第27話 手に入れたもの

「もう行くの?」

 いつものように子犬をじゃれ付かせてやってきた少女は、珍しくいつもと違う表情を浮かべていた。
 名残惜しい――そんな感じの、顔。
 そう思うのは自分の勝手な解釈かもしれないなと、ブライゼンは何となく苦笑する。

「ドゥーク?」

 きょとん、と首を傾げるアルティージェへと、何でもない、と彼は首を振った。

「それで、結局どうすることにしたの?」
「せっかく助けていただいた命ではあるが、やはり……このまま生き長らえることはできないようだ。死に場所でも……捜すつもりだ」
「そう……。では戦うのね」

 小さく肩をすくめる、アルティージェ。

「けしかけておいて何だけど、別に死ななくてもいいのに。このまま人形たちの管理をしてくれるというのなら、わたしがまた目覚めた時に、あなたを下僕にしてあげてもいいわ。その程度には、あなたのことが気に入ってるのよ?」

 幼い顔で、しかし蠱惑的な声音で少女は言う。
 高慢で支配的な強さが、そこにはあった。もし何事も無ければ、その言葉に簡単に捕われてしまいそうになる、魅了の響き。
 それでも、ブライゼンは首を縦に振ることはなかった。

「礼の代わりになるとも思えないが、人形の処分は責任をもってしよう。恐らく……貴女と会うことは、これで最後になると思うが」
「二君にはまみえずってこと? 残念ね。そんなにクリセニア侯爵のことが良かったかしら」
「……時に恵まれていれば、私は貴女に仕えていたかもしれない」
「どうかしらね。わたしに仕えていても、どうせわたしの我侭をきいて、暇つぶしの相手をさせられるだけでしょうから」

 くす、と笑ってアルティージェはそんなことを言った。

「でも本当に残念。最近の騒ぎも、あと百年もすればいい加減収まるでしょうから……その頃には起きるつもりなの。あなたは魔族だから、その程度は生きていられるでしょ? まだ若そうだし」

 自分に仕えるために、百年も待っていろと平然と言えるあたり、この少女はやはり大物なのかもしれない。少なくともそう言う彼女に何の違和感を覚えないことは、彼女の支配的な本質を如実に示しているのだろう。

「私はすでにロノスティカ様に仕える身。主君を変えるつもりは毛頭無い。主亡き今ならば、せめて己が生きた証でも残すことは、それはそれで悪くないかもしれない」
「不器用ね」
「自覚はある」

 平然と頷くブライゼンへと、アルティージェは微笑を返した。
 このくらい一途な相手だと、長く傍に置いていてもからかい甲斐があるのだが……この手に残ることは難しいだろう。見つけるのが遅かった自分に非があるのならばそうであるし、運が無かったといえばそうなのかもしれない。

「仕方無いわね」

 彼女はそう納得したところで、後ろへと軽く振り返った。
 それに合わせるようにして、一人の初老の執事が近づいてくる。人とまるで変わらぬ姿形をしてはいるが、アルティージェいわく、やはり人形であるらしい。

「この屋敷にもけっこうな人形がいるけど、わたしの領地だったところまで行けば、まだまだたくさんの人形たちがいるわ。むかし趣味で作ったり作らせたりしたのがけっこうあってね。場所は彼に聞くといいわ」

 言われて、その人形は静かに頷く。

「本当はそっとしておいてもいいんだけど……わたしが作っただけに、けっこう優秀なのよね、この人形たち。だから見る者が見ればわかっちゃうし、わたしの支配が切れて宙ぶらりんになった人形ならば、横から支配もできてしまうの。それって何か嫌でしょ? だから、誰かわたしの気に入った者に押し付けようと思ってたんだけど」
「それが私であったと? 光栄だと思うべきか」
「別に思わなくてもいいわ。言ったでしょ? 結局は押し付けなんだから」

 身も蓋も無い彼女の発言は、しかし彼女らしいものだった。

「……このようなことは聞くべきではないのかもしれないが、どうして貴女は眠らなければならない? ただ傍観しているだけでもいいはずだ」
「そうかもしれないけど、わたしのことを知っている者は、まあいないわけでもないから。隠れるにしろ、わたしが今までいたっていう痕跡は消しておきたいでしょ。じゃなきゃそこから辿られるかもしれないしね。それにね……一番の理由をいえば、今の魔王をクリーンセスの二の舞にしたくないから、かしら。あんなレネスティアを見るのも、できればもう遠慮したいし」
「……どういうことだ?」
「わたしがいるとね、魔王の力が多少とはいえ削がれてしまうの。レネスティアの影響を受ける身体が一つ多くなるってことだから。せっかくレネスティアが立ち直って見つけられた相手……できれば長く生きていて欲しいじゃない? もっとも、何となくだけど早死にしそうだけどね。死神がもうついちゃっているようだから」

 レネスティアという名の人物を、ブライゼンは知らない。だが想像はついた。魔王に力を与えているのは、悪魔と呼ばれる存在。
 その悪魔の影響を受ける者が魔王で、それがもう一人、とは……。

「まさか、貴女は」

 ある可能性に思い至ったところで、アルティージェはくすりと笑って、ブライゼンの言葉を制した。

「想像に任せるわ。でもあなたには言ったでしょ? わたしはアルティージェ。それ以外の何者でもないって」
「そう……だったな」

 ブライゼンは頷いて、それ以上の詮索をやめた。
 結局、彼女は彼女でしかないのだから。

「あ、そうそう」

 不意に何かを思い出したように、アルティージェは話題を変えた。しゃがみこんで足元にいる子犬を抱き上げると、ブライゼンを見る。

「この子ね、まだ名前がついてないのよ」
「その犬の?」
「犬じゃないわ。狼の子よ」

 失礼ね、とアルティージェは唇を尖らせた。

「それでね……この子の名前、どうしようかなって思っていたんだけど。もしあなたが良かったら、あなたの名前をこの子につけていい?」

 突然の申し出に、ブライゼンは珍しく少々驚いたような顔になる。

「なぜ、私の名を?」
「なぜって別にいいじゃない。単なる思い付きだし……。でも強いて言うなら、せめてあなたの一部でも手に入れておかないと、何となく癪でしょ?」

 ブライゼンにしてみるとよくは分からなかったが、何やらプライドの問題らしい。

「私ならば構わないが」
「そう? じゃあもらうわね」

 嬉しそうに狼の子へと頬擦りするアルティージェを見ていると、彼も我知らず相好を崩してしまっていた。
 珍しく笑ったブライゼンを見て、彼女は更に嬉しそうに微笑む。
 もっともこの時の承諾が、この先の彼の運命を大きく変えることになるであろうことは、その時は知る由もないことだった。

 クリセニアでの異端蜂起――いわゆるドゥーク・ロー・ブライゼン異端裁定。
 何の予兆もなくそれが勃発したのは、ブラフト・ダーン異端裁定より約半年後。
 年が変わった西暦913年のことだった。


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