第25話 アルティージェ②

NO IMAGE

 身体がまともに動くようになってから、ブライゼンはようやく外に出られるようになった。
 ちょうど長雨もやみ、青空がやけに眩しい。
 彼は湿った地面の上に佇んで、今まで自分がいた建物を見上げてみる。
 小さな、古城。
 人の気配が全く感じられない城だったが、そこに誰もいないわけでもない。外に出るまでの間だけでも、それなりの数の人を見た。しかしそれらの人物を直接目の前にしても、やはり気配というものを感じなかったことが、不気味といえば不気味であったが。

「――もう起きて大丈夫なの?」

 声は不意にかかった。
 振り返れば、小さな黒い子犬のような動物を追いかけてこちらに走ってくる、アルティージェの姿。
 漆黒の衣装はいつものままだった。自分と同じく。

「ああ……感謝している」
「そう。それは何よりね」

 足元にじゃれつく子犬を抱き上げる少女の素顔は、歳相応のものだ。
 しかし、やはりどこかに自分達とは一線を画す何かを感じてしまう。
 アルティージェ・ディーネスカ。
 少女はそう名乗ったが、果たして一体何者であるというのだろうか。

「ところで聞きたいのだけど」
「私に答えられることならば」
「ブラフト・ダーンでのことよ」

 出し抜けに、アルティージェは言う。

「…………」

 思わず、ブライゼンは沈黙した。
 ブラフト・ダーン異端裁定。それが発動されたのは、つい先日のこと。
 ずっと警戒はしていたのだが、結局ほとんど不意打ちのような形で攻撃を受け、主であったロノスティカ・ラウンデンバークは死亡。生き残った者のほとんどは、ゼル・ゼデスへと向かったはずだった。
 自分はあそこで死ぬつもりだった。ロノスティカが己の死を覚悟していたことを感じた時から、それに殉じるつもりでいたのだ。
 しかし、結局死ぬことができずに。生き残った何名かの部下と共に彷徨い、気づけばここまで辿り着いていた。
 意識があったのは、そこまでだ。その後目覚めた時には……彼女がいた。

「ブラフト・ダーンの、何を聞きたいと?」
「クリセニア侯爵がどうなったのか。察しはつくけど、はっきりと知りたいの」
「……亡くなられた。その場を見たわけではないが、そう聞いている」

 ロノスティカの死は、フォルセスカ・ゼフィリアードが見取ったという。その場に残った騎士のうちの何人かがフォルセスカと共に城を脱出せず、危険を冒してまでブライゼンに伝えに来てくれたのだ。
 その後一気に残存の兵の士気は崩れ、まもなくブラフト・ダーンは落城したのだった。

「死んだのね」

 特に表情をみせず、つぶやくようにアルティージェは言う。だが子犬をあやしていたその手が止まっていた。
「何だか哀しいものね……こういうのって」
「……? ロノスティカ様のことを、知っているのか?」
「まあ、ね」

 頷くと、少女は子犬を地面に放してやる。そして、城の外観を見上げた。

「ねえドゥーク。この城にあるもの……全部もらってくれない?」

 出し抜けにそんなことを言われ、ブライゼンは訝しげな顔になる。

「意味が、わからないが?」
「わかるでしょ。この城にある……いるものを、あなたにあげると言っているの。まあ大したものはないけど」
「……やはり、よくわからないが」

 どうにも、少女が言わんとしていることの意図が掴めない。

「だから。この城を空っぽにして欲しいの。ここにたくさんの人形がいること、あなたなら気づいていたでしょ?」
「人形……?」

 この城には気配というものが感じられないが、しかし確かに人はいた。あの不自然さの原因は、あれらが全て人形であるからだというのか。

「人形の咒法は話に聞いたことがある。しかし……私がここで見たのは、どれも精巧すぎる。確かに気配は無かったが、あれは人間にしか見えなかった」
「そりゃあね。わたしが作ったんだもの。見分けがつかないくらいそっくりに出来てて当然でしょ?」

 あっさりと、アルティージェは言い切った。

「でも所詮は木偶よ。木偶なんだけどね……それでも放っておきたくないの」

 だから、あなたにあげる、と。

「人も……魔族ですら、いつかは死ぬわ。それが身内だと、やっぱり切なくなるの。だから作った人形」
「……貴女は、もしかしてずっと一人で?」
「そうでもないんだけどね」

 あの子もいるし、とアルティージェは子犬を視線で指して言う。

「それにちゃんと生きた下僕もいるにはいたの。ちょっと前に、暇出しちゃったんだけど」
「何か、不手際でも?」
「別に。ただしばらく不用になったから、自由にしてあげただけ。あとは……ちょっとした意地悪、ね」

