?」
「う、う~……」

 レダの反応に気を良くしたのか、少女はくすくすと笑う。

「私……別に……その……だって……」

 見下ろされる視線から目を逸らして、レダはどこか拗ねたようにぶちぶちと言葉を洩らした。
 でも、本当のところはどうなのだろうかと思う。
 自分はあの人のことを……どう思っているのだろうか。
 それなりに慕っているとは……思うけれど。
 けど、一緒にいたい、なんて……。

「レダ?」

 名前を呼ばれて、我に返る。
 呼んだのは無論この少女なのだが、教えたはずもない名前をあっさり呼んでくるあたり、やはり只者じゃない。

「な、なによ……?」
「フフ……そんなにいじめたつもりはないのだけれどね?」

 そう言う少女からは、相変わらずのからかう表情は消えてはいない。
 ……どうやら自分は、この少女の手の内らしい。悔しいが、格の違いを否応無く感じてしまう。
 もっとも、そのうちこの少女の正体を暴き、次いでぎゃふんと言わせてやろう――などと固く決心するのであったが。
 とにもかくにも色々な点で、何やらめらめらと対抗心の湧く相手だった。

「もっと強くなりなさい。そして、彼を助けてあげて」

 もう一度最初と同じことを言われて、レダはふと思う。

「……あなたは? あなたは何もしないの?」

 何となくではあるけど、この少女は自分のことを頼ってると――そんな気がした。
 しかし彼女自身は……どうなのだろうか。
 この少女が誰だかは分からないが、自分なんかよりはずっと彼のことを知っていて、しかもずっと強いと思うのに。
 レダの問いに、少女は笑う。――ただし、苦笑だった。

「……わたし? わたしでは駄目ね……彼に重荷を背負わせるだけ。少なくとも今は……疫病神以外の何者でもないのだから」
「…………?」

 よく分からない。よく分からなかったけど……そう告げる少女は、少し哀しそうにも見えた。

「別に……私はちゃんと役に立つように、強くなるつもりだけど」

 何とも言えない表情をする少女を見ていられず、レダは視線を逸らしてそんな風に言う。
 ――と、それなりに重要なことに思い至って、少女を見返した。

「あの。えっと……その、いつまで乗っかってるの? けっこう……重いんだけど」
「――重い?」

 レダの言葉に、少女の柳眉が吊り上る。

「そう……わたしが重いと言うの……?」

 切れ長の目を更に細めて、声を低くさせる少女に――レダは己の迂闊を今更のように後悔した。

「え、ちょっと……別にあなたが重いってわけじゃなくて……! だってほら、こんなおっきなケダモノに乗っかられていて――」
「……ふうん。この子のことまでそんな風に言うのね」
「うあ、それは言葉のあやで―――わわわっ、なんか重くなってる―――!?」

 悲鳴を上げるレダを見下ろし、少女は冷笑しながら言うのだった。

「そろそろどいてあげようと思っていたのに、ね……。もうしばらく、苦しむがいいわ」


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