第21話 ブラフト・ダーン異端裁定①

NO IMAGE

 ブラフト・ダーン城が見えなくなってから、どれほど時間が経過しただろうか。
 見えないと分かりながらも、レダは時折振り返ることをやめることはできなかった。
 今頃どうなっているのか――あそこに残った者達のことを思うと、こうして歩いていることすら罪のような気がしてくる。
 それでも真っ先に脳裏に浮かぶのは、あの青年のことだ。
 本当に――また無事で会えるのだろうか。

 ブラフト・ダーンを脱出したのは、主にプラキアに縁のある者――つまりウォルストーン家古参の者が大半だった。それらはいくつかに分かれ、それぞれ別ルートからレ・ネルシス城へと向かっている。
 クリセニア侯爵領から見て西――つまりナルヴァリア男爵領のちょうど反対方面に、かつてのゼルディア公爵領がある。魔王だったクリーンセスが死んで以来、その地は誰も統治することなく、今では完全に無法地帯と化している場所だ。
 そのレ・ネルシスより更に西に行くと、魔性の森とも呼ばれている樹海に入り、ゼル・ゼデスへと続く。――そこへ向かう時までに、彼は戻ってくるだろうか。
 彼ならば絶対に約束を守る――そう思うのは、自分勝手な想いかもしれない。
 それでも、そう思わずは先に進むことなどできそうもなかった。
 だから、信じて。
 彼女は歩き続けた。


「――行くぞ」

 剣を携えたブライゼンの言葉に、ブラフト・ダーンでも精鋭と言われている近衛騎士達はその後に続いた。
 数は数十人ほどだが、誰もが咒法も共に扱える者達だ。人間もいるが、そのほとんどは妖魔であり、中には数少なくなった魔族もいる。
 異端裁定が発動し、ブラフト・ダーンへの攻撃が始まってより半日。門は破られ、すでに敵の侵入を許してしまっている。
 あまりに多勢ではあったが、それは逆に喜ばしいことでもあった。探りを入れた際に得た敵の総数で、現在そのほとんどが周囲に展開しているということは、追撃が行われなかったということ。このまま連中をここに釘付けできれば、脱出した者達の大半は、無事レ・ネルシスへと落ち延びることができるだろう。そしてそのままゼル・ゼデスまで入ってしまえば、僧会の者とて容易に手出しはできなくなる。現在異端の盟主とされているプラキアさえ無事ならば、すぐにも態勢を立て直すことができるはずだ。
 そのための犠牲ならば――誰もが厭いはしないだろう。それ以上に、この城に守るべき主が残っていることこそが、否応無く彼らの士気を奮い立たせている。
 ――大広間を越えれば、聞こえてくる喧騒。
 ブライゼンは剣の柄を握り締めて、言い放った。

「死守では無い。奴らを殲滅する」


 守られるわけではない。
 そのせいか、玉座には誰の姿も無かった。
 重々しく扉の閉まる音。
 彼もまた、戦場へと赴く。


「……大したものですね」

 ブラフト・ダーンを近くに望みながら、ディアン・コレリアは感嘆したように声を洩らす。
 突撃が開始されて半日以上。
 すでにほとんどの門を突破したというのに、未だ落城の兆しは見えない。
 相手が無勢であることは分かっている。にも関わらずなぜ落ちないのだろうか。

「死に物狂いというやつでしょうか」

 降伏などあり得ない。捕まれば、待っているのは火刑だけだ。
 それを知っているからこそ、彼らは最期まで抵抗する。どうせ死ぬのだから、無駄といえば無駄な抵抗だ。

「ともあれずいぶんと迷惑な無駄ですけれどね……」

 それでも、一両日中には決着は着くだろう。
 ずっと傍らに控えていた少女の姿も、もはや無い。今頃その本領を発揮しているところだろうか。

「……ずいぶんと可愛らしい死神さんです。とは言え彼らにしてみれば、災厄以外の何者でもないでしょうが」

 微笑して。
 彼はブラフト・ダーンを見続けた。


「ようやくお出ましか」

 フォルセスカは剣を振るい、新たに現れた男達を見やった。
 今まで相手にしてきたような一僧兵とは違う。門が開かれ、中央への道が開けたところで、その時期を待っていたかのように現れたのは、アトラ・ハシースの精鋭達だ。
 彼自身、かつてはそこにいたのだ。その実力は身に染みて知っている。

「お前達は下がっていろ」

 鋭く、彼は周りの兵に命じた。
 アトラ・ハシースともなれば、ブラフト・ダーンの近衛騎士団でも無い限り歯が立たないだろう。
 しかも南門の前線でフォルセスカを中心にして戦っている者達は、そのほとんどが傷つき倒れている。しかも咒法を扱える者はほとんどいない。
 今アトラ・ハシースを相手にすれば、ぎりぎりで保っている防衛線は簡単に瓦解してしまう。ここで、崩されるわけにはいかない。