 笑って少女はそう言った。
 悪意は無いが、どこか悪戯好きな、そんな女の子の顔をして。
 そんな彼女へと、彼は直接核心を尋ねた。

「……貴女は何をするつもりなんだ?」

 この少女は何かをしようとしている。
 少なくとも、ブライゼンにはそう感じた。何かをするが為に、身の回りのものを整理しているように聞こえる。
 しかし少女の答えは違うものだった。

「何もしないわ。何もするつもりがないからこそ、いらなくなったんだから。でも……そうね。強いて言うなら、ちょっとした復讐」
「復讐?」
「そう。あなたがこの前の異端裁定に関わってるってことは気づいていたわ。手酷くやられたってこともね。だからあなたを拾った後、助けてあげたのよ? それでね、ここにあるものはみんなあげるから、あなたにはささやかな復讐でもして欲しいの。人形たちの処分も兼ねてね」
「……それは、あなた自身の復讐ではないのか?」

 復讐―――それを奨めるのは、それが彼女自身の想いでもあるから。

「まあね」

 あっさりと彼女は頷く。

「自分の子――というわけではないけど、それに近い者を殺されて、愉快なはずがないでしょ? だから眠ってしまう前に、それなりの報復はしたいとは思ってたの。自分でやりたいと思うほどではないけれどね」

 アルティージェの語る言葉に関しては、よく吟味する必要がありそうだった。彼女が軽く語っている話は、決して気軽な内容では無い。

「貴女はロノスティカ様の血縁の方なのか?」

 それならば、ある程度納得できるようになる。少女はにこりと微笑み、ブライゼンはそれを肯定だと受け取った。

「貴女の復讐を、私にしろ……と?」
「あなたはあなたの復讐をすればいい。それとも……そんな気はなかったりする?」

 復讐――その一言に、ブライゼンは顔をしかめた。
 そんなつもりなど無かった。主を殺し、ブラフト・ダーンを落とした連中を恨みに思うことはあっても、自分にできることなどわきまえている。だから、復讐などするつもりはなかった――いや、できないと分かっていたのだ。
 今自分が欲しいのは、死に場所だけ……。

「わからない……私には。自分がどうしたいか……など」
「そう? 何がしたいのかわからないんだったら、わたしの言う通りにしてみたら? このまま何もせずにいるよりはいいんじゃないかと思うけど。それに最初に言ったように、助けた分だけの代償は払って欲しいし」

 ブライゼンの心境などお構い無しに、アルティージェは言う。
 しかしそれでも……何か目的を与えられることは、悪いことでは無いような気がした。彼女の言うように、このまま腐っているよりはずっといいのではないかと思う。

「貴女は……自分の復讐を他人にさせて、それでいいのか?」

 少女は笑う。

「言ったでしょ? ちょっとした復讐……だって。わたし自身が関わるつもりはないのよ。ただ偶然にもあなたが転がり込んできて、利用できそうだったからそうしようかなって思っただけだから」
「何もしないと貴女は言ったが……なぜだ? 見たところ、貴女は私などよりもよほど血に恵まれた魔族だと思う。力もあるだろうに……?」
「魔族? うーん……及第点といえばそうなんだけど。まあ、いいわ」

 アルティージェはブライゼンの言葉に少々眉をひそめたが、そのことについて詳しく言うつもりはないようだった。

「最近、周りが騒がしくなってきたでしょ? 噂じゃ新しい魔王も生まれたって話だし。人間も異端を滅ぼしたくてうずうずしているようだしね。わたしはそんなのに関わるつもりはないの。少なくとも今回はね。だから」

 しばらく眠ることにした、と。

「眠る……?」
「そうよ。新しい魔王がいる以上、わたしが異端に干渉するわけにはいかないから。でもわたしがいれば、どうしても頼ろうとしてくる者がいるでしょ? 今の異端は……まあ悪くはないけど、人間たちの勢いから見れば、少し旗色悪そうだしね。でもわたしが何かする時は、自分の意志ですることに決めているの。誰かの干渉を受けるつもりはないわ。あなたにこんなこと頼んでおいて、なんだけど」

 どこか我侭さえ感じさせる少女の言葉に。しかしブライゼンが気になったことは、そんなことでは無かった。

「……本当に、貴女は何者なんだ?」

 その問いかけに。
 少女は相変わらずの可愛らしい笑みを浮かべて、答えた。

「わたしはアルティージェよ。前にもそう言ったでしょ?」


 次の話 第26話 ある条件 >>
 目次に戻る >>


黎明ノ王Ⅱカテゴリの最新記事