第18話 舞踏会にて

 年に一度、侯爵家で催す舞踏会は、王室の行うものに比べれば見劣りするものの、ひとまず盛況のようだった。
 舞踏会は今日、明日と催される予定で、周辺の貴族達の姿が大広間に見て取れる。
 とはいえこれはあくまで侯爵家が個人的に主催しているもので、全ての諸侯の姿があるわけでもない。侯爵家に親しい者や、世話になったものなど――またこれからそうなりたい者などが、参加している程度である。無論、礼儀ということで他の有力諸侯の顔ぶれも見えるが、そういった貴族の参加はあくまで今日一日だ。今夜、もしくは明日の早朝には自分の領地に引き上げるだろう。

 こういうものに参加するようになってから四年以上がたつのだが、フォルセスカはなかなか慣れずにいた。
 貴族という血から無縁だった彼にとって、どうもこういう気品に満ちた場所というのは性に合わないらしい。

「――申し訳無い。俺はこういうのが苦手でして」
「あらそうですの? とても馴染んでいらっしゃるように見えますけど」

 ダンスを誘った貴婦人が、首を傾げてそう言う。
 艶やかな衣装に身を包んだ女性は、どこかの貴族の息女だろうか。

「そう見えるよう、努力しているんです。しかしこれがなかなか肩の凝ることで」
「ではほぐして差し上げますわ」

 女性は悪戯っぽい笑みを浮かべると、長手袋に包まれた手を差し伸べた。

「強引なことで」

 ここまでされて、受け取らぬわけにもいかないと感じたフォルセスカは、思いを心中に隠してその手を受け取った。

「――お相手させていただきます」

 居直る気分で、踊り始める。
 また肩凝りがひどくなるな、と思いながら。


 大広間の中、レダは人々の間を縫うようにして歩きながら、周囲に視線を送っていた。
 貴族ほどではないが、彼女も普段は着れないような衣装を身につけている。これもプラキアの計らいで、彼女に仕えている侍女は給仕の仕事をしながらという形ではあるが、参加を許されていた。
 中には彼女へと踊りを申し込んで来る者もいたが、レダはそれを丁重に断りながら、目的の人物を捜すことに没頭していた。

「あ……」

 思わず、そんな声が洩れてしまう。
 立ち止まってしまった彼女の先には、楽曲に合わせて踊るカップルの姿があった。
 女性の方は見覚えがある。確かバルライン男爵の妹君だ。そしてその相手をしているのは―――

「おやおや、如何したのかや?」

 不意にかかった声に、レダは目一杯驚いたように後ろを振り返った。
 一見地味だが、よく見ればかなりの高級品であるとわかるドレスを着たプラキアが、いつの間にやら後ろに立ってこちらを見ている。
 その目は何というか――すでに充分、こちらの心境を見透かしているようだった。
 先ほどまで貴婦人方と談笑していたはずなのだが――面白いものを見つけたと思ったのか、さっそくこちらにやって来たらしい。

「え、えっと、その……」
「ふむ。さては拗ねておるとみえる。せっかくの機会であるというのに、先客がおってはのう……?」
「そ、そんな……」

 否定しようとしたが、その瞳は完全に泳いでしまっていた。頭が混乱して、うまい言い訳ができそうにない。

「ふふ。まだまだ拙いものよ。じゃが汝も大人になったと思ったからこそ、今回初めてこの場に出たのであろ。なればそうであるところ、フォルセスカ殿に見せねばなるまいて」
「…………はい」

 レダがプラキアに仕えるようになってから、このような舞踏会に出る機会は毎年あった。しかし彼女は、昨年まで頑として出ようとはしなかったのである。それは自分はまだ、子供であるという認識が強かったからだ。
 しかし今回、初めてレダはこの場に出ることを望んだのだった。
 自分もよやく十六――まだ子供かもしれないが、それでももうそろそろ、あの人に認めてもらいたかったからかもしれない。
 あの人――それはプラキアが言ったように、フォルセスカのこと。かつては命を救われ、今はブラフト・ダーンにて四年以上、その身を置いていた。
 当時はロノスティカ・ラウンデンバークの賓客として迎えられていたが、今では彼の側近であるドゥーク・ロー・ブライゼンや、プラキアに古くから仕える将イグナーン・ロイドに並ぶ近衛騎士として、ラウンデンバーク家に仕えている。
 どこの馬の骨とも知れないフォルセスカであったが、知る者はその素性を知っているらしく、元アトラ・ハシースのメンバーであったことを今や城内で知らぬ者はいない。
 それでも彼が比較的優遇されていたのは、一重に侯爵の計らいによるものだろう。

「汝も充分美しくなった。フォルセスカ殿も、無下に断るとも思えぬが?」
「でも……」

 そう言われても、自分で自分のことなどやはり良く分からない。今彼と踊っているバルライン男爵の妹君に比べれば、自分などひどく見劣りするのではないだろうか。

「でも、フォルセスカ様はこういう所は得意ではないって……そうおっしゃっていたから」

 決して好いていない踊りなど、受けてくれるのだろうか。

「仕方無くこの場にいるのであれば、少しでも楽しませてあげたいと、そういう意思を伝えればよかろう? であれば、フォルセスカ殿も応えよう。……結局は汝次第じゃな。じゃが早く決心した方がよいぞ。見れば、フォルセスカ殿を見つめている者は一人や二人ではないからの」

 言われてみれば――とレダは何となく焦燥を覚える。
 バルライン男爵の妹君の相手をするフォルセスカへと注がれている視線は、それなりにあるような気がした。
 いつもは飄々としていて掴み所の無い彼であるが、こういう時はやけに堂々としていて、様になっているのである。何年も前からプラキアや同僚を相手に、こういったダンスの練習を充分したレダが見ても、思わず見とれてしまうほどだった。
 最初は相手に倣って踊っていた彼だったが、今では明らかにリードしている。そんな彼へと自然、視線は集ってしまっていた。
 どうしよう、と足が竦んでしまう。
 こんなに目立つところで、ちゃんと踊れるだろうか……と。

「あ……」

 逡巡している間に、いつの間にか楽曲は終わっていた。
 もう一曲を促す相手へと彼は何やら言って断ると、そのままさっさと身を翻してどこかへ行ってしまう。

「ふふ、逃げ出したか。相当参ったらしいの」

 面白そうにつぶやくプラキアの隣では、何とも言えない表情になって、レダがその後姿を見つめていた。

「これで終わりというわけでもない。今夜とてまだ、それに明日も残っておるのじゃ。機会はいくらでもあろう?」

 そう言ってくれるプラキアへと、レダはこくりと頷く。
 確かにまだ時間はある。きっと何とかなるだろう――そう思ったところで。

「…………?」

 ふと視線を感じて、レダはそちらの方を向いた。
 人々が談笑する中、彼女はじっと、こちらを見ている。
 自分より年下だと思われる少女で、黒い服を着た、金髪の少女――そしてその目を見た瞬間、訳も分からずぎくりとした。
 真紅の、瞳。

「な、に……?」

 漠然とした不安が、全身を襲った。
 あれは、危険だと、何かが訴えてくる。

「――下がれ、レダ」

 不意に聞こえたプラキアの声に、彼女はハッと我に返った。
 そこでようやくレダは気づく。その黒い少女が見ていたのは自分ではなく、プラキアであると。
 その瞬間、灼熱が二人を覆った。


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