第22話 ブラフト・ダーン異端裁定②

 やはり、相手は強い。
 フォルセスカはようやく三人目を切り伏せたが、ただの僧兵を相手にするのとは比べ物にならない時間を要してしまった。
 それでも彼自身に未だ傷は無く、疲れもみえない。レネスティアとの契約によって、この身体はもはや完全に人間のそれではなくなったのだろう。普段に実感は無いが、今は頼もしき限りだ。
 だがアトラ・ハシースの者は、まだまだいる。
 果たしてこの先どうなるか……。
 その矢先、だった。
 フォルセスカを囲んでいた数人の者が、悲鳴を上げて倒れ伏す。見れば、黒い騎士の者達が背後から斬りかかったのだ。

「加勢する」
「――ブライゼン殿か」

 黒い近衛騎士団を率いて来たブライゼンに、フォルセスカはにやりと笑いかけた。
 まったくいいタイミングで来てくれたものである。もっともこれで、城内は空っぽになってしまっただろうが。

「ロノスティカ殿は?」
「……騎士団の半分を率いて東門に」
「なるほど」

 座して待つ気はない――そういうことだろう。

「こちらの戦況は?」

 ブライゼンの問いに、フォルセスカは周囲を見渡して肩をすくめる。

「ご覧の通りさ。ようやくアトラ・ハシースの連中が出てきたようだ。貴公らのおかげで、少々数は減ったようだが」
「死神は」
「さて……こちらでは見ていない。攻撃に参加しているかどうかも怪しいがな」

 答えながら、フォルセスカは次々と相手から繰り出される刃を受け、あるいはかわしていった。ブライゼンもまた反撃し、相手を切り伏せていく。
 騎士団の参入によって、南門周辺の城内は大混戦の様を呈してきた。一進一退の攻防を繰り返しながら、膠着状態が続く。
 再びフォルセスカとブライゼンが近づいたところで、口を開いたのはブライゼンの方だった。

「死神は貴方の娘であると……聞いている」
「ああ。我が身の不徳だな」
「……その存在を生み出したことが?」
「違う。俺の手で育てられなかったことが、さ」

 フォルセスカは言い切った。その存在を生み出したことには、何の後悔も抱いてはいない。そもそもそれが、レネスティアの望みだったのだから。
 だが彼女の望みはそれだけではない。あの娘を育て上げてこそ、初めてそれは叶えられるのだから。

「……娘を相手に、貴方は刃を向けられるのか?」
「そういう育て方しかできないのなら、そうするだろうさ」

 必要ならば、刃を向けることを厭うつもりは無かった。そうでなければ話すことすらできないのならば。
 それを聞いて何を思ったのか、しばしの沈黙の後、ブライゼンはフォルセスカへと言った。

「東門に、得体の知れない敵がいると。まだ少女らしいが、尋常な強さではないという。すでにその少女一人によって、東門の守備は全滅しかかっているとの伝令を受けた」
「……なに?」
「ロノスティカ様は、それを聞いて東門へと向かわれた。貴方も早く向かわれるがいい。その少女というのは、恐らく昨日の者だろう」
「……そうか」

 それを聞いて、フォルセスカは剣を下ろした。

「感謝する」
「――貴方が本当に魔王ならば、決して死ぬべき存在ではない。今の異端にとって、無くてはならない存在だからだ。だからこのことを伝えるべきか迷ったが……貴方ならば死にはすまい」
「ああ。今死ぬわけにはいかないさ。あいつを育てるのには、何かもう、途方も無い時間がかかるような気がするからな。それまでは死ねんさ」

 フォルセスカの言葉に、ブライゼンは安心したように笑う。

「ならばいい。――行け」
「貴公も折を見て脱出しろ」

 予想もしなかったことを言われてか、ブライゼンは表情を変えた。

「私はこの期に及んで生き恥をさらすような真似など―――」
「わかっているさ。それを承知で言っている。何も殉じることだけが報いることじゃないだろう? 貴公のような得難い人材を必要としている者は、まだまだいるんだ。……そうは言っても、生き方死に方を決めるのはやはり貴公自身だからな。強制するつもりはない。だがもし気が変わったら、そういうことでも思い出してみてくれ」

 フォルセスカは一方的にそう告げると。
 ブライゼンの返す言葉も聞かず、その場から去った。

「……私が生きていて、何ができる……?」

 主であるロノスティカはここを死に場所だと定めている。彼を失って、自分にできることなどあるのだろうか。
 ブライゼンは自問しながら。
 打ち迫る敵へと向かい、剣を振るった。


 初めは確かに互角だった。
 しかし時がたつにつれ、次第に優劣が明らかになっていく。
 刃を打ち合わせれば拮抗していた力も、もはや防戦一方になってしまっていた。
 ザッ……!
 服が裂け、滲み出す血。
 少女の一撃がまたもやかすめ、ロノスティカの身体に傷がまた一つ増える。
 すでに身体中には裂傷が走り、その服のほとんどが血で滲んでしまっている。地面に滴る血液も、少なくない。
 一方の少女は対照的で、平然とした顔をしていた。
 彼女の黒い服にも大量の血が滲んではいるが、そのほとんどは他人のものだ。ほぼ返り血のみで、少女を彩っている。
 肩で息をするロノスティカへと、音も立てずに少女は再度クーゼを振るう。
 その信じられない力の前には、まともに受ける術などない。なんとか受け流すのが精一杯であったが、そうするだけの余裕など、もはや彼には残っていなかった。
 ――まともに、振り下ろされた一撃を受ける。

「――く!」

 そのあまりの圧力に、彼は立っていられず膝を地面につき、かろうじて受け止めた。
 しかし勢いこそなくなったものの、刃は少女の力を伝えてギリギリと剣を削っていく。

「…………」

 ベキリ、と嫌な音がして、ロノスティカは剣を支える力を急速に失った。力の過負荷に耐えられず、腕の骨が折れたのだ。

「ぐ……っ」

 力を失った剣は何の支えにもならず、簡単に押し退けられて、クーゼの刃は彼の肩口に深々と突き刺さる。
 その返り血を浴びながら。
 少女は全く無表情のまま、クーゼの柄を握っていた両手のうち、左手をそっと離し……その掌をロノスティカへと向ける。
 その至近距離は、完全に致命の間合いだった。

「侯爵!」

 その様子に気づいた騎士の一人が、組み合いになっていた相手を押し退け、少女へと剣を振るうが――とても間に合う距離ではなく。
 その死刑執行は、もはや誰にも止められないかに――見えた。
 だが。

「――イリス!」

 その一言が、不可能を可能にする。

「え……?」

 驚いたように、少女が振り返った。
 目の前のロノスティカなど完全に忘れたように。
 ずるり……と、力を失った彼の身体が地面に倒れ伏す。

「おおおっ!」

 そこにちょうど、騎士の剣の一撃が振り下ろされた。
 しかしそんなことなど分かっていたかのように、少女は軽くかわし、クーゼを真横に振るう。

「が―――!?」

 悲鳴を上げて、二つに分かたれる身体。
 転がった死体に一瞥もくれず、少女はただあの声がした方を見返す。

「誰……? わたしの名前を呼んだのは」

 そう言う少女には、その日初めて表情らしい表情が浮かんでいた。


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