「……この連中の相手は、俺がする」


「――――」

 軽く手を振るう。
 それだけで、跳びかかってきた兵士は文字通り両断された。
 べっとりとした鮮血が、少女の手にするクーゼに付着している。少女の身長に匹敵するかのような長さと重量の装飾の槍も、彼女にとっては何の重荷にもなっていないようだった。
 幾人もそれで切り捨てたせいか、血液だけではなく肉片もこびり付き、刃もかなりこぼれている。だがそんなことなどどうでも良かった。力任せに振るえば、例え鉄の棒であったとしても、人間を叩き潰すことなど容易なのだから。

「わ……あ、ああ……!」

 そんな彼女の様子に、畏れているのは何も敵だけではないようだった。たった今助けた僧兵ですら、腰を抜かして震えながら少女のことを見上げている。

「…………」

 そういう視線で見られ、何となく不愉快になった。殺そうかと思ったが、結局やめる。殺していいのは異端者だけだと、そう言われているのを思い出したからだ。
 まあいいか、と思う。
 他に誰かを殺せるのなら、それでいい。

「……けっこう愉しいね」

 それが、正直なところの感想だった。
 殺すという行為はどんなものかと思っていたが、やってみるとなかなか面白い。
 今までは知識と技術を詰め込むだけの毎日だったからだろうか。こういう変わったことをすることは、刺激になる。
 少女は次の得物に向かって歩き出して――ハッと気づいて上を見上げた。
 見えたのは、振り下ろされる刃。
 ――ガギンッ!
 咄嗟にクーゼで受け止めたものの、その衝撃に彼女は後ろへと数歩下がった。

「……ほう。大したものじゃの」

 たった今攻撃を仕掛けてきた相手は、感心したようにそんな声を上げた。
 見れば、そこに立っているのは初老の男だった。ただの一兵卒でないことは、服装を見ても分かる。だがそれ以上に、この相手は強いと、そう思った。

「侯爵閣下!?」

 傷つき倒れていた兵の何人かが、その男を見て驚いたように声を上げる。

「侯爵……?」

 その呼びかけに、少女は小首を傾げた。
 侯爵といえば、この城の城主。ブラフト・ダーンの魔女の、伴侶。そんな人物が、どうしてこんな前線にいるのだろうか。
 そんな疑問が伝わったのか、ロノスティカは笑ってみせる。

「はっはっは。つまりあれじゃ。待っているのは性に合わなくての。こうして出てきてみたというわけだ」
「……魔女は?」
「プラキアのことか? あれならばもう、ここにはおらぬよ。とうに城を出ておる」
「…………」

 最優先の命令は、ブラフト・ダーンの魔女の処刑だ。そのために一度、彼女は暗殺のためにこの城に来たのだが、あえなく失敗してしまった。妨害が入ったということもあったが、何よりプラキア自身が強かったのだ。
 でなければあの炎の一撃で、充分消し炭にできただろうから。
 ともあれここにその魔女がもういないとなると、あとはここにいる異端者を皆殺しにするだけでいい。
 そうと分かれば、あとは何も気にすることはなかった。
 不意に動いた少女は、ただ真っ直ぐにロノスティカを狙った。振り下ろされるクーゼの一撃――相手の武器もろとも両断するこの威力の前に、今のところ誰一人として生き残ってはいない。
 しかし今回はそうはならなかった。
 彼は不意打ちをものともせず、己の剣でクーゼの刃を受け流し、更には反撃に出たのである。
 幾度かの剣戟が響き渡ってから、両者は再び大きく間合いを取った。

「……侮ってもらっては困るぞ。わしもかつては戦場を駆けた身。腕に覚えがないわけでもないんじゃ。若い者にはまだまだ負けんわい」

 そう軽口を叩くロノスティカだったが、その口調にはどこか余裕が無かった。そのことに、少女はまるで気づいた様子も無かったが。
 彼はそっと腹に左手を添える。顔は動かさず、視線だけその左手に落とせば、滲んだ血が目に入った。

(さて……わしも老いたものじゃ)

 掠り傷をもらっていた自分に、ロノスティカは今更ながらに自分の衰えを自覚する。外見以上に、自分は年老いているのだ。
 寿命とて近かったはず。なればこそ、良い死に場所こそ欲しかったのだ。

「死神か。なるほど確かにそうじゃの」

 実際はどうあれ、自分にとってそうであることには違いないだろう。

「まずは我が首あげてみよ。そしてその名、響かすがよい」

 不敵に笑って。
 ロノスティカは迫る死神の一撃を、受け止めた。


 次の話 第22話 ブラフト・ダーン異端裁定② >>
 目次に戻る >>


黎明ノ王Ⅰカテゴリの最新記事