第30話 クリセニア蜂起

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「ふむ……けしからぬな」

 いつまでたっても戻ってこない少女のことを思って、その女性は唇を動かした。

「あの……私が捜してきましょうか?」

 部屋に控えるレダと同じ侍女の言葉に、彼女はかまわぬ、と手を振る。

「事情は知れておる。じゃが妾を放っておいてまでして、とは……まこと良い度胸じゃな」

 その女性――プラキア・ラウンデンバークは、ここにはいない少女へと、苦笑のようなものを零してみせた。

「やはり、捜してきた方が……?」

 プラキアにしてみれば、ごく自然に笑みを零しただけではあったが、侍女から見ればずいぶんと剣呑なものに見えてしまったらしい。つい同僚のことを心配して、口を開いてしまう。
 ――謝るなら、早い方がいいと思って。

「かまわぬと言ったであろう? 放っておくが良い。戻ってきたならば、その時に妾の前に」
「は、はい」

 こくりと、侍女――エディン・ロイドは頷いた。
 頷きながら、同僚のことを思う。
 レダ・エルネレイス―――彼女は幼い時からラウンデンバーク家に身を寄せている者で、歳はエディンよりも一つ年下であるが、プラキア付きの侍女としては先輩である。
 彼女とは歳が近いということもあって、それなりに仲が良かった。レダの人間嫌いは有名であったが、エディンもまたプラキアに仕える祖父と同じく妖魔であったため、それも手伝っていたことは言うまでもない。
 そのレダであるが、祖父の縁で侍女となった自分とは違って、明らかにプラキアのお気に入りであった。かと言ってえこひいきされているわけでもなく、レダもまた誠実に仕えていたので、エディンもこの同僚と仲良くなれたことは嬉しく思っている。
 また彼女は、あのフォルセスカ――先日異端の王となった、あの方とも個人的に仲がいい。何度か、彼と気軽な様子で話しているのを見たことがある。
 とにかくレダという友人は、侍女にしてはちょっと変わった存在であった。特に気にしたことは無かったが……。

(……それにしても)

 あの何事もしっかりとこなすレダが、プラキアに黙って仕事をサボるというのは珍しい――というか、初めてのことではないだろうか。
 きっと、何か事情があってのことに違いないだろうけど……。

「エディン」

 考え込んでしまっていた彼女へと、プラキアから声がかかる。
 我に返って見返すと、主は先ほどまでとはどこか表情を変えていた。

「客のようじゃ。席を外すが良い」
「はい」

 プラキアの表情が少し硬くなっていたことが気になったものの、言われるがまま、エディンは一礼を残して退室する。
 部屋の外には誰もいなかったが、プラキアはかつてブラフト・ダーンの魔女とまで言われた存在だ。フォルセスカが現れるまでは、異端の盟主としていられるだけの力を持っていた者。
 彼女の〝客〟もまた、そういった力を持っているものが多い。だから、普通に現れるとは限らないのだ。
 今回の客というのも、そういう類の相手なのだろう。
 ――と思ったのだったが。

「わっ……!?」
「――おっと」

 部屋を出て、廊下の角を曲がろうとしたところで、誰かとぶつかってしまった。
 倒れそうになった自分を、ぶつかった相手がかろうじて支えてくれたおかげで、尻餅はつかずにはすんだが。

「悪い悪い。俺の不注意のようだ」

 どこかのんびりとした声でそう言う相手をまじまじと見返して、エディンは息を呑んだ。

「ゼ、ゼフィリアード様……っ!?」

 びっくりして目を見開きながら、慌てて頭を下げる。
 相手はあのプラキアですら認めた、魔王。
 自分も妖魔という異端の存在である以上、魔王はそれらの中にあって最も高い所にいる存在だ。
 そんな相手にぶつかってしまって、エディンは必死になって頭を下げた。

「申し訳ありません……! 私の不注意です……!」
「ふうむ」

 平謝りするエディンを見て、頭を掻きながらフォルセスカは苦笑する。

「お互い謝ってるってのも、何だかあれだな。はたから見ると、間抜けというか何というか」

 ははは、と呑気に笑うフォルセスカ。
 ……そんな彼はどこにでもいそうな青年で、魔王というには少々威厳が足りないような気もするが、紛れもなくフォルセスカは主であるプラキアの主である。
 エディンはそんな彼の言葉にも、ただただ頭を下げた。そんな彼女へと、フォルセスカは何かに気づいたように口を開く。

