第19話 忍び寄るもの

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「おや。これはブライゼン殿……姿を見ないと思ったら、こんな所におられたのか」

 夜風の当たるテラスへと出たフォルセスカは、すでにその場にいた人物へと声をかける。
 彼も正装しているが、色は相変わらずの漆黒だ。
 ドゥーク・ロー・ブライゼン。
 あまり表情をみせないこの青年は、ロノスティカから一番の信頼を受けている側近である。

「私を捜していたのか?」
「いや。偶然見かけただけのことさ。俺は今大広間から逃げてきたんだが、貴公もその口かと思ってな。ああいう堅苦しい場所は、どうも慣れん。肩が凝るばかりだ」

 おどけてそう言うフォルセスカを、ブライゼンは不思議そうに見つめ、尋ねる。

「貴方は元僧会の者だったと聞く。堅苦しい儀礼ならば、慣れているのではないのか?」
「いや、そうでもないんだなあ、これが。知っての通り、俺はアトラ・ハシース出身でね。祈ることは仕事じゃなかった」
「……確かにアトラ・ハシースの為すこと、良い噂は聞かない。無論、我々異端にとっては……ということだが」

 まあそうだろうと、フォルセスカは相槌を打った。

「貴方のことはロノスティカ様より聞いている。仮にも聖職者であった貴方が、何故悪魔と結び、異端となった?」
「別に大したことじゃあないさ。僧会のやることに嫌気がさしたわけでもないし、異端に惹かれたわけでもない。ただ……そうだな。こっちの方が面白そうだったから……かな」

 その答えに、ブライゼンは顔をしかめたようだった。

「それだけの理由で?」
「遺憾かな?」
「そういうわけではないが……」

 少し口篭るブライゼンへと、フォルセスカは軽く笑ってみせる。

「貴公は真面目だな。確かに理念を持たない俺など、貴公らから見れば遺憾に思えるかもしれん。だが俺が気にして欲しいのは、俺なんかの意思じゃなくて、俺にそうさせた存在についてだな」
「よく、わからないが」
「大したことじゃない。それこそな。俺をこっちの世界に引っ張り込んだ奴がいる。そいつは俺に頼んだ――命をくれってな。とんでもない話だが、俺はそれを聞いてしまったわけだ。相手は、聞いてもいいと俺が思えてしまうくらい、魅力的だった」

 自分の意思など付属にすぎない。要はそうさせた存在こそが、原因であると。

「悪魔のことか。それは」
「まあそうだな。骨抜きにされたつもりはないが、惚れたのは事実だ。こいつならいいと思った。こう言ったら無礼かもしれんが、貴公がクリセニア侯に一身を捧げているのと同じかもな」
「……そうか。わかるような気がする」

 意外にも、ブライゼンはあっさりと頷いた。

「私にとって、この身を救って下さったロノスティカ様は、一生を捧げるに足るお方。経緯はどうあれ、誰かの為に尽くしたいという気持ちはわかるつもりだ」

 フォルセスカも、彼の境遇は聞き知っている。
 それはレダに良く似ていた。はっきりとした異端裁定というものが無くても、場所によっては異端というだけで虐げられることがある。彼の親は、ほとんど私刑に近い仕打ちによって命を奪われていた。彼自身もそうなるところを助けたのが、ロノスティカであったという。

「耳が痛いな」
「別に貴方のせいであるとは思っていないが」
「わかってるさ。でも似たようなことをしていたのは事実だ。謝罪するつもりも無いが、やはり多少身に堪える」

 レダのことがあるからこそ、余計に感じるのだ。

「それよりもフォルセスカ殿。最近の僧会の不穏な動き、聞き及んでいるだろう?」

 不意に、彼は話題を変えてきた。

「聞いている。今ナルヴァリア男爵が侯爵に会っているとか。今回の舞踏会が前倒しになったのも、会見のためだとは聞いているが……?」

 フォルセスカの言葉に、深刻な顔でブライゼンは頷く。

「恐らく、すでに予断を許さない状況になっていると――」

 言いかけていた言葉を途切らせ、彼の表情がハッとしたものに変わる。異変には、フォルセスカもほぼ同時に気づいていた。

「――何かいるぞ!」
「ああ――」

 目を向けたのは大広間――悲鳴が聞こえたのは、その刹那のことだった。


「なるほどのう……。そなたもこの包囲の一翼を担っているというわけじゃな」

 大広間とは打って変わり、その部屋はひどく静かだった。
 その日、舞踏会の盛況をよそにして、アレイウス・ウォルストーンはロノスティカ・ラウンデンバークとの会見に臨んでいた。

「はい。アトラ・ハシースよりの密使が数日前に。もっと早くにお知らせしたかったのですが、ブラフト・ダーンの監視が厳しく……」
「いや、良いのじゃ。今回わざわざ知らせてくれただけでも、感謝せねばならん。しかし……このような時期を選んでくるとはの」

 半ば呆れたように、ロノスティカは吐息をつく。
 今回アレイウスのもたらした情報は、危急を告げるものであった。
 すでにこのブラフト・ダーンへの異端裁定が発動されており、その軍勢はここを密かに目指しているとのことだった。
 またその聖戦にあたり、隣の領を治めるナルヴァリア男爵家へと、援軍加勢の要請がきているという。

「我らひとまずはそれを受諾し、一軍を率いて境に伏せてありますが、いざとなれば僧会軍の背後を突くことは可能です」
「いや……例えそうしても、恐らくは勝てまいて」
「――何を言われますか!?」

 思わず声を上擦らせたアレイウスへと、諭すようにロノスティカは言った。

「油断していたわけではないが、認識が甘かったようじゃ。諸侯の集っている今、まさか異端裁定が行われるとはのう……」

 その意図は、大方察しがつく。

「恐らくは我らに城門を閉じさせぬつもりじゃったのだろう。連中とて世俗諸侯を敵に回すつもりはない。我らに門を開かせ、貴族達の城外退去を勧告するじゃろう。だがもし閉ざしたままであれば、諸侯の領地の者達が色めきたち、軍を率いてここを目指す。そのような大軍に囲まれれば、如何に戦おうと落城は必至じゃろうな」

 開けば裸にされたも同じで、開かぬとも大軍に囲まれ、勝機は見出せない。

「今すぐ諸侯を外に出し、急ぎ篭城の支度をすれば、あるいは間に合うかもしれません!」
「軍は明日にはここに寄せてくるのじゃろう? だとすればとても間に合うまい」

 少なくとも諸侯達の避難は可能だろうが、一日足らずの間に戦の準備をするのはかなり難しい。それに例え備えがあったとしても、勝てる戦ではないのだ。まず軍勢の数が、違いすぎる。

「では座して死を待つと――!?」
「そのつもりもないが……さりとてどうにもならぬな。――イグナーン!」

 ロノスティカは座っていた椅子から立ち上がると、部屋の向こうに控えていた者の名を呼んだ。

「プラキアを呼んで参れ。それに、フォルセスカ殿とブライゼンもじゃ」
「――かしこまりました」

 返事を聞いてから、彼はアレイウスへと視線を戻した。

「さて……例えそうであっても、やれるだけのことはやっておきたいものよな」

 ロノスティカが現状をほぼ把握したその時にはすでに。
 それはすでに、始まっていたのだった。


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