「そうそう……前にもみんなに言ったと思うが、俺のことはフォルセスカと呼んで欲しいな。ゼフィリアードという名は、使用禁止って言ったはずなんだが……」
「あ……」

 言われて思い出す。

「すみません……以後気をつけます」
「よろしく頼む。些事なんだろうが、まあ何だ。つまらない意地とはいえ、果たしたいんでね」

 そう言うフォルセスカであったが、その意味は、エディンにはよく分からなかった。
 彼が、ゼフィリアードという名を呼ぶことを禁止させたのは、このゼル・ゼデスに逃れてきてからのこと。それまでは普通にゼフィリアードと呼んでいたのであるが、ここにきてどうしてそんなことをしたのか、その理由は彼女の知り得るところではなかった。
 命ならば、従うだけだ。

「ところでプラキア殿は在室かな?」
「あ、はい。でも……」

 言いかけて、エディンは今更のように気づく。
 どうやら彼女の言っていた客というのは、このフォルセスカであったらしい。

「でも?」
「いえ、何でもありません。プラキア様ならば、フォルセスカ様をお待ちしているかと」
「それはそれは……。相変わらず目のいいことだ」

 視覚云々のことではないだろうが、彼はそんな言い方をした。プラキアの知覚力のこと指して言っているのだろう。

「――それでは私はこれで」
「ああ」

 フォルセスカはエディンと別れると、プラキアのいる部屋へとノックし、返事を確認してから中へと入った。

「――我が君」

 入るなり、待ち構えていたプラキアが、優雅に一礼する。
 どうもこういう礼を受けるのは苦手であったが、文句を言っても聞いてくれる相手ではない。
 夫であるロノスティカが死んでよりは、彼女がその侯爵位を継ぎ、そしてフォルセスカの補佐として協力してくれていた。
 いかに彼が魔王を自称してもプラキアの力が無ければ、こうも簡単に異端の王として認められることも無かっただろう。
 結局何だかんだ言っても、頭の上がらない相手なのである。
 それはさておき――単刀直入に、彼は本題を切り出すことにした。

「その様子だと、話はもう聞いているかな?」
「ブラフト・ダーンでのことならば」
「ふむ。話が早くて助かるな」

 さすがに今まで異端の盟主をしていただけあって、彼女の持つ情報網は大したものだ。恐らくはフォルセスカがレ・ネルシスより受けた報告よりも早く、この情報を得ていたのだろう。

「よくわからない状況になっているようなんだが」
「妾の方とて、確かな情報を得ているわけではないからの……。しかしブラフト・ダーンでのことは、間違い無いようじゃ」

 ブラフト・ダーンはクリセニア侯爵家の居城。
 半年前の異端裁定により、追われることとなった場所だ。
 現在では僧会の統治下にあるクリセニア侯爵領であるが、その居城であるブラフト・ダーンが落ちたという。
 問題は、誰がそれをしたかということ。
 最もその動機のあるのは、そこから追われたフォルセスカ達である。しかし生憎奪還を為し得るだけの力は、今のところ彼らには無い。この地を守ることで、今は精一杯なのだ。
 では、何者なのか。

「俺が聞いた話だと、あいつらしいんだが」

 あいつ――それだけでプラキアには分かったらしく、小さく頷いてみせた。

「妾もそう聞いておる」

 半年前の戦いにより、ラウンデンバーク家に仕えていた者の中で、生死の分からぬ行方不明の者は少なくない。
 その中の一人――ロノスティカの側近だった男。
 ドゥーク・ロー・ブライゼン。

「まったく……何やってるんだかな」

 あの寡黙な青年のことを思い出しながら、フォルセスカは軽く肩をすくめてみせた。

「しかしやることが大胆だな。いきなり連中に喧嘩をしかけるとは。しかもしっかりとブラフト・ダーンを落としたというし。どんな手品を使ったのやら、全くもって見習いたいところだ」

 ブライゼンはロノスティカが見込んでいただけあって、優秀な男だ。しかしいくら優秀とはいえ、城一つ落とすのは容易なことではない。だが現実に、それは起きた。

「僧会に反感を抱く者が、続々とブラフト・ダーンに集ってきているというが。じゃが仮に事を起こす前に兵力を集められたとは考えにくいの……」
「確かに」

 プラキアの言う通りだ。
 何らかの方法で、ブライゼンが城を落とせるだけの兵力を得ることができたとしても、それはどうしても目立ってしまう。
しかし今回の一件は、まさに寝耳に水であった。誰もが全く事前に察することができなかったのである。
もし事前に目立ったことをしていれば、今回の奇襲は成功するはずもない。しかしいかな奇襲といえども、少人数でできることでもなく。

「いかな魔法を使ったかはともあれ、今ブラフト・ダーンにはそれなりの戦力が集結しつつある。この先一波乱あるのは間違いないであろうな」
「ふむ、おっしゃる通りだな。さて、どうやら今回俺たちは蚊帳の外ではあるようだが、これを喜ぶべきか憂いるべきかは微妙なところか。――プラキア殿。あなたならばいかがするが最善と思われるかな?」

 尋ねられ、しばしプラキアは沈黙した。
 この度のことは、かなり微妙な問題だ。
 まず第一に、ブライゼンの目的が分からない。
 一体何のために、こんなことをしでかしたのか。
 いかにブラフト・ダーンを取り戻したといっても、それで話が終わるわけもない。必ず僧会は奪還に乗り出すだろう。そうなれば、結果は見えている。
 僧会の力は強大だ。本気で彼らが動けば、確実に彼は敗北するだろう。それが分からないブライゼンでもないだろうに……。

「まずあの者の真意を知らねばどうにもならぬ。我々に動く余裕は無いとはいえ、あの者のしようとしている事と次第によっては、動かざるを得ないこととてあり得るからの。問題は、それをどうやって確認するかじゃが……」

 今のところ、ブライゼンからの連絡は一切無い。
 こちらから行こうにも、今クリセニアは非常に危険な場所と化している。いつ僧会軍が動くか分からない今、迂闊なことはできない。
 ――が、フォルセスカはあっさりと決断を下した。

「ふむ。では俺が行こう」
「……相変わらず、王らしからぬお言葉じゃな」
「はっはっは。率直なご意見痛み入る、かな」

 少なからず呆れ顔で言われて、フォルセスカは苦く笑ってみせる。

「しかしまあ……多少は気になってるものでね。あいつに生きることを奨めたのは俺で、生きている以上――責任があるように思えてな」
「我が君。それは傲慢というものではないかや?」
「ああ。俺もそう思う」

 生きることを奨めたのは確かだ。
 しかし、だからこそブライゼンは生きている――と考えるのは、高慢すぎるだろう。
 きっかけは何であれ、最終的に生きることを選んだのは、紛れも無く彼自身なのだから。

「だが気になるものは仕方が無い。どんな理由にせよ、な」
「……ふふ。それはそれで良いのじゃろうて……。謙虚も良いが、そんな王もつまらぬからの」
「多少は威張ってろ、と?」
「まあ、そういうことじゃ」

 微笑をこぼして、プラキアは頷いた。

「ではすぐに立とうと思う。早いに越したことはないからな。ゼル・ゼデスはお任せしたい」
「是非もなし。じゃが、一人で参られるのかや?」
「身軽の方がいいからな。そうさせていただくつもりだ」
「ふむ……。何とも危なっかしい主殿よな」

 そう言いながらも、プラキアはフォルセスカを留めるつもりはないようだった。
 更に言ったところで彼は聞きはしないだろうし、何より王の命ならば従うのみ。

「留守を預かることに異は唱えぬ……が、立たれる前に一つ、伺いたい」
「はて、何かな?」
「レダのことじゃが」
「ふむ。あいつが何か?」
「惚けられるか我が主よ。あの者、己が仕事を放棄してどこぞで遊んでいるようじゃが……一体何を吹き込まれたのかや?」

 何ともいえない表情で問われて、フォルセスカはついつい視線を逸らしてしまう。

「あ~……。多分、ヴァーグラフと遊んでいるんだろ」
「ほう……? 確かあの者は、あれを苦手としていたと思ったが」
「だからこそ、仲良くなりたいって必死なんだろうさ。ま、遊びで終わるかどうかはあいつ次第だろうが」

 何気なく言って。
 どこかで悪戦苦闘しているであろう少女を想い、フォルセスカは窓の外を眺めた。


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